作:日秋千夜
「……っくしゅん!!」
もう今日何回目になるのか。
背筋からのぼってくる悪寒に我慢ができなくなって,
未夢は布団に身体をすべりこませた。
あとちょっと,もうちょっとなのに…
そのもうちょっとが,まだできない。そして締め切りはもう過ぎている。
なんとしても,どうしても。今晩には仕上げてしまいたかった。
なのに。
ゴホゴホっと盛大な咳をして,未夢はうらめしげに枕もとの小さな鏡に映る
自分の顔を見た。
…まだ,ほっぺたが紅い。
測ってはいないが,たぶん熱がまだあるのだろう。
「ううう〜〜。
なんでこんな時に,風邪なんかひいちゃったんだろう,あたし…」
布団から出していたせいでこごえた両手をさすっていたら,自然とため息がでた。
そのとき。
トントン,と。
控えめなノックの音が聞こえた。
未夢が廊下側に目をやると,そこには見慣れた影。
「未夢,ちょっといいか?」
――やばい!か,隠さなきゃ,見つかっちゃう!!!
「あ…うん!
ちょ,ちょっと待ってくれる??」
慌てて今まで枕元に置いてあった小さな袋を布団につっこんで。
上からぽんぽんと叩いて,目立たないようにする。
それから上体を起こして,半纏を羽織って。
「入ってきていいよ〜」
扉の向こうの同居人に声をかけた。
一拍おいて,入ってきた彷徨の手には,湯気の立つ
2つのマグカップと本とが抱えられていた。
「……具合,どうだ?なんかさっき,すげー咳してたろ。
ホットミルク作ってきたけど…飲むか?」
「わっ,ありがとう!!ずっと寝てたし,喉かわいてたんだ〜」
気遣ってくれる彷徨の優しさに,思わずにっこりとしてしまう。
カップを受け取るとき,ほんのすこし指先が触れた。
ふと彷徨が顔をしかめる。
「未夢……おまえ,ほんとにちゃんと寝てたか?」
「えっ…な,なに言ってるの?当たり前でしょ!?
せっかく冬休みになったのにすぐ風邪ひいちゃってさ〜,早く治して
遊びたいもん!じっくりゆっくり寝てますよ〜??」
「……ならいいけど。早く寝ろよ,今夜も寒いらしいから」
「うん,ありがと。もうちょっとだけこの本読んだら寝るね。
ミルクありがと。おやすみ,彷徨」
足音が遠ざかるのをちゃんと確かめて。
そろっと布団から,上体を起こす。
そしてさっき隠した紙袋をあけて,もう一度準備して。
最後の仕上げにもうひと頑張り!と気合いを入れなおして……
--------ガラッ!!
―えっ!?
「……未〜夢〜〜??」
「ひゃぁっ!!?」
いつのまにか。
さっき廊下の向こうに消えていったはずの彷徨が,背後に立っていた。
びっくりした拍子に,手にしたものが跳ねる。
「わっ,わっ……」
必死にたぐりよせようとしたけれど,手元から飛び出したそれは
ぽん,ぽんと跳ねて,彷徨の足元に転がった。
「なんだよ?これ」
「え…,えっとね」
未夢は一生懸命言い訳を考えたけれど。
手元の深緑の毛糸玉をもてあそぶ,彷徨の目に射すくめられてしまう。
じっと微動だにしない,ダークブラウンの瞳に一度とらえられて
逃げられたためしなんてない。
未夢は観念して口を開いた。
「……誕生日プレゼントにね」
「誕生日?だってお前,これくれたじゃん。」
そう言って彷徨は,手のひらを広げる。
携帯式・手元用ブックライト。
たしかにそれは,未夢が彷徨の誕生日に贈ったものだ。
「そうなんだけど。
ほんとは,それだけじゃなくて…この手袋も一緒にって思ってたの。
…はじめてだし,時間かかるかなと思って,余裕みて編んでたんだけど
編み目が一段ずれたり,ほどけたりして……結局間に合わなくて。
それでも何とか年内に渡せたらいいな〜っと思って……ね……」
失敗ばかりして,結局間に合わせられなくて。
なんとかうまく言いつくろおうとしたけど,それもできなくて。
未夢はどんどんと恥ずかしくなって,自然と顔がうつむいてしまう。
視線がちょうど,自分の手元まで来たとき。
「ば〜〜か。」
彷徨の言葉に,がばっと顔をあげた。
「なっ!ば,ばかって言うことないでしょ?」
「ばかにばかって言って何が悪い?
風邪引いて具合悪い時に,無理なんかするなっ。
そんなことされたって嬉しくなんかねーよっ」
「……っ」
彷徨は,正しい。
正しいから悔しかった。
悔しかったし,切なかった。
(2)へ続く。