〜silent&holy night〜 作:OPEN
  2

クリスマスパーティーは、大いに盛り上がっていた。
お祭り好きで、素晴らしくノリのいい面子が顔を揃えたせいだろう。

時間が経つにつれて、興奮度が増していくパーティールーム。
中でも人一倍、熱狂している人物がここに居た。




「うお〜、美味い!どれもこれも美味いぞ!こんなご馳走食えるなんて、生きてりゃいいことあるもんだな〜!!」

既に三太は料理を平らげるのに心血を注いでいた。
凄まじい勢いで、彼の横に皿の山が出来ていく。

「黒須君、少しは遠慮したらどうだい・・。」

横からそれを見ていた望が呆れたように言った。
黒いタキシードを着こなすその姿は、なかなか颯爽としている。

「な〜に言ってんだよ!お好きなだけお召し上がりくださいって言われたじゃん!」
「そうじゃなくてだね、ボクが言いたいのは、もう少し品のある食べ方を・・・。」
「ふぁふぁっふるふぃほほ、ふうはっふぇ(堅っ苦しいこと、言うなって)。」

口一杯に詰め込んだままで主張する三太に、望は顔を引きつらせる。
が、すぐに気を取り直してコホンと咳払いをした。

「いいかい、黒須君。こんな見事な料理には、それ相応の食べ方があるというものだよ?
伝統と格式にのっとって食べるのが、正しいやり方というものさ。」
「・・・・。」

返事が返ってこない。
ローストビーフにとりかかっていた三太は、目だけを望と合わせている。
構わず望は続ける。

「美しい料理には美しい食べ方でなければ。今からそれをボクが披露する。よ〜く見ておきたまえ。」

そう言って望は、手近にあったカマンベールチーズに手を伸ばす。
優雅な一挙動で口へと運んだ瞬間、それが掻き消えた。

「あ、あれ?」

慌てて望は辺りを見回した。
そこで彼の眼に映ったのは、チーズを咥えてテーブルの上に止まっているオカメちゃんの姿。

「オ、オカメちゃん!何をするんだ!」

慌てて取り返そうとする望の手をすり抜けると、オカメちゃんはそのまま向こうへ飛んでいく。
ピピィっ、という得意気な鳴き声を残して。

「ま、待ちたまえ!せっかくボクの華麗な・・・・こらっ、オカメちゃ〜〜ん!!」

叫びながら、白い鳥を追いかけて少年は人込みに姿を消していく。
三太はその背中を見送ってから呟いた。

「お〜い・・・伝統と格式が何だって?」

やれやれと肩を竦める。
残りのローストビーフを一気に口の中に運んだ三太は、キョロキョロと部屋を見回した。

「そういや、彷徨はどこ行ったんだ?」






彷徨は壁にもたれかかって、喧騒を眺めていた。

手に入ったグラスには、リンゴ酒が満たされている
酒といってももちろん、アルコール分はほとんど無い。
集まる客のほとんどが中学生であることを考慮した、鹿田の配慮である。


「やあ、彷徨君。」

突然掛けられた声に、彷徨は振り向いた。
一人の青年が、彼と同じようにグラスを持って立っている。
彷徨にとっても、顔馴染みの人物だった。

「みずきさん・・・。」
「久しぶり。元気そうだね。」
「おかげ様で。」

白いスーツ姿のみずきが、穏やかに微笑んだ。
形式的な挨拶を交わすと、彷徨と並んで壁際に立つ。

「どうしたんだい、パーティーの主役がこんな所で・・・やっぱり嫌いかい?こういう場所は。」
「そんな事無いですよ。」

彷徨はくっとリンゴ酒を煽る。
甘いものは好かない彷徨だが、微かに混ざったアルコールのおかげで、甘ったるくなるのは抑えられている。

「まあ・・・さすがにあれはちょっと微妙ですけど、ね・・。」

そう言って、彷徨は向かいの壁を指差した。
みずきも同じ方向を見て、ああ、と苦笑する。

「確かにねえ。」

二人の真向かいの壁には、大きな垂れ幕が掛かっている。
真紅の布に白い字で『Merry Christmas&happy birthday for KANATA』と書かれている。

「あんなのに慣れられるのは有名タレントとか、そういう人達かな。」
「ええ。けど、それ以外は悪くないですよ。料理も結構美味いし。」

クリスマスの料理というから、かなり高級なものばかり揃っていると思ったが、食べてみると、どちらかと言えば家庭料理に近い。
クリスの実家での方式を、いくらか取り入れたらしい。

(結構意外だったな。)

高級レストランで出されるような料理も悪くないが、こういう家庭料理は普段あまり食べられないものだ。


いつの間にか空になっていたグラスに新しい飲み物を注ごうとした時、彷徨はみずきが視線をこちらに注いでいるのに気付いた。

「何ですか?」
「あ、いや・・・。」

みずきは決まりが悪そうに、

「彷徨君も、変わったなぁって思って。君と知り合って随分経つけど、こういう雰囲気、嫌いな方だっただろう?」
「そうですね。」

微苦笑を浮かべて彷徨は頷いた。
周囲で騒いでいる同級生を、冷めた目で見つめていた頃の自分。
胸の中の寂しさを、大人ぶった仮面で押し隠していた自分。

今となっては、想像もつかない姿。

別にそれが、間違いだったとは思ってない。
ただ、今こうして皆と一緒に騒いでいると、あの頃には無かった楽しさ、温かさを感じる。
それだけは確かだった。



「み〜ずき〜!!見〜つけたぁ〜〜!!」
「わっ!!」

突然、間延びした声と共に誰かがみずきに背中から抱きつく。
頭にみかんを乗せた、彼の姉・山村みかんだ。

「アラッ?アンタ全然飲んでないわねえ〜?」
「当たり前だろ?俺まだ高校生なんだから。」

反論する弟に、みかんはチッチッと指を振った。

「甘いわねえ〜。高校生ならもうお酒くらい飲めないと。将来立派な大人になれないわよお〜。」
「どんな理屈だよ!姉ちゃん、酔ってるだろ!」
「酔ってなんかないって〜。」

そう言いながらも、頭上の蜜柑はすでにアルコールのせいで赤く変色している。
ふらふらしている・・・のはまあ、いつものことだからいいとしても、彼女が酔っていることは疑いようが無かった。


「やれやれ・・・。」
「どうしたの?」

ため息をついた彷徨の耳に、唐突に女性の声が聞こえた。

「水野先生?」

薄い緑色のスーツに身を包んだ水野が、格闘している二人と彷徨を交互に見ていた。
手に持ったグラスには、何だかよく分からないが飲み物が注がれている。

「見ての通りですよ。」

彷徨は顎をしゃくってみせた
みかんはワインの入ったコップを無理やりみずきの口に入れようとし、みずきは必死でそれに抵抗している。

「あらら・・・みかんってば、もう出来上がっちゃってるわね。」
「ええ、参りますよ、ホント。まさかパーティーが終わるまでこんななんて事は・・・。」
「それで済めばいいケド・・・。」

彷徨はげんなりした。
はっと気付いて、水野の方を見る。

「ん?何?」
「先生は・・・大丈夫なんですか!?」
「あたし?」

水野はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。

「だ〜いじょうぶ!これでも以前は酒屋さんで働いてたのよ?これくらい何でもないわ。」
「酒屋さん・・・ですか。」
「そ。」

言ってグラスの赤い液体を、一気に飲み干す。
彷徨は気になっていたことを聞いてみた。

「それ、何ですか?」
「これ?ウォッカよ。花小町さんに強いお酒ないかって聞いたら、持ってきてくれたの。」
「・・・ちなみに、何杯目なんですか?」
「3杯目。」

あっさり答える水野。
彼女は未だに顔色一つ変えていない。
平尾町酒豪ナンバーワンはこの人だな、と彷徨は確信した。




「西遠寺君も一杯いかない?」
「僕、未成年ですよ?」
「貴方らしい答えね。」

水野はクスクスと笑った。

「ま、気が向いたら飲んどくといいわ。って、教師が言っちゃいけないわね。」

言いながら水野は未だ闘っている姉弟の間に行く。
二人の間に入ると、みかんをなだめて椅子に座らせる。

なんだかんだ言っても、こういう所は先生だ。
やっぱり、頼りになる。


彷徨は再び、壁にもたれかかった。
熱気のせいだろうか、顔が熱い。

ボーっとした頭に浮かんできたのは、このどこかで同じようにパーティーを楽しんでいるはずの、同居人の姿。
たしか、向こう側に居たと思うが・・・。

(後で、探してみるか。)

決意すると彷徨は、リンゴ酒のお代わりをサッと飲み干した。









未夢はスプーンを取って、スープを口に含んだ。
深みのあるいい味が、口の中いっぱいに広がっていく。

「おいし〜。」

思わず笑顔になる。

「なんて言うんだろ、これ。」
「ブイヤベース、ですわ。」

掛けられた声に振り向く。
クリスが未夢と同じく、皿にスープをよそっていた。

「母が実家で作っていたらしいのですけれど・・・いかがですか、お味は?」
「すっごくおいしいよ!」

片手の親指と人差し指でマルを作ってみせる未夢に、クリスは嬉しそうに微笑んだ。

「良かった。頑張って作った甲斐がありましたわ。お代わり、まだありますから。」

言いながら、未夢の隣にやって来る。
二人は並んで、しばらくの間スープに熱中していた。



「あ、そう言えば・・・。」
「何ですの?」

何かを思いついた様な未夢に、クリスは顔を彼女に向けた。
お互いにスープを飲み干して、未夢を正面から見る。

「ももかちゃんは?」
「ああ、あの子なら・・・。」

クリスは向こう側を指差す。
未夢もつられてそちらを見た。


「ルゥ〜っ。一緒にサンタさんごっこちまちょ〜。」
「あ〜い!」


はしゃいでいるルゥとももかの姿。
二人は思わず、顔を見合わせて笑った。



「良かったね・・・ももかちゃん、喜んでくれて。」
「ええ。」

皆で計画した、ももかのためのびっくりパーティー。
途中アクシデントが幾つもあったけれど、無事彼女の願いは叶った。

「サンタさんと夜空を散歩したい」。
子供が誰しも一度は見る夢。

「未夢ちゃん達のおかげですわね。」
「え・・・わ、私は何もしてないよ。サンタは彷徨がやってくれたし・・・。」
「でも、皆さん本当に頑張ってくださいましたわ。」

クリスは真っ直ぐに未夢を見る。

「いきなりあんな相談を持ちかけて、びっくりしたでしょう?」
「まあね。」

未夢は苦笑いした。

「ご迷惑かけてしまって・・・。」
「迷惑なんかじゃないよ。けど、とりあえず・・・。」

ポンと肩に手を置いて言う。

「次にやる時は、せめて一週間くらい前に相談に来てね。」
「肝に銘じておきますわ。」

二人はお互いに微笑んだ。
立ち上がると、スープのお代わりを取りにいく。




「やあ、未夢ちゃんにクリスちゃん。」

後ろからの声に二人は同時に振り向いた。

『みずきさん!』

片手を上げて、こちらに歩み寄って来る姿を見て、未夢は少し驚いた。
彼の着ているスーツが、なぜか少しヨレヨレになっているのだ。

「何かあったんですか?」
「姉ちゃんに無理やり飲まされそうになってさ。危ない所で逃げてきたんだよ。」

乾いた笑いを上げるみずき。
後ろから水野がみかんを担いでやって来た。

「花子町さん。悪いんだけど、休ませる場所ないかしら?」
「・・・みかんさん、大丈夫ですの?」
「彼女、いつもこうなのよ。少しずつ酔っていくんじゃなくて、一気に飲んで一気につぶれるタイプだから。」
「性格そのままですね。」

未夢は水野の背中に背負われているみかんを見た。
焦点の合わない眼で、「あ〜、お〜ほしさまがい〜っぱい〜」等と言っている。
明らかに泥酔していた。

「わかりました、ご案内しますわ。」
「ごめんなさいね。」
「いいえ。それでは未夢ちゃん、みずきさん、ちょっと失礼しますわ。」

クリスは二人に軽く頭を下げると、水野と共に二階へ上がる階段の方へ歩いていった。
それを見送って、未夢は心配そうに呟く。

「大丈夫かな、みかんさん。」
「平気だよ、未夢ちゃん。前にも何度かこういうことあったんだ。明日にはケロッとしてるんだから。あの人、飲むのもつぶれるのも早い代わりに、回復するのも早いんだよ。」
「そう、なんですか・・・。」

そう言いながらも、未夢はまだ気になる様子である。
そんな彼女に、みずきは微笑んだ。

「優しいんだね、未夢ちゃんは。」
「えっ、そ、そんなこと無いですよ。私は、別に・・・。」

未夢は真っ赤になって否定した。
無意識のうちに顔が熱くなってくる。

「あのっ、みずきさん、何か飲みませんか?私、取ってきますね!」
「あ、未夢ちゃん!」

声を掛けたときには、もう未夢は飲み物のテーブルの方へ走っている。
コロコロよく動く表情に、元気に駆け回る姿。
それを前にすると、ずっと見ていたいような、くすぐったいような気分がしてくる。

(妹がいたら、こんな感じなのかな・・・。)

ぼんやりとそんな事を考えながら、みずきはスーツのヨレた部分を直し始めた。
何はともあれ、こんな状態じゃ兄貴失格だ。
せめて、一緒に話していて恥ずかしくないような格好でなければ。

(何考えてるんだかね、僕は。)

心の中でため息をつく。
けれどその一方で、未夢が飲み物を持って走ってくるのを、思いっきり心待ちにしている自分にも、みずきは気付いていた。



部屋の隅っこでは、幼児組がワンニャーに付き添われて盛り上がっていた。

「みてみてルゥ〜、鹿田さんに作ってもらった、『ももかお嬢様用特性サンタ靴下』、すごいでちょ〜!!」
「きゃーい!」

ももかが掲げた、普通の大きさの3倍はある靴下を見て、ルゥが歓声を上げた。
大きすぎて彼女の小さい足にはブカブカになってしまいそうだが。

「ふっふっふ。甘いでしゅね、ももかしゃん!」

横から聞こえた得意げな声に、ももかはムッとして振り向く。

「何よう。そーゆー小梅ちゃんはどんなの持ってきたの?」
「見たいでしゅか?ならばお見せいたしましゅわ!ジャ〜〜ン!!」

小梅が荷物から引っ張り出してきたのは、ももかの靴下のさらに上を行く巨大な靴下。
ももかや小梅の身長ほどもあるものだった。

「こ、これは・・・。」
「どうでしゅか!特製サンタ靴下・夢小路スペシャル!」
「きゃっはー!」

ルゥは興奮して騒いでいる。

と言うかもうここまで来ると、「靴下」には見えない。
何も知らない人間が見たら、大型の「寝袋」に見えてしまう。

「小梅のルゥ君へも『愛』も、この靴下と同じく特大サイズでしゅわ!」
「な〜んでしゅってえ!あたちだって、ルゥの婚約者として『愛』の中身じゃ負けてないんだから!」

傍から見るととんでもなく恥ずかしい台詞を吐きつつ、バチバチと火花を散らす二人。
間に入ったルゥは?と首をかしげている。

「・・・あ、あの、ももかさん、小梅さん。今日はパーティーですから、ここはひとつ、一時休戦ということで、何とか・・・。」

勇敢にも間に入ったワンニャーに、二人はギロッと鋭い――と言っても3歳児にしてはだが――視線を向ける。
滝のように汗を流す彼をしばらく見ていた二人だが、やがて同時にふうっと息をついた。

「そうね・・・今日はクリスマスだもんね。一時休戦にしといてあげる。」
「そうでしゅね。お祝いの席で喧嘩なんて、悪い子でしゅ。」
「そうしてくれると、ありがたいな。」

いつの間にやって来ていたのか、彷徨が笑いながら立っていた。

「彷徨さん、いつからそこに!?」
「二人がルゥへの愛を主張してた辺りから。」
「え〜〜!?なら助けてくださってもいいじゃないですか〜〜!!」
「悪い悪い。ゆーのーなシッターペットがどう対応するのか、気になったからさ。」

ポンポンとワンニャーの頭を叩くと、彷徨は二人の間にしゃがみこんだ。

「恋愛は自由だから、俺が口を出すことじゃないけど・・・。でも、パーティーは仲良くやったほうが、楽しいだろ?」
「・・・うん!」
「はい!」

元気良く返事をして、二人はルゥの所へ駆けていく。

「ルゥ〜!みんなでトランプやりまちょ〜!」
「3人でやるでしゅわ、ルゥ君!」
「あ〜い!」

連れ立って奥の部屋へ入る子供たちを見送って、彷徨はポツリと呟いた

「ライバル・友達・恋敵、か・・・。」
「?何ですか、彷徨さん?」
「ん?・・・いや、何でもない。それより、未夢見なかったか?」
「未夢さんなら、先ほど飲み物を取りに来られて、今はみずきさんと話してらっしゃいますが・・・。」
「みずきさん?」

彷徨の眉がピクリと跳ね上がった。

「はい。ちょうどあの辺で・・・あ、居ました、あそこです。」

ワンニャーが指差す方向に眼を転じると、みずきと話している未夢が眼に入った。
それを見ているうちに、彷徨がだんだんムゥッとした顔になってくる。

何を話しているのかは分からない。
けれど未夢の顔は本当に楽しそうだ。
心なし、頬が赤くなっているような気もする。

何だか、面白くなかった。


(何だよ、あいつ。俺と話すときはあんな顔しないくせに・・・。)
「・・・さん?」
(って言うか、最近俺の前であいつがあんな嬉しそうなの見たことねーぞ。いったい俺って・・・。)
「彷徨さん!」
「うわっ!!」

突然どアップで迫ってきたワンニャーの顔が、彷徨を現実に引き戻した。

「な、何だよワンニャー!驚かすなよな・・・。」
「何言ってるんですか。先ほどから呼んでたのに返事してくださらないから・・・。」
「え・・・呼んでた?」
「はい!何度も!」

彷徨は頭に手を当てた。
先ほど幼児達に偉そうなことを言っておいてこの有様とは・・・。
何だか頭がゴチャゴチャになって来た。

(やばいな・・・これじゃ・・・。)

黙ってしまった彷徨に、ワンニャーが心配そうに聞いてくる。

「彷徨さん?」
(ちょっと頭冷やした方が良さそうだ・・・。)

彷徨は周りを見回した。
近くのテーブルに置いてある、真紅と言っても言い色の飲み物が眼に入る。

(とりあえず、これでも飲んで落ち着くか・・・。)

吸い寄せられるようにそれを手に取る。
グラスに注がれた液体は、不思議な輝きを放っていた。

彷徨は一気にそれを飲み干した。
グラスから口を放すと、ふうっと息を吐く。

「へえ・・・。」

そんなに甘く無く、口当たりもいい。
後味はすっきりしていて、今の彷徨にピッタリに思えた。

「悪くないな。」
「何ですか?」

ひょいと横からワンニャーが覗き込んだ。
彷徨は既に二杯目をグラスに注いでいる。

「結構美味いぞ、これ。ワンニャーも飲めよ。」
「ホントですか?」

言われるままに、差し出されたグラスを手に取る。
だが、口に含んだ瞬間、ワンニャーは思わずブワッと吐き出してしまった。

「な、何ですか、これは〜〜!!」

なるほど、確かに味はいい。
だが、アルコールがかなりきつい。
ほんの一口飲んだだけなのに、頭がくらくらしてくる。

「相当きついお酒ですね。完璧な大人用の・・・って彷徨さん!?」

ワンニャーは仰天した。
隣の彷徨はもう3杯目を空けている。
顔が赤くなってきていた。

「ん?何だ、ワンニャー。もう飲まないのか。」
「彷徨さん、ダメですよう!こんな強いお酒・・・。」
「いいだろ、別に。」

4杯目を注ぎながら言う彷徨。
眼が完全に据わっている。

ワンニャーはパニックになりかけていた。
もう自分には止められそうも無い。

(あわわ、どうしましょう〜。未夢さ〜ん、助けてくださ〜い・・・・。)

滝のような汗を流しながら、ワンニャーは心の中で未夢に助けを求めていた。




「へえ〜、みずきさん、もう大学受験なんですか。」
「うん、そろそろ本格的に勉強しなきゃいけないんだ。」
「大変なんですね〜。」

未夢はうんうんと頷いた。

「予備校に通うって言う手もあるけど、お金かかるし・・・って、あれ?」
「?」

未夢の後ろを見て、言葉を止めたみずきに不思議そうな視線を向ける。

「どうかしたんですか?」
「彷徨君・・・。」
「え?」

言われて未夢も振り返った。
こちらに歩み寄って来る人影。
それが彷徨だと確認するまでに、少し時間が掛かった。

「彷徨・・・?」

未夢は戸惑ったように彼を見つめた。
表面的にはいつもと同じだが、どことなくいつもと雰囲気が違う。

未夢の前までやって来ると、彷徨はピタリと足を止めた。
そのままじっと未夢を見つめる。

「・・・・・。」
「か、彷徨・・・?」

彼の眼に宿った光が、いつもと違う。
未夢は恐る恐る彼の赤い顔を覗き込んだ。

「未夢・・・。」
「な、何?」

彷徨の口が、何かを言いかける。
だが、それが言葉になる前に。

彼の身体が、グラリと揺れた。


ドッターン


「!彷徨!」

いきなり倒れた彷徨に、未夢は慌てて駆け寄った。
もちろん、みずきも、そして周りに居た他の人々も覗き込んでくる。

「彷徨、どうしたの!?ねえっ、彷徨ってば!」
「ん〜〜〜〜・・・・。」

未夢の呼びかけに、うわ言のように応える彷徨。
半分寝ているような感じだ。

「彷徨君!?どうしましたの、これは!?」

振り返ると、二階からクリスと水野が降りて来るところだった。

「わかんないよ。突然倒れちゃって・・・。」
「そ、そんな・・・。」

クリスの顔が青くなる。

「ま、まさか、お体の具合が悪くて?鹿田さん、すぐに救急車を・・・。」
「待って!」

パニックになりかけたクリスを制して、水野が彷徨を覗き込んだ。

「酔っ払ってるわね。」
『へ?』

水野の言葉に、未夢とクリスは目を点にした。

「酔って・・・?」
「そう。何か強いお酒でも飲んだんじゃないの?」
「でも、そんなのどこに・・・。」
「あの〜。」

遠慮がちに口を挟んだワンニャーに、皆は一斉に視線を向けた。
ラベルの入ったボトルを持っている。

「ワンニャー、何それ?」
「お酒です。彷徨さん、これを飲まれて、それで・・・。」

未夢がうっかり「ワンニャー」と呼んでしまったのに誰も気付かない。
「酔いつぶれる彷徨」というのはそれくらい印象的だった。

「それ・・・ブランデーじゃありませんの?」
「ブランデー!?」

水野が目を丸くした。
ブランデーというのは知る人ぞ知る酒で、水野が飲んでいたウォッカ程ではないが、かなりきついので有名である。
あまりに効くので、人が気絶してしまった時なんかには、気付けとして飲ませる程だ。
もちろん、中学生が飲んでいい物では無い。

「そんなの飲んだら、そりゃ倒れるわね。」
「今夜は大人の方たちも来られたので、用意しておいたんですけれど・・・。」
「けれど、おかしゅうございますね。万一のために、注意書きをしておいたはずなのですが・・・。」

首を傾げる鹿田。
確かに、もともと置いてあったテーブルには、「20歳未満の方はご遠慮ください」という紙が貼ってある。

「ねえ、彷徨、大丈夫なの?」

心配そうな未夢に、水野は微笑んだ。

「大丈夫よ、光月さん。急性中毒とかになってたらどうしようかと思ったけれど・・・ただ寝てるだけみたい。」

言われて未夢は彷徨を見る。
息は規則正しく、表情もゆったりしている。
本当に寝ているようにしか見えない。

未夢はほっと息をついた。

「よかった・・・。」
「とりあえず、あそこに寝かせようか。」

みずきは彷徨を担ぎ上げると、端にあったソファに彷徨を寝かせた。
すぐに鹿田が毛布を持ってきて彷徨の上に掛ける。

「でも、どうして彷徨君、お酒なんて飲んでしまったのかしら・・・。」
「うん・・・。」

未夢は頷いた。
注意書きが目に入らなかったというのも変だし、そもそも彷徨ならラベルを見た時点で気付いているはずだ。
しかもこんなに泥酔するまで飲むなんて・・・。

クリスは立ち上がった。

「わたくし、お水を持ってきますわ。」
「あ、私も、ハンカチ濡らしてくるよ。おでこ、冷やした方がいいし・・・。」

未夢もポケットからハンカチを取り出すと、洗面室へ走っていく。
二人を見送ってから、水野も立ち上がった。

「さて、じゃあ私も、自分の仕事をしましょうか。」

彷徨の倒れた音を聞きつけたクラスの女子達が、不安そうな顔をして様子を伺っている。
彼女達を落ち着かせるのも、大事な事だ。

きりっとして歩き出す水野。
その顔は既に「教師」のものになっていた。




未夢が戻ってくると、周囲はさっきまでの賑やかさを取り戻していた。
先程までと変わらず、飲んで歌って踊っている。
未夢は安心したように微笑んだ。

別に薄情だとは思わない。
皆は決して、彷徨の心配をしていないわけではないのだ。

この町では、祝いの席で飲んでぶっ倒れるくらい当然のことであって、危なくならない限り、皆はそれくらいでは動じない。
そして、本当に危険な事態だったら、多分こんな風に能天気にはしゃいでいないだろう。

危ない時にはお互いに助け合い、それ以外の時間にはめいいっぱい楽しんでいく。
それがこの平尾町の人間の暮らし方なのである。

引っ越してきた当初は戸惑ったものだが、今ではこの生き方がすっかり板についてしまった。
そして、自分でも気に入っている。

けれど、やっぱり・・・。



未夢は濡らしたハンカチを彷徨の額に乗せた。
さっきと全く変わらず、ぐうぐう寝ている。

未夢はため息をついた。
呆れでは無く、心配を込めて。

「何やってるのよ、全く・・・。」

小さな声で呟いた。
誰にも聞き取れないほどの声。

「心配、したんだから・・・。」
「・・・・。」

彷徨は答えない。
返ってくるのは、気持ち良さそうな寝息だけ。
その顔は意外な程あどけない。

クスリと笑いが漏れる。




「・・・ゆっくり、休みなよ、ね?」

彷徨の隣に腰を下ろして、未夢はそっと、囁いた。






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