ドドドドドドッ ドッゴオォン!!!
「な、何!?」
突然、地面を揺るがすような振動と、そのすぐ後に轟音が響き渡った。
未夢は慌てて外を見る。
音はもう収まっているようだが・・・・・
「何なんだ、一体?」
彷徨もびっくりしたようで、布団の中から顔を出した。
「私、見てくるから、ちょっと待ってて!」
未夢は縁側に飛び出した。さっきの音が何なのかはわからないが、たぶん玄関の方からだろう。ぐるり
と庭を回って正面の入り口のほうへ行く。
そこに居たのは・・・・・
「クリスちゃん!?」
未夢と彷徨の友人である、花小町クリスティーヌだった。もっともこの場合、「居た」というより、「ぶっ
倒れていた」というべきかもしれない。
クリスは玄関横の壁の正面にうつ伏せ状態で倒れており、壁は豪快にへこんでいた。
おそらく、いつもの調子で全力疾走してきて、減速できずにそのまま壁に激突したのだろう。
未夢は駆け寄ると、クリスを抱き起こした。
完全に目を回してしまっている。
「クリスちゃん、クリスちゃんってば!」
未夢が呼びかけると、クリスはうっすらと目を開けた。
「・・・未夢・・・・ちゃん・・・?」
「よかったぁ〜、気がついたよ〜。」
ほっとした顔で未夢が言う。何があったの?と彼女が聞く前に、クリスはガバッと未夢に飛びつく。。
「未夢ちゃん!彷徨君は・・・・彷徨君はだいじょうぶですの!?」
「えっ?」
あまりの勢いに呆気に取られる気夢の前で、クリスはすごい勢いでまくし立てた。
「お熱は高いんですの?咳は?クシャミとか、ひどいの!?」
「ち、ちょっと、落ち着いてよクリスちゃん!」
未夢の言葉に、クリスははっとしたように押し黙り、恥ずかしそうに目を伏せた。
「ごめんなさい、未夢ちゃん・・・。わたくし・・・。」
ううん、いいよ、と言いながらクリスに手を貸して、引っ張り起こす。
ありがとう、と礼を言って立ち上がると、クリスは話し出した。
「わたくし、つい先ほどまでお買い物をしていましたの。そうしたら、「スーパーたらふく」の前で『みたらしさん・もしくは親戚のお兄さん』にお会いして・・・・。彷徨君が風邪だって聞いたら、居てもたっても居られなくて・・・・。」
「そうだったんだ・・・。」
ようやく納得のいった未夢は頷いた。考えるまでも無く、お粥の材料を買いに言ったワンニャーだろう。
それにしても・・・・
壁に空いた大穴と、恥ずかしげにもじもじしているクリスを交互に見る。
何となく、彼女らしい、と思ってしまう。
未夢は微笑むと、
「彷徨なら、今ちょうど起きたとこだから。こっちだよ。」
先に立ってクリスを案内した。
「そういえば未夢ちゃん、彷徨君のお父様は?」
「えっ、えーと・・・いまはちょっと出かけてて・・・」
未夢の言葉を聴いたとたん、クリスの目がキラリと妖しげに光る。
「と、言うことは・・・未夢ちゃんがつきっきりで看病して『未夢、寒いんだ・・・暖めてくれるかい?』
『ええ、もちろんよ、彷徨』『ああ、今度は熱くて溶けそうだよ・・・未夢』『彷徨・・・・』な〜ん
てことがありましたのかしら?」
「/////・・しっしてないよっ!そんなこと!」
未夢は真っ赤になってぶんぶんと首を横に振った。冗談じゃない。そんなことをしていたら、今頃未夢の意識はすっ飛んでいただろう。
「あら、そうでしたの?」
クリスはまた、一瞬にして元の表情に戻った。
そうこうしているうちに、部屋に前に着く。
「彷徨〜。クリスちゃんだよ〜。」
ふすまを開けながら、未夢が中の彷徨に声をかけた。
「花小町・・・・?」
中から彷徨の声が聞こえた途端、クリスは部屋の中へと飛び込んだ。
「彷徨君!大丈夫ですの!?」
「あ、ああ。」
「本当に、本当に!?」
「ああ、大丈夫だって。」
目を丸くしながらも、それでも彷徨は答えを返した。
それを聞いて、クリスはようやく安堵した様子で肩をなでおろした。
「ああ・・・よかったですわ〜。」
心の底からほっとしたようなクリスの姿に彷徨は苦笑した。
「大げさだな、花小町・・・・。」
「そうですわ!」
突然、クリスが立ち上がる。
「わたくし、『ミルクプリン』を作ってきましたの。良かったら、いかがですか?」
「ミルク・・・」
「プリン?」
未夢と彷徨が揃って声を上げるのに、クリスは人差し指えを立てて、得意げにウインクする。
「はい!風邪の時には、胃に優しくて、消化にいいものが一番ですわ!あっ、未夢ちゃんの分もありますのよ?ちょっと、台所をお借りします!」
そう言うと、クリスは持ってきた包みを掴み、疾風のような速さで部屋を出て行った。
残された二人は、しばし呆然とクリスの出て行った扉を見つめた。
「相変わらずだな・・・あいつ。」
「でも、クリスちゃん、すっごく心配してたよ?『熱は高いの?咳は?くしゃみは?』って。」
「・・・・前にももかちゃんが、確かまったく同じこと言ってたぞ?」
ルゥが熱を出したときのことを思い出しながら、彷徨が言う。
「やっぱり、さすが従姉妹だよね〜。」
「・・・俺は赤ん坊じゃないぞ・・・・。」
そっぽを向いて言う彷徨。どうやら照れているらしいことを察して、未夢はクスクスと笑った。」
「未夢さ〜ん、彷徨さ〜ん、ただいま戻りました〜。」
「パンパ、マンマァ!」
ワンニャーとルゥの声が響いてきた。玄関からだ。どうやら買い物から戻ってきたらしい。
「彷徨さん、具合はどうですか?」
ワンニャ−がそっとふすまを開けて、心配そうに言う。なぜかまだ、変身したままの姿だったのが気にな
ったが、
「ああ、大丈夫だよ。」
彷徨は言った。さっきよりも少し体が軽い。
話すくらいなら大丈夫だろう。
「パンパ・・・ぶんぶ?」
ルゥが心配そうに近寄ってくる。
彷徨は優しく笑って、
「大丈夫だよ、ルゥ。ありがとな。」
「あい!」
ルゥも安心したのか、元気を取り戻したように、ぱっと顔が明るくなる。
「実は、ワタクシたちだけじゃないんですよ、お見舞いは。」
意味ありげに笑いながらワンニャーが言った。
「?どういうこと?」
『こういうこと!!』
未夢の疑問に答えるように、大勢の、それでいて揃った声とともに、部屋のふすまが開け放たれる。
「みんな!?」
未夢は扉の向こうの面々を見て思わず声を上げた。
ななみ、綾、三太、望といった2年1組の面々が顔をそろえていたのだ。
「どうしたんだ?みんな。」
彷徨の声にななみが答える。
「あたし達、すぐそこで親戚のお兄さんにあってさ。」
「西遠寺君が風邪だって聞いたから、様子を見に来たの。そしたらちょうど黒須君がいて・・・。」
ななみの説明を引き継いだ綾の言葉に、三太は頭を掻きながら、
「いや〜、お前に昨日の映画の感想聞かせてやろうと思ってきてみたら、いきなり風邪ひいてるっていうんだもんな〜。びっくりしたぜ〜?」
「けど、なんで望君まで?」
未夢が望の方を見ながら言うと、望はいつものポーズで懐からバラを一輪抜き出し、未夢に差し出した。
「それはもちろん、美しいレディーのみなさんに会いたかったからさ〜、いうのは冗談。僕も西遠寺くんのお見舞いさ。オカメちゃんが、西遠寺君の家に向かう天地さんと小西さんの姿を見つけてくれたんで、何かあったのかと思ってきてみたというわけ!」
芝居がかった望の仕草にオカメちゃんがクェッと呼応する。
「と、言うことで、西遠寺君、お見舞いだよ。ありがたく受け取りたまえ!」
「光が丘君、女の子にしかバラあげないんじゃなかったの?」
ななみのツッコミに、望はチッチッと指を振ってみせた。
「今日は特別!わが永遠のライバルが、風邪でノックダウン、なんて話にならないからね〜。」
「・・・ライバルじゃないって・・・。」
あきれたように呟きながらバラを受け取ると、においがやけに弱いことに気づく。
病人に悪くならないよう、香りの刺激が小さいものを選んであるのだ。
望なりに、いろいろと配慮をしているらしい。
「あら、みなさん、いらしてたんですの?」
ふと気がつくとクリスが『ミルクプリン』の乗った皿とお盆を持って入ってくるところだった。
「あれ、クリスちゃん?」
「クリスちゃんもお見舞い来てたんだ!」
もちろんですわ、と言いながら、お盆をゆっくり床に置く。
「おおっ、何それ、うまそうじゃん!」
「黒須君!西遠寺君のお見舞いなんだから!」
「そうそう、黒須君が食い尽くしちゃったら意味無いでしょ?」
にわかに騒がしくなってきた部屋の中で、彷徨はプリンを少しづつ口に放り込みながら、呟いた。
「あいつら、本当に見舞いに来たのか?」
どことなく呆れたような彷徨の言葉とは対照的に、未夢はどこか楽しげに言った。
「でも、なんか・・・「優しい」よね、みんな・・・。」
「・・・そうだな。」
彷徨も頷いて、仲間たちを見つめた。ちょっと騒がしいけれど、自分のことを心配して、看に来てくれた、
みんな。大切な・・・友達。
けれど・・・・・
彷徨は黙って、未夢に視線を移した。
「何?」
きょとん、とした様子の未夢に彷徨は、
「いや・・・・。」
と首を振った。なんだか、言葉に出すのが、恥ずかしい気がして。
未夢・・・。 気づいているか・・・?
これも全部、お前がくれたんだよ。
少し前までの俺には無かった、こんな時間。
大切な仲間。 一緒に過ごせる時。 言葉にするには多すぎる・・・・・暖かさ。
お前は、役立たずなんかじゃない。たとえお前が、気づいていなくても。
いっぱい、いっぱい、大切なものを、俺にくれる。俺を・・・暖かくしてくれる。
お前と、一緒で。 お前が、居てくれて。
ホントに・・・良かった・・・・・・。
「どうしたの?彷徨。」
「いや・・・何でも無い。」
不思議そうに聞いてくる未夢に、黙って、首を振る。
こんなこと、照れくさすぎて、言えやしない。
「彷徨〜!家にこもりっぱなしじゃ、気分が重くなっちまうだろ?ここはひとつ、トリのレコードで・・・」
「何言ってるのよ!黒須君!」
「余計に悪化したら、どうするんですの?」
「なにいってんだよ〜、こういう時こそ、心の健康を・・・・。」
だんだんとこっちに広がりつつある騒がしさ。
それでも、全然イヤじゃない。
ずっと一緒にやってきて、一生懸命に心配してくれる、友達だから。
だから・・・・
「みんな・・・。」
彷徨はゆっくりと、体を起こした。一同の目が彷徨に集まる。
「・・・ありがとう。」
雲ひとつ無く晴れ渡った、空の下で。
彷徨は小さく、でも、確かな。
笑顔を、見せた。
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