わんだりんぐ・どりーむず

#10

作:山稜

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 彷徨の背中を見送る。
 前は、あの背中を見せられると、それ以上何も言ってはいけないような気がした。
 でも今は、あの背中を見ると、なぜか甘えたくなる。

 そっか、パパの背中とおんなじなんだ―…。

 なんとなく、嬉しかった。
 戻ってきた彷徨に言った。
「彷徨って、何となくパパに似てるよっ」

「なんだそりゃ」彷徨は未夢の突然の言葉に、あっけに取られた。「お前の父さんみたいにいつもニコニコしてないだろっ、おれ」
「そうじゃなくて、なんて言うか…」
 自分が感じているものが、うまく言葉にならない。
 彷徨の問いかけてくる視線に答えたいけど、答えられない自分がもどかしい。

「あーっ、もういいっ」
 あきらめてふと見上げると、彷徨が優しい目で自分を見ていた。
 目が合った。
 彷徨はすぐに目をそらした。何となく、頬が赤い。
 意地悪したくなって、視線の方向にわざわざ行ってみる。
 また目をそらす。
 また行ってみる。またそらす。また行ってみる。

「なんだよっ」彷徨の顔は、もう紅葉いっぱいの山のようだ。
「あははっ」未夢はおかしくて、笑った。
「ったく」
 悪態をつきながら、それでも彷徨山の木々は、落葉しなかった。

 彷徨が話題を変えた。
「そういえば、みんな帰ってくるぞ」
「えっ?」
「お前の母さんと父さん、それにうちのバカ親父」
 これには未夢も驚いた。まだ、両親がいつ帰ってくるとはひと言も聞いていない。シャトルの打ち上げから、だいたいひと月ぐらい先だと聞いていたのに、まだ半月ほどしか経ってない。もっと先の話なら、わざわざ彷徨がいま言い出すとは思えない。

「いつ?」
「いま空港に着いたらしいから、昼過ぎぐらいだな」

 そんなに早く…?
 もう、帰らなきゃいけないの…?
 何の準備も、…心の準備も、できてない―…。

 急に落ち込んだ未夢に、彷徨は慌てて付け加えた。
「まっ、お前の母さんと父さんはまたアメリカにもどらなきゃならないらしいけどな」
「なーんだっ、」未夢は顔をほころばせた。「それを早く言ってよねっ、もうっ」

 そうなんだ…。
 ママやパパが帰ってくるのは嬉しいけど、
 彷徨と一緒にいられなくなることのほうが、もっと淋しい…。
 わたしはもう、彷徨がいないと…。
 そして、きっと、彷徨も―…そうなんだ。
 そう思ってくれてるんだ…。

「彷徨っ」
 未夢は自分の口をついて出てくる名前を止められなかった。
 彷徨は何も言わずに、未夢の目を見つめた―優しい眼差しで。
 しかし、また目をそらしてしまった。

 どうしたの…?
 ひょっとして、わたしと同じようには、彷徨は思っては、くれてないの―…?

「未夢…」言いにくそうに、彷徨は口を開いた。
「…なに?」恐る恐る、返事をした。
「あのな…」
 その後の彷徨の言葉が怖くて、目をつぶった。

「だからそのパジャマ、前、開き過ぎなんだって」



「どうしたんじゃ彷徨、その頬っぺたは」
 宝晶は荷物を置きながら尋ねた。
「別に…なんでもねーよっ」
「ははぁ、どうせ未夢さんにつまらんことを言って、ひっぱたかれたんじゃろ」そういうと宝晶は、顔を赤くしている未夢に声をかけた。「構やせんから、もっとビシバシひっぱたいてやってくだされ」

「なに言ってんだオヤジ、そんなことされたらオレの頬っぺた、なくなっちまうじゃねーか」
 食ってかかる息子に父は言う。
「ほほう、そんなに痛いということをよく知っとるようじゃな?」
 まだまだじゃ、という顔の宝晶に、彷徨は無愛想に口をつぐんだ。

 傍らでは、未来がかばんを開けて土産を取り出している。
「ごめんね〜、今回は急に帰ることが決まったから、面白いお土産ないのよ。あ、これ、宇宙食のハンバーガー。宇宙食って言っても最近は専用のものじゃなくなってきてるけど…あっ、ケーキもあるのよっ?でも数がないから、あとで彷徨くんと一緒に食べなさいね。それから…」

 あれこれと土産を説明している未来をよそに、未夢は優に聞いた。
「また戻るの?」
「そうなんだ、今回はママの報告会とパパの学会が重なったから、とにかく一度日本に帰って、ゆっくり未夢の顔を見る時間を作ろうじゃないかってことになってね。宝晶さんもいつまでもここを留守にしておくわけにも行かないだろうし、一緒に帰ることにしたんだよ」
「じゃ、向こうを引き上げるのはいつ頃になるの…?」
「そうだなぁ、それでもそんなに先じゃないよ、半月ぐらい後だ。来月の中頃には帰ってくるから、クリスマスにはまた一緒に暮らせるな」
 嬉しそうに優は答えた。

 クリスマス…。
 彷徨の誕生日。

 もうそのときには、わたしはここにいないの…か。

 優は顔を曇らせた未夢に言った。
「ごめんごめん、変に期待させてしまったかな…でも、半月なんてすぐだよ」

 そっか…。
 パパはわたしが、パパたちに早く帰ってきてほしがってると思ってるんだね…。

 未夢は笑顔を作った。
「そうだねっ、半月なんてすぐだよねっ」
 その顔の裏側を、未来と―彷徨は、見逃さなかった。



「やっぱり、こっちはもうだいぶ寒いわね」
 未来は誰に言うともなく言った。フロリダに比べると、晩秋の日本はかなり寒い。

 11月も末となると、駅前の市街はもうクリスマスムードだ。せっかく帰ってきたのだから、親子3人で買い物にでも出かけよう、と提案したのは優だった。
「クリスマス直前になってからプレゼントを考えてちゃ、間に合わないかもしれないからね」

 未来は無邪気にショーウィンドウを眺めている。
「あっ、あのコートなんか、未夢にいいんじゃない?」
 ふと目に付いた真っ白なコートに向かって、指を差す。
「ねぇ未夢っ、あれ、どう?」
 言うが早いか、娘の手を取って引っ張っていく。
「うーん、いいわぁ、ママ絶対似合うと思う」
 言われた未夢の返事は「う…うん」だ。あまりにも気が無い。

「なに、未夢こういうの、あんまり好きじゃないの? ママ、可愛いと思…」
 未来が未夢のほうを向いてみると、全然違う方向を見ている。
「なんだ、そっちに気に入ったのがあるんなら、そう言えばいいじゃないの。どれ」
 ちょっとママ、という娘の手を取り、そちらへ引っ張っていく。

 見てみると、マフラーが置いてある。結構地味だ。
「未夢ぅ、こんな深い色、あなたあんまり似合わないんじゃない?どっちかっていうと、パパや…」
 未来はそこまで口にして、顔を明るくさせた。

「…はっはぁ、そういうことか」
 ニンマリしている母。
「なっ…なによ」
 耳まで真っ赤な娘。

「じゃあ未夢、しばらく好きなように見てらっしゃい。その間、ママはパパとデートしておくわ」
 後からゆっくり追いついてきた優の腕を、未来は取っていた。
「ちょっと未来、僕にももうちょっとゆっくり…」
「いーからいーから、今夜は泊まって行くんだからまだゆっくりできるじゃない、さあっ」

 にぎやかに立ち去る両親を尻目に、品物をじっくり見る。
 彷徨には、どんなプレゼントがいいんだろ…。
 あんまり好みとか、まだよくわかんない…。
 でもせめて、何か、喜んでくれそうなものをあげたい―…。

「あら…この柄、綺麗ですわね」
「そうだねっ、君にはこういう美しいものが似合うよ…もっとも、君の美しさには到底、かなわないけどねっ」
「まぁっ…」

 聞き覚えのある声に、未夢が振り向いてみると、公衆の面前で手を取り合って見つめあっている男女の中学生がいた。
「クっ…クリスちゃんっ?…と光ヶ丘くんっ?」

 はたと望は未夢を見た。
「やぁ〜みゆみゆ」
 言いながら、未夢に向き直る。
「ふだんの君もいいけど、休日の君はまた美しいじゃないかっ」

「どうしてふたりが…えっ…ええっ?」
 言われたことに対しては全く意に介していない未夢だが、今見た光景は気になる。
 しかし、次の瞬間、もっと気になる事ができた。
「望くんが未夢ちゃんに…」
 クリスの目はすでに別世界に飛んでいる。
「…みゆみゆ…実はぼくはやっぱり、君があきらめられないんだ…
 …そんな、わたしには彷徨が…
 …彷徨君はこの際関係ない、ぼくは君のことが…
 そしてふたりはお互いを意識しあうように………
 っなんて…いっ」

「ばかだなぁ、クリス」
 暴走寸前のクリスの言葉は、望にさえぎられた。
「ぼくが恋焦がれているのは、いつのときも君ひとりに決まってるじゃないかっ」
 手を、そっと握る。
 クリスに、そのぬくもりが伝わる。
「えっ…わたくし、何をしていたのかしら?」
 望は応えた。
「ぼくのために、やきもちをやいてくれていたんだ…うれしいじゃないか、君はなんて可愛いんだ」
「まぁっ、そんな」
「クリス…」
「望くん…」

 い…つのまにこうなってたの、あのふたり?
 なんだか二人だけの世界でキラキラ輝いてるし…?
 …あっ、こないだ彷徨が言ってたのって―そういうことだったの!?
 でも、
 …よかった―…。

 よかったとはいえ、周りの目が気にならないのは当の本人達だけだ。
 未夢は見つめあうふたりからそっと、逃げ出した。

 幸い、両親はすぐに見つかるところにいてくれた。
「早かったじゃない未夢、いいのは見つかった?」
 問いかける未来に、未夢は苦笑いした。
「ん〜、ちょっとしたアクシデントがあったから、また今度にするっ」



 まだ4時ごろだと言うのに、もう太陽は暮れようと身構えている。
「はー、さすがにこれだけあちこち見て歩くと疲れたわね、そろそろ帰りましょうか」
 帰ろうとする未来を、スーパーを目にとめた未夢が、止めた。
「ちょっと待って、夕飯の買い物もして帰らないと」
「今夜は何を作るんだい?よかったら、パパが何か作ろうか」
「やった!」
 優の提案に、喜んだ未夢だが、少し考えて付け加えた。
「でもパパ、どうせなら何か料理、教えて?」
 娘に教えて、と言われれば、大抵の父親は喜んで教えてくれる。
「あぁいいとも、なにがいいんだい?」
「んーと…」

 食材を見て歩く。とりあえずは、野菜売り場からだ。
「パパ、この辺の食材の相場とかわからないから、未夢が適当に見てくれないか?」
 優に促されて見て回る。

 あ、かぼちゃ…。

 気づいた瞬間、口に出ていた。
「パパ、かぼちゃっ、かぼちゃ料理、教えてっ」


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