この子どこの子サクラの子

ワン・ベアーvol.2

作:ピアリ

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親熊を待ち続けて、約30分が経過しただろうか。

小熊が、足をそわそわとさせ始めた。


「どうしたの?」不思議に思って未夢が訊くと、今度は鼻を動かしてみせる。


「もしかして、親がすぐ近くに居るんじゃないか?」彷徨が、一つの可能性を思いついた。未夢が慌てたように立ち上がる。


「彷徨っ、探しに行こっ。向こうもきっと、心配してるよ。」

(また無茶なことを言い出す…。)待っているだけならともかく、探しに行くなんて、もってのほかだ。冬眠から覚めたばかりの熊は、お腹が空いて苛立っている。

のんびり歩いていたら、一呑みにされてしまうだろう。


「駄目だって言ってるだろ〜が。食われちまっても知らね〜ぞ。」彷徨がそう言うと、未夢は瞳を潤ませた。


「……でもさ、心配なんだもん。」親が居ない心細さを、未夢はよく知っている。だからこそ、小熊を放っておけないのだ。

彷徨が座り直して、あぐらをかいた。


「落ち着けよ、未夢。もう少しだけ待ってみたらい〜だろ。」

「だけど…。」未夢が反論しかけた時。


ふわり。


何かが鼻孔をくすぐった。

クシャンッ。
小さなくしゃみをしてしまう。



「風邪でもひーたのか?」彷徨が覗き込んできた。


「ううん、違うのっ。今なんか、ふわふわしたのが…。」そう答え
ながら、自分のくしゃみの原因を探す。僅かに、あっという声を上げた。彷徨の腕を引き寄せる。

「見て見て、彷徨っ!桜だよっ!!」

豪華絢爛に、ひらひらと舞い散る桜。
自然界のありのままの姿で、その桜は咲き誇っていた。

「キレイ〜〜〜っ。」未夢が見惚れる。
彷徨も言葉も無く、その桜を見つめた。最も、それは桜に見惚れた訳ではなくて。


「未夢。」

「はい?」

「こんな所に、桜なんか咲いてたか?」

言われた未夢は、初めて気が付いたように、桜の樹を眺めた。

次に、地面に視線を移す。

普通だったら、桜の花びらがあちこちに散っているはずなのに、花びらは全く、落ちていなかった。


「ど〜ゆうこと?」

「…後ろ。」彷徨が、未夢に指し示す。後方を振り返って、未夢は息を呑んだ。花びらが、山道に点々と落ちているのだ。まるで桜の樹が、道に沿って、歩いてきたように。
しかし、桜の樹が歩く訳は無い。未夢は恐る恐る、桜を見上げた。


「まさか…この桜、宇宙人?」彷徨と顔を見合わせる。揃って樹を見上げると桜の幹が揺れた。


「―――息子がお世話になりました。」何処からともなく、声が聞こえてくる。

「やっぱり、あなたは宇宙人なんですか?」彷徨が聞くと、枝が揺れる。桜の花びらが、溢れるように降ってきた。
了解の印だろうか。


「どうして、こんな所にいらっしゃるんですか?」今度は未夢が問う。また声が答えた。


「私達はハルヤマ星から、息子と二人で観光旅行に来ていたんです。」

「じゃあ、息子さんはどこに…。」枝の一つが、ゆらゆらと揺れる。その枝が、未夢に抱かれていた子熊を指差した。


「その熊が、私の息子です。」

「「え〜〜〜っ!!!」」二人の声が重なった。


◇◇◇


「どうも、ありがとうございました。」元に戻った親子は、未夢と彷徨に向かって、深々と礼をした。


「い〜えっ、私達、何もしてませんしっ。」恐縮する二人に、子供も笑顔で

「ありがとっ。」と笑う。


「で、どうして、あんなことになっちゃったんですか?」彷徨が聞くと、母親が顔を曇らせた。


「ガイドブックの通りにしただけなんですが…。」

「ガイドブック?」

「ほら。」白い手が、ガイドブックを差し出す。彷徨が覗き込んで、眉を寄せた。


『地球では、現地のモノに変身すること?』ガイドブックの内容を、そのまま読みあげる。未夢も、傍から文字を拾った。


「もしかして、この『現地のモノ』って『現地の者』の間違いじゃないんですか?」思いついたことを適当に言ってみる。

思いがけず、母親の顔が明るくなった。


「まあ!そういうことだったんですね!」

(そういうことだったんですねって………。)思わず脱力する二人。

要するに、この親子は『現地の者=人間』に変身しなくてはいけない所を『現地のモ
ノ=桜の樹と子熊』に変身してしまった、ということか。

人騒がせもいいところである。


「お二人とも、ここで何をしていらっしゃったんですか?」二人の気も知らず、母親の方が話しかけてきた。

「温泉掘りに来たんですけど…。」彷徨が答えると、顔がぱあっと輝く。

「温泉って確か、日本の名物ですよね?」

名物なのか?と一瞬悩んだ彷徨の横で、親子が何か相談し合い、二人に向かい合っ
た。


「お世話になったお礼に、私達も温泉掘りをお手伝いします。」そう提案する。


―――それに、温泉ってどんなものなのか、興味ありますしね。

そう言われると、彷徨と未夢も断れず、やがて4人の協力により、温泉が発掘された。


「やっぱり、4人だと見つけるのも早いよね〜。」未夢が笑顔で言う。

彷徨が、息子の方を抱きかかえた。


「じゃあオレ、あっちの方でこの子と入ってくるから。」

「じゃあ私も、お母さんの方と入ってくる。」


こっちです、と未夢が案内するのを見て、彷徨も子供に向き直る。

ぽん、と肩に手を置いた。


「母さんにお礼、言っとけよ。桜の樹になっても、お前の為に一生懸命だったんだから。」

「うん。」神妙に頷く子供。それを見て、彷徨は頬を緩ませた。

この親子を見ていると、何故か、自分と自分の母を思い出してしまうのだ。何となく、顔が似ているのだろうか。


「お兄ちゃんのお母さんは?」子供が聞いてきた。彷徨は苦笑する。


「亡くなったんだ。小さい頃にな。」それ以上何も言わず、彷徨は背を向けて歩きだす。子供はその後を追った。


「じゃあ、そろそろ帰ります。」

「お世話になりました!」二人が見守る中、親子は宇宙船に乗り込んだ。

遥か彼方に消えてゆく宇宙船を見上げながら、彷徨がふと呟く。


「そーいえば、ワンニャー、宇宙船直したかな。」

「さすがに、もう直ったんじゃない?」未夢がそう答える。


「だな。オレ達も、そろそろ帰ろうか。」

「うん!」未夢と彷徨は、家族の待つ家へと、足を向ける。


空には一番星が輝き始めていた。



蛇足《ワンニャーの育児日記》

ちょっと前から、宇宙船が壊れかけててヒヤヒヤしましたが、何とか直って、ほっとしました。

そういえば、未夢さんと彷徨さんはハルヤマ星人に会われたそうです。

どんなお話をされたのか、とっても気になりますね。



イラストで出せば良かった、と後悔しつつ、

今更後には引けないぜ!と一気に書き上げた作品です。

考え無しの私は、締め切り間際になって、ようやく焦りだし

やっとの思いで書き上げました。

今度、もし企画に出ることがあったら、もっとゆっくり仕上げたいです…。
どうも、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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