わんだりんぐ・どりーむず

#14

作:山稜

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 帰ってみると、作業服を着た人たちが何人か来ている。
「おお、お帰り」
 声をかける宝晶に、彷徨が尋ねる。
「何が始まるんだ?」

 宝晶は眉間にしわを寄せた。
「何だか知らんが、帰ってみると本堂やらなにやらあちこち傷んどってな。修理してもらわにゃならんのじゃ」
 彷徨は苦笑いをしながら、敷地の奥のほうを親指で指した。
「あっちは?」
 見ると、空き地になっているところを測量している。

「ああ、あれはな…、せっかく修行してきたんじゃから、その気持ちを忘れんでおこうと思おて、道場を作るんじゃ」
 彷徨は毒づいた。
「忘れることがあるほども修行なんてしてねーくせにっ」
 宝晶は笑った。



 それから半月が経った。

「おじゃましまーす」
 未来の声が、西遠寺に通っていく。
「おお、光月さん、未来さん。お帰りなさい」
「このたびは大変、お手数をおかけしまして…」

 優の言葉に宝晶は笑顔を返した。
「いやいや、どうということはありませんて。早速どうですか」
「ええ是非」

 ママの声、したはずなんだけどな…。
 未夢が玄関先に出てみると、荷物だけがある。
 不思議に思って外に出てみると、両親と宝晶が、新しい建物を見ている。

「ママ…パパ?」
「あっ、ただいま、未夢」
 未来は未夢に思いっきりの笑顔を見せた。

 優は宝晶と話をしている。
「それで、いまどのくらいなんですか」
「外側はこのとおり、もうできとるんですが、内装がもう少しかかると聞いとります。が、年内には終わるそうですじゃ」

「じゃ、年明けすぐにでも…」
「せっかくじゃから光月さん、年末にこっちにこられてはどうかな」
 宝晶はあちこちを指差しながら、優に言っている。
「こないだの部屋があいとるし、荷物は運べるところから運んで、入らん分はあっちの物置にまだ空きが…」

「何の話?」
 未夢は未来に尋ねた。
「未夢、びっくりしないでよく聞きなさい」
 母は娘の肩をそっと掴んで、もったいぶって言った。
「年が明けたら、あそこに住むの」

 自分の耳に届いた母の声が意味をなすには、少々の時間が必要だった。
 やっと言葉の意味が組み立てられたとき、

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 未夢は大きな声をあげた。
 その声に、優が微笑みながら歩み寄った。

「未夢、いままでさびしい思いをさせて、すまなかったね…ママと話したんだけど、もう何度も転校させるのもなんだし、これからも仕事で家を空けることも多いだろうから、そんなとき西遠寺さんの中だと安心だからね。宝晶さんに無理なお願いを聞いてもらったんだよ」

「あらパパ、そんなことしたら未夢が彷徨くんのところから帰ってこなくなるんじゃないかって、心配してたくせに」
 茶化す未来に、優が片眉をつり上げる。
「まあまあ」割って入ったのは宝晶だ。「わしも留守にすることは結構あるから、持ちつ持たれつと言うことで、な」

「それじゃ、ママ、パパ…」
「ええ」未来が応えた。「これからも、ずっとここにいていいのよ、未夢」

 胸が熱くなった。
 目がしらまで、熱さがしみて行く。
 未夢は振り返ると、かけ出した。

「未夢っ?」
 優は声をかけたが、ウィンクする未来に止められた。
「心配しなくていいわよっ」

 玄関をかけ上がる。
 履物が乱れてても、もうどうでもいい。
 玄関から真っ直ぐ入った、奥の部屋。
 0.1秒でも早く、そこに行きたい。

「彷徨っ―…」

 入り口の戸をあける。
 あけ切らないうちに、顔が出て、
 おでこのはずれをガツンと打った。

「いったぁ〜いっ」

 彷徨は座り込んだ未夢を目の端で見て、
「バカ」
と、ひとこと言うと、読んでいた文庫本を脇においた。

 いつもなら、バカってことはないでしょ、と言うところだ。
 しかし、そんなことはもう、どうでもよかった。
 座り込んでしまったのがもどかしくて、立ち上がった。
 寄って来た彷徨に、しがみつくように。

「なっ…なんだよっ」
「あのね彷徨っ、あのね…」

 ひととおり未夢の説明を聞いた彷徨が、言った。

「ふーん…」

「なによ彷徨、これからも一緒にいられ…」
 文句を言おうとしたが、抱きしめられた。
 彷徨の顔を見上げた。
 目を閉じて、やさしい顔をして、―頬を赤くして。

 耳元に彷徨の声が聞こえた。
 でも、何を言ったかわからない。

「えっ、なに?」
 未夢は聞いた。

「よかったって言ったんだよっ」

 もう一度、強く抱きしめられた。

 ずっと、これからも一緒だよ。
 もうずっと、さびしくないよ、わたし。
 もうずっと、あったかくていられるよ、わたし。
 彷徨と、いっしょだよ―…。

 急に、さっき打ったところがじんじんしてきた。
「あたたたた…」
「なんだよ、さっきのとこか」
 彷徨が身を離して言う。うん、とうなづくと、彷徨は未夢の前髪をかき上げて、顔を近づけてきた。

 えっ―…。

 おでこの、赤くなっているところに、彷徨はそっと唇を当てた。
 未夢の顔は、とたんに茹で上がった。

 何も言えないで、彷徨の顔をじっと見る。
 彷徨が口を開いた―…。

「ばーかっ」

 そう言うと、彷徨は未夢の横をすり抜けた。
 振り向きざまにぽんぽんと未夢の頭をなでて、舌をぺろっと出している。

「もうっ、なによ、彷徨のバカーーーーーーーーっ!」


 石段の脇には、常鶲がいた。
 黒い羽根の1羽が、脇に出た。
 薄茶色のもう1羽が追いかけて、出てきた。
 2羽は連れ立って、飛び立った。

(了)


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