作:山稜
「まぁ、」
病室にひびいたのが、ちょっと場ちがいだと思ったのか、
「…よかったじゃんか」
あとがいまいち、しりすぼみ。
とはいえ、その場の笑い声を、三太の声がまとめたことにはちがいない。
それをきいて、ほんの少しだけ、彷徨は笑った。
だから、ぶすっとして見せられる。
「…ったく…っ、人さわがせなんだよ、お前…」
ベッドの望は、といえば。
「そう言わないでくれよ〜、彷徨くん」
苦笑いとも、本気で笑っているのともつかない顔で。
「これでもレントゲンを撮ったり、ほかにもいろいろ検査をしたり…ぼくは、けが人なんだよ?もうちょっといたわってくれても、いいんじゃないかい?」
すかさず、彷徨。
「かってに転んで、勝手に脳しんとう起こしてるやつを『けが人』っていうほど最近の病院はヒマなのかよ」
すかさず、望。
「ぼくは花小町さんを止めようとしてだね」
すかさず、三太。
「で、足がもつれて勝手に転んだと」
「だからだねぇ」
「花小町さん、カンケーねーじゃん」
彷徨は目でだけ、相づちで。
2対1。
不利な状況こそ、燃える。
「なにを言ってくれるんだい、ぼくが止めなければ、もっとけが人が出てたかもしれないじゃないかっ?」
望は自分を指差した。
「名誉の負傷といってもいい、このぼくが、ここから血まで流してるっていうのに」
「ほお骨のかすり傷てーど、そんなにさわぐことないだろっ」
「この顔に傷が残ったりしたら大変じゃないか…彷徨くんはそういうところに、気をつかわないのかい?」
「男がそんなことばっか気にしてたら、きもちわるいだろっ」
あきれ顔してた、はずだ。
それでも、さらに。
「『彷徨くんは』って、俺には聞かないのか?」
目でだけ、反論。
三太はその目、そのまま。
…彷徨は話題を変えることにした。
「第一、その『彷徨くん』ていうの、なんとかならねーのかよ」
「よく言ってるぜ彷徨、」
いましがたの借りを返すように、三太がクチをはさんだ。
「お前だって望が倒れるときに『のぞむ〜!』って言ってたじゃんか」
ここぞとばかりに望が追いかける。
「ふぅん、なんだかんだ言っても、彷徨くんはぼくのことをライバルと認めているんだね」
「ちょっと待て、あの緊急事態のときに『ひかりがおか』っていうより『のぞむ』って呼びかける方が早いだろっ」
「でも、とっさの呼びかけのときに、そこまで考えるか?」
「考えるんだよっ」
舌を出してなんか、みせてみた。
「あっそう」
三太はニヤニヤしてみせた。
「それにしてはお前、そのあと、花小町さんにすげぇケンマクだったじゃないか」
「こいつが、このてーどのことだとは…」
視線。
重い。
床に、おちた。
「…思わなかったからな―…」
三太すら、だまってしまってた。
望が、思いついた。
「そういえば三太君、君も『のぞむ』って言っているけど」
三太が、食らいついた。
「なんか、まずいかぁ?」
「いいと言ってはいなんだけどなぁ〜」
「別にいーじゃんか、彷徨なら良くて、おれじゃだめってことはねーだろ?」
「でも彷徨くんとぼくとは、お互いにライバルって認め合った仲だしねぇ〜」
ニッ、と三太。
そこまではいかなくても、望。
こいつら…。
「だれがライバルって、認めたって?」
「だから彷徨くん、きみが」
「ついでだから、おれもライバルって事でさぁっ」
「君は…本当に面白い人だねぇ」
「どーゆー意味だっ」
食ってかかって、大笑いして。
ちょうどその時、病室のドア。
「こちらですよ」
女性の看護師さん、の声。
「すみません、ありがとうございます」
それとは別に、女子の声がユニゾン。
ききおぼえ。
彷徨は振り向いた。
「未夢…」
そこで、きらずには、いられなかった。
「―花小町…」
「あっ彷徨」
呼びかけながら、進む。
とってつけたようでも、かまわない。
彷徨にはまた、エンリョがないとか、ドンカンだとか、いわれるだろうけど。
三太くんがそのへんから、丸椅子をふたつ、とってきた。
礼もそこそこに、とっととすわる。
そうしないと…クリスちゃんは、いつまでもそのままのような気がして。
実際、すすめるまで立ちっぱなしだったし。
だまってるのは、ちょっとこわい。
「光ヶ丘くん、どうなの?」
「大したことないらしい、かすり傷だ」
そっと、三太くんがかぶせた。
「心配することないってさ」
「そりゃないよ、ふたりとも」
望は少しむくれた。
「せっかく、美しい女の子がふたりもお見舞いにきてくれたっていうのに…もうちょっと、ぼくに花を持たせてくれても、いーじゃないか」
みんな、笑った。
―クリスちゃんを、のぞいては。
そっと、彷徨が立ち上がった。
「花小町―…ちょっと、いいか」
なにも、いわなかった。
それでも彷徨は、部屋をでた。
だまって、あとを追った。
未夢はふたりのあとを、…目でだけ、追った。
胸で両手を、にぎりしめて。
ルゥくんみたいに、超能力があったら…きっと彷徨に、テレパシーを送っただろう。
≪彷徨…もうこれ以上、クリスちゃんを傷つけないで―…≫
廊下。
ちょっとした音が、けっこう響く。
それがまた、バツのわるさをひきたてる。
まして、花小町は、うつむいてる。
だまってたって、しょーがない。
「花小町…おれ…」
そのあとを聞かないうちに、かえってきた。
「ごめんなさい」
じゃ、ない。
「そうじゃないんだ、おれっ…さっきはちょっと、言いすぎた」
「いいえ、そんなことありませんわ…そんなこと…」
顔を上げた、花小町。
どんな目で見れば、いい。
それがわからなくて、見れない。
彼女のほうが、先だった。
「わたくし、今まで迷惑を…西遠寺くんや未夢ちゃんに、迷惑かけてばかりで、ほんとうに…」
「花小町…?」
ごめんなさい、と言ったと思う。
それがわかるより前に、花小町は続けて言ってきた。
「わたくし…」
ずっとむこうのどこかから、何か落としたような音。
ちゃんと、ってときにかぎって、そんなこと。
それでも、言いなおしてくる。
それって、結構勇気、いるよな。
だまって、きいてやりたい。
「わたくし…西遠寺くんが好き、という気持ちが空まわりしてばかりで、ほんとうに西遠寺くんのことを考えてさしあげられてなかった…ようやく、目がさめましたわ」
「そんなことばかりでもなかったじゃないか」
なぐさめるつもりでも、なんでもない。
「こないだだってルゥが帰っていくときに、一生懸命手伝ってくれて、助かったし…ほら、100人増殖のときも…」
「…ありがとう」
花小町は、ほほえんだ。
「でも、もういいんですの」
くるりと、向こうの天井をむいていた。
「自分のあこがれのために、迷惑をかけてしまうようなことはもうわたくし、いやですから」
なにも、言えなかった。
また、くるりとこっち、向いた。
「憧れはもうやめにいたしますけど、これからも………………」
言葉が、みつかったらしく。
「友達でいてくださる?」
「え?」
「…未夢ちゃんと、一緒に」
彼女はちゃんと、目をみて。
「…もちろん」
さし出された花小町の、右手。
にぎるとすぐに、彼女から引いた。
「よかった」
その目が見ているのは…たぶん、友情なんだろう。
彷徨はなんとなく、そう感じていた。
「帰るぞ」
廊下からもどるなり、声をかける。
いつだって、こうだ。
「えぇっ、わたし今来たばっかりだよっ?」
「望の容態がわかったんだからもういいだろっ」
わたしのと、自分のと、かばんを持ち上げて。
「どうせかすり傷なんだから、明日になったらケロッとしてるぜ、こいつ」
「ひどい言われ様だな、ぼくは」
不機嫌そう?
じゃない、ね。
どっか、わらってるもん。
「じゃあね〜みゆみゆ、明日また学校で」
「あ〜はいはい、またあしたっ」
彷徨がプッと、わらう。
「なによ」
「べつに」
「じゃぁわらわないでよ」
「いーじゃん」
「ブー」
さきに三太くんが、立ち上がってた。
「じゃあおれ、オカメちゃんの世話しなきゃなんねーから、先帰るわ」
たいへんだねとか、言いたかったけど。
ほかの誰かの声より先に、間髪いれずに彼は言った。
「じゃあね〜望くぅん、明日また学校でぇっ!」
あきらかに、口真似。
クリスちゃんが笑うのを、いっしょうけんめい押さえてる。
「君たち、ぼくをけが人だと…」
「思ってま・せ・ん!じゃあな、あ、花小町さんもまた明日」
望くんが目頭を指ではさんで、大きなため息をついて見せてた。
部屋、出るなりだけど。
「彷徨、クリスちゃんにひどいこと、言わなかったでしょうね」
気に、なってたから。
「ひどいことって、なんだよ」
彷徨は歩き出した。
「ほら、その…」
言ったものの、思いつかない。
「なんにも言ってねーよ」
「ほんとー?彷徨ってデリカシーないから、自分で気がつかずにひどいこと…」
三太くん?
「あれ…おまえ、まだいたのか?」
「まだいたのかはねーだろぉおふたりさん、これからなかよく買い物かぁ?」
反射的に、つい。
「なかよくない!」
男子ふたり、目を丸くして。
赤くなって、うつむくしか。
「そぉかぁ?おれから見れば、なかよさそうだけどなぁ」
「でっ、買い物だったらなんなんだよっっ」
「どっかのおばさんがタマゴ特売って言ってたから、教えとこうかとおもってさぁ」
「あ…ありがとっ」
三太くんが、左のまゆをひょっこり上げた。
「でもさぁ、未夢ちゃんの方はどうか知らないけど、」
わたしの…ほう?
「こいつ、未夢ちゃんがらみのことになったらいつも必死だし。今日だってそうだったじゃん」
「三太、おまっ…」
「ほらほら、そのカオが証拠だって」
彷徨…まっ赤?
三太くん、にげるように小走りで。
「じゃあなっ」
「…ったく」
彷徨は、あさっての方。
そんな彷徨を、どうしようもなくて。
二の腕、つかまえてた。
「っなんだよっ」
ふりほどこうとは、されてない。
のぞきこんだ。
「ほんと?」
「なにが…だよ」
「必死に、なってたって」
だまってた。
見つめてた。
ぽつり、かえってきた。
「…ほんとだよっ」
思わず腕、ぎゅっとつかんでた。
「っでっ、はっ、花小町にひどいことってなんだよっ」
「ん〜…」
それよりは。
「…帰ってから話すよ」
そこで目が、あった。
それがなんだか、うれしくて。
しばらく、なにも言いたくなくて。
そのまま、歩いてた。
「…タマゴ特売って、どこのスーパーなんだ?」
「あ」
書きかえてみてます。ここだけ書きかえたって、前後のテイストとあわなくなっちゃうんですけど…そのうち、ぼちぼちと全部、ね(^^; (2007.2.8)