作:山稜
「三太くんもスミに置けないねっ」
若干早く教室に着いていた三太に、未夢は声をかけた。
「は?なんのこと?」
三太はおとぼけ顔だ。未夢はちょっと面白がった。
「ほら、さっき一緒に来てたコ…っ」
それを聞いて、三太は顔を明るくした。
「ああっ、佐倉さん?」
「結構かわいいじゃない、いつのまにっ」
佐倉涼子は、同性の目から見ても確かにかわいい方だった。
元アイドルで今も結構活躍している、松戸礼子の若い頃に似た感じがする。
あれでメガネを取って、髪のサイドを内ロールさせれば…当時流行った「礼子ちゃんカット」をすれば、そのままかもしれない。
言われて、三太は目を見開いた。
「そんなんじゃないよぉ、あのコ、陸上部の後輩なだけなんだから」
「それにしては、なかなかいい雰囲気だったじゃない」
話しているうちに、次々と級友たちが教室に入ってくる。
「そんなんじゃないって、朝たまたま一緒になっただけなんだから」
「ふーん?」
未夢は面白がっている。
「おい…未夢、もう先生くるぞ」
彷徨がけん制する。
しぶしぶ、ひきさがる。
彷徨は頬づえと、ため息をついた。
◇
あれから毎朝、三太と涼子を見かけるようになった。
もう、かれこれ1週間になるだろうか。
未夢も初日こそ面白がっていたが、三太もああ言っていたし、気にしてもいなかった。
しかし、こうなるともう、ただたまたま一緒になっただけという感じではない。
「やっぱり三太くん、佐倉さんと?」
未夢は彷徨に聞いてみた。
「…さあなっ」
彷徨の返事は無愛想だ。
「彷徨、なんにもきいてないの?」
三太と彷徨とは幼い頃から、お互いに一番の親友だ。何かあれば、彷徨が知っているに違いない。
「友達だからって、何もかも知ってるわけじゃないからな…」
彷徨は少し口をとがらせた。
「言いたくないこと…言えないことだって、三太にだってあるだろう」
そういえばそうだ。
彷徨も、ルゥやワンニャーのこと、未夢のことは三太にも詳しく話をしてはいなかった。
それでも、気がねなく付き合うことができるところが、このふたりが長く友達づきあいをしている理由でもあった。
「そう…ね…でも、」
「ん?」
彷徨は未夢のほうを見た。未夢は言葉を続けた。
「佐倉さん、なんだか嬉しそうだよ?」
別段、はしゃいでいる様子でもないように見える。
ただ、その中に何か、感じるものがあった。
「ん…」
彷徨は少し、眉を寄せた。
◇
「だ〜から〜ぁ、運動エネルギーのぉ〜〜、法則はぁ〜〜、」
理科教諭、金九が黒板に公式を書き出す。
教室にチョークの音と、ノートに鉛筆を走らせる音が響く。
「じゃぁ〜〜、次のとこぉ〜〜、黒須ぅ〜〜、読んでぇ」
三太は返事をしない。
「黒須ぅ〜、どうしたぁ〜?」
彷徨が三太をつつく。
三太は飛び上がって大声で返事をした。
「次のとこぉ〜〜、読んでぇ」
ほらっここからだっ、と、そっと彷徨が教えてくれている。
それでも、いままでぼおっとしていた分、反応が鈍ってしまう。
金九は言った。
「い〜です、黒須ぅ、スポーツ推薦が決まったからってぇ〜、だれてちゃいけないなぁ〜〜」
「いやっ、そのっ、そういうわけじゃ…」
三太はそういうのが精一杯だった。
しかし、その後の金九の言葉は、まったく三太の予想しないものだった。
「う〜ん、それじゃぁ〜、女の子にうつつを抜かしているのかなぁ〜〜」
三太は何を言われているのか、わかりかねた。
まさか金九が、自分の意中のひとのことを知っている?
「知ってますよぉ〜〜、佐倉さんと毎朝仲良くぅ、手をつないで登校してぇ」
三太は言葉をなくした。
彷徨が、顔をしかめていた。
◇
「手なんかつないでたっけ?」
帰り道、未夢は彷徨に尋ねた。
「んなわけねーだろっ」
彷徨は少し、声を荒げた。
「なによっ、おこらなくたっていいじゃないっ」
「あ…悪かった」
彷徨は妙に素直だ。
大きなため息をひとつ、未夢の目の前でついた。
「どしたの?」
未夢は彷徨の顔をのぞきこんだ。
「ん…」
彷徨の眉間には、たてに何本かのしわが寄っている。
「やっぱり何か、知ってるんでしょっ」
男の子の間の友情とか、秘密とか、
そういうことはよくわからない。
でも、そのために、彷徨が悩む姿は、あまり見たくない。
未夢はじっと、彷徨の目を見つめた。
「あのな…」 彷徨はやっと、口を開いた。
「おまえ、天野と仲、いーだろ」
「かおりちゃん?そりゃそうよ、いつも一緒じゃない」
天野かおりは、教室では未夢のとなりの席だ。
ショートカットの前髪を脇で、ピンで留めているのが、未夢から見てもかわいらしい。
2年のときから席が近くて、クリスと、りほの4人でお弁当を食べるのが習慣になっているし、何か困った時には必ず声をかけてくれるような、身近な存在だ。
そんなことぐらいは、彷徨も知っているはずなのに、
わざわざ、今になって、何を…。
「あいつ、好きなヤツとか、いるのか?」
未夢はその言葉が、理解できなかった。
言葉の意味は分かる。何を聞かれているのかということもわかる。
しかし、その言葉が彷徨の口から出てくることに、理解ができなかった。
彷徨が興味を持っている?
そんなこと…。
思い切って聞いた。
「なんで?」
彷徨は未夢の顔を見て、言った。
「おまえ…なんか、勘違いしかけてないか?」
「へ?」
彷徨は少し頬を赤らめた。
「おれが、なわけねーだろっ、三太だ三太っ」
いつのまにか、彷徨は心が読めるようになったのだろうか?
「あっ…あははっ」
未夢は笑ってごまかすしかなかった。
「で…どうなんだよっ」
「うーん…別にいないみたいだけど…そういう気もないんじゃない?」
未夢はそれだけ言うと、はたと気がついた。
「えっそれじゃ三太くん、佐倉さんとは?」
彷徨はまた、眉間にしわを寄せた。
「三太がどう思ってるかどうか、しらねーけど…あんなこと言われたりすんの、不本意なんじゃねーかな…」
「そんなのだめだよっ!」
未夢が思いのほか大きな声を上げたので、彷徨は目を丸くした。
「そんな気持ちでやさしくされたって、…するほうもされるほうもみんな、傷つくじゃない…」
今度は未夢が、眉間にしわを寄せていた。
彷徨は未夢の顔を見ると、言った。
「でも、あいつ自身のことだからな…」
「それでも…」
未夢は自分のことのように思えた。
ふと、喜上アキラの顔が浮かんだ。
「彷徨…」
「ん?」
「いまでも…アキラさんのこと、好き?」
彷徨は豆鉄砲を食らった顔で、未夢を見た。
そして、
「なんでそーなるんだよっ!」
「だって…彷徨がもし、アキラさんのことがまだ好きで、それでもわたしにやさしくしてくれてて、それで…」
だんだん、自分が何を言いたいのかがわからなくなってくる。
涙まで、出てきた。
「あのなぁ…」
彷徨は未夢の頭を、ぽんぽんとなでた。
「おまえの言いたいことはわかったよ…あした、三太と話してみるから…」
未夢の涙はまだ、おさまらない。
彷徨はひとつ、ため息をついた。
「あんまりなぁ、いつもいつも言ってると安っぽくなるから嫌なんだけどな、」
そういうと、未夢の頭を抱き寄せる。
「おれが好きなのは、おまえだけだ…」
未夢の涙はまだ、おさまらない。
「おいっ、いーかげん泣きやめよ…っ」
「だって…」
涙って、かなしいときだけ出るわけじゃ、ないんだからねっ…。
その言葉すら、声にならなかった。