でぃせんばー・ぱずる

#4

作:山稜

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 教室のドアが開く。
「おや〜きみ達っ、えらく早いじゃないかぁ〜?」
 三太と彷徨が振り向いてみると、望だ。
 彷徨の顔は引きつった。

「あれぇ彷徨くん、きょうは未夢っちと一緒じゃないのかい?」
「未夢は後から来る…そういうおまえ、花小町はどうしたんだ」
「ん〜、きょうはクリスが風邪を引いて病院に行ってしまったからねぇ〜…いつも迎えに行く時間にうちを出たら、こんな時間に着いてしまったよ」

 望はオカメちゃんのカゴをかばんから取り出した。
 冬場、登下校中はオカメちゃんは特注の保温カゴに入っていた。
 オカメインコは元来、オーストラリア内陸部が原産の鳥だ。連れ歩くには、寒くないようにしてやらないと…という、望なりの配慮だった。

「まだ寒いね…もう少し、そこにいておくれ、オカメちゃん」

「じゃ、花小町は休みか」
 彷徨にそういわれると、望はオカメちゃんにバラを促した。そのバラを、鼻先に持ってくる。
「それがそうじゃないんだ…クリスったら、注射1本で治るから、昼からでもぼくに会いに来る、そう言うんだよ〜」
 望は満足げだ。

「おれなら寝とけって言うけどな」
 呆れ半分に彷徨がつぶやく。
 望は聞き逃さなかった。
「きみ達のように一緒に住んでるんなら、それもいいだろうけどねぇ〜」

「もう一緒に住んでねーだろっ」
 彷徨の反論は通じなかった。
「ほぼ一緒に住んでるようなものじゃないか〜、いつ結婚するんだい〜?」

 これには、さしもの彷徨もあきらめざるを得なかった。
「もういい…お前と話してると疲れる…」
「ふふん、ぼくの勝ちだな」
「あーもー、なんとでも言っとけっ」

 望はあることに気がついた。
 いつもなら、望が彷徨をからかっているときは、三太は面白そうに聞いている。
 それが、けさに限って、ずっと窓の外の方を見たままだ。

「三太くん、どうしたんだい?悩みごとかい?」
 三太の思考がいつもどおりなら、望にそう言われたところで、なにか言い返してからかうところだ。
 実際、望もそう返ってくることを期待していた。

 しかし、三太はいつもどおりではなかった。
 頼みにしていた彷徨からも、有効な解決策をひき出せない。
 困り果てていた。
 バケツをひっくり返すように、話した。

「望ぅ、ある女の子が自分に気がありそうで、でもそれがはっきりと言われたわけじゃなくて、なのにまわりはもう既成事実のように扱ってて、でも自分は別の子が好きで、納得できてないなら、お前ならどうするぅ」

 望は拍子抜けした。
 いつもと調子が違う。
 本当に悩んでいるのだと、わかった。

「佐倉さんのことかい」
 望の言葉に、三太は目を伏せた。
「あのコ結構かわいいじゃないか〜、なにが不満だって言うんだい」

 彷徨は頭を抱えた。
「そういう問題じゃ、ねーだろ…」
「そうかい?」
 望はあっけらかんとしている。

「ぼくならとにかく、来てくれる相手にはやさしくする、ふりむいてくれない相手にはアタックを続ける、だなぁ」
「おまえ、それ何の解決にもなってないぞ…」
 もう、彷徨はあきれ返っている。

「それもだめなのかい?」
 望は目を丸くした。
 あごに手を伸ばして、考えこんだ。

「ふ…む、好きだと言われたわけじゃないから突き放せない、周りが認めてしまってるから本命に打ち明けることもできない、現状に納得もできないかぁ…まるで…」
 望が首をかしげたとき、教室のドアがまた開いた。

「おはよ…っ」
「やあ未夢っち、きょうも美しいね〜」
 未夢は思いもよらない相手からのあいさつにおどろいた。
「げっ、光ヶ丘くん?」

「いやだなぁ、『げっ』はないじゃないか〜」
「クっ、クリスちゃんは?」
 望が答えかけるのを、彷徨がさえぎった。
「風邪だってさ、病院に行ってから来るらしい」

「へぇ…」
 未夢はそこまで聞くと、ひきつった顔を元に戻した。
「あっ…彷徨っ、ちょっといい?」
 彷徨は片眉を少し吊り上げて、手招きする未夢のあとから廊下に出た。



「あのね…っ」

 未夢は来る途中のいきさつを一通り、彷徨に話した。

 彷徨はつぶやいた。
「またむずかしいピースが増えたか…」
「ピースって?」

「いや…」
 大きなため息がひとつ、白く広がる。
 望の言いかけたとおり…

「…まるで、こみ入ったパズルを解いているみたいだと思って、な…」

 未夢は彷徨の横顔を見つめた。
 5メートルほど先の天井を、彷徨は見上げていた。

「それにしても、おまえ…」
「え?」
 未夢が応えると、彷徨は未夢を横目で見た。
 ピンポン玉を弾くように、言った。

「バカ」

 うっ…。

 自分でも、そう思う。
 言い返す言葉がない。

 うなだれる未夢に、彷徨はそっと、言った。
「まぁ…もう言っちまったもんは、しょうがねーだろっ」
 未夢に顔を向ける。
「…佐倉をどーするかは、後で考えよーぜ」

「ごめん…」
 未夢はそう言うのがせいいっぱいだった。
 彷徨はだまって、未夢の頭をぽんぽんとなでた。
 目頭が熱くなる。

「ばかって言われるたびに、いちいち泣いてたら、そのうちミイラになっちまうぞ」
 言葉の意味がよくわからなくて、彷徨の顔を見る。
「だっておまえ、しょっちゅうバカなことばっかやってるじゃん…そのうち体中の水分、涙になって全部出ちまうって」
 彷徨はあさっての方を向いて、舌を出していた。

「どーせっ、…」
 そこまで言って、やめた。
 彷徨が気づいて、不思議そうに見ている。

 降ろした彷徨の手の小指、その先を、未夢はそっとにぎった。

「ありがと…」

 彷徨はしばらく、黙って微笑んでいた。

 どこかから、足音が聞こえる。
「入るか…」
 未夢はうなづいて、彷徨のあとをついていった。



「どうして佐倉さんじゃいやなんだい」
 望が尋ねていた。
「なんとなく…納得いかない…」
 三太が答えている。

「何がそんなに納得いかないんだい」
「だっておれ…女の子に好きになられたことなんてないから…」

 ちょうどその言葉を耳にして、未夢は胸の奥を握りつぶされた。
 自分も、そんなことを言った覚えがある…。

 違うのは、自分の心に住んでいるひとがいることに、気づこうとしなかったこと。
 あのとき、それに気づいていれば、栗太くんは―…
 傷つかなくても、すんだのかもしれない…。

 やっぱり、だめだ。

「三太くんっ」
 思わず、声が出た。
 3人とも、未夢を見た。

「だめだよっ、…はっきりさせないと―…」

 苦しげな顔の未夢に、彷徨が心配そうな目を向ける。
 二人の姿に、三太の瞳は力を取り戻した。

「そう…だよなぁ、おれ…はっきりさせてみるよ」

「三太!?」
「三太くん…」

 望だけは驚いていなかった。
「ん〜…なら、本命のコに打ち明けるのが先だろうねぇ〜…」

 彷徨はまゆをつりあげた。  望がまともなことを言っている…?
 しかしどうであれ、まともな意見だ。

「それも一理あるな…」
 彷徨は三太に視線を向けた。
「どうするんだ?」
「思い立ったんだ、決心が変わらないうちに、言ってしまいたいなぁ」

 三太の言葉を、彷徨が受けた。
「未夢、」
 呼びかけられて、彷徨のほうを向く。
 彷徨はつづけた。
「なんとかして、昼休みに天野を体育館の裏に連れ出せないか?」

 悩んでいる場合では、ない。
「ん…なんとか、してみるよっ」

 みんなの顔に少し、明るさが戻った。


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