ここだけの話

(後編)

作:英未

←(b)



 あこがれの彼に借りた帽子。
 彼がいつもかぶっている帽子。

 ちょん、とつついてにっこり笑う。

「ありがとう」

 うれしさが体中に広がるのが分かる。
 なんだかオンナノコしてるよね。

 明日こそ帽子を返さなきゃ。
 明日こそドジを踏まないようにしよう!

 よぉし、竜崎桜乃、がんばりますっ!




*〜*〜*〜*〜*




 今日はどこの部活も自由参加。目前に迫った校内一斉実力テストなるもののせいで、「部活もいいけど勉強もね」と、先生たちからお達しが出たためだ。

「分かってるだろうね? 青学テニス部員が赤点なんて、あたしは認めないよ? ホレホレホレ、声どうしたぁ!」

 こんな豪快ホレホレアタック発言を聞いても、青学レギュラーたちは動じない。皆それぞれ、腕に覚えアリ…というわけだ。そんな彼らがアップを終えて軽く打ち合おうとしたとき、さりげないツッコミが入った。

 「やっぱ変っスよね?」

 昨日もおかしいと思いながら突っ込まなかったことを、桃城はあえて突っ込んでみた。

「越前のやつ、昨日も帽子かぶってなかったんスよ。どうしたんスかね?」
「そういえばそうだニャー。おチビのやつ、どうしたんだろ?」
「確かに、妙だね」
「帽子といえば越前。バンダナといえば海堂。手ぬぐいといえばタカさん。水泳キャップといえば大石。絆創膏(ばんそうこう)といえば英二。メガネといえば手塚」
「乾もメガネかけてるって、ははは」
「一緒にしないで下さい、乾先輩(ふしゅぅぅぅ)」
「まぁまぁ。知りたいとは思わないか? 越前が帽子をかぶっていない理由」

 皆の視線が乾に集中する。

「知ってるんスか?」
「なんで知ってんの?」
「調べたのかい?」
「乾ってすごいなぁ」
「ふしゅぅぅぅぅぅ」

 乾は、くい、とメガネを持ち上げた。



「これから調べる」



「……………」×5


 示し合わせたように、5人はラケットを構えた。
「ぬどりゃぁぁぁ!バーニングッ!」
 サーブが一斉に乾に向かって打たれたことは言うまでもない。

「何やってんスか?」

 呆れ顔で訊くルーキーを無視して地獄絵図が繰り広げられたが、それをサワヤカにおさめたのは、サワヤカな髪型がトレードマークの大石だった。

「おーい、越前。お客さんだぞ」
「客?」
「ほら、そこ。帽子を渡してほしいって頼まれたんだけど、本人を呼んだほうがいいかなって思ったから」

 大石が指差す方を見やると、フェンスの向こうに桜乃が立っていた。

「あぁ、帽子、ね…」

 受け取りに行こうとリョーマが歩き出すと、その背中に奇妙な声がかかった。

「帽子ィ?」
「…? 帽子がどうかしたっスか? 桃先輩?」
「い、いやぁ、なんでもねーな。なんでもねーよ」
「ほらほらおチビ。待たせちゃ悪いって」

 不審そうな視線を投げかけて、リョーマはコートの外へと向かった。

「グッレーイトッ! 越前のやつ、竜崎さんに帽子を貸してたのか」
「なるほど。だから帽子をかぶっていなかった」
「ふむ、想定範囲内だ」
「またデータっスか?」

 そんなやりとりをしていると、視力抜群の菊丸が急に声をあげた。

「あー! おチビのやつ、差し入れ断ってるぅぅぅ!」
「あぁ、お礼にクッキー焼いたんだって。だから越前を呼んだんだけど…」
「わざわざ断りに行かせたようなものか…」

 ため息をつく不二の隣で、異様な殺気が漂った。

「クッキー!? それを断ったってのか? 越前の奴!」

 ただならぬ桃城の反応に、不二が首をかしげる。

「許せねーな、許せねーよ。俺はいつでも腹が減ってるんだ。食い物をみすみす逃すなんて、絶対許せねーーー!」

 どーん!と桃城が猛ダッシュした。(その前にジャンプしたことは予想通り。)

 すると、それに呼応するかのように……

「許せん。食べ物を粗末にするとは許せん。食べ物には礼の心!」

 しゃおぉぉぉぉうと海堂が猛ダッシュした。(ちょっとカーブしていたが。)

「ショーッキーングッ! お米には八十八の手間がかかってるんだ、モンキー!」

 ぬどりゃぁぁぁと河村が猛ダッシュした。(なんとなく歌舞伎っぽいスタートだった。)

「おーい、タカさん、あれは寿司じゃなくてクッキー…って、行っちゃったよ」

 ははは、と笑う大石に、菊丸が叫んだ。

「そういう問題じゃないだろ! あれは乙女心が詰まったクッキーなんだよ!」
「お、乙女心…?」
「うちの姉ちゃんだって、いつも想いを込めてクッキー焼いてんだよ!ちなみに 失敗作はいつも俺が食べさせられるんだっ! もぉう、おチビの奴ぅ、乙女心がわかってなーーーい!」

 ビュンビュンと菊丸がステップを踏みながら突き進む。

「英二、真っ直ぐ行ったほうが早いって…」

「姉さんが焼くクッキーか。そうだよね、人の心を教えるのも先輩の務め。僕に勝つのはまだ早いよ、越前」

「おい、不二……」

 あっけにとられる大石の横で、乾は黙々とノートに書きこんでいる。

「乾…?」
「ん?」
「データ、とれたんだ?」
「ああ、なかなかいいデータだ」
「…そ、そうか」
「さあ行こうか、大石」
「え?」
「あの様子なら、まだまだデータが取れる」
「……………」







*〜*〜*〜*〜*






 事件現場では、桃城がフェンスによじ登り、しきりにクッキーを渡すよう交渉している。

「越前、お前は分かってねーな、分かってねーよ。だから、ね? 越前がいらないって言うなら、俺に下さい。いつでもありがたくいただきます♪(どーん)」

「……そんなにハラへってるんスか?」

「越前、食べ物をなんだと思ってる! 粗末にするとばちが当たるぞ」
 
「…なんだと言われても、食べ物は食べ物っスよ」

「お米にはなぁ、八十八の手間がぁぁぁ!」

「お米? これ、クッキーらしいっスけど…」

「ニャー、分かってないよ、おチビ! それは桜乃ちゃんがお前のために焼いたクッキーだろうが! 乙女心をなんと心得るぅぅぅ!」
「そうだよ、越前。竜崎さんの気持ちを無にするのかい?」

「…菊丸先輩。不二先輩も……」

 かっ、と、不二が開眼する。

「越前?」

「…だって、面倒でしょ? ひとり受け取ると、次から次から渡されて大変だし」

「ふむ。俺のデータによると、昨日断った数は…」

「…そんなことまで調査してるんスか?」(同意見多数)

 あきれたように言うルーキーに、大石が語りだした。

「なぁ越前、確かにお前の言うことも分かるよ。ひとりだけ受け取るってわけにはいかないってことも、だからって皆から受け取ると食べ切れなくて捨てることになるからもったいないってことも分かる。けどさ、今日の場合は違うだろ? 帽子を借りたお礼にって作ってきてくれたわけなんだから…」

「大石副部長…」

「あ、あの…」

 おずおずと、桜乃が口をはさんだ。

「…いいんです。リョーマくんの言うこと、よく分かりますから。ちゃんと帽子が返せたから、いいんです。ありがとうございます、大石先輩。それに、不二先輩たちも……」

「竜崎さん?」

「ごめんなさい、リョーマくん。なんだか大騒ぎになっちゃって。あの、帽子ありがとう。それじゃ…」

 慌てて走り去ろうとする桜乃に、不二が声をかけた。

「ちょっと待って、竜崎さん。それでいいの?」
「不二先輩…」
「だって、ほら、越前の帽子」
 つ、とリョーマがかぶっている帽子を指差すと、鋭い視線でリョーマを見た。
「きれいになってると思わない?」
「…え?」

「言われてみれば」
「まぶしい白さ」
「芸能人は歯が命」
「…それ、関係ないっスよ、英二先輩」
「やっぱり例えるなら“銀シャリ”だよね」

 口々に言われて、リョーマは帽子を脱いだ。
 たしかに、貸したときよりきれいになっている。

 問いかけるように、リョーマは桜乃を見た。

「クリーニングに出してから、返しに来たんだよね? 竜崎さん」

 不二が促すように言った。

「は、はい。ちゃんときれいにしてから返そうと思って。その分、返すのが遅くなったけど…」

「どう思う? 越前」
「どうって言われても…」

 緊迫した空気が二人の間に流れた。





「だーーーーー! 煮えきらねーな!煮えきらねーよ!」
「もう!おチビぃ!!俺は怒ったぞぉぉぉ!」

 もはやフェンスの向こうは野生の王国状態だ。

「ふむ。データは揃った」

 パタン、とノートを閉じて、乾が発言する。

「どうだい? 越前が受けとらないって言うなら、竜崎さんのクッキーをかけてトーナメントっていうのは?」

「え? 勝ったらクッキーひとり占めっスか?」

 桃城の瞳が輝いた。

「ふしゅうぅぅぅ」

 海堂に異論はないようだ。

「よーし! 絶対おチビに買ってやる!」

 菊丸もやる気満々。

「そうと決まれば準備開始ぃ!」


「マジっスか?」


「じゃ、越前、そういうことで」

 くるりと背を向けて歩き出した乾の後を、大石、不二、河村が追いかける。

「乾、ホントにやるのか?」

 大石の問いかけに、乾は…

「まぁ、やるふりっていうか、な」

「どういうこと?」
「何か考えがあるんだね?」
「あぁ、俺のデータによれば、かなりの確率で……」

 ふふふと不気味な笑みがこぼれる。

「あの三人のために、クッキーの代わりに特大ジョッキの乾汁でも用意しておくか」
「乾、マジか?」
「味は改良済みだ。いいデータが取れそうだな」

 三人は顔を見合わせ、肩をすくめた。

「やれやれ…」
「こりゃタイヘン」
「さて、越前はどう出てくるかな?」

 不二の視線がリョーマをとらえた。







*〜*〜*〜*〜*







「ねえ、竜崎」
「は、はい」
「クリーニングに出してくれた上に、クッキーまで作ってくれたの?」
「あ、あのね、レッスンしてもらったし、帽子貸してもらって助かったし、それで……」

 リョーマの強い視線を受けて、桜乃の声が小さくなる。



「気にしなくてよかったのに」

 リョーマの言葉に、はじかれたように桜乃がしゃべりだした。

「でも、でもね、本当に嬉しかったの。とってもとっても嬉しかったの。だから…」

 はっと口を押さえ、上目づかいにリョーマを見る。

「ごめんなさい。たいへんなことになっちゃって…」





 沈黙がこわい。
 リョーマは怒っているのだろうか?
 帽子に隠れて表情が読めないが、きっと怒っているに違いない。

 どうしよう。桜乃は泣きたくなってきた。

「ねえ、竜崎」

 呼ばれて、はっと顔を上げる。

「それ、開けてくれる?」
「う、うん」

 言われるままにクッキーの包みをほどいた。
 
「へぇ、竜崎って、お菓子作り得意なの?」
「得意っていうか、わりと作ってると思うけど…」

 ふ〜ん、と答えて、リョーマはにやりと笑った。

「まだまだだね」
「…ご、ごめんなさい」
「竜崎じゃなくて、先輩たち」
「…え?」
 ひょいと、リョーマはクッキーを手に取った。
「リョ、リョーマくん?」
「今オレが食べちゃうってこと、考えてないんだ」
 そう言って、ぱくっと口に入れた。

「リョーマくん!」
「あ…」
「えっ? もしかしてお砂糖とお塩の分量、間違えてるっ?」
「…しょっちゅう間違えるの?」
「いやまぁ、時々…」
「……」
「そうじゃなくてっ! 無理に食べなくていいから、早く出してっ!」
「その必要ないよ。うまいから」
「…え?」
「誰もまずいなんて言ってないだろ?」
「で、でも、食べた途端『あ』って…」
「うまいって言おうとしたの」

 そういう間にも、リョーマはひょいとクッキーを放り込む。

「リョーマくん、なんで……」

 誰からも受け取らないと言っていたのに、どうしたのだろう。

「別に、先輩たちに言われたからじゃないからね」
「う、うん」
「それにこのことは、ここだけの話」
「うん」
「でなきゃ、次々受け取る羽目になっちゃうから」
「うん」

「…だから、竜崎は特別」

 桜乃は目をみはった。

「特別…?」
「そう。理由が理由だから、受け取る」
「リョーマくん……」

 嬉しそうに笑う桜乃を横目で見ながら、少し考え、リョーマは口に入れかけたクッキーの半分をさくっとかじると、唐突に命令口調。
「竜崎、口あけて」
「え?」
「いいから早く」

 言われるまま桜乃が口をあけると、リョーマは、ぽいっと残りの半分を桜乃の口に放り込んだ。

「!!!」
「ちゃんと食べて」

 ごっくんと飲み込んだのを見届けると、リョーマはにやりと笑って言った。

「今のが最後の一つ。これで竜崎も共犯だね」
「きょ、共犯!?」
「だって先輩たち、クッキーがなくなってるって知ったら怒るでしょ?」

 それは怒るだろうけど、私が…共犯って……

「あ、そうだ。ついでだから手伝って」
「え?…な、何を??」

「…共犯」

 にやり、とリョーマが笑った。

「だろ?」

 桜乃は冷汗が流れるのを感じた。







*〜*〜*〜*〜*







「おーい、おチビ! なにやってんだよう!」

 どうやら準備が出来たらしい。
 やれやれと、リョーマはコートに向かった。

「ねえ、竜崎」
「な、何?」
「どうせなら見て行ったら?」

 な、なんて大胆な。こんな片棒担がせて見て行けとは…

「大丈夫。勝つのはオレだから」
「自信、あるんだ?」
「あれ? オレが勝つって信じてないの?」

 ひょいと顔をのぞきこまれて、桜乃は真っ赤になる。

「そ、そういうわけじゃないけど、みんな、レギュラーなんだよ…」
「オレもレギュラーだけど?」
「そ、そうだけど……」

 とてもじゃないが、まともに試合を見られない。だって、あのことがばれたら……

「心配?」
「そ、そういうわけじゃなくって…」
「ちゃんと守るよ」

 え? と、桜乃はリョーマを見た。

「竜崎は、オレが守る。だから、堂々と見てればいい」
「リョ、リョーマ…くん……?」

 今、何かすごいことを言われた気がする。
 何?何?? もう一回、言ってほしい……

「ほら、竜崎、来いよ」

 リョーマが振り向いてコートを指す。

「う、うん」

 夢のようだ。あのリョーマが、自分を守ると言ってくれるなんて……

「きゃあっ!」

 ずしゃっと、桜乃が倒れた。

「竜崎!?」
「ふえぇぇぇん」
「なんで、こんな何もないところでつまずくわけ?」
「う……」

 返す言葉もなくうつむいていると、レギュラー陣が一斉に駆け寄ってきた。

「大丈夫? 竜崎さん?」
「ケガは?」
「だ、大丈夫です…」

 口々に言われて、桜乃ははずかしさに真っ赤になった。

「ケガっていうか…」

 リョーマの言葉に、レギュラー陣が一斉に振り返った。

「クッキー、だめっスね、ほら」

 リョーマが包みを開くと、粉々になった欠片が落ちてきた。

「『残念無念また来週〜』ってね?」

 リョーマの言葉に、辺りは水を打ったように静かになった。
 が、……それも一瞬だけ。


「あぁぁぁぁぁぁぁ」

 桃城、魂の叫び。

「うわぁぁぁぁぁ」

 菊丸、涙の叫び。

「ふ、しゅ、うぅぅぅ」

 海堂、心の叫び。

「ガッデーム!」

 河村、友情出演。

「タカさん、ノッてるね」
 ふふ、と不二が笑う。
「あれって、多分砂だよな?」
 ははは、とサワヤカに大石が笑う。
「越前が既にクッキーを食べている確率98%だからな。あんなふうに竜崎さんを使うとは… ふむ、またデータが増えたな」
 乾がさらさらとノートに書き込んだ。

「あの三人、何も知らないんだよね?」
「激しく落ち込んでるなぁ」
「まぁまぁ、あの三人にはクッキーの代わりに乾汁を特製ジョッキでご馳走するよ。なんならトリプルミックスなんてどうだ?」



「…こりゃタイヘン」×3





 そんなふうに三年生レギュラーがひそひそと話しているとき、リョーマと桜乃の間では、こんな会話が交わされていた。

「ほんと、いいタイミングで転んだよね」
「う、だから、わざとじゃないのよ。本当に転んだんだもん」
「分かってる。それに賭けてたんだから」
「賭ける???」
「竜崎が転んだ拍子にクッキーが粉々になりましたーって言えば、先輩たちも納得するでしょ?」

 …ということは、竜崎は特別とか、竜崎はオレが守るとか、それって全部、演技??? 

 じわっと涙があふれてきた。
 そりゃそうよね、リョーマくんがそんなこと言うはずないよね。バカみたい、私ひとり舞い上がって……



「ウソじゃないから…」
 リョーマの言葉に、涙をためた目で桜乃は顔を上げた。
「竜崎は、オレが守るよ」
 つうっと、涙がこぼれた。
「今日のことがばれたら竜崎も気まずいだろ? 大丈夫、秘密はちゃんと守るから」

 …そういう意味?

 ガックリとうなだれる桜乃を不思議そうに見つめながら、リョーマは口を開いた。

「ねえ、竜崎」

 …返事をする気力もない。

「またクッキー作ってきてくれる?」
「え?」
「言ったろ? 『竜崎は特別』って」
「…あ」
「それに、『竜崎は、オレが守る』」
「…うん」
「堂々と受け取ると竜崎に火の粉がかかりそうだから、こっそりね」

 リョーマの言葉に、桜乃は目をみはる。
 夢かもしれない。夢としか思えない。
 でも、転んだときの痛みがまだ続いていて、その痛みが、これは現実だと告げている。

「…リョーマくん……なんで…?」
「さあ?」

 意味ありげに笑うと、リョーマは桜乃に手を差し伸べた。
 リョーマに助けられて、桜乃が立ち上がる。

「いいんじゃないの? ひとりくらい特別な人がいても」
「…ほんとに、いいの?」
「初めて会ったとき、かなり迷惑かけられたからね。貸しを返してもらうってことで」

 にやり、とリョーマが笑った。

「…す、すみません」
「もちろん、ここだけの話だけどね」

 そう言って人差し指を唇に当てたリョーマが、とてもかっこよく見えた。







*〜*〜*〜*〜*







「夢みたい……」

 今日はいろんなことがあった。
 なかでも、リョーマとのこと。

 迷惑料というものがあるからとはいえ、あこがれているリョーマとの距離がこんなに縮まったなんて信じられない。それに、あの言葉……

 うれしくて、ぎゅっとカバンを抱きしめた。

 なんだかすごくうれしい。
 特別と言ってもらえたことが、本当にうれしい。

「よぉし、がんばろう」

 青空に向かって叫びたくなった。

 リョーマくんに近づきたい。
 前よりずっと、強く思う。

 帽子を借りたあの日から、世界が変わった。
 いや、桜乃の世界が変わったのは、リョーマに初めて会ったあの日から。
 そして帽子を借りた日から、さらに世界が変わったのだ。


 心の中のリョーマの存在が、前よりずっとずっと大きくなっているのを感じる。



「竜崎さん、何かいいことあった?」
「ふ、不二先輩」

 そんなにヘラヘラしていたのだろうか? 不二が尋ねてきた。

「あ、いえ、別に……」
「越前、ちゃんと反省したみたいだね」
「…え?」
「あのクッキー、粉々になったってウソだよね?」
「……え??」
「越前が食べたんでしょ?」
「………え???」

 くすっと、不二が笑った。

「越前に伝えておいてくれないかな? 『僕に勝つのはまだ早いよ』って」
「あ、あの……」

「あ、ついでにこれも伝えておいてくれないか?」

 いつの間にか、そばに乾が立っていた。

「『データは嘘をつかない』ってね」

 きらーんと乾のメガネが光った。


 ば、ばれてる…?

「リョーマくん、どうしよう…」

 泣きそうな声でつぶやいた。

 桜乃のテニスの王子様は、青空の下、挑戦的な瞳でボールを追いかけている。
 ふぅ、とため息をついて、桜乃はリョーマを目で追った。

「リョーマくん、これじゃ『まだまだ』だよ…」

 でもそれは、ここだけの話にしておこう。
 彼は桜乃を守ると約束してくれたのだから。

「ね? リョーマくん」

 桜乃が、にっこり笑った。








【あとがき】

いや、リョーマならコソコソ隠れて受け取らない。…と思ったものの、桜乃ちゃんのことを考えればねぇ、こういうのもありかなぁって。うちの王子は結構聡いのです(笑) ですから、ちゃっかり桜乃ちゃんを共犯にするあたり…(^^;

当初は、もっとこう落ち着いた話になる予定でしたが、36コンビが暴走始めて、ストップかけて、気がついたら手塚くんの出番がなくなっていました。あ、あれ? でもいいです。手塚VS跡部戦のノベライズ(苦笑)で手塚くんを書いてますから。あれを手直しして続きを書けば、それなりに読めるものになりそうです。でも、書きたいのはリョーマ♪ 決して俺様ではありません(笑)

続き続きと言ってたわりに消化不良な話になってしまいました。うん、今度頑張ろう。その前に、しばらく不二くん強化期間を設けねばなりません。ただひたすら不二くんのヴォーカル曲を聴きまくるだけですが…

手塚VS跡部を書くときは、「E気持ち」をエンドレスで聴くことにします。…となると、主人公は俺様か?(汗)

「テニスの王子様」#tp-s005西遠寺英未(2005.7.9)

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