わんだりんぐ・どりーむず

#5   (2007改)

作:山稜

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「まぁ、」
 病室にひびいたのが、ちょっと場ちがいだと思ったのか、
「…よかったじゃんか」
 あとがいまいち、しりすぼみ。

 とはいえ、その場の笑い声を、三太の声がまとめたことにはちがいない。
 それをきいて、ほんの少しだけ、彷徨は笑った。

 だから、ぶすっとして見せられる。
「…ったく…っ、人さわがせなんだよ、お前…」

 ベッドの望は、といえば。
「そう言わないでくれよ〜、彷徨くん」
 苦笑いとも、本気で笑っているのともつかない顔で。 

「これでもレントゲンを撮ったり、ほかにもいろいろ検査をしたり…ぼくは、けが人なんだよ?もうちょっといたわってくれても、いいんじゃないかい?」

 すかさず、彷徨。
「かってに転んで、勝手に脳しんとう起こしてるやつを『けが人』っていうほど最近の病院はヒマなのかよ」

 すかさず、望。
「ぼくは花小町さんを止めようとしてだね」

 すかさず、三太。
「で、足がもつれて勝手に転んだと」

「だからだねぇ」
「花小町さん、カンケーねーじゃん」

 彷徨は目でだけ、相づちで。

 2対1。
 不利な状況こそ、燃える。
「なにを言ってくれるんだい、ぼくが止めなければ、もっとけが人が出てたかもしれないじゃないかっ?」
 望は自分を指差した。
「名誉の負傷といってもいい、このぼくが、ここから血まで流してるっていうのに」

「ほお骨のかすり傷てーど、そんなにさわぐことないだろっ」
「この顔に傷が残ったりしたら大変じゃないか…彷徨くんはそういうところに、気をつかわないのかい?」
「男がそんなことばっか気にしてたら、きもちわるいだろっ」

 あきれ顔してた、はずだ。
 それでも、さらに。

「『彷徨くんは』って、俺には聞かないのか?」

 目でだけ、反論。
 三太はその目、そのまま。

 …彷徨は話題を変えることにした。
「第一、その『彷徨くん』ていうの、なんとかならねーのかよ」

「よく言ってるぜ彷徨、」
 いましがたの借りを返すように、三太がクチをはさんだ。
「お前だって望が倒れるときに『のぞむ〜!』って言ってたじゃんか」
 ここぞとばかりに望が追いかける。
「ふぅん、なんだかんだ言っても、彷徨くんはぼくのことをライバルと認めているんだね」

「ちょっと待て、あの緊急事態のときに『ひかりがおか』っていうより『のぞむ』って呼びかける方が早いだろっ」
「でも、とっさの呼びかけのときに、そこまで考えるか?」
「考えるんだよっ」
 舌を出してなんか、みせてみた。

「あっそう」
 三太はニヤニヤしてみせた。
「それにしてはお前、そのあと、花小町さんにすげぇケンマクだったじゃないか」

「こいつが、このてーどのことだとは…」
 視線。
 重い。
 床に、おちた。
「…思わなかったからな―…」

 三太すら、だまってしまってた。

 望が、思いついた。
「そういえば三太君、君も『のぞむ』って言っているけど」
 三太が、食らいついた。
「なんか、まずいかぁ?」
「いいと言ってはいなんだけどなぁ〜」
「別にいーじゃんか、彷徨なら良くて、おれじゃだめってことはねーだろ?」
「でも彷徨くんとぼくとは、お互いにライバルって認め合った仲だしねぇ〜」

 ニッ、と三太。
 そこまではいかなくても、望。
 こいつら…。

「だれがライバルって、認めたって?」
「だから彷徨くん、きみが」
「ついでだから、おれもライバルって事でさぁっ」
「君は…本当に面白い人だねぇ」
「どーゆー意味だっ」

 食ってかかって、大笑いして。
 ちょうどその時、病室のドア。

「こちらですよ」
 女性の看護師さん、の声。
「すみません、ありがとうございます」
 それとは別に、女子の声がユニゾン。

 ききおぼえ。
 彷徨は振り向いた。

「未夢…」
 そこで、きらずには、いられなかった。
「―花小町…」




「あっ彷徨」
 呼びかけながら、進む。
 とってつけたようでも、かまわない。
 彷徨にはまた、エンリョがないとか、ドンカンだとか、いわれるだろうけど。
 三太くんがそのへんから、丸椅子をふたつ、とってきた。
 礼もそこそこに、とっととすわる。

 そうしないと…クリスちゃんは、いつまでもそのままのような気がして。

 実際、すすめるまで立ちっぱなしだったし。

 だまってるのは、ちょっとこわい。
「光ヶ丘くん、どうなの?」
「大したことないらしい、かすり傷だ」
 そっと、三太くんがかぶせた。
「心配することないってさ」

「そりゃないよ、ふたりとも」
 望は少しむくれた。
「せっかく、美しい女の子がふたりもお見舞いにきてくれたっていうのに…もうちょっと、ぼくに花を持たせてくれても、いーじゃないか」
 みんな、笑った。

―クリスちゃんを、のぞいては。

 そっと、彷徨が立ち上がった。
「花小町―…ちょっと、いいか」

 なにも、いわなかった。
 それでも彷徨は、部屋をでた。
 だまって、あとを追った。

 未夢はふたりのあとを、…目でだけ、追った。
 胸で両手を、にぎりしめて。

 ルゥくんみたいに、超能力があったら…きっと彷徨に、テレパシーを送っただろう。

≪彷徨…もうこれ以上、クリスちゃんを傷つけないで―…≫




 廊下。
 ちょっとした音が、けっこう響く。
 それがまた、バツのわるさをひきたてる。
 まして、花小町は、うつむいてる。

 だまってたって、しょーがない。

「花小町…おれ…」

 そのあとを聞かないうちに、かえってきた。
「ごめんなさい」
 じゃ、ない。
「そうじゃないんだ、おれっ…さっきはちょっと、言いすぎた」
「いいえ、そんなことありませんわ…そんなこと…」

 顔を上げた、花小町。
 どんな目で見れば、いい。
 それがわからなくて、見れない。

 彼女のほうが、先だった。

「わたくし、今まで迷惑を…西遠寺くんや未夢ちゃんに、迷惑かけてばかりで、ほんとうに…」
「花小町…?」

 ごめんなさい、と言ったと思う。
 それがわかるより前に、花小町は続けて言ってきた。

「わたくし…」

 ずっとむこうのどこかから、何か落としたような音。
 ちゃんと、ってときにかぎって、そんなこと。
 それでも、言いなおしてくる。
 それって、結構勇気、いるよな。

 だまって、きいてやりたい。

「わたくし…西遠寺くんが好き、という気持ちが空まわりしてばかりで、ほんとうに西遠寺くんのことを考えてさしあげられてなかった…ようやく、目がさめましたわ」

「そんなことばかりでもなかったじゃないか」
 なぐさめるつもりでも、なんでもない。
「こないだだってルゥが帰っていくときに、一生懸命手伝ってくれて、助かったし…ほら、100人増殖のときも…」

「…ありがとう」
 花小町は、ほほえんだ。
「でも、もういいんですの」

 くるりと、向こうの天井をむいていた。
「自分のあこがれのために、迷惑をかけてしまうようなことはもうわたくし、いやですから」

 なにも、言えなかった。

 また、くるりとこっち、向いた。
「憧れはもうやめにいたしますけど、これからも………………」
 言葉が、みつかったらしく。
「友達でいてくださる?」
「え?」
「…未夢ちゃんと、一緒に」

 彼女はちゃんと、目をみて。

「…もちろん」

 さし出された花小町の、右手。
 にぎるとすぐに、彼女から引いた。

「よかった」

 その目が見ているのは…たぶん、友情なんだろう。
 彷徨はなんとなく、そう感じていた。



「帰るぞ」

 廊下からもどるなり、声をかける。
 いつだって、こうだ。

「えぇっ、わたし今来たばっかりだよっ?」
「望の容態がわかったんだからもういいだろっ」

 わたしのと、自分のと、かばんを持ち上げて。

「どうせかすり傷なんだから、明日になったらケロッとしてるぜ、こいつ」
「ひどい言われ様だな、ぼくは」

 不機嫌そう?
 じゃない、ね。
 どっか、わらってるもん。

「じゃあね〜みゆみゆ、明日また学校で」
「あ〜はいはい、またあしたっ」

 彷徨がプッと、わらう。
「なによ」
「べつに」
「じゃぁわらわないでよ」
「いーじゃん」
「ブー」

 さきに三太くんが、立ち上がってた。
「じゃあおれ、オカメちゃんの世話しなきゃなんねーから、先帰るわ」

 たいへんだねとか、言いたかったけど。
 ほかの誰かの声より先に、間髪いれずに彼は言った。
「じゃあね〜望くぅん、明日また学校でぇっ!」

 あきらかに、口真似。
 クリスちゃんが笑うのを、いっしょうけんめい押さえてる。

「君たち、ぼくをけが人だと…」
「思ってま・せ・ん!じゃあな、あ、花小町さんもまた明日」

 望くんが目頭を指ではさんで、大きなため息をついて見せてた。



 部屋、出るなりだけど。
「彷徨、クリスちゃんにひどいこと、言わなかったでしょうね」
 気に、なってたから。

「ひどいことって、なんだよ」
 彷徨は歩き出した。
「ほら、その…」
 言ったものの、思いつかない。
「なんにも言ってねーよ」
「ほんとー?彷徨ってデリカシーないから、自分で気がつかずにひどいこと…」

 三太くん?
「あれ…おまえ、まだいたのか?」
「まだいたのかはねーだろぉおふたりさん、これからなかよく買い物かぁ?」
 反射的に、つい。
「なかよくない!」

 男子ふたり、目を丸くして。
 赤くなって、うつむくしか。

「そぉかぁ?おれから見れば、なかよさそうだけどなぁ」
「でっ、買い物だったらなんなんだよっっ」
「どっかのおばさんがタマゴ特売って言ってたから、教えとこうかとおもってさぁ」
「あ…ありがとっ」

 三太くんが、左のまゆをひょっこり上げた。
 
「でもさぁ、未夢ちゃんの方はどうか知らないけど、」

 わたしの…ほう?

「こいつ、未夢ちゃんがらみのことになったらいつも必死だし。今日だってそうだったじゃん」
「三太、おまっ…」
「ほらほら、そのカオが証拠だって」

 彷徨…まっ赤?

 三太くん、にげるように小走りで。
「じゃあなっ」

「…ったく」
 彷徨は、あさっての方。
 そんな彷徨を、どうしようもなくて。
 二の腕、つかまえてた。

「っなんだよっ」
 ふりほどこうとは、されてない。

 のぞきこんだ。
「ほんと?」
「なにが…だよ」
「必死に、なってたって」

 だまってた。
 見つめてた。
 ぽつり、かえってきた。

「…ほんとだよっ」

 思わず腕、ぎゅっとつかんでた。

「っでっ、はっ、花小町にひどいことってなんだよっ」
「ん〜…」

 それよりは。

「…帰ってから話すよ」

 そこで目が、あった。
 それがなんだか、うれしくて。
 しばらく、なにも言いたくなくて。

 そのまま、歩いてた。








「…タマゴ特売って、どこのスーパーなんだ?」
「あ」


書きかえてみてます。ここだけ書きかえたって、前後のテイストとあわなくなっちゃうんですけど…そのうち、ぼちぼちと全部、ね(^^; (2007.2.8)

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