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太陽が燦燦と照りつける西遠寺の庭。
まぶしい光に目を細めながら、ワンニャーはせっせと洗濯籠を庭に運び出していた。
「いや〜、いい朝ですな〜。」
洗濯物を竿に引っ掛けつつ、ワンニャーは上機嫌で言う。
このところ、雨が降り続いていたせいで、洗濯物を干す機会がなかなか無かったのだ。きれい好きで几帳面なワンニャーにとっては、かなりストレスのたまってしまう状況だった。
「こんないいお天気滅多にありませんし、ここはひとつ、気合入れて干しちゃいますよ〜!!」
叫ぶ否や、素晴らしい速さで仕事をこなしていくワンニャー。「有能なシッターペット」の本領発揮である。
「ルゥちゃま〜、待っててくださいね〜!すぐ終わらせちゃいますから〜!」
テキパキと動きながら、家の中のルゥに声をかける。が・・・
「?・・・ルゥちゃま〜?」
先程からあまりに静かすぎることに気づいて、ワンニャーは手を止めた。
いつもならば、早く遊んで、と催促するように声をあげたり、ワンニャーの周りを飛び回ったりしているのに。
「起きたばかりですから、寝ているはずはないんですけど・・・・。」
ワンニャーは、家の中に入ってみた。すると、居間の方からなにやら音が聞こえてくる。
「ルゥちゃま〜?」
呼びながら居間に入ると、ルゥがテレビの前にちょこん、と座り、熱心に画面を見ていた。
「な〜んだ、テレビ見てたんですか〜。」
ほうっ、と息を吐きながらワンニャーもテレビの前に走り寄った。
「珍しいですね〜、ルゥちゃまがこんなに熱心にテレビをご覧になるなんて。」
「だぁ!」
ワンニャーの疑問に答えるように、ルゥは画面を指差した。ワンニャーもそれに促されるように覗き込む。
どうやら、芸能関係のニュースのようだ。レポーターの声が幾分興奮気味で流れている。
『昨年アメリカで公開され、大ヒットを記録した映画「モンスターズ・オブ・マリン」が、いよいよ日本でも公開されることとなりました。世界屈指の豪華俳優・製作陣と迫力のシーンの数々をもって製作された今作は非常に評判が高く、すでにチケットが完売してしまった映画館がいくつも出ているということです。』
声に合わせて、映画のワンシーンが映し出された。怪物たちが集団で海から現れるシーンらしい。
「はぁ〜・・・確かにこれはすごいですね〜。」
オット星でリアルな映像を日常的に見ていたワンニャーでさえ息を呑むほどの大迫力。
全米大ヒットは伊達ではないようだ。
と、その時、不意に画面が切り替わる。怪物たちを別のアングルから映したものだ。
「あれ?これは・・・・?」
それを見た瞬間、ワンニャーは不審気に目を凝らし、次の瞬間、驚きのあまり飛び上がった。
「な、なんですかこれ〜!ワタクシじゃないですか〜!!」
「あい!あんにゃあ!」
ワンニャーの叫びに、ルゥも肯定するように声を上げる。
そう、そこに映っていた怪物の一体は、紛れも無くワンニャーそのものだった。
しかも、よりによって変身前の姿である。
「ど、どうしてわたくしがぁ?ま、まさかこの映画・・・。」
ワンニャーは、自分の頭に閃いた思いつきが正しかったことを確かめようと、テレビを凝視した。すると・・・。
「こ、・・・今度はルゥちゃまが〜!?」
「あーい!」
怪物に追われて逃げ惑う女性の胸に抱かれている赤ん坊は、間違いなくルゥだ。
もう、疑いようは無い。
「やっぱり・・・あのときの映画だったんですね〜。」
ワンニャーが、まだ呆然とした状態で言った。
以前ワンニャーとルゥは、未夢たちにくっついてアメリカまで行ったことがある。もっとも、正確には留守番予定だったのをやむにやまれぬ事情によりこっそりついていったのだが・・・。
どういうわけか、ついた早々俳優&着ぐるみ役者に間違えられ、そのまま出演することになってしまったのである。もちろん、未夢達には話したが。
それにしても・・・・
「まさか、こんな有名な映画だったとは・・・。」
ワンニャーは、報道陣の殺到していた撮影現場を思い起こした。今にして思えば、全部これが原因だろう。
「しかし、これはすごいことですね〜。オット星人とシッターペットが、こんな遠くはなれた星で超大作映画に出演だなんて・・・。宇宙史上はじめてかもしれませんな〜。」
ぐふふふ、と怪しげに笑いながら満足感に浸るワンニャーをよそに、ニュースは続いていた。
『なお、この映画で主役を演じる世界的俳優、「ブラト」ことブラット・トットも、日本公開に合わせて来日することになっており、明日にも到着し、公開記念イベントにも出席することになっています。このイベントも俳優、監督などが一堂に会するビッグイベントで、参加希望者が相次いでおり・・・』
「ブラット・トット?」
弁当の「ワンニャー特製卵焼き」を食べながら、未夢はななみに問い返した。
ここは、市立第四中学校・2年1組の教室。今は昼食の時間である。
未夢はいつもと同じように、ななみや綾と席を寄せ、一緒に昼食を食べていた。
ちなみに、いつものメンバーのもう一人――クリスは、前の時間の授業で使った教材を戻しに行っており、この場には居ない。
「そ!未夢だって知ってるでしょ?日本でもアメリカでも大人気の映画俳優!今度の映画の公開初日に出てくるんだって!」
「うん、知ってる知ってる!すっごくかっこいいよね〜。」
ななみの言葉に相槌を打ちながら、未夢は彼にサインを貰ったときのことを思い出した。
(そういえば・・・あの時、彷徨が通訳してくれたんだっけ・・・・)
不満顔で、それでもサインをくれるよう頼んでくれた彷徨。もっともあのときの彷徨は、なぜか、いつに無く不機嫌でイジワルだったのだが・・・・。
(どうしてだろ?無理やり引っ張ってったから?でも・・・・)
う〜んと首をひねって考え込んでいた未夢は、ななみの声で現実に引き戻された。
「ああ〜!あたしも行きたいな〜!公開初日の発表イベント!ブラトが間近で見られるんでしょ?いいな〜。」
「でもななみちゃん、公開初日のチケット、もうほとんど完売だって・・・」
「そうなのよ〜!!」
綾の言葉にななみは悔しそうに地団駄を踏んだ。前情報で彼が公開初日にファンの前に現れるという噂
があったために、初日のチケットはものすごい人気となっている。今から探しに言っても、もうどこにも残っていないだろう。
「みなさん、何のお話ですの?」
後ろから聞こえた声に三人が振り向くと、いつの間にかクリスが戻ってきていた。
「あっ、クリスちゃん。教材戻し終わったの?」
「ええ。結構重かったですわ〜。」
いすを引いて自分の席に座るクリスに、未夢は今までの話の説明をした。
「と、いうわけなの・・・・。」
「モンスターズ・オブ・マリンのチケット・・・・?」
説明を聞き終えたクリスは、しばらく考え込んでいたが、不意に何かを思い出したように顔を上げた。
「あら、それならありますわ、家に。」
『ええええっ!?』
クリスがあまりにもあっさりと言うので、未夢たち三人は度肝を抜かれ、しばらく言葉を失った。
「あっ、あるって・・・・クリスちゃん、それホント!?」
「ええ、何枚あるか、詳しい枚数は数えてませんけれど・・・確か初日の券が5,6枚はあったと・・・。」
「なっ・・・なんでそんなに?」
ななみが呆気にとられたように言う。クリスは少し首をかしげながら、
「確か、先月あたりだったでしょうか・・・。父が送ってきましたの。もし興味があれば行ってきなさい、って・・・。」
「はぁ〜・・・さすがだねぇ・・・。」
感心したように未夢が言う。財界人特有のルートだろうか。以前にもこんな事はあったような気がする。
「ななみちゃん達がそんなに行きたがっていたなんて知りませんでしたから・・・・。もっと早く出せばよかったですわね。」
「とにかくさ、そんなにあるなら行こうよ!クリスちゃんも一緒に!」
勢い込んで言った綾の言葉にクリスは疑問符を浮かべて聞き返した。
「行くって、映画に・・・ですの?」
「それもあるけど!そのすぐ後のイベント!クリスちゃんもトットに会いたいでしょ?」
その言葉を聴いた瞬間、クリスは電撃に打たれたように立ち尽くし、なぜか勢い良く首を左右に振り始めた。
「そっ、それは・・・・できませんわ!!」
「えっ?」
なんで?と三人が聞く前に、クリスはペタンと床に座り込む。
「わたくしのアイドルは西遠寺君ですのよ!?なのにほかの男の方の追っかけだなんて・・・。」
「いや、なにもそこまで悩まなくても・・・・。」
「ああっ、どうしましょう!」
クリスはほとんど聞いていなかった。まるで戯曲の主人公のように、天を仰いで苦悩し続けている。
「皆さんと一緒にお出かけしたい・・・・でも、かといって他の人に心を奪われるなんて、そんな・・・。」
「お〜い?もしも〜し、クリスちゃ〜ん?」
どこか遠いところに行ってしまったようなクリスに、未夢はとりあえず呼びかけてみる。
ふと横を見ると、綾が頭にプチみかんを乗せ、なにやら熱心にメモを取っている。たぶん、今後ミュージカルか何かを書くときに使うつもりなのだろう。
ななみが、やれやれといった様子でクリスを説得にかかる。
「あのさ、クリスちゃん。なにもどこかの皇太子様が来るって言うんじゃないんだから。単なる映画スターなんだからさ!もっと気楽に考えようよ、気楽に!ね!」
「そうでしょうか・・・・。」
クリスが考え込んでしまっていると
「お〜い!聞いたぜ〜!俺も行っていい!?」
大きな声に、皆が一斉に振り向く。話が聞こえたのだろう。三太がやって来ていた。
「三太君も興味あるの?」
「もっちろん!『モンスターズ・オブ・マリン』と言えば、今年のアカデミー賞の最有力候補だろ!?あのド迫力の映像を見ないことには、今年の映画は語れないって!!なぁ、もちろん彷徨も行くだろ!?」
三太は向こう側の彷徨に呼びかける。彷徨が振り向くと、ちょうど未夢と目が合った。が、なぜかムゥッとした表情を浮かべると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
(彷徨・・・・?)
「いいよ、俺は。」
「ええ〜、なんでだよ!」
「そうだよ、せっかく券が有るのに、もったいないじゃない!」
三太とななみの抗議にも、素っ気無く首を振るだけだ。が、
「彷徨君、いらっしゃいますの!?本当に!?」
「いや、だから・・・。」
凄まじいクリスの勢いに、彷徨は思わずたじろいだ。そこに、畳み掛けるように、未夢がずいっと顔を近づける。
「そうだよ、行こうよ。彷徨も一緒に!」
ねっ、と目の前でじっと見つめてくる未夢に彷徨は一瞬何か言いかけたが、結局頷く。
「わかったよ・・・・。」
『やったぁ〜!!』
いっせいに一同が沸き立つ。彷徨はしばらく呆れた調子でそれを見た後、未夢に視線を移した。
スターに会える、と本当に喜んでいる未夢。彼女のそんな姿を見るのは、自分もすごく嬉しい、はず。
なのに・・・・
(何だ?この感じ・・・・)
心の奥からもやもやしたものが浮かんでくるのに気づいて、彷徨は首を振った。
どうかしてる。未夢が喜んでるのに、こんなにムカムカするなんて・・・・。
ふと、こちらを向いた未夢と目が合った。反射的にそっぽを向いてしまう。
(どうしたんだ、俺・・・・)
(どうしたのかな・・・・彷徨・・・。)
未夢はズキリと痛む胸を押さえながら、そっぽを向いた彷徨の横顔を見つめた。
(どうして、目、合わせるの嫌がるんだろ・・・。私、彷徨に何か、しちゃったのかな・・・・。
嫌われるようなこと、しちゃったのかな・・・・。何か言ってよ・・・。彷徨・・・?)
明るい空気の皆とは反対に、その日の二人は、それっきり黙り込んだままだった。
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