眩しい・・・。
光が差し込んでくる。
布団の中は、ポカポカあったかい。
ん〜・・・気持ちいいな〜。
こんな日は、いつまでも寝てたいよ・・・。
「・・・未宇」
あれ、誰かが・・・呼んでる?
でもダメ・・・布団が気持ち良くて、
頭の中、ボーッとして・・・。
布団の中で、私は寝返りを打つ。
「・・・未宇?」
また私の名前を呼ぶ声。
もう、寝かせてよ。
せっかく気持ちいいのに〜。
「早く起きないと、遅れちゃうわよ、未宇っ。」
遅れ、ちゃう?
「今日から、授業が始まるんじゃないの?」
授業・・・・って。
・・・学校!?
ガバッ
一気に目を覚ましたわたしは、布団を跳ね上げて、時計を見た。
時間は・・・7時30分。
「・・・もうこんな時間?」
慌てて布団の中から飛び出した。
サッと襖を開けると、太陽の光が目に飛び込んでくる。
いつもと同じ様に、鳥が庭先に集まってた。
チッチッていう鳴き声が聞こえてる。
そんなに寝坊したわけでもないみたいで、わたしはホッとした。
危ない危ない、最初の授業で遅刻なんて、シャレにならないもんね。
安心して、う〜んと伸びをする。
あったかいお日様の光が照らしてくれて、すっごく気持ちいい。
布団の中も捨て難いけど、やっぱり朝のこういう爽やかさが一番!
って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!
タンスの所に掛けてある制服を手に取って。
わたしは大急ぎで着替えを始めた。
緑と白の制服を着て、乱れちゃった髪をブラシでとかしてたら、机の上の写真が眼に入った。
写ってるのは、入学したばっかりのわたしと、金色の髪の男の子。
何気なく近付いて、小さい声で言った。
「おはよう」
中学2年になってから、毎日やってる。
大切な、朝の挨拶。
わたしの、大切な人に、「おはよう」って。
しばらく写真と睨めっこしてから、私はくるっと回れ右をした。
わたし、西遠寺未宇。
このお寺「西遠寺」の一人娘で、14歳の中学2年生。
8月4日生まれの獅子座で、血液型はA型。
好きな科目は種目にもよるけど、いちおう体育。
嫌い・・・っていうか苦手な科目は・・・理科と数学。
・・・ありがちだって、思ってる?
家族はわたしを入れて、全部で6人います。
パパにママ、パパの方のおじいちゃんに、ママの方のおじいちゃんとおばあちゃん、それにわたし。
ママの両親、つまり母方のおじいちゃんとおばあちゃんは、世界中の色んな所を旅してて、滅多に家に帰ってきません。
だから、今は4人で暮らしてるの。
え〜と、あとそれから、好きな食べ物は、甘いものなら何でも。
身長は・・・
「未宇〜、ご飯できたよ〜〜。」
あっ、ママが呼んでる。
遅刻するといけないから、続きは学校行きながらね!
えっ、手抜き?
しょうがないじゃない!
わたし、食べるの遅いんだから。
板作りの廊下を走るトテトテという音が、まだ静かな家の中に響き渡る。
台所からは、ジューっていう音が聞こえてくる。
ママが朝ごはんを作ってるみたい。
「おっはよー!」
ドアを開けて元気良く言ったわたしの声に、ダイニングにいた女の人が振り返った。
金色の綺麗な長い髪を、背中のところで一つにまとめて、エプロンを下げて。
大きな緑色の目でわたしを見ると、ふわぁって笑顔になった。
やっぱり好きだなぁ、この笑顔。
「おはよう、未宇。」
優しい声に、わたしもとびっきりの笑顔を返す。
「おはよう、ママ!」
そう、この人がわたしのママ。
名前は西遠寺未夢。
わたしの名前についてる「未」って言う字も、ママからもらったんだ。
未来の「未」なんだって。
珍しい名前だけど、わたしはとっても気に入ってる。
「今ソーセージ焼けるから、先に食べてて。」
「はーい。」
わたしは返事をしてテーブルに付いた。
テーブルの上にはトーストとスープ、それにサラダ。
「いただきま〜す。」
トーストにバターを塗って一口かじる。
ママの方を見ると、そろそろソーセージが焼きあがるみたいだった。
ママはちょっとおっちょこちょいな所はあるけれど、綺麗で優しくて、楽しい人。
側にいると、お日様に当たってる時みたいな、あったかい気持ちにしてくれる人。
だから、わたしはママが大好き!
「きゃ〜〜〜〜、ソーセージ焦がしちゃった〜〜〜〜!!!」
・・・なんだけど。
お料理の失敗多いのがタマにキズ、なんだよね〜。
「お前、またなんかやったのか?」
後ろから聞こえた、呆れたような声。
わたしとママが振り返ると、そこにいたのは、背の高い男の人。
「パパッ。」
「彷徨!起きたの?」
「ああ。」
そう言って、ダイニングに入ってくる。
椅子を引いて、わたしの向かいに座ると、ちょうど目が合って。
すっごくかっこいい顔でにっこり笑って、「おはよう」って言ってくれた。
何か照れちゃうな。
「おはよう、パパ。」
私はママにしたのと同じ様に、笑顔でパパに言う。
わたしのパパ、西遠寺彷徨はママと同い年。
お父さん、つまりわたしのお祖父ちゃんがこのお寺の住職さんを引退した後、それを継いでこのお寺の住職になったの。
茶色い髪と目の、とってもハンサムなお父さんです。
学生の頃は、女の子にモテモテだったってママが言ってたっけ。
あ、もちろんかっこいいだけじゃないよ。
優しいし、いざって言うときとっても頼りになるの。
その代わり、怒ると怖いけど、ね。
「しっかし、すごい匂いだな。何を焦がしたんだ?」
新聞をしばらく読んでたパパだけど、あまりの匂いに耐え切れなくなったみたい。
立ち上がって、あたふたしてるママの側に行く。
フライパンを覗き込んだ途端、顔をウッとしかめちゃった。
「未夢・・・これ、何だ?」
「ソーセージ。」
「・・・マジ?」
信じられないって顔して上げた声にママはコクンと頷く。
パパは私の方を見て、指をフライパンの方にクイックイッてやった。
わたしは頷いて、フォークに刺したままのソーセージを掲げる。
「・・・なるほどな。」
ため息をついて、パパはまた元の席に戻る。
あちゃ〜、これはまた、いつものパターンになっちゃうなぁ。
え?いつものパターンって何かって?
それはね・・・。
「全く、これじゃソーセージっていうより、ただの炭だな・・・。」
パパにそう言われて、ママはムッとしたように言い返した。
「何よっ、ちょっと焦がしただけじゃない。」
ママはそう言うけど・・・。
例の黒焦げソーセージはもう、黒くない部分がほとんどないんだよね。
わたしだったらあんまり食べたくないな・・・。
そんなことをわたしが考えてる間にも、二人の言い合いは続いてる。
「この間料理番組で、『ちょっと焦げ目がついてるくらいがおいしい』って言ってたもん!」
「焦げ目が、だろ。これはもうほとんど焦げしかないだろーが。」
いつも通りの言い合いを横目で見ながら、わたしは小さくため息。
スプーンを取って、ヨーグルトをすくって口に入れた。
そうです、これがいつものパターン。
パパとママの言い合いって、原因のほとんどが「お料理」なんです。
ママはこの通り、お世辞にもお料理上手いとは言えないけれど、パパは違う。
何でも出来ちゃう人だけど、お料理は特に上手いの。
得意って言うのもあるけど、自分でも料理してるときは楽しいんだって。
「趣味」っていうのかな?
だからママが料理で失敗すると、必ずって言っていいほど喧嘩になる。
もちろん、失敗したのはママの方なんだけど、パパの言い方もちょっと問題ありかな。
私は言い合いしてる二人を見た。
両手をブンブン振り回してるママに、そっぽを向いて小さく舌を出してるパパ。
こうしてると、まるで子供の喧嘩みたい。
普段はあんなに仲がいいのにね。
「まあまあ二人とも、その辺にしといたらどうじゃ。」
扉の方から、穏やかな声が聞こえてきた。
パパとママが、言い合いを止めてそっちを向く。
白い髭を生やした、着物姿のお爺さんがゆっくりと入ってきた。
この人がわたしのお祖父ちゃん、西遠寺宝生さん。
パパのパパ、つまりこのお寺の前の住職さんだった人。
今はもう引退してるけど、まだまだ元気で、腰なんてほとんど曲がってない。
「早く食べんと、せっかくの食事が冷めてしまうぞ。未宇ちゃんだって、こんな騒がしくては落ち着いて食えんじゃろ。のう、未宇ちゃん。」
「うん、まあね。」
わたしは控えめに同意した。
本当はもう慣れちゃってるんだけどね。
パパもママも、本気で怒ってるんじゃないって事くらい、私にもわかるし。
でもやっぱり、朝ご飯は楽しく食べたいよ。
「ほれほれ、さっさと座った座った。」
お祖父ちゃんの言葉に押されるように、パパとママは同時に席に着いた。
まだムスッとしたままだったけど、とりあえずこの場は収まったみたい。
お祖父ちゃんの声って優しいけど、こういう時には不思議なくらい効くんだよね。
さすが年の功!ってそれは違うか。
まあそんなこんなでバタバタしてたけど、やっとこれで家族が揃いました。
みんなで手を合わせて、「いただきます。」
わたし達の一日は、だいたいこんな風にして始まります。
食べる前はいろいろあったけど、いざ始まってしまえば楽しいお食事。。
パパもママも、基本的に後に引きずらない性格なんだよね
「ね、未宇のとこは、クラス替えとかあったの?」
「ううん、ないよ。一年生からそのまま持ち上がり。」
わたしはフォークをピコピコやりながら答えた。
ママは笑顔で私の顔を覗き込む。
「じゃ、アリスちゃんとまた一緒なんだ?」
「うん!」
わたしは元気良く頷く。
大好きな友達とまた一緒のクラスで居られるのは本当に嬉しい。
最近強くそう感じるようになった。
たぶん、あの事があったからなんだと思う。
「おおそうじゃ、未夢さん。」
食べ初めてしばらく経った頃、お祖父ちゃんがママに言った。
「さっき郵便受けを覗いたらの。未来さん達から便りが来とったぞ。」
「え!?ママから!?」
「うむ、確か・・・これじゃこれじゃ。」
そう言ってお祖父ちゃんが差し出したのは、一通のエアメール。
受け取ったママは、大事そうに封を切って読み始める。
「え〜と、『ハロー、未夢。元気にしてる?』だって。もう、ママったらいい年して・・・。」
呆れたような、でも嬉しそうな声でママが呟く。
手紙の内容は私の場所からじゃ分からないけど、でも読んでるママの顔はとってと幸せそうに見えた。
お祖父ちゃんはそんなママを微笑んで見つめてる。
もちろんパパも、そしてわたしも。
ママの旧姓は『光月』。
そう、あの有名な宇宙飛行士・光月未来が、わたしの母方のお祖母ちゃんなんです。
そしてお祖父ちゃんは、MASAの科学者だった光月優。
こう言うと、何だかすごい顔ぶれに聞こえるけど、二人ともとっても楽しい人。
特にあのお祖母ちゃんの方は、「おばあちゃん」なんて言葉が似合わないくらいで、たまに会ったりしても、私の方が圧倒されちゃうくらい。
「さて、玄さんに電話するとするか。」
お祖父ちゃんはそう言って席を立った。
部屋の隅にある電話を取ってしばらくカチカチやってたけど、すぐに振り向いた。
何だか弱り果てた顔してる。
あ、この顔からすると、まさか・・・
「彷徨よ・・・電話、壊れとるぞ。」
やっぱりね。
「ええっ!?またかよ・・・。」
パパの顔もうんざりしてるみたい。
そりゃそうだよね、この所、毎日だもん。
パパは受話器を取って耳に当てた。
でもすぐに首を振って元に戻す。
「駄目だな、完全にいかれちまってる。」
「そうなの?」
いつの間にか手紙を見終わってたママ。
みんなのお茶を入れながらパパたちの方を向く。
パパは振り向いてひょいって肩を竦めた。
「まあ無理もないさ。かなり年季入ってるし、今まで壊れなかったのが不思議なくらいだからな。」
「え〜、どうしよう・・・。今日の事で、みんなに確認とらなっきゃいけないのに〜。」
ママが困ったような声を出した。
「今日の事」?
今日、何かあったっけ?
私は何となく考えながらお茶を啜る。
あ〜、あったかくておいしい。
何気なく時計を見る。時間は・・・ってあれ、もうこんな時間。
「わたし、そろそろ行かなっきゃ!」
「お?おお、もうそんな時間か。」
お祖父ちゃんも時計を見て頷いた。
パパとママは何か難しい顔して話してる。
食器を急いで台所へ。
側に置いてあったカバンを取り上げる。
「じゃ、行ってきま〜す!」
まだ受話器の所で何か相談してるパパとママにそう叫んで、わたしは外へ飛び出す。
後ろで、お祖父ちゃんが「気をつけてな〜」っていうのが聞こえた。
「ちょっと待って、未宇!」
わたしが靴を履いてると、ママが駆け足でやって来た。
どうしたんだろ?
「どうしたの?」
「あのね、未宇。帰りに商店街に寄るって言ってたわよね?」
「うん、授業に必要なもの、先生から連絡があるはずだから。」
わたしがそう言うと、ママはなぜか申し訳なさそうに言う。
「悪いんだけど、今晩のこと、みんなに来れるかどうか聞いて来てくれない?」
「今晩のことって?」
思わず聞き返すわたしにママは腰に手を当てた。
「もう、未宇ったら。今日は皆で集まろうって事になってたじゃない。あなたの進級お祝いも兼ねて。」
「あっ・・・そうだった。」
しまった・・・何だかんだで忙しくて、すっかり忘れてたよ。
今日はうちに、みんなが集まってのお食事会。
あ、「みんな」っていうのは、パパやママのお友達のことなんだけど。
パパもママも、わたしが通ってる市立第四中学校の卒業生。
その時、特に仲の良かった人達と最初に会ったのがちょうど今頃の季節で。
この時期になると、みんな集まっていわゆる「ミニ同窓会」をやるのが恒例なの。
で、今年はわたしの進級お祝いも一緒にやってくれるんだって。
わたしもよく会ったりするけど、みんな優しくて、とってもいい人達。
できれば紹介したいんだけど・・・。
「でもわたし、商店街の方に行くから、方向違いで会えない人とかいるよ?」
わたしの言葉に、ママはパタパタと手を振った。
「うん、もちろんついでがあったらでいいわ。一応前もって電話入れといたから、大丈夫だとは思うんだけど、念のためよ。うちの電話が使えれば、カンタンなんだけどね〜。」
「分かった。少なくとも、三太さんには会うと思うから!」
「ありがと、未宇!」
ママはほっとしたみたい。
腕まくりをして、ウインクを一つ。
「今日の料理は期待しててよ。ママ、腕によりをかけちゃうから!」
「パパが倒れちゃうくらい?」
「そう!彷徨なんてイチコロになるくらい凄まじいのを・・・ってこら未宇!なに言わせるのよ〜!」
「あははは、冗談だってば!じゃ、行ってきま〜す!」
ムキーってなるママにそう言って、わたしは外へ飛び出した。
わたし達の家、西遠寺は、この町のほとんど全景が見渡せる、高台の上にあります。
何十段もある石段の横には樹がたくさん植えてあって、それで表の通りと隔てられてるって感じかな。
だから外と中でまるで別世界みたいに見えちゃう時もある、ちょっと不思議な場所。
トントン、トントン
石段を駆け下りるのは気持ちいい。
帰りに上るときはまたいつもみたいに大変なんだけど、こうして下りてるときはそれも忘れちゃうくらいに。
リズムに乗って、階段を一段飛ばしで下りていく。
下の地面に足を付けると、そこにはたくさんの花びらが落ちてた。
毎年花を咲かせる、桜の花びら。
「そっか・・・もう桜も終わりかぁ・・・。」
私は下から、もうほとんど見えなくなった石段の上の方を見上げた。
残ってた最後の花びら達も、風に吹かれて勢いよく落ちてくる。
しばらく見つめた後、わたしは走り出す。
花びらの中を走れるのも、今年はもう最後だね。
学校までの道は、登校する途中の生徒でいっぱいになってた。
友達とお喋りしながら歩いてる子もいれば、本を読みながら歩いてる子もいる。
その中を、わたしは全速力で走ってく。
別に遅刻寸前とか、そういうわけじゃないよ。
思いっきり走ったほうが気持ちいいだけ。
時々すれ違う友達に、「おはよう」って挨拶しながら走ってたら、前の方に女の子が見える。
風で揺れてる茶色の三つ網に追いついて、わたしはポンと肩を叩いた。
「おはよ、アリスちゃん!」
振り向いたアリスちゃんはちょっとびっくりしてたみたい。
驚かせちゃったかな。
でも、わたしだって分かって、ふわっと笑顔になった。
「おはよう、未宇ちゃん。」
首をちょっと傾げるアリスちゃんの三つ網が、風でまた揺れた。
このコ、アリス・ハーバートちゃん。
イギリス生まれの女の子で、家族3人でこの町にやって来たんだって。
小3の時に転校してきてから、今までずっと一緒のクラスで、わたしの一番のお友達です。
三つ網にした茶色の髪と、綺麗な青い目がチャームポイントの、とっても可愛い子。
それにわたしと違ってお勉強もよくできる。
難しい本とか、小学校の時からよく読んでたっけ。
「今日から授業か〜。宿題出ないといいな〜。」
一緒に登校しながら、わたしはポツリと呟く。
アリスちゃんが思わずクスッと笑うのが見えた。
「未宇ちゃんたら・・・ダメだよ、そんなこと言っちゃ。お勉強はちゃんとしなきゃ。」
「う〜〜、だって〜〜〜。」
わたしの勉強との相性の悪さは、アリスちゃんと会った、小3の頃から全然変わらない。
そもそも、お友達になったきっかけだって、宿題わかんない〜って困ってた私をアリスちゃんが助けてくれたのが最初なんだよね。
今から思い出しても恥ずかしいよ、あれは。
沈んでいる私の肩に、白くて細い手がポンと乗っかった。
「勉強なら私も手伝うよ、ね。頑張ろ?」
「・・・うん。」
そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・。
毎年このパターンで、いっつもお世話になっちゃってるんだよね。
今年は幾ら何でも、気合入れないとダメかなぁ。
そんなやり取りをしてた間に、いつの間にかわたし達は学校に着いてた。
市立第四中学校・通称「四中」。
この平尾町にあるいくつかの中学校のうちの一つ。
パパやママが出会って、一緒に通って、卒業していった所。
そして今、わたしが通ってる所。
白い校舎はもう随分古いはずなんだけど、しっかりしてて改築の予定もまだないみたい
グラウンドも広いし、裏の中庭もみんなが十分くつろげるだけの広さがある。
市立にしては珍しいでしょ?
パパやママの代からずっとやってる、校長先生の方針なんだって。
わたしとアリスちゃんが教室に入ると、教室の席はもう半分くらい埋まってた。
わたし達は自分の席に座る。
アリスちゃんが窓際の一番後ろの席で、わたしはその前。
カバンを置いてほっと一息ついてたら、クラスの女の子達が声をかけてきた。
「おはよう、未宇ちゃん、アリスちゃん!」
「おはよ!」
「ねえねえ、聞いた?あの話!」
噂話大好きな沙希ちゃんが勢い良く顔を近づけてくる。
わたしはきょとんとして聞き返した。
「あの話って?」
わたしの言葉に、みんなはすごい勢いで喋りだした。
「知らないの?あのね、3組に新しく来た転校生!すっごくカッコイイって評判なの!」
「あ、あたし見た!イケてるよね〜!」
「でもちょっとボウヤって感じじゃない?あたしはどっちかって言うと、今度体育の先生になった、倉田先生がいいな〜!」
「あ、わかるわかる!なんかさ、オトナの男って感じするよね!」
次々に飛び出してくるみんなの話題にわたしはついていけなくて、ただ目を丸くしてた。
ふとアリスちゃんの方を見てみたら、しょうがないなぁって感じで苦笑いしてる。
「・・・ねえ、未宇ちゃんもそう思うよね?」
「え!?」
いきなり声をかけられて、慌ててみんなを見た。
みんなわたしの方を見て、何か期待してるみたい。
どうしよう・・・全然聞いてなかったよ。
「えっと、ごめん。何の話だっけ?」
わたしが言った瞬間、みんなは盛大にため息。
「も〜、未宇ちゃんてば、また聞いてない。」
「ホント、この手の話に乗ってこないよね〜、未宇ちゃんて。」
そんなこと言われてもな〜。
こういう話よく分からないんだから、しょうがないじゃない。
「て言うかさ、未宇ちゃんって全然男の人の話しないよね。」
「そうそう、しないしない。もしかして興味ないとか?」
「別にそう言うワケじゃ・・・。」
しどろもどろになりながら応えるわたしに、由美ちゃんが下から覗き込んでくる。
「じゃさ、・・・もう意中のカレがいるとか?」
「え・・・。」
由美ちゃんの言葉に、わたしは一瞬固まった。
頭の中に浮かんでくる、彼の顔。
柔らかい金色の髪と、優しい声と。
花吹雪の中で両手に感じた暖かい体と。
「ただいま」っていう言葉。
顔が一気に熱くなって。
わたしは必死で隠そうとしたけど、遅かったみたい。
気付いたときには、もうみんな大騒ぎ。
「ウッソ、マジで!?」
「きゃ〜、未宇ちゃんにそんな人が!?」
「どんな人?この学校の人?」
「カッコイイの?未宇ちゃん!」
興奮したみんなから、次から次へと質問の嵐。
参ったなぁ・・・どうしよう。
「みんな止めなよ。未宇ちゃん困ってるじゃない。」
わたしが困ってるの見て、アリスちゃんが助け舟を出してくれた。
みんははハッとなって、ごめんねって言ってくれた。
それっきり質問は無し。
他の話題に移ったみんなを横目でちらっと見て、アリスちゃんは小さく私にウインクした。
何だか申し訳ない気分でいっぱいになる。
アリスちゃんにも、みんなにも、私は嘘ついちゃってるんだよね。
ハアッとため息をついて、お喋りしてるみんなを何となく見つめた。
時空の歪みがコントロールできるようになって、みんなは自由にこっちに来られるようになった。
今はもう向こうの学校も始まってるから、そう頻繁には来られないけど。
今度のわたしの誕生日には必ず行くよって言ってくれた。
でも、宇宙管理局にも話を通さないといけないし、長期滞在するならこっちの人にもちゃんと話さないといけない。
『思い込ませマシーン』を使えばカンタンなんだろうけど、ルゥはダメだって言ってた。
あのマシーンは、効果が永久に続くわけじゃない。
人によって個人差はあるけど、長くても一日が限界。
連続して使うことはできなくはないけれど、下手に何度も使うと、記憶の順番がごちゃごちゃになっちゃったり、悪くすると記憶が飛んじゃうこともあるって。
それに何よりも、作ったラン自身、あの機械はあんまり使いたくないみたい。
この前、こっちに久しぶりに来た時に言ってた。
“あの時はただ学校の見物だけするつもりだったから使ったけど、正直な話、あんまり使いたかねーし、あいつにも使って欲しくねーんだ。何でかって?反則みたいじゃねーか。これから友達になろうって相手に、無理にあれこれ思い込ませようなんて・・・後味悪すぎだぜ。友達になりたきゃ、正面からぶつかるのが王道ってもんだろーが。”
そう言って明るく笑ったランの顔、今でも思い出しちゃう。
本当にランらしくて、思わず一緒に笑っちゃった。
そういうとこは、変わってないよね。
でも、わたしもそうだと思う。
やっぱりルゥ達のことは、みんなに正直に話したいから。
機械の力なんか借りないで。
アリスちゃんにもみんなにも、ちゃんと言いたいんだ。
この人はわたしの・・・大切な人だよって。
「席に着け〜!授業を始めるぞ〜〜!!」
担任の先生が入ってきて、声を張り上げる。
わたしの周りでお喋りしてたみんなも、めいめい自分の席に戻ってく。
わたしも前を向いて、ぐっと気合を入れる。
さあ、今日も一日、頑張らないとね!
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