ちいさな診療所。より

ありがと

作:ちーこ

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「やばっ、遅れちゃう!」
わたしは歩調を少し速めた。





またこの季節が来た。


はじめて彷徨と出会った季節。


第一印象は最悪で、意地悪で。
こんなやつと一緒に暮らすなんて無理って思った。


そのあとるぅくんたちが来て。
わたしたちは家族になった。


多分、わたしも彷徨も。
「普通の家族」なんてよく知らないから。
しかも、子供じゃなくてパパとママ。


びっくりしたこともいっぱいあった。
たいへんなこともいっぱいあった。
うれしいこともいっぱいあった。


ちいさい頃からお留守番が多くて。
「みゆよりおしごとがすきなんだ!」
なんて泣いたこともあったけど。


子供を嫌いな親なんていない。
かわいくてかわいくてしかたない。
昨日よりちょっとだけ大きくなったな、なんて思ったり。
にこって笑ってくれただけで元気になる。


今頃…どうしてるのかな?
るぅくんと同じ年頃の子供を見ると、るぅくんもこんなことしてるのかなって考える。
そろそろ、小学生になってるのかな?
おっと星にも小学校があるのかな?


あれから6年。
わたしたちは大学生になった。
相変わらず彷徨はモテるし。
私はドジなまんまだし。


もし、なんて考えたらきりがないけど。
もし、パパとママがアメリカに行かなければ。
もし、彷徨のおじさんが修行に行かなければ。
もし、るぅくんとわんにゃーが西遠寺にこなければ。


わたしは今頃どんなふうになってたんだろう。
想像できない。


困ったとき、悲しいとき、つらいとき。
いつも彷徨がそばにいてくれた。
嬉しいとき、楽しいとき、幸せなとき。
いつも彷徨がそばにいてくれた。


彷徨がいなかったらわたしはどんなふうになってたんだろう。
想像できない。


彷徨に出会えて本当によかった。
彷徨も…ちょっとはそう思ってくれると…いいな。






待ち合わせの公園はすぐそこ。
バッグから鏡を取り出して最終チェック。
前髪よし。
メイクよし。
スマイルよーし。


噴水の前。
いつものように文庫を片手に。
周りの視線にも気付かずに。


「かーなた?」
「…おせーぞ」


口調とは反対にちらりとわたしを見たやさしい目。
幸せだなぁって思った。
彷徨と一緒にいられること。


「ありがと。」
「ぁ?」
「なんでもなーい。」


不思議そうな彷徨にスマイル。
さらに不思議そうな顔。
幸せだなぁ…本当に。


ありがと。


(初出:2007.09)

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