作:山稜
終わった。
もう、おしまいだ。
おしまいだ…。
「おい…未夢、とけてないで、帰るぞっ」
彷徨が声をかける。
「もー、わたし、ダメっ…テストの結果、返ってきて欲しくないっ」
机につっぷしたまま、顔を上げられない。
「おまえ…いつも、そんなこと、言ってないか?」
言い返す言葉が、ない。
「まぁまぁふたりとも、ふーふげんかはそれぐらいにして」
三太の茶々に、彷徨がかみつく。
「だれがふーふだっ、だれがっ」
「きみ達…のほかに、誰かいるかい?」
望まで、面白がって加わってきた。
さしもの彷徨も、2対1では、かなわない。
ため息をとがらせて、彷徨は黙った。
「さぁっ、テストも順調に終わったことだし、ぱぁっと買い物でも行こうぜぇ」
三太が、にぎやかな声を上げる。
彷徨が口もとの端っこを持ち上げながら、応じる。
「順調に終わってないやつも、いるみたいだけどなっ」
「なによっ、」
反論も、できない。
文句も、言えない。
「…もういいもん、わたしもぱぁっと行くもんっ」
「そうこなくっちゃなぁっ、元気出そうぜ、未夢ちゃんっ」
◇
にぎやかな男子3人の声が、ついて歩いてくる。
ようやく、いつもの調子にもどった気がする。
「でも残念ですわね、かおりちゃん、急いで帰らないといけないなんて」
クリスは少し困り顔で未夢を向いた。
「しょうがないよ…おばあちゃんが風邪で寝込んでるんなら」
「おばあちゃん子ですものね、かおりちゃん」
やさしい微笑みを浮かべて、うなづく。
クリスの顔は、困り顔にもどった。
「それはそうと…結局テストのあいだ中、涼子ちゃん、朝は三太くんとはご一緒じゃなかったんですって?」
未夢も困り顔につられる。
「そうなんだ…三太くんは、きっとテストに集中したいんだろ、って言うけど…」
胸のつかえをはき出すように、ふたりして、ふぅ、と息をはく。
頭の上で、くしゃ、と、手がなでていく。
いつのまにか、彷徨が前にいる。
「きょうぐらいは悩むの、休んでろよっ」
振り向きぎみにそう言うと、早足で行ってしまう。
「ちょっと彷徨っ、どこ行くのよっ」
答えは望から返ってきた。
「静かに見たいものがあるって、言ってねぇ…静かにってところに念を押して」
ひっかかる。
なによ、よっぽどわたしが、うるさくて邪魔するみたいじゃないっ。
思わず、望をにらみつけていた。
「困るなぁみゆみゆ、ぼくが言ったんじゃないんだよ?」
望は面白そうに、両手を広げた。
クリスもこっちを向いて、笑っている。
はたと気がついて、はずかしくなった。
「あっ、ごっ、ごめんっ」
救援は、やはり三太だ。
「まぁまぁ…未夢ちゃんは、おれが預かるから」
望がすかさず、合いの手を入れる。
「まるで、誘拐犯だねぇ…」
あとのふたりは、おかしくて、おなかを抱えた。
◇
三太はうなっていた。
いくつも並んだワゴンの中、CDの1枚1枚をつぶさに見ている。
「う〜ん、今回は掘り出し物がないなぁっ」
ちょうど彷徨が戻ってきた。
「そのわりには、しっかり何枚か持ってるじゃねーか」
「いーところへ来た」
三太はにこやかに彷徨を迎えた。
「…っていうのと、…っていうのを探してくれよ、未夢ちゃんにはあっち、見てもらってるからさぁ」
「…そんな聞いたことないようなの、あるのかよ」
けげんな顔の彷徨に、三太はつとめてにこやかだ。
「ありえないとは、いーきれないなぁ」
「しょーべん小僧でもやっとくかっ?」
「一緒にやるかぁ?」
「やるかよっ」
かけ合いを楽しみながら、彷徨も捜索に加わる。
「そう言えば、望と花小町は?」
手を止めずに、聞く。
「おもちゃ屋の方へ行ったぜ」
手を止めずに、答える。
「おもちゃ屋っ?」
「ぬいぐるみでも、買うんじゃねーかぁ? クリスマスプレゼントに」
彷徨は手を止めて、三太のほうを見た。
「おまえは、何か買わないのか?」
三太も手を止めた。
「おれ?だからいま、見てんだけど?」
あっけらかんと彷徨を見る。
「いや…自分に、じゃなくて、だな…っ」
三太はきょとんとしたままだ。
彷徨は少し、うなだれた。
「…結構簡単そうなピースが、埋まらねーなぁ―…」
ぽつりと、もらした。
戻ってきた未夢がちょうど、それを聞いた。
「ピースって?」
彷徨は口もとを絞った。
「ほら…パズルの、だよ…」
目をいっぱいに開いて、無言でふたつ、うなづいた。
彷徨は口もとを、今度は曲げた。
「たぶん、最後のピースなんだがな…っ」
つられて、口もとが曲がる。
「ふたりしてむずかしい顔をして、どうなさったの?」
いつの間にか、クリスと望が戻ってきていた。
「あ…あのねっ、」
ちょうど未夢が話し始めようとしたとき、三太が数枚のディスクを手に戻ってきた。
「いやぁ、よく探してみるもんだなぁ、あったあった」
「って、それ全部、三太くんが探していたものなのかい?」
望は目を丸くして、三太の手元の束を見た。
「んなわけねーじゃん、これ…と、これ…以外は、いま見て欲しくなった分」
三太以外の全員が、頭を抱えた。
当の本人は、そんなことにはお構いなしだ。
「じゃおれ、払ってくるわ」
言いながら、レジに向かった。
「いいんだか、悪いんだか…」
彷徨は眉間にしわを寄せた。
「まぁ、それが三太くんの持ち味ではあるけど?」
望があごに手をかける。
三太の姿がレジにあったかと思うと、今度は紙を持ってきた。
「福引の補助券、もらったぜ」
「あ、それならおれもあるぞ」
「ぼくも持ってる」
彷徨も望も、ごそごそとポケットの奥から何枚か、取り出した。
彷徨のを1枚取って、見てみる。
「えーと…10枚で、1回抽選できるのね?」
見ると、彷徨が4枚持っている。
望が、5枚。
三太が、3枚。
揃って、声を上げた。
「1回、できるじゃん」
◇
抽せん器が、ガラガラと音を立てている。
カラン、と言っては、がっかりする人の列。
「特賞は…まだ、出てませんのね」
「ペアで海外旅行か〜、一緒に行けたらいいねぇ」
「すてきですわね…
真っ赤に染まった夕焼け空、それを映しこんだどこまでも広がる海…
部屋の窓から、ふたりで並んでそれをながめて、
ふと顔を見上げると、望くんもわたくしを見つめていて…
望くんの手が肩に伸びてきて、そっと抱き寄せられて、…」
クリスの顔は、とたんに真っ赤に染まった。
「でっでもっ、わたくしたち、まだ中学生ですしっ、そのっ」
「いーじゃないかっ、ふたりの愛はどんな障害も越えるのさぁ〜っ!」
もうだれも、ほっとこうとも言わない。
「1等が液晶テレビ、2等がデジカメかぁ…2等、当たらねーかなぁ」
「で、だれが引くんだ?」
「じゃんけんできめよーよ」
未夢がさっそく、かまえる。
彷徨も三太も、異論はないらしい。
じゃんけん、ぽん。
「よ〜しおれが、どーんと当ててやろーじゃん」
「がんばってね、三太くんっ」
クリスと望も、あわてて戻ってきた。
「がんばってらしてね」
「特賞当ててきてくれよぉ〜」
「おまえらなぁ…っ」
にぎやかな声援をバックに、「2等、2等、っと」三太は抽せん器を回した。
カラン。
黄色の玉。
「黄色っ?」
「黄色って何等だ?」
ポスターの上から下へ、みんな、頭の動きが同じだ。
黄色は…
「3等賞、おめでとうございます!」
係の女性が、封筒をわたす。
三太は封筒の中を取り出した。
「ファンタジーパーク・クリスマスイベント、ペア招待券…?」
「あそこ、そんなのやってたんだな」
彷徨がそう言うと、望が横からのぞき込んできた。
「ふーん、結構有名な人も来るんだねぇ」
未夢とクリスは、顔を見あわせていた。
「クリスマスイベント…ですわよね?」
「クリスマス…だよね?」
ふたりは目で納得しあった。
「彷徨、それ…」
呼びかけられて、未夢のほうを向いた。
だまって目を見開いて、その先の言葉を求めている。
「たぶん、最後のピースっ」
一瞬の間をおいて、綺麗に微笑むと、彷徨は言った。
「それは三太のもんだなっ」
三太はびっくりして、手をふった。
「なんでおれぇっ?お前ら…どっちでも、一緒に行けるだろぉっ」
すかさずクリスが割って入る。
「クリスマスはわたくし、両親が帰ってきますの、望くんを招いて家族でパーティしようと思って」
「えっ、そうだったかなぁ?」
クリスは望の背中を、思いっきりつねった。
望は顔をねじまげながら、うなづいた。
「そっ、そう、そうだった」
「じゃぁ彷徨ぁ、未夢ちゃんといってこいよぉ」
不思議そうな顔の三太に、彷徨はとなりの未夢を指差した。
「いや…それがな、こいつ、期末テストの手ごたえがあんまりなんで、受験が心配なんだ…っ、クリスマスなんて遊んでる場合じゃない」
だしにされた未夢は「うるさいなぁ」ふくれた。
だって本当のことだろ、本当のことを言われると一番腹たつのよ、とやりあっているのを横目に、クリスは三太に微笑んだ。
「クリスマスなんですもの、サンタクロースを待っている良い子を誘って、行ってらしたら?」
三太は、ぼぉっと封筒をながめた。
ふと顔を上げると、口を大きく開いて、笑った。
「そうだよなぁ、おれ、本物のサンタクロースだもんなぁ」