ちいさな診療所。より

ホントの気持ち

作:ちーこ

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チュンチュン。澄み切った空に鳥の声が響いている。
「おはよー。ルゥくん。彷徨。ワンニャー。今日も寒いね。」
「おはようございます未夢さん。」
「だぁ。」
「……。」
 未夢が食卓にくるともうすでに全員が集まっていた。さっきから朝食の準備のために台所と食卓を行き来しているワンニャーが未夢の方をむいて口を開く。
「未夢さん、今日は駅前のスーパーで大根が10本100円のタイムサービスがあるんです。帰りに買ってきてくださいね。今日の晩ご飯は…。」
 それを聞いた未夢の顔が引きつり、ピキピキマークがこめかみにうかぶ。
「10本なんて持てるわけないでしょ。大体今日は彷徨の日じゃない。そーゆーことは彷徨に言ってよね。」
「何言ってるんですか、未夢さん。この間彷徨さんと順番変わってもらったじゃないですか。忘れたんですか。」
「そう言われれば…。うーん。そんな事もありましたなー。」
「ですから未夢さん。お願いしますね。」
「うん。ってちょっとぉ。ねぇ彷徨手伝ってよ。」
「……。」
「ねえ、彷徨?」
「……。」
 当の彷徨はほおづえをついたままで何度呼んでも返事がこない。未夢のこめかみではピキピキマークが異常増殖を始めている。コブシを握ると未夢は彷徨の耳もとで叫ぶ。
「ちょっとぉ、人の話きいてんの!!?黙ってないで返事ぐらいしなさいよ。」
 未夢の声で我に返った彷徨は顔を上げる。
「わり…。なんか言ったのか?聞いてなかった。」
 普段の彷徨らしからぬ素直なことばにかえって怒っていた未夢のほうがボーっとしている。
「彷徨…?どーかしたの?なんか変だよ。」
「別に。何でもない。」
 いつもと同じ返答に未夢は杞憂だったかと一人で納得して朝食を食べ始める。


「彷徨、今日朝礼じゃなかったっけ。急がないと間に合わないよ!」
「もうそんな時間か。行くぞ、未夢。」
 かばんを持って立ち上がった彷徨に続いて未夢も玄関へ向かおうとする。
くちゅ。くしゅ。
「ルゥくん、もしかして風邪ひいた?最近寒かったからね。ワンニャー、ルゥくんにもう一枚何か着させてあげて。まだ熱は出てないみたいだけど。何かあったら病院連れて行ってね。」
「ご心配ありません。未夢さん。我が星が誇る治療薬『スーパーナオルンデスDX』がありますから。まぁこれは我が星の人達にしか効かないんですけどね。これを飲ませて1、2時間すればすぐに治っちゃいます。」
「よかったぁ。じゃあ行ってくるからワンニャーよろしくね。やばっ間に合わないよぉ。」
そう言うと未夢は走り出す。



「えぇ。今日の朝礼延期?せっかく走ってきたのにむなしいよぉ。」
「しょうがないですよ。最近風邪が流行ってこのクラスでも13人も休んでいるんですから。いつ学級閉鎖になってもおかしくないんだもの。未夢ちゃんも気をつけてね。」
 そういわれてみれば、と教室を見まわすと開いている席がぱらぱらと見える。ルゥくん大丈夫かな、と物思いにふけりながら彷徨のほうを向く。今朝と同じようにほおづえをつきながらボーっとしている。やっぱちょっと変かもしれないな、未夢はクリスの方をむきなおす。



「ったくもう。なんなのよ。大根10本なんてどーかしてるのよ。彷徨は彷徨でかばんも持ってってくれないで、さっさと帰っちゃうしさ。いったいわたしを何だと思ってるのよ。」
 石段を上りながら未夢は毒づく。息を切らして上り終えると玄関を開けて大根を下ろし一息ついた。
「ただいまー。彷徨ー、ワンニャー、これ台所まではこんでくれない。」
 家の中がシーンと静まりかえっている。鍵は開いているし、靴もあるからだれかはいるはずなのだ。
「最後までわたしにやらせる気ね。いいわよ、やってやろーじゃない。」
 台所まで大根をはこぶと、未夢は、おそらく家にいると思われるワンニャーとルゥと彷徨を探すことにする。
 ルゥとワンニャーの部屋を開けるとふたりとも寝ている。部屋もいつもより暑いような気がする。
「ルゥくん、ワンニャー、どうしたの?」
「あっ。未夢さん…。ルゥちゃまの風邪がうつってしまったみたいで…。本当にお恥ずかしい限りです。」
「でも…。薬があるって言ってたじゃない。それ使えばなおせるんでしょ。」
「それが…。効かないんです。この風邪はオット星のとちょっとタイプが違うみたいで全然効き目がないんです。」
「それでルゥくんは。大丈夫なの?」
「わたくしもこんなタイプの風邪を初めて見たもので…。大丈夫というのかどうか…。」
 未夢はルゥくんを抱き上げるとコツンとおでこを当てる。
「熱あるんじゃない。何でこんなになるまでほっといたの?」
「わたくし、どのような対処をすればよいのか分からなくて、未夢さんか彷徨さんが帰ってくるのを待った方がイイと思って。」
「彷徨ならとっくに帰ってきてるでしょ。」
「そうなんですか?気づかなかったものですから。」
 未夢は彷徨を探し居間のふすまを開ける。雑誌を読んだまま寝てしまったのか、広げたままのページが見える。向こう側を向いているので表情はうかがえない。未夢は近づいていき彷徨の顔をのぞく。
「ちょっと彷徨。何でルゥくんのこと見てあげ…、か…なた?」
 彷徨の顔は、少し汗ばみ、ほのかに赤みを帯びていて、息は荒い。
「どうしたの彷徨、大丈夫?うわっすごい熱。」
 未夢は額に当てた手を思わず引き戻す。
 どうしよう、取りあえずこのままじゃダメだよね、部屋に連れていって寝かせなきゃ、未夢は動揺を隠しきれず、彷徨を見つめる。そうよね、ルゥくんもワンニャーもダウンしてるのに、わたしがしっかりしなきゃ、気をとりなおして未夢はまず彷徨を部屋に移す事をこころみる。
「彷徨、起きて。部屋にいって寝よ。ね。辛いかもしれないけど一回起きて。」
 軽くゆすりながら言うと、彷徨の目がうっすらと開く。
「か…あさん?」
 彷徨の顔は少し笑っているように見える。いつものいじわるそうな笑いではなく、本当に素直に微笑んでいる。
 未夢は彷徨の体を起こすと、彷徨を部屋の方へ連れていく。



「あら、彷徨起きてきちゃったの?寝てなきゃダメって言ったでしょ。」
「でも、かあさん。おれもうだいじょうぶだよ。」
「ダメ今日だけ寝てなさい。お風邪治らなくなっちゃうでしょ。」
「だって、もうねるのやだ。つまんないもん。」
「じゃぁ、母さんがお話聞かせてあげるから。」
「うん。なんのおはなし?」
「お布団に入ってからよ。彷徨は甘えんぼさんね。今日だけよ。」
 抱きつく彷徨に母さんはちょっと困った顔をして布団へ彷徨を連れていくと片方の手で彷徨の手を握り、もう片方で頭をなでながら話し始める。



 ルゥくんには水枕、ワンニャーには濡らしたタオルを頭に当てると、未夢は彷徨にアイスノンを渡すべく彷徨の部屋へ行く。頭の下にアイスノンを滑りこませ、おかゆでも作ろうかと部屋を後にしようとする。
「か…あさん。」
 未夢に布団に寝かされた彷徨がまた呟く。熱が上がったのかな、熱をはかろうとした未夢の手をつかむ。
「…どこにもいかない?……おれがねむっても?」
「彷徨?大丈夫?ねえ彷徨?」
 本当に苦しそうな彷徨の顔に未夢は握られた手を離していいものかどうか迷う。未夢は自分が昔風邪を引いた時にはママがずっとそばにいてくれて頭をなでていてくれた事を思い出す。
「大丈夫だよ、彷徨。ずっとここいるから、どこにも行かないから、安心して。」
 頭をなでながら言うと、彷徨の顔は少し和らいだが、手を握る力は変わらない。未夢はあきらめて、しばらくは彷徨のそばにいることに決める。



何年ぶりだろう、あんな夢を見たのは、彷徨は起きあがろうとするが体に力が上手く入らない。おれ、居間に寝てたんじゃなかったっけ、自分の布団の感触に気づく。枕になっていたアイスノンはすでに溶けてぐにょぐにょになっている。あたり真っ暗になっているから相当長い事眠っていたんだろう。これをやってくれたのはわんニャーか、彷徨はふと自分の手が握り締めているぬくもりに気がつく。母さん?……んなわけねーよな、ってことは未夢か、握った手の指先から視線をずらしていくと予想どおり未夢がいる。知らずのうちに眠ってしまったのだろうか。
「おい、未夢。起きろよ。」
 握っていた手を離し彷徨が言う。声がいつもより少し低く枯れている。
「か…なた。おはよ。…ってわたし寝ちゃったんだ。彷徨大丈夫?お腹すいてない?何か食べる?」
「いい。」
「ちょっとゴメンね。熱どうなったか。」
「もうなんともない。」
「だめ。」
 顔をそむけた彷徨の額に未夢はそっと触れる。ちょっとは熱下がったみたい、未夢は彷徨が汗をかいていることに気づく。
「彷徨、着替えたほうがイイよ。わたし出てくから。」
 立ち上がりかけた未夢に彷徨が言う。
「ありがとな。」
「何言ってんのよ。困った時はお互い様でしょ。」
 オレの言いたかったのはそんな事じゃなくて、寝返りを打つ。聞かないでくれてありがとうってことなんだよ、さっきまで握っていた手のぬくもりを思い出しながら、彷徨は手を開閉させてみる。



 また朝がやってきて1日が始まる。
「ルゥくん。はいあーんして。」
「だぁあ!!」
 ワンニャーの風邪はよくなりつつあるようだ。ルゥくんは体調の悪さからかものすごく機嫌が悪く手がつけられない。
「ほら、食べて。いたっ。こらルゥくん、目覚し時計なんか飛ばしちゃダメだってば。」
「ここはわたくしにおまかせください。」
「でも…。ワンニャー大丈夫?」
「未夢さんは、彷徨さんについていてあげてください。」
 分かった、未夢は頷くと彷徨の部屋へ行く。



「彷徨。具合どう?おかゆ作ったんだけど食べる?」
 起きあがろうとする彷徨に手を貸して、少しでも楽な姿勢になるように枕をずらす。
「一人で食べれる?」
「あぁ。未夢、お前学校は?」
「今日は、休むことにしたから。ルゥくんもワンニャーも風邪ひいてるし。ほっとけないでしょ。」
「二人ともか…。悪いな。ホントはオレもルゥについてなきゃなんない…。」
「そーゆー事はきちんと治してから言うの。無理してひどくなったりしたら困るしね。」



「西遠寺くんと未夢ちゃん、お休みかしら。もしかして『彷徨…。寒気がするの。風邪ひいちゃったみたい。』『大丈夫か、未夢。ほら部屋に行って寝てろよ。』『ありがと、彷徨。』そして心配になった西遠寺くんは、そっと未夢ちゃんの部屋をのぞく。苦しそうに未夢ちゃんがあえいでいる。『未夢、今薬持ってくるからな。待ってろよ。』走って薬を取りに行く西遠寺くん。『未夢、薬だ。飲めるか。』西遠寺くんの問いに、首をかすかに横に振る未夢ちゃん。そして西遠寺くんは口移しで…。口移し…。そーなのねやっぱり二人は。許さないわ。どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
 机が持ちあがり黒板にぶつかり双方とも変形する。
「あら、わたし何をやっていたのかしら。」
「クリスちゃん、直すの頑張ってね。」
 ギーコギーコ。トントントントントントントントン。



「ねぇ彷徨。何で昨日学校休まなかったの?朝から具合悪かったんじゃないの?」
「別に…。」
「別にじゃないでしょ。わたしメチャメチャ心配したんだからね。」
「大したことないんだから、いちいち、んなことで心配なんかすんなよ。」
「大したことだよ。すごく熱上がってて、私一人で不安だったんだから。」
 わたし何にもしてあげられなくって、みんな苦しんでたのに、未夢の目に涙がにじむ。
「分かったから泣くなよ。」
 泣き出した未夢に、彷徨はポンポンと頭を軽くたたく。



「さっきはゴメンね。泣いちゃったりして。」
 しばらくたって、未夢は彷徨に言う。
「熱もだいたい下がったみたいだね。明日まで休めば大丈夫だね。」
「いや。明日は行く。」
「でも…。」
「自分で大丈夫だと思うから行くんだ。」
「でも…。やっぱりだめ。ぶり返した時心配するのわたしなんだから。彷徨は明日まで休み。そういえばさっきクリスちゃんから電話があったんだけど、この間延期になった朝礼あさってになったんだって。みんなだんだん治って学校に戻ってきてるからって。リンゴ食べる?」
 リンゴを渡しながら未夢が言う。
「へぇ。まぁ、いつも通り校長の話しだけだろ。」
 そう言うと彷徨は、りんごをくわえる。
「このリンゴむいたのお前か?」
「そーだけど。」
「いびつすぎ。これだとそーとー厚く皮むいたんだろーな。」
「悪かったわね。」
 未夢はいきなり立ち上がって部屋から出ていく。



 時計の音が騒然とした真夜中に2回なる。
「やぁや〜。だぁ〜。」
「しーっ。ルゥくんそんな大きな声出したら彷徨が起きちゃう。」
「あぅ、だぁ〜。うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。」
「ほらルゥくんイイコだねえ。泣かないの。ホラ、イイコイイコ。」
「マンマ。パンパ、パンパ。」
「パパは今おねんねしてるの。だからルゥくんもねんねしよ。ねっ。ワンニャー大丈夫?」
 まいったなぁ、ルゥ君の熱は下がらないし、未夢はぐずるルゥを抱きながらため息をつく。ワンニャーはぶり返しちゃうし、横目でうなされているワンニャーを見るとまたため息をつく。



「彷徨。おはよう。具合どう?」
 未夢は彷徨の部屋のふすまを開けると話しかける。
「あぁ。学校言っても大丈夫そうだな。」
「ダメ。今日まで休むって約束したでしょ。」
「わかったよ。ったく心配しすぎなんだよ。」
「彷徨、今日は一人でも大丈夫?」
「あぁ。お前は学校行くんだろ。今ルゥたちは?」
「ルゥくんは明け方近くにやっと熱下がって今は寝てる。ワンニャーも夜中また熱出たけど、今はもう熱下がってる。」
「そうか。」
 1晩中起きてたのか、彷徨は改めて未夢を見る。彷徨が自分を見ていることに気づいた未夢は、不思議そうな顔をして瞬きをする。 「わたしどこか変?」
「別に…。」
「あっ。そろそろわたし行くね。今日日直だった。」
「あぁ。」



「未夢ちゃん、昨日はどうしたの?」
「ク、クリスちゃん。おはよー。」
 弟と彷徨が熱出して看病してた、これなら問題ないよね、未夢は差し障りがないかを確認してからいう。
「弟と彷徨が熱出しちゃって。誰も看病する人がいないからわたしがやってたの。」
「おじさまはいらっしゃらないの?」
「ぐ、偶然いなくて。」
「……熱を出した西遠寺くんを心配した未夢ちゃんは、西遠寺くんの部屋に入る。『彷徨…大丈夫?』荒い息づかいで答えない西遠寺くんの額に手をのせようとした。その瞬間、『未夢……どこにも行くな。』その手を握る西遠寺くん。『どこにも行かないわ、彷徨。』未夢ちゃんはその手を握り返しそれに答えた。そして二人は……。そーなのねやっぱり二人は。許さないわ。どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
 昨日直したばかりの机が持ちあがり、昨日直したばかりの黒板に再びぶつかり、双方とも前回にも増して変形する。
「あら、わたし何をやっていたのかしら。」
「クリスちゃん、頑張って直してね。」
 ギーコギーコ。トントントントントントントントン。
 確かに今のはちょっと近いところもあったけど、現実ってそんなにロマンチックじゃないんだよね、未夢はおとといのことを思い出す。



「ただいまー。みんな具合どう?」
「おかえり。ちょうどよかった。ワンニャーとルゥ二人とも熱出てるみたいなんだ。」
「わかった。後は私がやるから、彼方は大人しくしててよね。」
「無理すんなよ。」
 ルゥたちの部屋に行きかけた未夢に向かって彷徨が優しげに言う。
「それは彷徨に言う言葉。人のこと気にするより自分のことしなさいよ。」
 そう言って未夢が去っていった廊下を、彷徨はため息で見送る。



 時計の音が騒然とした真夜中に1回なる。
「やぁや〜。だぁ〜。やぁ〜。」
「しーっ。ルゥくんそんな大きな声出したら彷徨とワンニャーが起きちゃう。」
「あぅ。うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。」
「ほらルゥくんイイコだねえ。泣かないの。ホラ、イイコイイコ。」
「ワニャ。」
「ワンニャーは隣りでねんねしてるよ。ルゥくんもねんねしよ。ねっ。」
 まいったなぁ、今日も寝れないよ、未夢はぐずるルゥを抱きながらため息をつく。



「おはよー彷徨。」
 彷徨が起きて食卓にくると、すでに朝ご飯が出来あがっている。
「具合は?」
「ワンニャーはもうほとんど完全に大丈夫。ルゥくんは4時すぎにやっと眠ったとこ。」
「未夢は?」
「なんで?わたしは元気だよ。」
「ここ2日間ほとんど寝てないんだろ?大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。テスト前と大差ないから。」
 こいつ、この間のテストの時も8時間以上寝てたはずじゃ、彷徨はテスト前を思い出したが、未夢が徹夜をしたという記憶はない。
「今日、朝礼だよ。急がなきゃ。ほら彷徨行くよ。」



「中学生らしい行動とは、相手をおもいやり…。」
 ふぁ〜、これが何度目のあくびになるだろう。校長の話が始まってからそろそろ5分が経つ。やっぱ、2日間寝てないとなんとなくだるいなぁ、気を抜いたら眠っちゃいそ、未夢は手の甲をつねったりしてひたすら耐えている。座った状態でなら居眠りもばれにくいのだろうが全員が『気を付け』の状態で立っている今眠ってバランスが崩れたらそれこそだ。そーとー疲れてるな、彷徨は隣りに立っている未夢のその行動を見て思う。未夢、顔色悪くないか、彷徨 は未夢のほう凝視する。その瞬間。
 ふらっ。未夢の体が後ろに傾く。
「おい。未夢」
 慌てて彷徨は倒れかけた未夢の体を床寸前で支える。
「あっぶねー。おい、未夢、大丈夫か?」
「…ゴメン彷徨。ありがと、ちょっと目の前真っ白になっちゃって。もう大丈夫だから。」
未夢は立ち上がろうとして再びよろけて彷徨をつかむ。
「しばらく立つのは無理そうだな。おれにつかまったままでイイから保健室行くぞ。」
「未夢ちゃんと西遠寺くんが…。もしかして……。二人っきりの保健室『ゴメンね、彷徨。』ベットに横になって言う未夢ちゃん。『おれが風邪なんかひかなけりゃ…。』くやしそうにこぶしを握る彷遠君。『彷徨のせいじゃないよ。』そして二人は……。そーなのねやっぱり二人は。許さないわ。どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「おい花小町、お取り込みのところ悪いんだけど、ちょっとそこよけて。コイツを保健室に連れてきたいんだけど。」
「やっぱりそうだったのね。西遠寺君は未夢ちゃんのことがスキだから…。許さないわ。どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「いいかげんにしろ。今がそんなこと言ってられる場合かどうかも判断できないのか?」
「…!!ごめんなさい。わたしどうかしてるわ。そうよね。当然よね。具合のわるい人を、保健室に連れて行くなんて。そうよ、別に好きなわけじゃないわよね。」



 この場所特有のつーんとした消毒液の香りがする。
「今日、保健の先生いないらしいな。未夢、少し眠れよ。未夢が起きたら帰ろう。」
「でも…。」
「ほら、余計なこと気にすんな。」
「起きたら言えよ。おれここにいるから。」
「ありがとう。」
 ったく、自分のこと気にしろって言ったの誰だよ、彷徨はカーテンの閉まった、ベッドへ視線を向ける。しばらくは規則正しい寝息が聞こえていたが、しだいに息づかいが荒くなってきたような気がする。
「未夢、開けるぞ。」
 カーテンを開くとそこには、どう見ても熱があるとしか思えない未夢が眠っている。だよなぁ、睡眠不足で風邪の看病してればうつっちゃうよな、彷徨は顔に苦笑をうかべている。
「未夢、大丈夫か?」
「…ハァ…ハァ…。」
 これ勝手に使っていいもんかな、彷徨は置いてあった水枕に手を伸ばす。まっ緊急事態だからしょーがねーよな、中に水と氷を入れる。
「未夢。1回頭上げろ。」
「…ハァ…ハァ…。」
 ったく、しょーがねーなぁ、彷徨は未夢の頭をそっと持ちあげる。水枕を滑りこませるとそっとおろす。水枕に気づいたのか未夢が目を覚ました。
「か…なた。ほんとにずっといてくれたの?」
「あぁ。熱出でてるみたいだぞ。大丈夫か?」
「あたまちょっといたいけど、そんなにひどくないから。」
「今帰るか?それとももう少しよくなるの待つか?」
 これ以上ひどくなるなら今帰ったほうが無難だし、今がピークならもうちょっと楽になってから帰ったほうがいいよな、彷徨は迷っている。
「…いまかえりたい。」
「じゃ、帰るか。大丈夫か、おきれるか?」
「…大丈夫だよ。」
 未夢はベットを支えにして起きあがると、自分のカバンを教室に取りに行こうとする。
「カバンなら、さっき三太に持ってきてもらったから。」
「あっ…。ありがとう。」
「それは三太に言うべきだろ。」
「うん。」
「ほら帰るぞ。」



「未夢。おい、未夢止まれ。未夢!」
 肩をつかまれて未夢はビクッとして顔を上げる。
「…彷徨。どーしたの?」
「信号赤。いくら熱あるからって車は止まってくれないんだからな。」
「ありがとう。あれ、わたしカバン持ってないや。」
「ハァ。今ごろ気付いたわけ?おれが持ってるこれなんだと思う?」
 信号が青になり、二人はまた歩き出す。
「カバン?」
「誰の?」
「わたしの?わたしのカバン。ゴメン彷徨自分で持つから。」
「いいよ。おれが持ってってやるよ。」
「でも…。」
「おまえは、んなことより前見て歩け。電柱にぶつかるぞ。」
 未夢が顔を上げると、目の前、数センチのところに電柱がある。
「ホラな。寸止まり。」
 ホントだ、未夢はぶつかりそうになった電柱をぼーっとながめる。



「どうだ、具合?」
「さっきと変わんないよ。ただちょっと寒いかな?」
 さっき熱はかった時は38℃だったよな、彷徨は部屋を見まわす。この部屋で寒いって言ってるってことは、まだ熱上がるのか、彷徨は未夢に一枚毛布を掛け足す。
「なんか食うか?」
「いい。いらない。それより彷徨、わたしのこと気にしないで。彷徨がぶり返したら心配するのわたしなんだから。」
「じゃぁ聞くけど、未夢の心配するのは誰だと思ってるんだ?」
「それは……。」
「おれは、お前のことを心配してるんだ。特に今回のことにはおれにかなりの責任がある。」
 そうだ、責任があるから心配してるんだ、特別に何か思ったわけじゃない、彷徨は寝返りでむこうを向いてしまった未夢を見る。じゃあ何でおれは未夢がむこうを向いたときに罪悪感を感じたんだ、彷徨は疑問をいだいたまま未夢の部屋から出る。



 時計の音が静寂した真夜中に遠慮がちに1回なる。
彷徨は責任があるから心配してくれるのかな、体内に悪寒が走り、未夢は自分自身を抱きしめる。責任がなかったら心配してくれないのかな、体が小刻みに震える。彷徨はわたしなんかいなくても別にいいんだよね、閉じたままの未夢の瞳からあつい涙がこぼれる。もうごちゃごちゃしてわかんないよ、未夢の意識が薄れていく。



 額に暖かい物が触れたのを感じ未夢は目を開く。
「わり、起こしちゃったか。熱下がってないな。」
「ねぇ、彷徨。彷徨は、私なんかいなくても全然気にしないの?」
「何言ってんだよ、未夢。」
「だってそうなんでしょ。責任があるから心配してるんでしょ。」
 おれは何であの時にあんな風に言ったんだろう、別に言う必要はなかったはずだ、彷徨は再び罪悪感にかられる。
「もうわかんないよ。わたしは彷徨にとってどういう存在なの?」
 未夢はおれにとってどういう存在なんだ、彷徨は未夢がはじめて家にきた頃を思い出す。
騒がしくて、思いこみが激しくて、強がってるくせに弱虫で、どんどんわき出るように思い出されてくる。未夢はおれにとってどういう存在なんだ、彷徨は何も言わずに部屋から出た。



「未夢さん。ご飯ですよ。少しは食べないと。」
ワンニャーが声をかけても返事はなく、ふすまを開けるが部屋には未夢はいない。
「未夢さーんどこ行ったんですかぁ。彷徨さーん、未夢さんお部屋にいないですよー。」
「うそだろ。さっきまでここにいたのに。」
「じゃぁどこ行っちゃったんでしょう。」
「ワンニャーは悪いけど本堂のほうを探してくれ。」
「彷徨さんは?」
「俺は外探してくる。」
外に行くわけねーよな、玄関へ行くと未夢の靴がない。何考えてんだあいつ、彷徨はコートを羽織ると走り出す。まだそんなに遠くまでは行ってないはずだ、左右を見まわす。



ったく、どこ行ったんだよ、そろそろ探し始めてから一時間が経つ。公衆電話を見つけ、家の番号をプッシュする。
「はい、西遠寺です。」
「ワンニャーか?未夢は見つかったか?」
「それが…ここにはいないみたいなんです。」
「ってことは、今も外にいるってコトか。」
「多分そうだと思います。」
「じゃあまた電話するから。」
「分かりました。」
 受話器を下ろすと彷徨は再び走り出す。右手の公園を見る。ブランコが揺れている。そしてそこに乗っているのは…。
「未夢!こんな所で何してるんだよ!お前、自分がどういう状態だか分かってんのか!?」
「……ないでよ。」
「未夢?」
「優しくしないでよ。何で私を探すの?責任だから?」
「ちがう。責任とは関係ない。」
「じゃぁ、なんなの?」
「……。」
「ほら、言えないじゃない。わたしなんかどうでもい。」
 彷徨は、涙がこぼれ始めた未夢を自分の胸へ押し当てる。
「どうでもいいなんて思ってない。」
「どうでもいいなんて思ってないから。未夢だから探したんだ。未夢だからだよ。」
「わ…たしだから?」
「そーだよ。ほら帰ろう。こんな所にコートも着ねーでずっといたんだから、どうなっても文句言えねーぞ。」
「うん。……彷徨……ありがと…。」
 彷徨は自分のコートを未夢に着せる。
 頭ガンガンして気持ち悪いけど、風邪を引いてる時ってちょっと素直になれちゃうかも、彷徨のぬくもりが残ったコートの中で未夢は思う。ったく、んなタチ悪い風邪ひくなっつーの、自分のコートを着た未夢を横目で見て彷徨は思う。
「ねえ彷徨。ちょっと待って彷徨歩くの早いよ。」
「ほら、いくぞ。」
 差し出された彷徨の手に未夢も手を伸ばす。
 たまにはこんなのもいいななんて不謹慎かな。
 たまにはこんなのもいいななんて不謹慎だよな。



「頭痛いし、気持ち悪いしもうやだ。」
「バーカ。自業自得だろうが。あんな所に1時間半もいれば普通ならこんな程度じゃすまないぞ。ほら、水枕かえるぞ。」
 風邪ってやっぱりやだ、お互いに相手を見て自分を見てそう思う。
FIN


これは約1年前に書いたものです。
…うーん恥ずかしい。(だったらおかなきゃいいのにね)
文章めちゃめちゃだし…。
まぁ若かったということで許してv (今とあんまし変わってないのに)
(発出:2000年)

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