作:山稜
目の前には小さな少年がいた。
少年は優しい光に包まれていた。
しかし、その光は突然はじけ飛んだ。
少年はあたりを見回した。砂漠になっていた。
あちこちに光の粒が散乱している。
少年はそれをかき集めようとした。
だが、光たちは輝きを失っていった。
かき集めることができた幾らかの粒たちも、指のすき間から、こぼれ落ちていく。
≪こぼれるんだ―…≫
少年は、しゃがみこんで砂をすくっている。
何度も何度も、足元の砂をすくう。
すくった砂が、指のすき間から、こぼれ落ちていく…。
≪すくっても、すくっても、こぼれるんだ―…≫
やがて少年は、砂の中からまばゆく輝く光の粒をすくい上げた。
少年は歓喜の声を上げた。
しかし次の瞬間、手の中の光は指のすき間から、こぼれ落ちていった。
少年は落胆し、足許をじっと見つめた。
未夢は少年に近づこうとしたが、砂に足を取られ、前に進めない。
声をかけようとしても、砂の舞う音にかき消されて届かない。
少年の姿は大きくなった。
すらりと手足は伸び、体は細身の割にがっしりとしている。
大きくなっても少年は、砂をすくった。
しかし、もう光は見つからなかった。
少年は悲しみにくれた。
≪もう、いい―もう、いやだ―…≫
未夢は一生懸命少年に近づこうとした。
やはり砂に足を取られ、前に進めない。
でも、この少年が、こんなに悲しむところを、見たくない。
息を振り絞って、声をかけた。
「がんばって、あきらめないで―…」
少年は未夢を見つけた。
すると、少年の目の前に光が現れた。
しかし、少年はそれを見つめたまま、手を伸ばそうとしない。
≪もう、いいんだ―…
どうせすくっても、すくっても、こぼれるんだ―…
どこかに行ってしまうんだ―…≫
それでも光は少年から離れようとしなかった。
やがて光の中から、小さな天使が現れた。
天使は少年の目の前で小さな羽根をはばたかせて、そして笑顔で言った。
≪パンパッ?≫
≪もう、やめてくれ―…≫
少年は叫びをあげた。
それでも天使は無邪気な笑顔を携えたまま、やめなかった。
≪パンパッ!≫
≪もう、いやなんだ―大切なものを失うのは!―…≫
天使は少年から少し離れると、指を振りかざした。
≪きゃーい!≫
一部始終を見ていた未夢の視界は、急に切り替わった。
あっけにとられていたが、気がついてみると、自分の姿が光り輝いている。
顔を上げてみると、目と鼻の先に少年の―彷徨の顔が、あった。
天使は言った。
≪パンパッ?マンマッ!≫
未夢と彷徨が天使の方を見ると、天使は満面に笑みを浮かべた。
彷徨は一瞬ためらって、天使の顔を見た。
その笑顔に意を決したのか、未夢を抱き寄せた。
何も言わず、強く抱きしめた。
痛くはなかった。心地よかった。
「未夢―…どこにも行かないでくれ」
その言葉に、驚いた。
うれしかった。
でも―…。
≪あきらめないで≫
天使は言葉を発した。
見る見るうちに、成長していく。
成長は、背丈が彷徨とちょうど同じぐらいになったところで止まった。
羽根は大きく、何枚もに増えた。
それでも、愛らしい大きな瞳と透き通るような金髪は変わらなかった。
≪あきらめないで―ぼくは、あなたがたが大好きなんだ≫
そういうと、10枚はあろうかという羽根をひろげた。
そして思い切りはばたかせる。
みるみるうちに、砂漠が消えていく。
≪あきらめないで―約束だよ≫
天使はその言葉を残して、飛び去っていった。
◇
小鳥の鳴き声で、目が覚めた。
いまのは―…夢…だよね。
でも―
着かえる間も惜しんで、彷徨の部屋に向かう。
「彷徨っ」
見ると、彷徨はふとんの上に座っていた。こちらを向いて、目を大きく見開いた。
「未夢―…ひょっとして、おまっ」
「見た…天使のルゥくん…」
「そうか…」彷徨は驚いたような、納得したような顔をした。
未夢は彷徨のすぐ隣に座った。
きっとそうだという、確信があった。
「…どこにも行かないでくれって、言ってくれたよね…」
彷徨は未夢を見つめた。そして顔を赤く染めて、視線をそらせた。「ああ」とだけ応えた。
「…ひょっとして、機嫌―急に悪くなったりしたのって…」
そうなんだ。
もうすぐ、わたしはここをでなきゃいけない。
そのことを、彷徨は―…
そういうことに触れたときに、彷徨は傷ついていたんだ―…。
「わたしっ…あきらめないよ」
彷徨の顔を見た。彷徨も未夢に顔を向けた。未夢は続けた。
「だって、…約束だもんっ」
「おれも…もう、あきらめない」
彷徨はそういうと、未夢の肩を掴んだ。そして、自分の意志を確かめた。
「あきらめないよ―約束だ」
強く抱いた。
やっぱり、痛くなかった。
心地よかった。
彷徨の肩越しに、キルケゴールが目に入った。
未夢は彷徨の言葉を思い出した。
≪絶望とは、死に至る病である―…≫
…ルゥくんが、絶望から救ってくれたのかな…。
彷徨は未夢が何を見ているか、気がついた。
…絶望を契機に、か―…。
彷徨はさらに、その向こうにある聖書に目をやった。
「なぁ未夢」
彷徨はふと問いかけた。なに、と未夢が応えると、彷徨は言った。
「ルゥの本名って、ひょっとして、ルシ…」
その後の言葉は、電話のベルにかき消された。
「え?なに?」
未夢は問い返したが、彷徨は鳴る電話に呼ばれて立ち上がった。
「いや…お前に聞いても、わかんないよな」
両眉を上げていたずらっぽく言う彷徨に、未夢はちょっとむくれてみせた。
「なによそれーっ!」
まさか、な…ちょっとそういうの、読みすぎだな、おれ。