作:山稜
けさは…来るかなぁ。
あれからずっと、来なかったもんなぁ…。
やっぱりもう、あきらめちまったのかなぁ…。
もう、きょうが今年最後なんだけどなぁ…。
玄関を出て、とぼとぼと歩き出してみる。
角を曲がったところに、
…いない。
しかたないか…。
ふと、後ろから走ってくる音。
ふりかえる。
期待は、裏切られなかった。
「せんぱいっ、おはようございますっ!」
◇
「あーもう彷徨ぁ、一休みしようよぉ、一休みっ」
未夢はコタツに、つっぷした。
「さっきからおまえ、一休みばっかしてんだろっ」
「だって、眠いんだもんっ」
彷徨が呆れ顔で、赤ペンのキャップを締める。
「まだ5時半だろっ」
つっぷしたまま、言い返す。
「外なんて、まっくらじゃないっ」
「いまの時期なら、あたりまえじゃねーか」
顔を一応上げて、うらめしそうに彷徨を見る。
「あーもぉ、なんでクリスマスイブまで勉強なのよぉ」
彷徨が、のぞきこんでくる。
「誰かさんが、期末テストでひどい点とってきたからなっ」
ぷう、とふくれてみる。
「いーなぁ三太くん、いまごろ涼子ちゃんと楽しんでるんだろうなぁ」
「まぁ…あれは、三太が当ててきたんだし」
「そうなる運命だったのかな?」
「そうかもなっ」
顔を見合わせて、笑う。
…そう、最後のピース。
「そうだっ、これっ」
持ってきたかばんの中から、少し大きめの箱を出す。
ていねいに緑色の包装がされて、赤いリボンがかかっている。
さし出しながら、お決まりの言葉を添える。
「メリークリスマスっ!」
「…ったく、しょーがねーなぁ」
そう言いながら、彷徨の顔は笑っている。
「開けていいか?」
返事を聞く前に、彷徨は包装をときはじめた。
「おいおい…」
「だって、きれーだったんだもん」
天使のたくさん描かれた、白い、パズル。
「だいいち、ここ、寺なんだぞ?」
文句を言う。
「彷徨の部屋に飾っとけばいーじゃないっ」
言い返す。
それでもふたりは、笑いあっている。
「…さんきゅ」
「ピース少ないから、彷徨ならすぐできるよねっ」
彷徨は首をかしげた。
「いや…しばらく、このままにしとく」
「ええっなんでっ、せっかくあげたのにっ」
顔を未夢の方に向けて、彷徨は言った。
「おまえと一緒に作りたいからな…受験終わるまで、とっとく」
顔を赤らめながら、未夢はぶんぶん手をふった。
「そっ、そんなっ、心配してくれなくて大丈夫だよっ」
「どこが大丈夫なんだよ…」
うなだれる。
「はい、すいません…」
「だからなっ、」
彷徨はポケットに手をつっこんだ。
「これ」
さし出す手には、細長い小箱。
少し包装が、とれかかっている。
「メリー…クリスマス」
反対側の天井を見たままだ。
用意してくれてるんじゃないか…とは思っていても、実際、目の前に出されると、やっぱりうれしい。
声がひっくり返りそうになるのを、何とか押さえた。
「開けて、いいっ?」
彷徨は横目でうなづいた。
箱の中から出てきたのは少し大きめの、シンプルなペンダント。
なんだかんだと言っても、好みはよくわかっている。
手にとって、すみずみまで、ながめる。
彷徨はそっと、未夢の手からとって、金具を開いた。
すぐ目の前から、彷徨の両手が、肩をこえて首のうしろにまわる。
いきおい、顔と顔が近づく…。
「ほら、どうだ」
ぼぉっとしている間に、ペンダントはきれいに未夢の胸元におさまっていた。
「あ…ありがと」
「それと…それ、開くからなっ」
「へ?」
見てみると、ペンダントの横に爪を引っかけるところがある。
少し、押さえてみる。器用に、開く。
中には、小さな写真があった。
「ルゥくんと、ワンニャー…」
「まっ、お前の場合、ルゥに出会うぐらいの奇跡が受験に必要だろっ」
彷徨は舌を出している。
「そこまで言うっ?」
彷徨が笑う。
それがうれしくて、笑う。
そうだ、どうせなら…。
「あのね彷徨っ、これ…っ」
未夢はまた、かばんの中から彷徨にわたした。
彷徨は手にとって、しげしげとながめている。
ミトンの手袋に、KANATAという模様。
「一日早いんだけど、お誕生日おめでとうっ」
にっこり、笑う。
「これ…おまえが編んだのか?」
彷徨は信じられないといった顔だ。
「そうだよっ、だってこないだ、彷徨の手、すっごく冷たかったから」
「いや…そうじゃなくて、…よくできてるなぁと思って、な」
口をとがらせて見せてみる。
「何よっ、わたしにだってひとつぐらい、とりえはあるんだからっ」
「でもいつのまに編んだんだ?」
「毎晩、寝る前にっ」
自慢げだ。
「おまっ、そんなことしてるから、テストの結果…」
彷徨のあきれ顔に、未夢はかみついた。
「あーもー、せっかく編んだのに、そんなことばっか言うんなら、返してっ」
「やだ」
ひと言で返されると、拍子抜けする。
「へ?」
「気に入ったから、なっ…さんきゅ」
彷徨が笑う。
やっぱり、それがうれしい。
ずっと、そばでそれを、見ていたい…。
思いっきり、背筋を伸ばした。
「よーし、勉強、がんばらなきゃっ」
彷徨はまた、あきれている。
「急になんだよっ」
「なんでもいーから、ほらっ、ここ、教えてよっ」
降りそうな星空が、外には広がっていた。