この子どこの子サクラの子

ワン・ベアーvol.1

作:ピアリ

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初のイベント参加作品、ということで緊張していますが、宜しくお願いします。

この企画に参加するにあたり、お世話になった皆しゃん、本当にありがとうございました。
後半が思い切りハイスピードに駆け抜けていく感じですが、ご容赦下さい。












「どうしようね、お前。」

「どうしようね、母ちゃん。」

 山のてっぺんで、そんな会話が交わされた。


◇◇◇


「ふぇ〜ん、疲れた〜。」

心底、疲れきった様子で、未夢は玄関にへたり込んだ。その横を彷徨が涼しい顔で素通りしていく。


「ちょっと、彷徨!」呼び止めると、

「何だよ。」彷徨が振り向いた。

「これ、手伝おうとは思わないの!?」未夢の指先には、買い物袋の山が所狭しと並べられていた。彷徨がニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「今日は未夢が買い物当番、だろ?まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ。」スタスタと居間に入っていく。その態度に腹が立ち、べーっと、未夢は舌を出した。


最近、未夢が当番の時に限って、特売が多いのは気のせいではあるまい。安売りとルゥに弱いワンニャーが、

「いつもすみません、未夢さん。」とか何とか言いながら、財布を渡す姿が増えたことも。そのお陰で、まだ中学生だというのに腰が痛い。肩が凝る。

「温泉に行きたいなぁ…。」温かい温泉に30分も浸っていたら、こんな疲れ、直ぐに取れてしまうだろうに。しかし、倹約家のワンニャーに温泉に行くお金が無い、と泣き付いても無駄だろうし…。どうしたものか。思案している未夢に良い考えが浮かんだ。


「そ〜だ!!」




「温泉掘りに行くぅ〜!?」彷徨が読みかけだった本をパタンと閉じた。当の未夢はニコニコと返事を待っている。

(確かに、あそこだったらお金払う必要も無いけど…。)

「…お前、まだ懲りてなかったのか。」

「失礼なっ…今度は大丈夫よっ!大きな荷物持っていかないようにするからさ。」
この前は結局入れなかったじゃない〜、行きたいのよ〜。


未夢の目が、ダメ?と訊いてくる。その視線をまともに受け、彷徨はたじろいだ。

自覚が無い分、天然は強い。かろうじて

「駄目。」とポーカーフェイスを保ちながら言うと、彷徨は本の世界へ戻っていく。

(何さ、彷徨のけち。)寝転がっている彷徨に近寄ると、ふて腐れた顔で、でんと横に座る。
(感情の起伏の激しいヤツ。)その顔を見て、思わず笑ってしまいそうになった彷徨だが、ここはぐっと堪えた。

今、ここで笑いだしたりしたら、未夢の怒りは増幅すること間違いなし。

そうしたら喧嘩で、せっかくの本が読めなくなってしまう。


コチコチと時計の秒針が時を刻んだ。長い沈黙。ルゥとワンニャーの声も聞こえない。どうせ、近くの公園にでも遊びに行っているのだろう。

沈黙に耐えきれなくなったのは、やはり未夢の方だった。足を投げ出すと、彷徨を見遣る。


(相変わらず、睫毛長いなぁ…。)本に目を伏せている彷徨は、睫毛の影が端正な顔を縁取っていて、綺麗としか言いようがない。クラスの女子が騒ぐ気持ちも分かるというもの。


「お前なぁ…。」彷徨が呆れたように未夢を見つめた。

「こっち見んなよ。気になって集中出来ないだろ?」


気付いてたんだ。


「だって、退屈なんだもん。」少し頬を染めながら未夢が言うと、はぁっと大げさな溜め息をつかれた。

「ガキ。」

「ガキじゃない!」

彷徨のバカ!と握り拳を固めて、背中をポカポカと叩く。

「痛ってー。そんな事したら、温泉行くの止めるぞ。」ツンと横を向く未夢。

「最初っから、行く気なんて無いくせに。」

「あっそ。なら行かねーよ☆」火花を散らすような睨み合いが続く。


ガラガラ、と玄関の戸が開く音がした。続いてワンニャーののほほんとした声が響く。

「ただいま帰りました〜〜〜。」ひょこっと二人の所に顔を出す。
気まずそうな表情。


「どうしたの?ワンニャー。」未夢が気を利かせて尋ねた。

「あの…未夢さん、彷徨さん。」言いにくそうにするワンニャー。

「何だ?はっきり言えよ。」横から彷徨も怪訝そうにする。

ワンニャーは、一瞬顔を伏せた後、顔を上げた。

「未夢さん、彷徨さん。明日だけ、どこかに出かけていただけないでしょうか?」

「「はぁ!?」」二人の声が重なった。

◇◇◇


「じゃあ…行ってくるね。」

「気をつけろよ。」

「はい、お任せ下さい!」ワンニャーが胸を張った。

後ろでは壊れかけた宇宙船がふらふらと浮かんでいる。

「実は最近、宇宙船の様子がおかしくて…。」ワンニャーが困ったように相談してきたのは昨日のこと。

「修理している間に宇宙船が爆発なんてしたら、お二人に危害が加わるかもしれないんです。明日だけでいいですから…。」言っている間にも、宇宙船はガタガタと妙な音をたてている。

未夢がぱん、と手を打ちあわせた。

「良かった〜。さっき、ちょうど彷徨と温泉行きたいなって話してたのよ。」

ね〜、彷徨?と話を振られて、不承不承

「ああ。」と彷徨は頷いた。

実際には、温泉に行きたいと言っていたのは未夢だけで、彷徨は一言も言っていないのだが…。ワンニャーがほっとした顔をした。

「良かったですぅ〜。じゃあ、明日、宜しくお願いしますね。」

その心からの笑顔に、彷徨は何も言えなくなったのだった。


「楽しみだよね〜。」今朝からうきうきしている未夢。釘を刺す為に口を開いた。

「お前なぁ。オレは行くなんてヒトッコトも言ってね〜ぞ!?」

「だってワンニャー、すっごく後ろめたそーな顔してたし。ほっとけないでしょーが?」

一応、未夢だって家族のコトを思いやっているのである。
普段から、家事全般をやってくれているワンニャーに迷惑はかけたくない。

「自分が行きたかっただけだろ?」彷徨がからかうようにして訊いてきた。

「何おうっ!」拳を振り上げて怒った顔をするが、それは直ぐに笑顔に変わる。

何ていったって温泉なのだ。それも、久しぶりの。

彷徨が目を細めて自分を見守っていることにも気づかず、呑気にハミングなんか始める未夢。
後ろから彷徨の声が被さった。

「そんなにはしゃいでると、山道でコケるぞ。」

「うるさいわねっ…て、あれ?」ふと気になる物が目に入った。

「熊…の足跡?」にしか見えない物体が山道に散らばっている。

「未夢?」彷徨が訝しそうにして歩いてきた。

「うっ、ううん!何でもないっ!」

平尾町に熊なんて居るワケが無い。
そう自分を納得させた未夢は、彷徨の方へ笑いかけてみせた。


◇◇◇


「うぅっ、やっぱり温泉出ないよぉ〜。」目的地に着いた未夢は早くも音をあげた。
そういえば――と思い出す。以前も、掘っても掘っても温泉が出なくて、
くたびれている所にサルなんかが現れたのだ。

そう。前の時もあんな茂みの影から…。

何気なく木陰を見つめた未夢は凍りついた。

黒い足がにょっきりと木陰からはみ出している。

人間の足だったら、まだ良いのだが…。


―――熊よね、あの足って。

行く途中に見かけた足跡が脳裏に甦る。

未夢が今にも叫び声をあげそうになった時。

ちょこん。小さな顔がおびえたように出てきた。


(もしかして…まだ小さい熊なのかなっ。)ちょっとだけ呼んでみる。


「ちょっと…おいでっ!」びくんっ、と小さな体が見え隠れする。

そこには小熊が立ちすくんでいた。

可愛い。

「どうしたの?お前。迷子になっちゃったの?」話しかけても、熊が近寄ってくる様子は無い。

(あっ、そうだ!)ふと思いついてガサゴソと持ち物を探り出す。

常備しているお菓子の包みを開け、小熊に差し出した。

おずおずとしながらも、包みに鼻を突っ込んでお菓子を食べだす小熊。


「お母さんは?」訊いてみると、ふんふんと鼻を鳴らして何かを伝えようとする。

「お前…きっと迷子なんだね。」自分が小さい頃、迷子になってしまったことを思い出し、未夢は泣きたいような気分になった。

あの頃は、辺りを一生懸命探し回っても、背が低いせいで何も見えなくて。
ぐしゃぐしゃな顔で思い切り泣いたら、その泣き声に気づいて両親が駆けつけてきてくれたのだ。
その時の心細さ、不安が甦り、未夢は泣きそうな顔をした。

「だいじょーぶ。お前のママが来るまで私が一緒にいるからね。」ぎゅっと、小熊を抱きしめる。小熊はおずおずと、未夢に体を預けた。


◇◇◇


「ん?」一方、彷徨も未夢が発見した物を再発見していた。

(熊の足跡…?)

まさか。

彷徨は、熊の足跡の向きを確認した。間違いない。


―――未夢が歩いていった先だ!

温泉など掘っている場合ではない。彷徨は全速力で足跡を追っていった。


「未夢っ!!」必死にその名前を呼びながら、走り抜けて、走り抜けて。

気が付くと、目の前には呑気な顔の、未夢が座り込んでいた。


「あれ〜?ど〜したの?彷徨。」

「ここ、熊がいるらしいんだ。だから早く山を降り………。」言いかけて彷徨は固まった。

落ち着け、落ち着け。
そう自分に言い聞かせ、未夢ににっこりと笑いかけてみせる。


「…未夢。その、お前が抱いている物は何だ?」

「え?熊…だけど。」

「何でお前、熊なんか抱いてるんだよっ!!!」

「だって、この子、迷子みたいなんだもん。何だかほっとけなくてさ。」


―――はぁ。

要するに、心配して来てみれば、未夢はとっくに熊と遭遇していた訳で、しかも、その熊と仲良くなってしまっていて。

心配していた自分が馬鹿みたいだ。脱力した彷徨に、未夢が心底不思議そうに聞いてきた。


「彷徨、何だかしんどそうだね。どうしたの?」

(お前のせいだろっ!)と言いたいのを我慢し、彷徨は

「何でもね〜よ。」と嫌味を込めて言ってみせた。改めて、熊を眺めてみる。


(まだ小熊か。)でも、このままだと、母熊が小熊を探しに来るかもしれない。


「おい、未夢。」

「何?」

「そいつを放せ。」

「ど〜してよ!」

「親がそいつを捜しに来たら、今度はオレ達が危ね〜んだぞ?」

「でも…。」未夢は、熊をぎゅっと抱きしめた。小熊もすっかり懐いてしまった様子で、未夢に甘える。彷徨は思いきりため息をついた。


―――これじゃあダメだな。

元々、未夢は感情移入しやすい性質なのである。迷子の小熊を放っていける訳無いのだ。

仕方ない。すとん、と彷徨は地面に腰を下ろした。


「彷徨?」何も言わない彷徨に、未夢が不安そうな瞳を向ける。

「親が来たら、すぐ山を降りるからな。」未夢の表情が、180度変化した。


「うん!」良かったね〜、と小熊に話しかける未夢に、彷徨は笑いをこらえた。

(やっぱり、コイツって感情の起伏が激しいよな。)

穏やかな午後は、ゆっくりと流れていった。










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