アクシデントはあったものの、パーティーは夜遅くまで続いていた。
三田が持ってきた、「トリ」のレコード。
望&オカメちゃんの「必殺バラの嵐」。
その他様々な芸も飛び出し、皆は大いに笑い、楽しんだ。
友達と過ごせるこの時を、思いっきり満喫した。
その熱狂も、時間と共に徐々に落ち着いてくる。
「あれ?もうこんな時間?」
ななみの声に、綾は時計を見た。
すでに11時を回っている。
「ホントだ・・・気付かなかったね〜。」
「そろそろ、お開きにしましょうか。」
クリスの言葉に、皆は一斉に頷いた。
自分の周りの人々と軽く雑談しつつ、それぞれ帰り支度を始める。
「じゃ、私達も帰ろっか、ワンニャー。」
「はい。ルゥちゃまも、おねむのようですし。」
ワンニャーの腕の中のルゥは、静かに寝息を立てている。
未夢はソファで寝ている彷徨に声を掛けた。
「彷徨、起きて。もう帰るよ?」
「・・・・。」
「彷徨ってば!」
「・・・ん〜〜。」
彼の肩を軽く揺すってみる未夢。
が、一向に起きる様子が無い。
「熟睡してますね。」
「どうしよ・・・。」
未夢は腕を組んでため息をついた。
無理やり起こすのも気が引けるし、それ以前にこの調子では起きてくれそうにない。
この雪の中を担いでいくのも骨が折れそうだし・・・。
う〜んと悩んでいる未夢達の所へ、鹿田がやって来た。
「どうかなさいましたか、光月様。」
「鹿田さん、クリスちゃんは?」
「お帰りになられる皆様を、お見送りに行かれました。」
今部屋に残っているのは、未夢達4人を除いては、片づけをしている鹿田だけだ。
部屋の中は、嵐が過ぎ去った後のように静まり返っていた。
「彷徨が起きてくれなくて。」
「左様でございますか。どれ・・・。」
鹿田はひょいと彷徨を覗き込んだ。
しばし様子を観察した後、難しい顔になる。
「完璧に夢の世界ですな・・・。」
「そうなんですよ〜。」
顔を上げて、鹿田は提案した。
「今宵は、お泊りになっては?西遠寺様もこの調子では、起きられるまでに時間が掛かりましょう。」
「えっ・・・。」
「ホントですか!?」
目を丸くする未夢に、勢い込んで尋ねるワンニャー。
鹿田は微笑んで言う。
「もちろん、ルゥ様もみたらし様も、お泊りになられればよろしい。ももか様もお喜びになられるでしょうし。」
「でも、ご迷惑じゃないんですか?」
確かに泊まれればそれに越したことは無い。
クリスの家に泊まったことは無いし、楽しみでもある。
けれど、そこまで好意に甘えていいものだろうか。
「それに、クリスちゃんの都合も聞かないと・・・。」
「その心配はございますまい。」
「はい?」
思わず聞き返した未夢に、ニッコリと笑顔を見せた。
「いえいえ、なんでもございません。では、わたくしはお部屋の準備をさせて頂きます。」
「?」
相変わらず、きょとんとした未夢を残して、鹿田は部屋の準備をするために、奥へと下がっていった。
「じゃ、クリスちゃん、お休み。」
「また明日ね〜!」
「はい。ごきげんよう。」
別れに挨拶と共に家路につく友人達を見送って、クリスはふうっと息をついた。
熱く火照っていた頬に、冷たい空気が何となく心地いい。
しばらくの間、その場に佇んでいた。
何となく、屋敷の中が急に広くなったような気がする。
雪はだんだんと強くなっていた。
ビュウッ
吹き付けてきた風に、クリスは肩を抱きしめた。
(・・・戻りましょうか。)
踵を返して、屋敷の中へ入った。
後片付けを手伝おうと、ドアを開けた瞬間。
聞きなれた声が飛び込んでくる。
「鹿田さん、これどこに運んだら良いんですか?」
「ええと、それは・・・二番目の棚の上から三段目にお願い致します。」
「はい・・・ってちょっとワンニャー!何つまみ食いしようとしてんのよ!」
「だって〜〜・・・もったいないじゃないですか〜〜。」
未夢と、そして金髪の青年―――言うまでも無くワンニャー―――が鹿田と共に部屋を駆け回っていた。
「未夢ちゃん?」
「あ、どうも。」
声を掛けられて、未夢は半分照れ笑いのような笑みを浮かべる。
クリスは部屋を見渡した。
皿やテーブルクロスなどは、もう半分以上片付けられている。
「どうしましたの?片づけなら、わたくし達でやりますのに・・・。」
「その、実はね・・・。」
言いよどむ未夢に代わって、鹿田が傍にやって来て言った。
「お嬢様。光月様達を、今宵こちらにお泊めしてもよろしいでしょうか?」
未夢は手をバタバタさせながら説明する。
「あのねっ。彷徨が寝ちゃって起きないの。だから泊めてもらえないかなって・・・。あっ、もちろん、自分の事は自分でやるし、私はどこでも寝られるから別に部屋無くてもいいし・・・・。」
そこまで一気に言った未夢は、クリスが目を丸くしているのを見て、恐る恐る聞く。
「ダメ、かな?」
「・・・いいえ。」
首を振って、クリスは微笑んだ。
「是非、お泊りになってくださいな。」
「ホントッ!?ありがと〜、クリスちゃん!」
バンザイをして喜ぶ未夢。
クリスはピッと人差し指を立てた。
「その代わり、後片付けは手伝ってくださいね。」
「うん!」
力強く頷く未夢にクリスは頷き返す。
ずっとでなくていいから。
せめて今だけは、この人達と一緒に居させて。
祈りにも似た思いと共に、クリスは差し出された未夢の手をきゅっと握った。
ルゥとももかが仲良く寝息を立てている。
鹿田は笑みを浮かべて、そっと上から毛布を掛けた。
物音を立てないように部屋から出ると、ゆっくりとドアを閉める。
きっといい夢を見ていることだろう。
広間に戻ると、未夢とクリスがパジャマ姿で頭をバスタオルで拭いている所だった。
ちょうど、風呂から出てきた所の様だ。
「いかがでございましたか?」
「もう、すごかったです!クリスちゃん家のお風呂だから、広いだろうな〜とは思ってたけど・・・。」
「そんな、恥ずかしいですわ。ただ単にプール5個分くらいの広さがあって、所々に流れがあったり、ジャングルがあったりするだけなんですもの。」
「・・・十分凄いって、それで。」
二人の掛け合いを見ていた鹿田が口を開く。
「お二人とも、お茶でもお入れ致しましょうか。」
「そうね・・・お願いできます?鹿田さん。」
「かしこまりました。光月様、紅茶でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。ありがとうございます。」
退出していく鹿田を見送って、未夢とクリスはソファに座る。
彷徨は鹿田が部屋に運んでくれたとの事だった。
「起きてこられませんわね、彷徨君。」
「うん。もう今夜は起きないかも。」
鹿田が紅茶を持って入ってきた。
カップを置いて、湯気の立つ紅茶を注いでいく。
クリスはそれを手に取って、窓から外を見た。
「積もってきましたわね・・・。」
二人がくつろいでいる部屋の窓からは外の様子が一望できる。
と言っても今は夜だから真っ暗なのだが、降り積もる雪が外をだんだんと銀世界に変えていく光景は、とても綺麗だった。
「では、わたくしは残りの用を済ませて参ります。」
一礼して鹿田は奥の部屋に下がって行く。
二人はソファに腰掛けて、しばらくの間、紅茶の味と香りを楽しんだ。
「静かですわ。」
「うん。何か、本当にサンタクロースが出てきそうだよね。」
「サンタクロース、ですか・・・。」
クリスは、ふと顔を上げた。
「未夢ちゃんは、幾つの時までサンタを信じてらしたんですの?」
「え、私?私は、その・・・。」
「?」
恥ずかしそうに未夢は小さい声で答える。
「・・・小学、2年まで。」
「サンタが両親だと知ったのは?」
「同じだよ。朝、起きた時に、プレゼントと一緒に手紙が置いてあったの。『サンタクロースは私達よ』って書いてあって・・・ショックだったな〜あの時。」
その時の事を思い出したのか、苦笑を浮かべる。
小さい頃から、両親が多忙だった未夢にとって、サンタクロースは特別な存在だった。
家族でもないのに、夜遅くに来てくれて、贈り物をしてくれる不思議なお爺さん。
多分どこかで、家族になって欲しい、そんな思いがあったのかもしれない。
「クリスちゃんは?」
「わたくしは、小学校に上がったばかりの頃でしたわ。」
「やっぱり、教えてもらった?」
「いいえ。自分で何となく気付いてしまいましたの。ああ、この人は私のいつも会っているあの人なんだって。」
「はあ〜、鋭いね。」
感心したように言う未夢に、クリスは笑いながら首を振る。
「そんなこと無いですわ。何時も着ぐるみ姿を見ている人でしたから。」
「鹿田さん?」
「はい、わざわざサンタのコスチュームに、付け髭まで付けて。わたくしが目を覚ましてしまうことまで計算していたんですわね。」
「あの人らしいね。」
未夢は頷きながら相槌を打つ。
新しい紅茶を自分と未夢のカップに注いで、クリスはまた窓の外に目を向ける。
「・・・正直、迷ってるんです。あの子に本当の事を、いつどうやって伝えるか。」
未夢はハッとなった。
クリスが言っているのが、誰のことか分かったからだ。
「ももかちゃんの事?」
「ええ。」
クリスは紅茶を口に含む。
「分かってるんですの。言うのは早い方がいいっていう事は。でも・・・。」
言葉を濁したクリスに、未夢はなんと言っていいのか分からなかった。
未夢自身、どっちが正しいのか判断がつかない。
これがもし彷徨なら、ためらう事無く、真実を話せと言うに違いない。
あのイヴの夜も、彼はそう言って一度は家に帰ってしまった。
それでもまた助けに来てくれたのは、未夢やクリスと同じ、両親が忙しくて会えない子の気持ちが分かったからなのだろう。
そして、ももかのためを思うなら、彷徨の言う通りにするのが一番いいと言うのも分かる。
けれど、未夢には同じ事は言えそうにない。
言った瞬間、ももかがどんな顔をするか。
それを思うと、躊躇ってしまうのだ。
「ももかちゃん、すごく喜んでたよね。」
「・・・あの子は、背伸びしてますけど、本当はとても純粋なんです。できることならずっと言わないでおきたい。ずっと、夢を見せてあげたい。」
クリスは空になったカップをテーブルに置く。
どこか切なげな表情が、未夢の胸に焼きついた。
「でも、そんなこと無理なんですわ。楽しい時はずっとなんて続かない。・・・夢はいつか、終わってしまうんですから。」
(・・・!)
その言葉は、未夢の胸に深く突き刺さった。
それは、彼女がずっと心の奥にしまいこんでいたことでもあったから。
(私・・・私は・・・・。)
鼓動が高鳴ってくる。
身体が震えてくる。
未夢はカップを置くと立ち上がった。
クリスが怪訝そうな顔をする。
「ごめん、何かのぼせちゃったみたい・・・頭、冷やしてくるね。」
俯いたままそう言うと、部屋を小走りに飛び出していく。
「未夢ちゃん!?」
クリスの声が背中に掛かる。
カーディガンを引っ掛けると、未夢は屋上への階段を駆け上がっていった。
走り去っていった未夢の後姿を見送って、クリスは顔を伏せた。
何だか、力が抜けてしまったようで、そのままソファに座り込む。
追いかけられない。
そんな勇気が無い。
あんな話をしてしまった後では。
さっきまで話していたことは、ももかだけの事ではない。
自分と未夢と、そして彷徨にも言えること。
自分は彷徨が好きだ。
そして、それと同じくらい未夢の事も。
もちろん、そこにあるのは恋愛と友情と言う、全く正反対の感情ではあるけれど。
どちらを手放しても、自分がどうにかなってしまいそうだ。
例え、永遠に続くはずのない、「夢」だと分かっていても。
クリスは窓を開けた。
冷たい風が、勢い良く吹き込んでくる。
自分はいつまでこうしていられるだろう。
未夢と彷徨と、みんなを含めた輪の中に、自分はいつまで居られるだろう。
(未夢ちゃん・・・彷徨君・・・わたくしは・・・。)
「どうなさいましたか?」
「・・・!」
振り向いたクリスに、鹿田が穏やかな笑みと共に頭を下げる。
「お寒いでしょう。中へお入りください。」
鹿田は促すが、クリスは首を振った。
「いいえ。」
「お嬢様・・・。」
「ここにいます。居させてください・・・。」
頑ななクリスに折れたのだろうか。
彼は部屋の隅からコートを取ってきて、肩に掛けてくれた。
クリスは驚いたように彼を見たが、微かに笑って「ありがとう」と小さな声で言う。
「鹿田さん。夢がずっと続けばいいのにって、思ったことありませんか?」
突然の問いに少々驚きながらも、彼はゆっくりと首を振る。
「いいえ。あったかもしれませんが、あまり長いことではありませんでしたな。」
「どうして?」
「夢の中に永遠に居たら、現実の楽しみが無いではありませんか。」
冗談めかしていたが、その目は真剣だった。
クリスはなんと言っていいか分からなくて、視線を下に向ける。
くるりと向きを変えて部屋に戻ろうとして、鹿田は立ち止まった。
「お嬢様。もっと肩の力をお抜きください。夢と現実と、両方楽しめばよろしいでしょう。」
「両方?」
「はい。」
首だけで振り返って、彼は微笑んだ。
「ただの夢に比べて、現実での幸せは掴み取るのに大きな痛みや悲しみが必要ですが・・・お嬢様なら手に入れられると信じております。」
そう言ってペコリと頭を下げると、部屋の中へ戻っていく。
クリスは空を見上げた
白の結晶が、ゆっくり、ゆっくりと降ってくる。
(夢の楽しみ・・・現実の幸せ・・・ですか。)
ほうっと息を吐いてみる。
白い手が、少しだけ暖かくなったような気がした。
「Merry Christmas・・・未夢ちゃん。彷徨君。」
囁いたクリスの言葉は、静かに夜空へと消えていった。
未夢は屋上から空を見上げていた。
降り積もる雪は、どんどん辺りを埋め尽くしていく。
明日にはかまくらを作るのにも事欠かない雪が残っているだろう。
けれど、そんな雪も朝日が昇れば消えてしまう。
後に残るのは、冷たい水だけ。
身体がブルッと震えた。
やっぱり、カーディガン一枚で外に出てきたのは間違いだったようだ。
凍えてくる身体を両手でぎゅっと抱きしめた瞬間。
ふわっとした感触が、肩を包み込んだ。
「風邪ひくぞ。」
「!?」
驚いて振り返った未夢の目に、少年の姿が映る。
着ていた服に、ジャケット一枚を羽織った格好。
顔はまだ少し赤かった。
「彷徨!目、覚めたの?」
「ああ。」
彷徨はゆっくりと歩み寄ってくると、未夢の隣に並んで立った。
未夢の肩には、茶色のコートが乗っている。
「これ・・・。」
「ん?ああ、ワンニャーのやつ。もうすっかり寝ちまってるみたいだし、借りてもいいだろ。」
未夢は彼の顔を覗き込んだ。
目の焦点は、もうしっかり合っている。
「どう?気分、悪くない?」
「ああ。心配かけたな。」
そう言って、彷徨はさっき未夢がしていたように、夜空を見上げた。
「どうかしたのか?」
「え・・。」
不意に聞かれて、未夢はドキリとした。
彷徨は真っ直ぐに未夢の目を見る。
「何か変だぞ、お前。」
「うん・・・。」
全てを見通すような瞳に見つめられて、未夢は下を向いた。
しばしの沈黙の後、ゆっくりと話し出す。
「今朝のこと、覚えてる?」
「今朝?」
彷徨は首をかしげた。
「ほら、ルゥ君のパパとママから、プレゼントが来て・・・。」
「ああ、あれか。」
頷く彷徨。
クリスマスの朝届いた、ルゥの両親からのプレゼントと手紙。
今まで満足に交信もできなかった彼らから、通販星を通して贈り物が来た。
それはすなわち、ルゥの両親が近くまで来ていることを意味する。
「私ね・・・今、とっても幸せなんだ。ルゥ君が居て、ワンニャーが居て、彷徨が居て。みんなと一緒に過ごせて、ホントに嬉しい。」
彷徨は黙って聞いている。
幸せそうな表情、けれど、どこか元気が無い。
「でも・・・。」
一転して沈んだ顔になって、未夢は続けた。
「いつかは終わっちゃうんだよね。この生活。ルゥ君達がオット星に帰ったら、もう・・・。」
「けど、それはしょうがないだろ?」
「うん、そうだよ。クリスちゃんも言ってた。楽しい夢は、ずっとは続かないって。だから、せめて笑顔で見送ろうって決めたんだよ。最後くらい、笑って送り出してあげようって・・・。」
「なら、いいじゃないか。」
「違うのっ!」
自分でもびっくりするくらい、鋭い声が出た。
彷徨は少し驚いて未夢を見る。
未夢は肩を震わせていた。
「そうじゃないんだよ・・・私、あのプレゼントが届いた時、考えちゃったんだ・・・この幸せな毎日、手放したくないって。ずっとずっと、続いて欲しいって・・・。」
キッとなって彷徨を見る。
「ルゥ君のパパとママ、来ないでって、思ったんだよっ!!」
叫んだ未夢の目が、次第に涙で潤んでいく。
震える肩を手で押さえて、未夢は顔を背けた。
「本当・・・バカだよ、私。」
ずっとずっと、抑えてきたつもりだった。
自分のこんな、身勝手な心。
絶対に誰にも、知られたくなかったから。
彷徨はしばらく未夢を見つめると、やれやれとため息をついた。
「本当、バカだな、お前。」
未夢の肩がびくっと震える。
顔を上げられない。
今、彷徨がどんな顔で自分を見ているのか、見るのが怖い。
「そんなの、当たり前だろ?」
「えっ・・・。」
未夢は顔を上げた。
彷徨の顔は、どこまでも穏やかで、優しかった。
「何で!?何でそんな風に言えるの!?ルゥ君が、パパやママと離れたままでいいっていうの!?」
「そうじゃない。」
「じゃあ、何で・・・。」
「未夢。」
彷徨は困ったように腕を組む。
「じゃあ聞くけど、そう思ったからって、お前その通りにする気か?ルゥを一生返さないで、ここに居させるのか?」
「そんな!そんなこと無い!私、パパとママがそばに居ないのがどれだけ寂しいか、わかるもん!絶対、ルゥ君をオット星に帰すよ!」
きっぱりと言う未夢。
彷徨は大きく頷いた。
「だろ?俺も同じだよ。」
「でも、私は・・・。」
俯く未夢に、彷徨は微笑んだ。
「未夢、もうちょっと楽にしろよ。正しい事がそのまんま自分の考えだなんて、そんな人間いないぜ?」
「彷徨・・・。」
「確かにな、正しいって思ったことが自分の気持ちと同じなら、そりゃ楽だよ。何も考えずにその通りにすればいいんだから。けど人間、そんなに器用にいかないだろ。」
彷徨は笑いながら肩をすくめる。
「幸せはずっとは続かない、確かにその通りだよ。でも、だからってずっと続いて欲しいって思っちゃいけないことにはならない。人間ってのはそんなに強い生き物じゃないからな。」
彷徨は歩み寄ってきて、ポンと未夢の肩に片手を乗せた。
夜空を見上げる彷徨につられるように、未夢も上を見上げる。
「笑って見送ってやる事ができる、それだけでいいと思うぞ。・・・それに、今となっちゃ、そんなの無理だ。少なくとも、俺には。」
「え?」
未夢は彷徨を見上げた。
自分より頭一つ分高い、彷徨の横顔。
彷徨は未夢の瞳を捉える。
「笑って見送るには、深入りしすぎたからな、お前らに。」
吸い込まれそうなそうな彷徨の笑顔を見た瞬間。
未夢は彷徨の胸に飛び込んだ。
きゅっとしがみついて、そして泣いた。
小さな嗚咽が、彷徨の胸の中に響く。
「未夢・・・。」
戸惑ったような彷徨の声と共に。
彷徨の腕が自分の背中に回されるのを、未夢は感じていた。
「落ち着いたか?」
「うん。」
彷徨の胸から顔を上げて、未夢は笑顔を見せた。
涙の後が少し気になったけれど。
「ありがと、彷徨。いつも、助けられてばっかだりだね。」
「バカ、変な遠慮すんな。家族だろ?俺達。」
「うん、そうだよね。」
頷きながら、未夢は心の中で首を傾げていた。
何だか、今日の彷徨は優しい。
何かあったのかな。
「ねえ、彷徨?」
「ん?」
「さっき、『お前らに深入りしすぎた』って言ってたよね。」
「ああ。」
「お前らって事は・・・私も入ってるの?」
「・・・・。」
彷徨は頭を抱えた。
一体、自分の今日の気苦労は何だったのだろうか。
彷徨は未夢の背中にもう一度力を入れた。
そのまま力任せに引っ張る。
「ち、ちょっと彷徨!?何なのよ〜、一体〜!」
「うるさいな。少し黙れよ。」
言うなり、彷徨の顔がふっと近付く。
未夢の唇に、柔らかい感触が走った。
ほんの一瞬ではあったけれど。
(へ・・・?)
一瞬未夢は、何をされたのか分からなかった。
それが彷徨の唇だと分かった瞬間、未夢の顔はこれ以上無いほどに真っ赤になる。
(え、ええ〜〜〜〜/////!?い、今のって、まさか!)
慌てて彷徨を見ると、満足したように笑っている。
憎らしいほどに、嬉しそうなその表情。
思わず抗議する未夢。
「か、かなたぁ〜〜!!!」
「何だ?」
「何だじゃない!!今、私に何をしたぁ〜〜〜!?」
真っ赤になって掴みかかろうとするが、その前に彷徨の身体が前に傾いた。
「えっ・・。」
とっさに受け止める未夢。
恐る恐る彷徨を見る。
「彷徨・・・?」
「・・・・。」
返事の無い彷徨を見て、未夢は呆気にとられた。
すやすやと寝息を立てている。
「また、寝ちゃった・・・お酒が、まだ残ってたのかな・・・。」
呟いて、ふと考える。
と、言うことは・・・さっきの事も!?
(ふえ〜〜〜、何で〜〜〜///!?)
未夢は真っ赤になって、彷徨の胸倉を掴んで揺さぶった。
「こらっ、彷徨!起きなさい!酔いに任せて乙女の唇奪うなんて、許されないんだぞ〜!起きろ〜、起きなさいってば〜〜!!」
彷徨はもうほとんど聞こえていなかった。
ただ、自分を起こそうとする未夢の声は、何だか暖かい感じがして。
本当に心地よかった。
いくつもプレゼントをもらったけれど。
一番の贈り物はこれだったのかもな。
たゆたう様な感覚に身を任せながら。
彷徨はゆっくりと、力を抜いた。
皆と一緒の、楽しい時間。
いつかは終わる、夢のようなひと時。
だからこそ、大事にしよう。
この果てしなく広い、宇宙の片隅。
この地球で、みんなが出会えたこと。
例え夢が終わっても、きっとその思いは現実を暖かくしてくれるから。
だから今は、感謝しよう。
神様でも、運命でも、構わない。
このひと時を、大事にしたい。
一年に一度の、聖なる夜を―――。
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