作:山稜
「え〜っ、どこ?」
「う、うん、確かこの辺だったと思うんだけどなぁっ?」
寒いというのに、未夢は汗をかいていた。
なにせ、かおりの気をひくように、可愛いネコがいると嘘をついているのだから。
さいわい、りほもきょうは風邪をひいて休んでいたので、それは助かったのだけれども。
「どっか行っちゃったのかな…せっかく、お弁当のたまご焼き、残しといたのに」
かおりは残念そうにまわりを見渡した。
かおりちゃん、ごめん…。
…三太くん、もう来るかな…。
「ホント、どこいったんだろうね…未夢ちゃん?」
不意に声をかけられると、「やましさ」が「ぎこちなさ」になって、つい出てしまう。
「ホっ、ホントだねっ、あはっ、あはははっ」
かおりも伊達に毎日、未夢と過ごしているわけではない。
「…どうしたの未夢ちゃん、なんかヘンだよ?」
視線に疑念が混じって、やってくる。
「そ、そうかなぁ、そんなことないと思うけどなぁ」
陰から見ていた彷徨は、頭を抱えた。
「すっげぇ、不自然だって…」
「そろそろ、きみの出番じゃないのかい?」
望が三太を促す。
「お…っ、おおっ」
いまの三太の動きなら、まだロボットのほうが、なめらかかもしれない。
なんとか、かおりと未夢の前までたどりついた。
「や、やぁ、何か探しものかい」
棒読みだ。
「そっそうなのよ三太くん、このあたりにかわいらしいネコがいたなぁと思って」
こちらも。
「じ、じゃあ、おれも探すよぉ」
彷徨はまた、頭を抱えた。
「おまえら、なぁ…幼稚園児の劇じゃ、ねーんだぞ…」
「まぁまぁ彷徨くん、もう少し様子を見ようじゃないかぁ」
望は楽しげだ。
彷徨の頭は、放たれることはなかった。
「じゃ、わ、わたし、あっち、探してくるからっ」
なんとか未夢はそう言うと、その場を離れた。
遠回りをして、彷徨と望がいる潅木の陰に、こっそりと入る。
来るなり、彷徨が言う。
「未夢…」
「なに?」
彷徨は未夢をまじまじと見つめた。
「おまえ…小西に演技指導、受けたほうがいいぞ…」
なによ、と文句を言おうとしたが、望がそれを止めた。
「しっ、…三太くんの、大舞台だよ」
三太はまっすぐ、かおりの方を向いた。
「天野さん…、あの…」
かおりも三太の様子に、まっすぐ向き直った。
黙って、聞いている。
「…おれ、まっ、前から、天野さんのこと、すっ、」
かおりは目を丸くしている。
それでも、三太の言葉の最後を探して、目をじっと見つめてくる。
それが、三太の言葉を、つっかえさせる。
「すっ、」
息を飲んで見守る。
できれば、後ろから背中をたたいてやりたいくらいだ。
しかし三太には、もはやそれは必要がなかった。
「好きだったんだ…」
ガシャン。
地面をはねる、バドミントンのラケットたち。
ふりかえると、たちつくす涼子の姿。
「さ…っ!?」
まさか涼子がいるとは、三太も思わない。
「おいっ、なんで佐倉がここにいんだっ」
「しらないよっ、わたしだってそこまで聞いてないもんっ」
もめるふたりに、望は口をはさんだ。
「ん〜、午後イチの準備かなぁ」
「なんでそんなことがわかるんだっ」
問いかける彷徨に、望は淡々と応える。
「彼女、2年2組の体育委員だからねぇ」
「それを先に言えよっ…」
彷徨はがっくり、肩を落とした。
涼子は落としてしまったラケットを、ひろい上げた。
ひとつ、会釈をすると、足早に行ってしまった。
「佐倉さ…ん―…」
三太のつぶやきに、かおりが応えた。
「なによ三太くん、あんな子がいるのに、わたしのこと好きだっていうの?」
三太はあわてて答えた。いや、答えにならない。
「いや、あの子は、その…」
かおりは怒りを満面に表した。
「三太くんって、そういうトコ真面目かと思ってたけど、そうじゃなかったんだね!? いつも西遠寺くんとか光ヶ丘くんとかと一緒にいると、そうなっちゃうわけ? なによ、わたしじゃなくても別に誰でもいいんでしょ!? だれかれ構わず、よろしくやんなさいよ、さいてーっ、だいっきらいっ!!」
言葉をはき捨てると、肩をいからせて、スタスタと歩き去って行ってしまった。
「そりゃないよぉ…」
三太はもう、崩れ落ちそうだ。
彷徨は「なんでおれが…」ぶつぶつ言いながら、三太の許へ歩み寄った。
未夢と望も、その後を追う。
「ん〜、心外だなぁ、まるでぼくが女の子に対して、不真面目みたいじゃないか」
こめかみに手をやっている望に、彷徨は言う。
「おまえと一緒にされたくねーよ…」
望はその言葉を受け流して、オカメちゃんからバラを何本か受け取った。
「追うんだ」
そういうと、それを、三太に手渡す。
へーっ…。
光ヶ丘くんって、やっぱり、ロマンチストだね―…っ。
「ほらっ、」未夢は三太の肩をたたいた。「かおりちゃん、追っかけないとっ」
三太は少し元気を取り戻した。
かおりの行った方へ、足を向けた。
「んんっ?」
望がそれをさえぎる。
未夢はおどろいて尋ねた。
「えっ、だって、光ヶ丘くんっ」
「そうじゃないよ〜」
望はバラを指にはさみ、涼子の行った方へ手を差し伸べた。
「こっちがだめならあっち、それもだめなら、またその次じゃないかっ!」
未夢も彷徨も、開いた口がふさがらなかった。
それだけならよかった。
背後から、不穏な気配が漂ってくる。
「そう…次々と、ねぇ…
ぼくはきみのことが好きなんだ…このバラを受け取ってくれ…」
目が、とんでいる。
「クリスちゃんっ!?」
「病院じゃなかったのかっ!?」
耳に入って、いない。
「卒業までの短い時間、ぼくと思い出を作ってくれないか…
卒業するまでの間でいいんだ、その間だけでいいんだよ…
そう言って次々と女の子に声をかけ…
そして卒業しても、望くんはそのまま全員とつきあって…
そんなの…そんなのってええええええええええええええええええ!!!!」
望は落ち着いていた。
「ばかだなぁクリス、そんなこと…」
しかし、効かない。
望は、まきこまれた。
とりあえず、犠牲はひとりですんでいるようだ。
「どうしたんだぁ!?」
「風邪のせいっ?」
「わからん…」
望は叫んだ。
「たっ助けてっ、かなっ…、さんっ…、みっ…」
彷徨は身構えながら、笑った。
「花小町、運動不足なんだろっ、つきあってやれよっ」
にぎやかなふたりをよそに、未夢は言った。
「でも、三太くん、どうするの?」
三太は手の中のバラを、じっと見つめた。