作:山稜
≪さいてーっ、だいっきらいっ!!≫
聞きたくなかった。
≪ガシャン≫
見たくなかった。
≪三太くん、どうするの?≫
考えたくない―…。
「おい、三太っ」
肩をたたかれる。
「あっ、あぁ」
ようやく我にかえる。
もうみんな、帰りじたくを始めている。
彷徨が、肩にあるのと反対の手で、外を指差していた。
◇
屋上はもう寒い。
手前の階段に、ふたりで腰掛ける。
彷徨は、黙っている。
三太は階段の手すりの、曲がっていく継ぎ目を、じっと見つめた。
彷徨は、黙っている。
口が重い。
それでも、開かずにいられなくなった。
「すっきりしねーなぁ…」
彷徨は、黙っている。
それが、言葉を求めているように感じる。
「言っちまって、良かろうが悪かろうが、はっきりさせれば…すっきりすると思ったんだけどなぁ」
ようやく、彷徨は口を開いた。
「そんなもんでもないだろ…」
頬づえをつく腕を、とりかえる。
三太のほうに、少し顔を向けた。
「おれが言えることでも、ないけどな…っ」
少し驚いて、彷徨を見る。
「おまえもそれなりに、悩んだのか…ぁ?」
彷徨は一度目を閉じた。
目を開けて、あさってを見つめた。
「毎日…一日中、顔、合わすんだぞ…」
ため息が大きく、白い。
「ルゥのこともあったし…逃げ出すわけに、いかなかったからな…」
「でも、おまえと未夢ちゃんなら…はた目には、いつでもって見えたぜ?」
「そうは言っても…どんなにいい空気が流れてると思っても、そこから一歩踏み出して行くのは…」
彷徨は目を閉じた。
そして、顔の前で手を組んで、ゆっくり口を開いた。
「大切なものを失ったらと思うと、…怖かった」
「大切なもの…かぁ…」
窓の外に、木の葉が一枚、流れていく。
「おれの大切なものって…何だろうなぁ―…」
◇
ふぅ…。
遅いなぁ…。
先に帰ってろ、とは言ってたけど。
みんなが帰ってから、40分くらい経っただろうか。
部活で残っている以外は、級友はみんな帰ってしまった。
暖房も切れて、だいぶ寒くなってきた。
帰っちゃっても、いいかな…。
三太くんのことは、帰ってから聞けばいいか…。
「未夢ちゃん?」
振り向いてみると、かおりがいる。
「かおりちゃん…?」
ばつが悪い。
昼休み、うそをついて呼び出したことは、かおりにもわかっているはずだ。
「どっどうしたのっ、こんな時間にっ」
「部活…だったけど、テストの前だから早く終わって」
「あっ、そう、そうなんだっ」
言葉が続かない。
このままごまかしながら話すのは、無理がある。
いっそ…。
「ごめんね」
そう言ったのは、かおりだった。
「えっ…?」
「あたし、西遠寺くんのこと、ひどい言い方したから…」
未夢は両手を大きく振った。
「やっやめてよっ、彷徨がどう言われようと、わたしのことじゃ…」
顔を赤らめる未夢を見て、かおりは笑った。
「でも、好きな人のことを悪く言われるのは、いやじゃない?」
「それはまぁ…そうだけど…っ」
未夢はふと、疑問を感じた。
「でも、どうして、わたしに…?」
かおりはイジワルっぽい目を向けた。
「聞いてたんでしょ、お昼休み」
二の句がつげない。
「聞いたよ、クリスちゃんから…」
かおりは苦笑いをして、続けた。
「おこってた。『望くんはそんなひとではありませんわ〜』って…あたしから見れば、そんな人だけど」
未夢も苦笑いをせずには、いられなかった。
あ、そうだ。
「ごめんね…かおりちゃん、うそついて…」
かおりは屈託なく、笑ってみせた。
「いーよいーよ、未夢ちゃんも三太くんのこと、思ってのことでしょ?」
かおりは今度は、いたずらっぽい目を向けた。
「それとも、友達思いの『彷徨』くんに頼まれたかなぁ〜?」
うっ…。
なんか、からかわれてる…。
「まっ、まぁ、ねっ、あははっ」
「いーなぁ…あーいう、クールなカッコいい男の子、ほかにいないかなぁ?」
未夢の困った顔に気づいて、かおりは付け加えた。
「って言っても、いまのところは男子と付き合ったりって、考えられないけどね」
三太の顔が浮かぶ。
それじゃ、別に三太くんだからってわけじゃ―…。
「だから、三太くんじゃなくても…三太くん、話しやすいし、あーいう性格だから、結構いいセン行ってるんだけど、…ね」
かおりは顔を明るくした。
「実際ほら、うわさになってるコ、いるじゃない?あーいうコが出てくるの、わからないでもないよ」
あっ…。
涼子ちゃんのこと、どうしよう…。
「あした、三太くんにもあやまんなきゃ…未夢ちゃんも、協力してよ?」
かおりはそれだけ言うと、かばんを手にした。
ひとこと、じゃ、というと、足早に教室を出て行く。
ふぅ…。
考えてても、しょうがないよね…。
わたしも帰ろうっ。
未夢は大きくため息をつくと、席を立った。
◇
重い足を、一歩一歩進める。
道の向こうには、見覚えのある、あかい髪。
隣の女の子は、…!?
駆け寄ってみる。
「クリスちゃん…涼子ちゃん?」
「あら、未夢ちゃん」
「未夢せんぱい」
どうしてふたりが一緒にいるのだろう?
「図書室でお見かけしましたの」
「クリスせんぱいが、声かけてくれたんです」
ひょっとして、わたし以外の人は、心が読めるの…?
「いやですわ未夢ちゃん、全部顔に書いてありますわよ」
言われて顔をごしごし、こする。
ふたりとも、笑った。
それにしても、クリスちゃん…?
クリスは目くばせをした。
そっと、微笑んでみせる。
未夢にも、その意味はわかった。
未夢も、微笑み返した。
クリスは満足そうに、しかし話題を変えた。
「涼子ちゃん、マフラーを編んでるっておっしゃるから」
涼子は少し目を伏せながら、笑った。
「…最後まで、編んでしまいたいんです―…ちゃんと、編んでしまいたいんです」
なんと応えたらいいのか、わからない。
ただ、うなづくしか、できなかった。
クリスが言葉を引き継いだ。
「それでね、毛糸を買いに行くんですって。ご一緒しようと思って」
未夢はクリスが午前中休んでいたことを思い出した。
「でもクリスちゃん、風邪は大丈夫なの?」
満面に笑みをたたえて、クリスは答えた。
「お医者様で注射をしていただいてから、すっきりしてますわ…それに、適度に運動して、汗もかきましたし」
適度…ねぇ…。
それで思い出した。
「そういえば、光ヶ丘くんは?」
「望くんは具合が悪くなったとかで、先に帰ってしまいましたけど…風邪をうつしてしまいましたかしら」
未夢は笑うしかなかった。
「未夢せんぱいも、一緒にどうですか?」
涼子の明るい呼びかけが、心地よい。
「うんっ、行こう行こうっ」
3人の足取りは、軽かった。