でぃせんばー・ぱずる

#6

作:山稜

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≪さいてーっ、だいっきらいっ!!≫

 聞きたくなかった。

≪ガシャン≫

 見たくなかった。

≪三太くん、どうするの?≫

 考えたくない―…。

「おい、三太っ」
 肩をたたかれる。
「あっ、あぁ」

 ようやく我にかえる。
 もうみんな、帰りじたくを始めている。
 彷徨が、肩にあるのと反対の手で、外を指差していた。



 屋上はもう寒い。
 手前の階段に、ふたりで腰掛ける。
 彷徨は、黙っている。
 三太は階段の手すりの、曲がっていく継ぎ目を、じっと見つめた。

 彷徨は、黙っている。

 口が重い。
 それでも、開かずにいられなくなった。

「すっきりしねーなぁ…」

 彷徨は、黙っている。
 それが、言葉を求めているように感じる。

「言っちまって、良かろうが悪かろうが、はっきりさせれば…すっきりすると思ったんだけどなぁ」

 ようやく、彷徨は口を開いた。

「そんなもんでもないだろ…」
 頬づえをつく腕を、とりかえる。
 三太のほうに、少し顔を向けた。
「おれが言えることでも、ないけどな…っ」
 少し驚いて、彷徨を見る。
「おまえもそれなりに、悩んだのか…ぁ?」

 彷徨は一度目を閉じた。
 目を開けて、あさってを見つめた。
「毎日…一日中、顔、合わすんだぞ…」
 ため息が大きく、白い。
「ルゥのこともあったし…逃げ出すわけに、いかなかったからな…」

「でも、おまえと未夢ちゃんなら…はた目には、いつでもって見えたぜ?」
「そうは言っても…どんなにいい空気が流れてると思っても、そこから一歩踏み出して行くのは…」
 彷徨は目を閉じた。
 そして、顔の前で手を組んで、ゆっくり口を開いた。

「大切なものを失ったらと思うと、…怖かった」

「大切なもの…かぁ…」
 窓の外に、木の葉が一枚、流れていく。
「おれの大切なものって…何だろうなぁ―…」



 ふぅ…。
 遅いなぁ…。
 先に帰ってろ、とは言ってたけど。

 みんなが帰ってから、40分くらい経っただろうか。
 部活で残っている以外は、級友はみんな帰ってしまった。
 暖房も切れて、だいぶ寒くなってきた。

 帰っちゃっても、いいかな…。
 三太くんのことは、帰ってから聞けばいいか…。

「未夢ちゃん?」
 振り向いてみると、かおりがいる。
「かおりちゃん…?」

 ばつが悪い。
 昼休み、うそをついて呼び出したことは、かおりにもわかっているはずだ。

「どっどうしたのっ、こんな時間にっ」
「部活…だったけど、テストの前だから早く終わって」
「あっ、そう、そうなんだっ」

 言葉が続かない。
 このままごまかしながら話すのは、無理がある。
 いっそ…。

「ごめんね」
 そう言ったのは、かおりだった。
「えっ…?」
「あたし、西遠寺くんのこと、ひどい言い方したから…」

 未夢は両手を大きく振った。
「やっやめてよっ、彷徨がどう言われようと、わたしのことじゃ…」
 顔を赤らめる未夢を見て、かおりは笑った。
「でも、好きな人のことを悪く言われるのは、いやじゃない?」
「それはまぁ…そうだけど…っ」

 未夢はふと、疑問を感じた。

「でも、どうして、わたしに…?」
 かおりはイジワルっぽい目を向けた。
「聞いてたんでしょ、お昼休み」

 二の句がつげない。

「聞いたよ、クリスちゃんから…」
 かおりは苦笑いをして、続けた。
「おこってた。『望くんはそんなひとではありませんわ〜』って…あたしから見れば、そんな人だけど」
 未夢も苦笑いをせずには、いられなかった。

 あ、そうだ。

「ごめんね…かおりちゃん、うそついて…」
 かおりは屈託なく、笑ってみせた。
「いーよいーよ、未夢ちゃんも三太くんのこと、思ってのことでしょ?」
 かおりは今度は、いたずらっぽい目を向けた。
「それとも、友達思いの『彷徨』くんに頼まれたかなぁ〜?」

 うっ…。
 なんか、からかわれてる…。

「まっ、まぁ、ねっ、あははっ」
「いーなぁ…あーいう、クールなカッコいい男の子、ほかにいないかなぁ?」

 未夢の困った顔に気づいて、かおりは付け加えた。
「って言っても、いまのところは男子と付き合ったりって、考えられないけどね」
 三太の顔が浮かぶ。
 それじゃ、別に三太くんだからってわけじゃ―…。

「だから、三太くんじゃなくても…三太くん、話しやすいし、あーいう性格だから、結構いいセン行ってるんだけど、…ね」
 かおりは顔を明るくした。
「実際ほら、うわさになってるコ、いるじゃない?あーいうコが出てくるの、わからないでもないよ」

 あっ…。
 涼子ちゃんのこと、どうしよう…。

「あした、三太くんにもあやまんなきゃ…未夢ちゃんも、協力してよ?」
 かおりはそれだけ言うと、かばんを手にした。
 ひとこと、じゃ、というと、足早に教室を出て行く。

 ふぅ…。
 考えてても、しょうがないよね…。
 わたしも帰ろうっ。

 未夢は大きくため息をつくと、席を立った。



 重い足を、一歩一歩進める。
 道の向こうには、見覚えのある、あかい髪。
 隣の女の子は、…!?

 駆け寄ってみる。
「クリスちゃん…涼子ちゃん?」
「あら、未夢ちゃん」
「未夢せんぱい」

 どうしてふたりが一緒にいるのだろう?

「図書室でお見かけしましたの」
「クリスせんぱいが、声かけてくれたんです」

 ひょっとして、わたし以外の人は、心が読めるの…?

「いやですわ未夢ちゃん、全部顔に書いてありますわよ」
 言われて顔をごしごし、こする。
 ふたりとも、笑った。

 それにしても、クリスちゃん…?

 クリスは目くばせをした。
 そっと、微笑んでみせる。
 未夢にも、その意味はわかった。
 未夢も、微笑み返した。

 クリスは満足そうに、しかし話題を変えた。
「涼子ちゃん、マフラーを編んでるっておっしゃるから」
 涼子は少し目を伏せながら、笑った。
「…最後まで、編んでしまいたいんです―…ちゃんと、編んでしまいたいんです」

 なんと応えたらいいのか、わからない。
 ただ、うなづくしか、できなかった。

 クリスが言葉を引き継いだ。
「それでね、毛糸を買いに行くんですって。ご一緒しようと思って」
 未夢はクリスが午前中休んでいたことを思い出した。
「でもクリスちゃん、風邪は大丈夫なの?」

 満面に笑みをたたえて、クリスは答えた。
「お医者様で注射をしていただいてから、すっきりしてますわ…それに、適度に運動して、汗もかきましたし」

 適度…ねぇ…。

 それで思い出した。
「そういえば、光ヶ丘くんは?」
「望くんは具合が悪くなったとかで、先に帰ってしまいましたけど…風邪をうつしてしまいましたかしら」
 未夢は笑うしかなかった。

「未夢せんぱいも、一緒にどうですか?」
 涼子の明るい呼びかけが、心地よい。

「うんっ、行こう行こうっ」

 3人の足取りは、軽かった。


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