でぃせんばー・ぱずる

#5

作:山稜

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「え〜っ、どこ?」
「う、うん、確かこの辺だったと思うんだけどなぁっ?」

 寒いというのに、未夢は汗をかいていた。
 なにせ、かおりの気をひくように、可愛いネコがいると嘘をついているのだから。
 さいわい、りほもきょうは風邪をひいて休んでいたので、それは助かったのだけれども。

「どっか行っちゃったのかな…せっかく、お弁当のたまご焼き、残しといたのに」
 かおりは残念そうにまわりを見渡した。

 かおりちゃん、ごめん…。
 …三太くん、もう来るかな…。

「ホント、どこいったんだろうね…未夢ちゃん?」
 不意に声をかけられると、「やましさ」が「ぎこちなさ」になって、つい出てしまう。
「ホっ、ホントだねっ、あはっ、あはははっ」

 かおりも伊達に毎日、未夢と過ごしているわけではない。
「…どうしたの未夢ちゃん、なんかヘンだよ?」
 視線に疑念が混じって、やってくる。
「そ、そうかなぁ、そんなことないと思うけどなぁ」

 陰から見ていた彷徨は、頭を抱えた。
「すっげぇ、不自然だって…」

「そろそろ、きみの出番じゃないのかい?」
 望が三太を促す。
「お…っ、おおっ」

 いまの三太の動きなら、まだロボットのほうが、なめらかかもしれない。
 なんとか、かおりと未夢の前までたどりついた。

「や、やぁ、何か探しものかい」
 棒読みだ。
「そっそうなのよ三太くん、このあたりにかわいらしいネコがいたなぁと思って」
 こちらも。
「じ、じゃあ、おれも探すよぉ」

 彷徨はまた、頭を抱えた。
「おまえら、なぁ…幼稚園児の劇じゃ、ねーんだぞ…」
「まぁまぁ彷徨くん、もう少し様子を見ようじゃないかぁ」
 望は楽しげだ。
 彷徨の頭は、放たれることはなかった。

「じゃ、わ、わたし、あっち、探してくるからっ」
 なんとか未夢はそう言うと、その場を離れた。
 遠回りをして、彷徨と望がいる潅木の陰に、こっそりと入る。

 来るなり、彷徨が言う。
「未夢…」
「なに?」
 彷徨は未夢をまじまじと見つめた。

「おまえ…小西に演技指導、受けたほうがいいぞ…」
 なによ、と文句を言おうとしたが、望がそれを止めた。

「しっ、…三太くんの、大舞台だよ」

 三太はまっすぐ、かおりの方を向いた。
「天野さん…、あの…」
 かおりも三太の様子に、まっすぐ向き直った。
 黙って、聞いている。

「…おれ、まっ、前から、天野さんのこと、すっ、」

 かおりは目を丸くしている。
 それでも、三太の言葉の最後を探して、目をじっと見つめてくる。
 それが、三太の言葉を、つっかえさせる。

「すっ、」

 息を飲んで見守る。
 できれば、後ろから背中をたたいてやりたいくらいだ。
 しかし三太には、もはやそれは必要がなかった。

「好きだったんだ…」

 ガシャン。
 地面をはねる、バドミントンのラケットたち。
 ふりかえると、たちつくす涼子の姿。

「さ…っ!?」
 まさか涼子がいるとは、三太も思わない。

「おいっ、なんで佐倉がここにいんだっ」
「しらないよっ、わたしだってそこまで聞いてないもんっ」
 もめるふたりに、望は口をはさんだ。
「ん〜、午後イチの準備かなぁ」

「なんでそんなことがわかるんだっ」
 問いかける彷徨に、望は淡々と応える。
「彼女、2年2組の体育委員だからねぇ」

「それを先に言えよっ…」
 彷徨はがっくり、肩を落とした。

 涼子は落としてしまったラケットを、ひろい上げた。
 ひとつ、会釈をすると、足早に行ってしまった。

「佐倉さ…ん―…」

 三太のつぶやきに、かおりが応えた。
「なによ三太くん、あんな子がいるのに、わたしのこと好きだっていうの?」
 三太はあわてて答えた。いや、答えにならない。
「いや、あの子は、その…」

 かおりは怒りを満面に表した。

「三太くんって、そういうトコ真面目かと思ってたけど、そうじゃなかったんだね!? いつも西遠寺くんとか光ヶ丘くんとかと一緒にいると、そうなっちゃうわけ? なによ、わたしじゃなくても別に誰でもいいんでしょ!? だれかれ構わず、よろしくやんなさいよ、さいてーっ、だいっきらいっ!!」

 言葉をはき捨てると、肩をいからせて、スタスタと歩き去って行ってしまった。

「そりゃないよぉ…」
 三太はもう、崩れ落ちそうだ。

 彷徨は「なんでおれが…」ぶつぶつ言いながら、三太の許へ歩み寄った。
 未夢と望も、その後を追う。

「ん〜、心外だなぁ、まるでぼくが女の子に対して、不真面目みたいじゃないか」
 こめかみに手をやっている望に、彷徨は言う。
「おまえと一緒にされたくねーよ…」

 望はその言葉を受け流して、オカメちゃんからバラを何本か受け取った。
「追うんだ」
 そういうと、それを、三太に手渡す。

 へーっ…。
 光ヶ丘くんって、やっぱり、ロマンチストだね―…っ。

「ほらっ、」未夢は三太の肩をたたいた。「かおりちゃん、追っかけないとっ」
 三太は少し元気を取り戻した。
 かおりの行った方へ、足を向けた。

「んんっ?」
 望がそれをさえぎる。
 未夢はおどろいて尋ねた。
「えっ、だって、光ヶ丘くんっ」

「そうじゃないよ〜」
 望はバラを指にはさみ、涼子の行った方へ手を差し伸べた。
「こっちがだめならあっち、それもだめなら、またその次じゃないかっ!」

 未夢も彷徨も、開いた口がふさがらなかった。

 それだけならよかった。
 背後から、不穏な気配が漂ってくる。

「そう…次々と、ねぇ…
 ぼくはきみのことが好きなんだ…このバラを受け取ってくれ…」

 目が、とんでいる。

「クリスちゃんっ!?」
「病院じゃなかったのかっ!?」

 耳に入って、いない。

「卒業までの短い時間、ぼくと思い出を作ってくれないか…
 卒業するまでの間でいいんだ、その間だけでいいんだよ…
 そう言って次々と女の子に声をかけ…
 そして卒業しても、望くんはそのまま全員とつきあって…
 そんなの…そんなのってええええええええええええええええええ!!!!」

 望は落ち着いていた。
「ばかだなぁクリス、そんなこと…」
 しかし、効かない。

 望は、まきこまれた。
 とりあえず、犠牲はひとりですんでいるようだ。

「どうしたんだぁ!?」
「風邪のせいっ?」
「わからん…」

 望は叫んだ。
「たっ助けてっ、かなっ…、さんっ…、みっ…」
 彷徨は身構えながら、笑った。
「花小町、運動不足なんだろっ、つきあってやれよっ」

 にぎやかなふたりをよそに、未夢は言った。
「でも、三太くん、どうするの?」

 三太は手の中のバラを、じっと見つめた。


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