あの夏のきみへ。

Aパート

作:日向秋桜

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あの夏のきみへ。- Aパート -





−カラン。
麦茶のグラスの氷が音を立てた。
その音でふと彷徨は目を上げる。


夏休みも半ばをすぎて,西遠寺を通り抜ける風にも
やや涼しさが感じられるようになった。
夏の暑さにやられ,ぐったりとしていたものたちにも生気が戻ってきたようだ。


三太は「未確認生命体」を見つけるため,平尾町を拠点として
あちらこちらの山や川を捜索してるらしい。
昨日彷徨が久しぶりに会った三太は見事なくらい日焼けをしていた。

親友がそんな関係で留守がちなため,彷徨は日がな一日
読書をすることが増えた。
最近は縁側が定位置になっている。
柱に体をもたせかけ,隣に麦茶を置いて。
高台にあるためか,残暑が厳しいこのごろでも比較的風が通り
涼しい場所では読書もはかどった。



そして今日も一日,おだやかな日がすぎるはずだった。
…ワンニャーの叫び声が聞こえるまでは。





「彷徨さん彷徨さん彷徨さーーーーん!!!


ワンニャーが息せき切って転がり込んできた。


「た,た,大変なんです。
未夢さんが…未夢さんが…っ!あ,あわわっ!!


未夢いうところの「ワンニャーまるだし」の走り方でバタバタと走ってきた
ワンニャーは,言葉の途中でつんのめって転ぶ。



「大丈夫か,ワンニャー。
……で??

未夢がどうしたって?」


努めて冷静に声を出そうとつとめてみたけれど,無駄だった。
話の途中で,既に腰を浮かせてしまっている自分に気づく。
彷徨は慌ててワンニャーを見るが,畳に手を付いて起き上がろうとしている最中で
こちらに気づいている様子はない。


「そ…それがですね。ちょっと大変なことになってまして…」

「…大変って。だからどう大変なんだよ」

話しながら廊下を進む。
確か先ほどまでは,台所の横の部屋で,未夢とワンニャーとルゥで何か
しているようだった。
障子が閉まっていたので,何をしていたかまでは見ていない。


がらりと障子をあけると。


畳の上に透き通る金色の髪の毛を広げて,未夢が倒れていた。
その横には
「ママ?…マンマ??」
と,泣きそうな声で呼びかけ続けるルゥ。


「…っ!!未夢!!!」


彷徨は思わず叫んで,未夢を抱き起こす。
声をかけながら軽く身体を揺さぶるが,それでも意識はまだ戻らない。

ぐったりとした身体の感触が彷徨の心を震わせる。
ルゥも泣き声をあげながら,未夢の身体に取りすがってきた。


「…おい,ワンニャー。
 一体何がどうなって,こんなことになってるんだ??」


冷静に尋ねたつもりだったが,その声に何か感じるところがあったのか
青い顔をしてワンニャーが答える。


「そ…それがですね。
昨日みんなでテレビの奇術ショーを見たじゃないですか。
そのときワタシが,ひとつくらいかくし芸があってもいいかもしれないですね〜
って言ったのを,未夢さんが覚えてらしたみたいで。


それで,未夢さんが,『ワンニャーにも催眠術教えてあげる!簡単なんだよ』
って言われて…。さっきまで教わってたところだったんです。
5円玉を目の前にかざして,ぶらぶらさせるやつなんですけど…


で,最後に『じゃあ最後にあたしに向かって催眠術かけてみて』って…
それでやってたら,急に……」




その時。
未夢が軽く身じろぎをしたような気がした。
彷徨が目を落とすと,「ん…」と小さな声をあげてうっすらと未夢の目が開いた。


「あ…気づいたみたいだな」

「み,未夢さ〜〜ん,すみませ〜ん。お体の具合はどうですか〜??」


ワンニャーが半泣きでかけよってくる。
未夢は身体を起こして,不思議そうに周りと,3人の顔を見た。


「ここ……どこ??
おにいちゃんたち…だれ???」



「……未夢??」


「おにいちゃん,わたしのなまえ知ってるの?」


しばし呆然としたあと。
彷徨は振り返って,なんともいえない表情をしているワンニャーを
部屋のすみにひっぱっていった。

ワンニャーの喉元に腕を回し,低い声でささやく。

「おい…ワンニャー。
お前どんなふうに催眠術をかけたんだ??」


「え…ええっとですね。
たしか…『あなたは,どんどん子ども時代に戻っていきます…』
だった…ような」

「!!!」


「…おにいちゃん??」

はっとして,彷徨ふせいは後ろを振り向いた。
ルゥくんを膝に抱き上げながら,未夢が心細そうな顔を向けている。


「あ…ごめん。
おれの名前は西遠寺彷徨。そしてここは,おれの家。
君が膝に抱いてるのがルゥで…そしてこっちにいるのが
ルゥの…ええと,動いて話すこともできるぬいぐるみ。ワンニャーっていうんだ」


ワンニャーの不服そうな視線が痛いが,気にしないことにする。
なるべく優しく聞こえるよう,今度は彷徨が未夢に尋ねる。

「それで,改めてなんだけど。
…君の名前と年齢を教えてもらえるかな?」


「こうづきみゆ。8才。」



−−−8歳。
つまり現実年齢よりも6歳巻戻ってしまってるわけだ。
どうやってなおしたらいいんだ?
くそっ,催眠術のことなんてわからねーよ!
とにかく,夏休みが終わるまでになんとかしないと…


彷徨の頭の中を,ぐるぐるといろんな考えが回る。



「あの…パパとママは?ここにいないの??」


未夢が不安げに問いかけてくる。
その顔を見て,彷徨は覚悟を決めた。


とにかくここはできるだけ刺激しないようにして
あとで対策を考えるしかない。
そう判断して,彷徨はゆっくりと口を開いた。


「…今,未夢の両親は仕事でアメリカに行ってるんだ。
その間うちで預かることになったってわけ。」


未夢の顔が一瞬曇った…ような気がした。
でもすぐに顔を上げて,彷徨の目をしっかりと見つめる。


「そう…。まあ,あの二人がしごとでいなくなっちゃうのはいつものことだけど。
おにいちゃんはパパとママの知り合いなの?」

「オレは直接知り合いじゃないんだ。
けど,オレの母さんと未夢の母さんが学生時代親友だったって聞いてる。」


そのとき。
未夢の膝の上のルゥが,見上げて「マンマ?」と声をかけた。
ルゥを見下ろして未夢は優しく声をかける。


「ルゥくん…わたしはママじゃないよ。
あなたのほんとうのママは?どこにいるの??」


「未夢。ルゥ…この子の本当の母親は,今事情があって遠くにいるんだ。
とてもとても遠いところなんだけど,今ルゥたちを迎えにこようと頑張ってる。
だから。
オレと,未夢と,ルゥとワンニャー。今のところこの4人で暮らすことになる。」


黙って聞いていた未夢が,ふと尋ねる。


「…おにいちゃんのパパとママは?」

「オヤジは修行でインドに行ってるよ。
母さんは,ずいぶん前に死んだんだ」


未夢は大きく目を見開いて,そのあと申し訳なさそうな顔になった。


「ご,ごめんなさい…」


「いいさ。別に未夢が謝ることじゃない」


「でも…そうしたらみんな一緒だね。」


未夢がポツリとつぶやく。

ルゥを見下ろしたままだったから,どんな表情をしているのかはわからなかった。



その日の夜。
すべての家事を終えて,ふうと彷徨はため息をついた。
自分でワンニャーを「おもちゃ」と言ってしまったので,食事の支度や掃除は
すべて彷徨がすることになったのだ。
自業自得なわけだが,そもそもワンニャーが余計なことをしなければ
こんなことにはならなかったわけで。
改めてワンニャーに対して軽い怒りが湧き上がってくる。


−明日は未夢の目につかないところで,ワンニャーにも家事をさせよう。
 あと,図書館かなんかで催眠術について調べないと…


そう考えながら,渡り廊下を歩いているときだった。

縁側に膝をかかえて空を見ている,未夢がいた。
驚かさないようにそっと声をかける。

「…もう眠る,って言ってたんじゃなかったっけ?」

「あ…おにいちゃん。」


振り返った未夢は,彷徨の顔をみてうれしそうに笑う。
そんな無邪気な笑顔は,普段あまりみられないので思わず動揺してしまう。

「…おにいちゃん??なんか顔赤くない??」

「い,いや。気のせいだろ,気のせい!!
何を見てたんだ??」


じっと見つめてくる未夢から慌てて顔をそらし,
彷徨はなんとか話題を変えようとした。


「星をね…見てたの。ここ,すごくたくさん見えるんだね。」


「ああ…高台にあるしな。それに夕立が降ったから,
いつもより大気が澄んでるんだと思う。」


未夢は,じーっと真剣に星空を見上げていた。
おもむろに西の空を指差す。

「あれは…おとめ座のスピカ,だよね??」

「おっ,よく知ってるな」

彷徨の言葉には答えず,真剣な眼差しのまま。
未夢は頭上にきらめく星に目をこらす。

「あれは…」

指差したまま,とまってしまった未夢に,彷徨が言葉を続けた。


「こと座のベガ。…あれと,はくちょう座のデネブ,南の空のわし座の
アルタイルで,夏の大三角形になる」

「おにいちゃん,すごいね。」

未夢が目を丸くする。
素直に褒められると,ちょっと照れる。


「こないだ三太…オレの友達と,一緒に天体観測したばかりだから。」


少しまぶしそうに彷徨を眺めたあと。
未夢は顔をふと曇らせた。


「あたしはね…ママがなんどもおしえてくれるのに,すぐぐちゃぐちゃに
なっちゃうの。
いっしょうけんめい,おぼえようとするんだけど,だめなの。

ママは『みゆもいつかおぼえられるわよ』ってわらってくれるんだ。

…でもね,そんなとき,いつもここが。」

そう言って,未夢は胸を押さえる。

「…なんだかね,ぎゅってなるの。

 ママにがっかりされてるような気がするの…」


しゅんとうつむいてしまう。


「そんなことないよ。それは未夢の思い過ごしだ」


彷徨は,そんな未夢の顔を覗き込むようにして,精一杯優しい声で伝えた。
うつむいた横顔に向かって,もう一度。
同じセリフを口にすると,未夢がやっとこっちを向いて微笑んだ。


「…ほかの星のことについても教えてくれる?」

「ああ,いいよ。あそこに見える大きいのが…」


その後二人で,しばらく空を見上げて,星座を探した。
途中で興に乗り,星座早見盤まで探し出してきて眺めた。
彷徨が覚えてる限りの,ギリシャ神話を話して聞かせると,未夢は目を
かがやかせながら聞き入っていて…

月の出ていない夜だったけれど。
手元の懐中電灯の光を頼りに,二人はいつしかいつものように
楽しく笑いあうようになっていた。


そして,しばらく経ったあと。
小さなあくびをひとつして,未夢が立ち上がる。

「…なんだか眠くなっちゃった。ごめんね,おにいちゃん。
 もう寝るね。おやすみなさい」

「ああ,おやすみ。部屋までひとりで戻れるか?」

「うん」




とたとたと足音を響かせて歩く未夢の後ろ姿を,じっと見つめた。
すると,未夢がくるりと振り返った。


「…おにいちゃん,また星座のことについて教えてくれる?」

「ああ,いいよ。また明日な。」

「うん。じゃ,また明日!!」


うれしそうに小さく手を振って。
彷徨の視界から消えた。






(Bパートへ続く)




あああ…思い切り遅くなってます。さららです。
みなさんこんにちは。お元気でしたか??

本当は今日すべてUPしよう!と意気込んでいたのですが。
なんかもうどんどんと収拾付かないことになっておりまして…
今のところ水の「み」の字も出てきてません!
そして今後どうやってそれをからませるかで悩んでおります。

とりあえず,アニメでいう「Aパート」として載せてみました。
「Bパート」の掲載は…まだ未定なんですけれど,なんとか8月末までには
完成させる予定です。

たいへん中途半端ですが,楽しんでいただけると幸いです_(._.)_





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