作:日秋千夜
「…なんでまだいるの?」
「ちゃんとお前が眠るまで見張る」
「……明るいと眠れないんだけど」
「じゃ、消したらいい」
こともなげに言われて、慌てて。
何か言おうと口を開きかけたときには、
彷徨の手が伸びて、ぱちんと電気が消されていた。
部屋の中が真っ暗に沈む。
…一瞬の間をおいて、ぽうっと小さな灯がともる。
未夢が彷徨に贈った、手元用ブックライト。
あわい光が、彷徨の横顔を照らす。
静かに本のページに目を落としている。
「……目、悪くなっちゃうよ」
「お前が早く寝たら戻るよ」
「…………」
一旦こうと決めた彷徨は頑固だ。
小さくため息をついて、未夢は彷徨に背を向ける。
時計の針が正確に時を刻む音と、ときおりページの繰られる音と。
それだけが響いていた。
ごほっ、ごほっ……!!
急に息がつまって、未夢は激しく咳き込んだ。
まどろみかけていた頭が、また覚醒する。
未夢は枕に顔を押し付けて、胸から沸きあがる衝動と戦う。
そのとき。
大きな手のひらが、ぽんぽんと、背中を叩いてくれた。
「大丈夫か?…水、飲むか?」
「……ありがと」
差し出されたコップを手にとって、一口のむ。
ふうっと大きく息をつく。もう咳はでない。
………………。
ふっ、と顔を上げると。
心配そうな彷徨と目があった。
彷徨は、あわてたように顔をそらす。
「咳、ひどいな。
…………ったく、無理するから」
「ごめん……彷徨、もう大丈夫だから。ちゃんと眠るから
部屋に戻って…」
「んなわけにいくかよ!
お前がこんな状態で、眠れるわけ……っ……」
ほとんど怒鳴るみたいに、すごいいきおいで繰り出された
言葉が急にとまって。
彷徨はなぜか顔を赤くして、ふいっと横を向いた。
………?
彷徨、もしかして………責任、感じてくれてるの……??
そう気づいたとき。
勝手に口が開いて、言葉が飛び出していた。
「彷徨、ごめん。
……ごめん。ごめんね……」
壊れた機械のように、一つの言葉が繰り返されて。
そのうち、とても小さく、彷徨の笑う声が聞こえた。
「……もういいよ。」
少し柔らかさをとりもどした彷徨の声。
なんだかほっとして、布団の下で口元が少しほころんだ。
「ちょっとは眠れたか?」
「う〜ん、ほんのちょっとだけ」
「何かして欲しいこととか、あるか?
本を読むとか……子守唄を唄う、とか」
「むぅ。彷徨、またあたしを子ども扱いしてるでしょ」
「だってお前、子供じゃん」
むっとして、未夢が横を見ると。
彷徨がべっと舌を出す。
「……ふふ」
「なんだよ」
いつもの二人に戻れたみたいで、うれしかった。
「じゃあねぇ……眠るまで、手、握っててもらってもいい?」
「!!
手…って、お前」
「小さい頃、風邪引いた時によくパパやママに握ってもらってたの。
なんだかね、安心して眠れるんだ。
……だめかな?」
「〜〜〜///。しょーがねえなっ」
少しぶっきらぼうにそう言って。
未夢が布団の端から出した指先に、彷徨の手が重ねられた。
―― その指先は、まるで氷のように冷え切っていて。
「……!!彷徨、手すごく冷たいよ!?」
「あのな。さっきの未夢の手だって、こんなんだったんだぞ」
それでばれたのか……と、未夢は今さらながらに思う。
今年は例年になく寒くて、各地でも最低気温を更新していた。
西遠寺も例外ではない。
この部屋も、布団に入っているときこそ暖かいが、外に出ている
顔には冷気が厳しい。
「俺は本を読むから……手が冷たいのは慣れてるんだよ」
「でも……」
これじゃあ、彷徨も風邪をひいてしまう。
そう思ったとき、未夢にひとつのアイディアがひらめいた。
「あっ……じゃ、じゃあ。これが使えるかも!!」
「?なんだよ」
「いいから!彷徨、ちょっとだけ電気つけてくれる?」
編みかけの手袋。
指まで編めてなくて、手のひらだけを包む形のそれを、
未夢は彷徨に手渡した。
「本当は指もつけようと思ってたけど……
ページをめくるなら、指先がでてたほうがいいよね。
はじめてだし……編み目ガタガタだけど
これ、よかったら使って。」
深緑色のかたまりを眺めて。
彷徨は無言で、両手にそれをはめる。
「心配だったけど、サイズもちょうどいいみたい。よかった〜」
間に合わなかったプレゼントだけど。
思いもかけない形で、渡すことができた。
役にたった。
たったそれだけのことだけど。
未夢にはたまらなくうれしかった。
「よかった…」と目を細めているとき、すっと視界がかげった。
手袋をはめた彷徨の手が、未夢のおでこにあてられていた。
大きな手のひらに、目元まで隠されてしまう。
「…?かなた…??」
「……さんきゅ。あったかいよ。
でもな。
…一番のプレゼントは、お前が元気でいてくれることなんだからな。
それ忘れるなよ」
「………っ。
わ、わかった…」
おでこから手が離されてからも
どんな顔をしていいかわからなくて。
未夢は布団の中に頭の先までうずめた。
そっと、指先に。彷徨の指先が触れて。
今度はずっと、さっきよりも暖かい。
きゅっと力をこめて握ると、ワンテンポ遅れて、
でも握り返してくれるその手。
失いたくないと思った。
ずっとずっと、こうしていたいなと思った。
□■■
後日談。
「やっぱりうつっちゃったか〜。ごめんね、彷徨」
「………(ゴホゴホ)」
「なにか、あたしにしてもらいたいことある?なんでもしてあげる」
「……おまえなぁ。
じゃ、他のヤツに向かって『なんでもしてあげる』って言うの禁止」
「え?なんで??」
「…………………」
「な、なんでそんな目で見るのよ?」
「自覚なさすぎ。いーからお前は部屋戻ってろ。
また風邪ひかれたらたまんないしな。
……あ、じゃあ。オレの分まで冬休みの宿題、頼むわ」
「ええ〜〜っ!?そんなの〜〜」
「お前さっき、『なんでもする』って言ったよな?」
「…わ、わかったわよ。うぅ〜そんなこと言わなきゃよかった〜〜」
「……彷徨さんも苦労しますね」
「! …いたのかよ、ワンニャー……」
「先は長いですから。がんばってください。
じゃおかゆ作ってきます〜〜」
「………………〜〜〜っ」
そして西遠寺の、いつもの日がはじまる。
お、終わりました。終わりがちょっとへんてこですが。
…こんだけ引き伸ばしておいて
オチなかった〜〜!!(←関西在住の性)
しかもあまり甘くならず、「甘党さん」とも関係なく……。
ぐうう。
いえ、でももう謝りません。
謝るより、次回作でもっとよい作品をご覧いただけるよう精進します!!
来年度は「〆切を守ること」を公私ともに目標にします。
読んでいただいてありがとうございました(^-^)
(注)2005年クリスマス企画参加作品です。