unexpected present

unexpected present (1)

作:日秋千夜

 →(n)



まだ早朝にはきりっとした寒さが残り,道行く人の息も白く凍る。
だが,ふと桜の木の枝に目をやると,そこにある小さく硬い膨みに
春が確実に近いことを教えられる,そんな季節になった。



その日もいつもと同じ,西遠寺の朝が始まる…はずだった。


宝晶と彷徨。
男二人,向かい合って座る食卓。
その日最初の親子の会話はこんな感じだった。

「親父,この味噌汁味濃くないか?」

味噌汁を一口飲んで,彷徨が少し顔をしかめる。

「何を言っておる彷徨。食物は天からの供物。どんなものであれ
感謝していただかんといかん」

宝晶は食卓に並ぶ皿に合掌しつつ息子を戒める。
…だが,彷徨は冷静だった。

「…おい。なんか話ずれてるぞ。また読経と料理一緒にしようとして
味噌汁煮つめたろ。
ガスつけっぱなしで本堂行くなって何度言ったらわかるんだよ?」

「な,なんのことじゃ?」

「トボけたってバレバレなんだよ。ったく親父は…」



父と子の朝の会話が興に乗りだしたまさにその時。
電話の呼び出し音と玄関のチャイムが,ほぼ同時に西遠寺に鳴り響いた。

その音を認識するやいなや,渡りに船と宝晶は彷徨に指示を出す。


「おっ!お客さんじゃ。彷徨,ちょっと玄関出てくれ。わしは電話に出るから」

「ずりーぞ親父!電話はここだろ。オレの方が近いよ。親父が玄関まで行けよ」

「なら勝負じゃっ!息子だからって手加減はせんぞ?」

「望むところだっ!」



緊迫する空気。一瞬の緊張。鋭い気合が走って――――




「…じゃーんけーん,ぽんっ!!」

………。
………………。

「うぅぅっ,くそーっ!!!」

悔しそうな叫び声を残して玄関に急ぐ彷徨。

「まだまだ若いのぉ…。修行が足りんな。」

息子の背中を満面の笑みで見送りつつ,宝晶は受話器を取った。





       ◇◇◇◇






「こんな朝っぱらから誰だよ一体・・」

彷徨はぶつぶつ言いながらも,早足で玄関に着き,ガラリと引き戸を開けた。
目の前の人影に一瞬怪訝そうな目を向けるが,その瞳はすぐ驚きの色に変わる。
そこで彷徨を待っていたのは,全く予想しなかった人だった。



「西遠寺さーん,お届けものでーす」




懐かしい,見慣れた制服姿。
猫を彷彿とさせる口元。
両手で抱えられている,白色の箱。




一瞬誰だったかと記憶をさぐり,時を待たずに蘇る数々の思い出。
この人は…。この人は……もしかして―――――



「……って,あんた…もしかしてツウハン星の人じゃないですか?」

恐る恐る尋ねる彷徨の言葉を,その男はあっさりと肯定する。

「はい。いや〜,すいません。注文受けてから一年かかっちゃってますけど。
 ご希望の品物やっと入荷したんですよ。お待たせしました〜。
 こちらに受け取りの声をどうぞ」

その箱を彷徨の胸に押し付けつつ,配達人はポケットから小さな録音機を
出して彷徨に向ける。

「どうぞって,…これ頼んだやつ,もううちにはいないんですけど」

困惑した表情のまま,彷徨はそれ ― 受け取ってしまった箱に目を落とす。

「…だから,これはちょっと受けとれ…」

「録音完了っと。…はい,ありがとうございました〜」

ピピッという音を確認した後,配達人は挨拶もそこそこにトラック型のUFOに
乗り込んで発車しようとする。

「だ,だからちょっと待ってって!これ間違いですよ!!」

慌ててトラックに声をかけ,手にした荷物を返そうとする彷徨。
しかし配達人は発進を止めようとはせず,もうすでにかなりの高さまで
浮上してしまっている。
そのトラックの中から声だけが聞こえてきた。

「…でもこの住所で注文受けてますから。もうお支払も済んでますし。
 ま,そういうことなんで。ありがとうございました〜」

「そういうことなんでって……おい!!!ちょっとーーーー!!!」

彷徨の叫びもむなしく,轟音と共にトラックは空の彼方に飛びさっていく。
後に残ったのは呆然とした彷徨と,その腕の中の白い箱。

「…今頃,なんでこんな…。っていうか,これ一体何だ…??」

手元の箱を見下ろしながら,彷徨はつぶやいた。




         ◇◇◇◇








「…彷徨〜〜? 何をしとるんじゃーー??もう8時10分回っとるぞーー。
 学校行かんでいいのかーー?」

宝晶の声に,彷徨はふと我に返る。
慌てて腕に目をやると,時計の針は確かにもうかなりギリギリの時間を指していた。
走ってやっと学校に間に合うか間に合わないかというところだ。

「や,やばい!と,とりあえずこれは帰って来てから考えることにして,
今はとりあえずここに隠しておこう!」

彷徨は手にした箱を,とりあえず下駄箱の一番上につっこんで戸を閉め,
そのまま玄関を飛び出した。



「行ってきまーすっ!」









「おい彷徨。彷徨〜,おらんのか?」

宝晶が玄関前まで出てきた時には,すでに息子の姿はなかった。

「なんじゃ。もう行ったのか。せっかく良いニュースを教えてやろうと思ったのにのう。
 ……??」


宝晶は少しがっかりした様子で視線を落とす。
その目がそのまま,さっき彷徨が慌てて閉めたせいで
少し扉が開いたままの下駄箱に向けられた。
扉を閉めなおそうとして,ふと見慣れぬものが目に映った。
下駄箱に無造作に入っていたのは,判読不明の文字が書かれた白い箱。


「なんじゃこれは?」


尋ねようにも相手はいない。
箱を手にして,つい先ほどの彷徨と同じポーズで佇む宝晶だった。







(2)へ続く。













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