でぃせんばー・ぱずる

#2

作:山稜

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「三太くんもスミに置けないねっ」
 若干早く教室に着いていた三太に、未夢は声をかけた。

「は?なんのこと?」
 三太はおとぼけ顔だ。未夢はちょっと面白がった。
「ほら、さっき一緒に来てたコ…っ」

 それを聞いて、三太は顔を明るくした。
「ああっ、佐倉さん?」
「結構かわいいじゃない、いつのまにっ」

 佐倉涼子は、同性の目から見ても確かにかわいい方だった。
 元アイドルで今も結構活躍している、松戸礼子の若い頃に似た感じがする。
 あれでメガネを取って、髪のサイドを内ロールさせれば…当時流行った「礼子ちゃんカット」をすれば、そのままかもしれない。

 言われて、三太は目を見開いた。
「そんなんじゃないよぉ、あのコ、陸上部の後輩なだけなんだから」
「それにしては、なかなかいい雰囲気だったじゃない」

 話しているうちに、次々と級友たちが教室に入ってくる。
「そんなんじゃないって、朝たまたま一緒になっただけなんだから」
「ふーん?」
 未夢は面白がっている。

「おい…未夢、もう先生くるぞ」
 彷徨がけん制する。
 しぶしぶ、ひきさがる。
 彷徨は頬づえと、ため息をついた。



 あれから毎朝、三太と涼子を見かけるようになった。
 もう、かれこれ1週間になるだろうか。
 未夢も初日こそ面白がっていたが、三太もああ言っていたし、気にしてもいなかった。
 しかし、こうなるともう、ただたまたま一緒になっただけという感じではない。

「やっぱり三太くん、佐倉さんと?」
 未夢は彷徨に聞いてみた。
「…さあなっ」
 彷徨の返事は無愛想だ。

「彷徨、なんにもきいてないの?」
 三太と彷徨とは幼い頃から、お互いに一番の親友だ。何かあれば、彷徨が知っているに違いない。

「友達だからって、何もかも知ってるわけじゃないからな…」
 彷徨は少し口をとがらせた。
「言いたくないこと…言えないことだって、三太にだってあるだろう」

 そういえばそうだ。
 彷徨も、ルゥやワンニャーのこと、未夢のことは三太にも詳しく話をしてはいなかった。
 それでも、気がねなく付き合うことができるところが、このふたりが長く友達づきあいをしている理由でもあった。

「そう…ね…でも、」
「ん?」
 彷徨は未夢のほうを見た。未夢は言葉を続けた。
「佐倉さん、なんだか嬉しそうだよ?」

 別段、はしゃいでいる様子でもないように見える。
 ただ、その中に何か、感じるものがあった。

「ん…」
 彷徨は少し、眉を寄せた。



「だ〜から〜ぁ、運動エネルギーのぉ〜〜、法則はぁ〜〜、」
 理科教諭、金九が黒板に公式を書き出す。
 教室にチョークの音と、ノートに鉛筆を走らせる音が響く。

「じゃぁ〜〜、次のとこぉ〜〜、黒須ぅ〜〜、読んでぇ」
 三太は返事をしない。
「黒須ぅ〜、どうしたぁ〜?」

 彷徨が三太をつつく。
 三太は飛び上がって大声で返事をした。

「次のとこぉ〜〜、読んでぇ」
 ほらっここからだっ、と、そっと彷徨が教えてくれている。
 それでも、いままでぼおっとしていた分、反応が鈍ってしまう。

 金九は言った。
「い〜です、黒須ぅ、スポーツ推薦が決まったからってぇ〜、だれてちゃいけないなぁ〜〜」
「いやっ、そのっ、そういうわけじゃ…」
 三太はそういうのが精一杯だった。
 しかし、その後の金九の言葉は、まったく三太の予想しないものだった。

「う〜ん、それじゃぁ〜、女の子にうつつを抜かしているのかなぁ〜〜」

 三太は何を言われているのか、わかりかねた。
 まさか金九が、自分の意中のひとのことを知っている?

「知ってますよぉ〜〜、佐倉さんと毎朝仲良くぅ、手をつないで登校してぇ」

 三太は言葉をなくした。
 彷徨が、顔をしかめていた。



「手なんかつないでたっけ?」
 帰り道、未夢は彷徨に尋ねた。

「んなわけねーだろっ」
 彷徨は少し、声を荒げた。
「なによっ、おこらなくたっていいじゃないっ」

「あ…悪かった」
 彷徨は妙に素直だ。
 大きなため息をひとつ、未夢の目の前でついた。

「どしたの?」
 未夢は彷徨の顔をのぞきこんだ。
「ん…」
 彷徨の眉間には、たてに何本かのしわが寄っている。
「やっぱり何か、知ってるんでしょっ」

 男の子の間の友情とか、秘密とか、
 そういうことはよくわからない。
 でも、そのために、彷徨が悩む姿は、あまり見たくない。

 未夢はじっと、彷徨の目を見つめた。

「あのな…」 彷徨はやっと、口を開いた。
「おまえ、天野と仲、いーだろ」
「かおりちゃん?そりゃそうよ、いつも一緒じゃない」

 天野かおりは、教室では未夢のとなりの席だ。
 ショートカットの前髪を脇で、ピンで留めているのが、未夢から見てもかわいらしい。
 2年のときから席が近くて、クリスと、りほの4人でお弁当を食べるのが習慣になっているし、何か困った時には必ず声をかけてくれるような、身近な存在だ。

 そんなことぐらいは、彷徨も知っているはずなのに、
 わざわざ、今になって、何を…。

「あいつ、好きなヤツとか、いるのか?」

 未夢はその言葉が、理解できなかった。
 言葉の意味は分かる。何を聞かれているのかということもわかる。
 しかし、その言葉が彷徨の口から出てくることに、理解ができなかった。

 彷徨が興味を持っている?
 そんなこと…。
 思い切って聞いた。
「なんで?」

 彷徨は未夢の顔を見て、言った。
「おまえ…なんか、勘違いしかけてないか?」
「へ?」
 彷徨は少し頬を赤らめた。
「おれが、なわけねーだろっ、三太だ三太っ」

 いつのまにか、彷徨は心が読めるようになったのだろうか?
「あっ…あははっ」
 未夢は笑ってごまかすしかなかった。
「で…どうなんだよっ」
「うーん…別にいないみたいだけど…そういう気もないんじゃない?」

 未夢はそれだけ言うと、はたと気がついた。
「えっそれじゃ三太くん、佐倉さんとは?」
 彷徨はまた、眉間にしわを寄せた。
「三太がどう思ってるかどうか、しらねーけど…あんなこと言われたりすんの、不本意なんじゃねーかな…」

「そんなのだめだよっ!」
 未夢が思いのほか大きな声を上げたので、彷徨は目を丸くした。
「そんな気持ちでやさしくされたって、…するほうもされるほうもみんな、傷つくじゃない…」

 今度は未夢が、眉間にしわを寄せていた。
 彷徨は未夢の顔を見ると、言った。
「でも、あいつ自身のことだからな…」

「それでも…」

 未夢は自分のことのように思えた。
 ふと、喜上アキラの顔が浮かんだ。

「彷徨…」
「ん?」
「いまでも…アキラさんのこと、好き?」

 彷徨は豆鉄砲を食らった顔で、未夢を見た。
 そして、
「なんでそーなるんだよっ!」

「だって…彷徨がもし、アキラさんのことがまだ好きで、それでもわたしにやさしくしてくれてて、それで…」
 だんだん、自分が何を言いたいのかがわからなくなってくる。
 涙まで、出てきた。

「あのなぁ…」
 彷徨は未夢の頭を、ぽんぽんとなでた。
「おまえの言いたいことはわかったよ…あした、三太と話してみるから…」

 未夢の涙はまだ、おさまらない。
 彷徨はひとつ、ため息をついた。

「あんまりなぁ、いつもいつも言ってると安っぽくなるから嫌なんだけどな、」
 そういうと、未夢の頭を抱き寄せる。
「おれが好きなのは、おまえだけだ…」

 未夢の涙はまだ、おさまらない。
「おいっ、いーかげん泣きやめよ…っ」
「だって…」

 涙って、かなしいときだけ出るわけじゃ、ないんだからねっ…。

 その言葉すら、声にならなかった。


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