作:友坂りさ
「また、会おう・・・な」
そう言って。
未夢は目の前からいなくなった。
楽しいときの時間なんてほんとに早いもので。
一年という長い時間でさえも、あっという間だったように思える。
授業中の、頭を悩ませるむずかしい教師の話だとか。
退屈な毎日のホームルームだとか。
そんなときの“時間”なんて、いくら携帯の時計を見てみたって、腕時計を確かめてみたって、ずっと同じ数字を表示しているように思えるのに。
・・・といっても、勉強は昔から嫌いじゃないし、むしろとても大切だと思っているはずだった。
だけど、最近じゃ、なぜか集中できなかったりもする。
――― 今年の春、寄せ集めの家族はみな、それぞれの場所へと帰っていった。
一年前、鞄一つ持って、いきなり俺の前に現れた未夢も。
偶然って、本当にあるのかっ?って信じ込まずにはいられないように、同時に現れた、
ありえない場所 〜 宇宙 〜、からの訪問者、ルゥ、ワンニャーも。
本当にいろんなことがあって。
おかげで、近頃じゃ、ちょっとやそっとのことじゃ驚かなくなった。
なんだかそれって、普通に考えたら、やっぱ・・・変かもしれないけど。
そして今。
俺の胸には、ぼんやりとした想いだけが、ぽつんと、取り残されている。
―― 寂しさが、彼方へとさまよってる。
次は未夢にも・・・、いつ会えるか、わからない。
俺だけが、想い出の詰まったこの場所で残されているというのは、ある意味、とてもつらいことなのかもしれない。
*
「おぉ〜い、か〜なたぁ〜!!!」
いつもの聞きなれた、親しみやすい、少し高い声。
彷徨は、ふっと、表情を和らげて声のする側に振り返った。
「今日さぁ、オレのいつものトリ関連のいきつけの店が、廃盤レコードスペシャルセールやるんだぜぇ〜、もちろん、彷徨もいくだろぉっ??」
片手の指で年齢が表わせるくらいに、小さなころから付き合いのある彼は、ちょっと変わったところもあるけれど、彷徨にとっては一番の親友の 、三太。
猫のような三白眼が、人懐っこくて、憎めない。
よほど慌てて走ってきたのだろうか、 三太は、はぁ、はぁ、と息を切らしながら、 彷徨とは対照的な細い目をきらきらと輝かせて、ずずいっと詰め寄って、嬉しそうに、笑っている。
そんなにも、自分の趣味に熱くなれるものだろうかと、不思議に思ってしまうところなのだが、彼にとっては大好きな作曲家、「トリ」に関してのことなら、寝る間も惜しむくらい、重要なことらしい。
彷徨はまたか・・・と、軽くため息をつきながら、返事を返す。
「悪い、今日は俺、帰りにスーパーで買い物して帰んなきゃなんねーんだ。親父もまた今日、遅いし」
「えぇ〜〜っ!!!!彷徨この前も断ったじゃんかよぉぉぉ〜、・・・けど、買い物なら、仕方ないかぁ〜」
期待はずれの彷徨の応えに、 三太は、心底残念そうにがっくりと肩を落とした。
彷徨だって、三太には少々悪いとは思ったが、買い物をして帰らないといけないのは事実。
父と息子だけの二人暮しなのだから、当然、毎日どちらかが料理も作らねばならないのだ。
自称:ゆ〜の〜、なシッターペット、ワンニャーがいたころは、ほとんど家事もやってくれていたのだが。
ワンニャーは今更ではあるが、宇宙人(?)であるにもかかわらず、なぜだか日本の料理のレパートリーもとても多く、いつも様々なおいしい料理をそつなく作ってくれていた。
(あいつ・・・なんで、俺たちの口にあう料理作れたんだろうな・・・ってか、未夢よりよっぽど上手だったよなぁ。未夢は重症だったもんなぁ・・・)
ふっと、そんななんでもない疑問や懐かしさが思い浮かび、彷徨の口元が穏やかに緩む。
「・・・あぁぁぁっ!!!おまえ、今、光月さんのこと考えてただろぉっ!なぁなぁ、そうだろうぉっ!?だって、一瞬すっげー幸せそうな顔してたぜぇ〜!!」
そんな彷徨をすかさず見逃さなかった三太は、にやにやと笑いながら、彷徨の顔を覗き込み、さも楽しそうに叫んだ。
独特の間延びした声は本人の思っている以上に、遠くまで届くのだ。
それも、学校の廊下といえば、少し大声を出しただけでも、なおさら、広い範囲まで響く。
“光月さん”と 三太が発したことで、廊下にいるほとんどの女子がいっせいにこちらに耳を傾けたように思えた。
「っ、ば、ばかっ! 三太おまっ、何言ってんだよっ!何でそうなるんだよっ?」
動揺してしまっているのが自分でもわかる。
未夢の名前を聞くだけで、すでに鼓動はどくどくと高鳴っている。
彷徨は、顔を赤くしながら、ごまかすように、こほっ、と咳払いをした。
「だってさぁ。最近の彷徨、ほんとぼーーっとしてるしさぁ〜。表情変えるといったら、光月さんの話、したときだけだもんなぁ〜。前は、あんまり何考えてるかわかんねーことあったけど・・・今は何考えてるかわかんないどころか、ある意味、わかりすぎだもんなぁ〜・・・な〜?」
そんな彷徨をみて、ますます 三太は楽しそうだ。
周りの女子達も、興味津々といった感じで、ちらちらとこちらの様子をうかがっている。
未夢が転校してしまってから、彷徨の人気はさらに上昇しているのだ。
いつも、彷徨の隣を独占していた特定の女の子・・・「未夢」がいなくなったことは、彼女達にとっても、好都合だった。
「・・っ、どういう意味だよっ?・・・っていうかお前、レコードセールに行くんじゃないのかっ?」
べらべらと好きなようにまくしたてる 三太に、彷徨は少々あきれ気味に、ため息をついた。
「っあ!!!そうだったぁっ!!んじゃな、彷徨っ、光月さんによろしくなっ!!
じゃあなぁ〜!!!・・・そうそうっ!!お前の分のトリのレコードも買ってきてやるからなっ!!!楽しみに待っててくれっ!!」
三太ははっ、とわれに返ると、どびゅーーんっと、ものすごい勢いで、彷徨の前を通り過ぎると、 あっというまに廊下の隅に見えなくなってしまった。
「・・・んなもん、いらねーよ」
わけがわからず、ひとり取り残された彷徨は、ぽつりとそう、呟いた。
◇
「遅くなっちゃったな・・・ただいま〜。ただいまっ。ただいまぁぁ〜!!!」
「・・・って誰もいるわけないか。何やってんだろ、私」
両親は相変わらずの多忙で。
未夢はようやっと三人で一緒に暮らすようになってからも、ほとんど一人のことが多かった。
どさっ、と期末テストのために、普段はそんなに持ち帰らない教科書をかばんいっぱいに詰めて、未夢は、学校から帰ってきたところだった。
明日から夏休み前の大きな課題、「期末テスト」があるのだ。
これが終われば、大好きな長い夏休みが来るのだが、たった三日間だけのことが、未夢にはとてもゆううつに感じるのだった。
「ふぃ〜、こんなことなら普段から勉強しておけばよかったぁ。今更だけど、こんなにいっぱい範囲あって到底間に合わないよぉ〜」
『――だからいったろ?普段から勉強しておけば、直前にこんなにあせることもないんだって。』
そういえば。
彷徨はいつもこんなこと言ってたなぁ・・・なんて。
ちょっと、ムカついちゃうけれど、
こんなことですら、懐かしく思えて。
未夢は、一瞬どきっ、として、ぽっと、頬を赤く染めた。
彷徨のことを思い出すとき、最近はいつもこうだ。
整った顔立ちに、きりっとしたブラウンの瞳。
少し長めの前髪。
目の前にいなくっても、鮮明に思い出せる、一つひとつの彷徨の表情。
実際、誰がどう見ても、「かっこいい」としかいえないほど、みんなが認める、
美少年。
「だけど・・・美少年、なんていったら、彷徨怒るもんね〜。ふふっ」
制服のまま、ソファに寝転びながら、未夢は、携帯のカメラでとった写真を懐かしそうに眺め始めた。
◇◇
「っ、いいって!そんなもの撮ってどーするんだよ?」
「いいからいいからっ。だって、他のみんなとは撮ったんだもんっ。彷徨とだけ撮ってないしっ」
「あーっ、もうやめろって!俺写真写り悪いし。なんかやだし」
「いいのっ、いくよ〜、せーのっ!」
パシャッ
◇◇
携帯のディスプレイいっぱいに収まった、二人だけでとった初めての写真。
ちゃんとしたカメラじゃないけれど、未夢にとっては、大事な大事な一枚だった。
照れくさそうに、目を大きく見開いた彷徨。
なんだかとても嬉しくって、こぼれそうな笑顔の未夢。
――― この四ヶ月はあっというまだったようにも思えるが、長かったような気もする。
元の町に帰ってきて、それなりに楽しい毎日は過ごせていた・・・と思う。
だけど。
楽しいと思えるのは、「いま」の季節が心地いいだけのせいかもしれない。
寂しくないのは、携帯でいつも「誰か」とは、つながっているような気がしているからかもしれない。
メールだったら、ハートやスマイルなんかのたくさんの絵文字で、「嘘」の自分の気持ちを伝えることだってできる。
メールの言葉の隙間から、いつだって、負けそうな自分が見えないように、わからないように・・・元気だよ、って伝えたくて、必要以上に絵文字を使ったり、大げさに一日の出来事を報告してみたり。
「でも・・・本当は寂しいかも、彷徨・・・ううん、すごく寂しいよ」
ごろん、と寝返りを打ちながら、未夢はうつぶせになった。
携帯のメールはときに、うらみたくもなる。
いつでも、相手の時間にかまわず、気持ちを伝えることはできるけれど、逆に、実際に話すことがほとんどなくなった。
相手が何を考えているのか、その気持ちが本当のものなのか、文字だけじゃわからない、そう思うと、未夢は、途端に、寂しくて寂しくて仕方ない気持ちになるのだ。
「それに・・・どうせなら・・・ルゥくんやワンニャーのいるオット星にも携帯でつながっていられたのなら、いいのにね・・・」
ぽつりともれた未夢の言葉を、聞いてくれる相手もいない。
寝転んだまま、リビングの大きな窓から見える月が、あまりにも綺麗すぎて、余計、寂しかった。
◇
上弦の月。
雲ひとつない夜の闇に、ぽっかりとうかんだ月は、地球から一番近くて、夜の闇から救ってくれる。
鮮明な月から目を離しても、そのまま目の瞼の裏に残る残像が、まぶしくて、彷徨は一旦目を閉じて、ぼんやりと縁側に座り込んだ。
「あいつら・・・地球のこと覚えてるかな・・・」
月をじっくり見たのは久しぶりで。
そう、あの時以来かもしれなかった。
あの時・・・未夢と温泉探検にいって、がけの下に落ちたとき。
>“ねぇ、彷徨、ルゥくん大人になっても、地球のこと覚えてるかな”
未夢が言っていた言葉を思い出す。
まだ四ヶ月だけれど、オット星では時間の流れの速さが違うかもしれない。
ルゥだって思っている以上に大きくなっていることだってある。
地球以外にも、別の星に生物がいるなんて、考えてもみなかったけれど。
確かにあの一年は、“ルゥ”という空を飛べる赤ん坊、そして、しゃべるシッターペット、“ワンニャー”がいたのだ。
>“いいよ、・・・忘れてしまっても”
そんなふうに、未夢に言ったのは、嘘ではなかった。
住む世界が違うのだから、それに、ルゥはまだ赤ん坊だから、忘れてしまうのは、仕方ないことなのだと、心から思った。
向こうには、“ホンモノ”の家族もいるわけで。
忘れて欲しい、とは言わない、だけど、自然にこころが忘れてしまうことを、とめることなど、できない・・・
彷徨はそう、思った。
たた、ひとつのつながりがあれば、いい。
―― 未夢がいてくれれば・・・
ルゥやワンニャーが自分達のことを忘れてしまうことはとめられない。
だけど、未夢だけは・・・
未夢だけには、一緒のあの「時間」を忘れて欲しくはなかった。
「あいつ、元気かな・・・」
未夢からは、毎日といってもいいほど、メールはくる。
だけど、電話は相手の時間を考えてしまって、彷徨はなかなか未夢の声すら聞けないでいた。
未夢が西遠寺に来たのも、あれからたった一度だけ。
つやめく風が、彷徨の伸びた前髪をかすかに揺らした。
そのときだった。
遠くで電話のなる音がした。
*
「もしもしっ?彷徨っ?」
彷徨のなかで、一瞬、時がとまった。
今まさに、思い描いていた人物の声が耳に大きく届いたのだ。
それも、携帯からじゃなくて、家の電話に。
「久しぶりだな、未夢・・・」
「うんっ、久しぶり。元気だった?」
「ああ・・・まぁな」
―― 未夢がいないから、寂しいなんて、とても口にできるはずもなく。
「そっか。ねぇ、あのね、夏休みになったら、西遠寺に遊びに行ってもいい?」
―― え・・・嘘だろ?そんな都合のいい話・・・
「い、いいけど。・・・なんでだ?」
――やばっ、なんかすげー嬉しいかも。
「いいじゃない、だめ?」
「ばっ、だ、だめなわけないだろ?」
―― だめなわけ、ないじゃんかっ。
「よかったぁ。だってすごい久しぶりだもんっ。・・・じゃ、また連絡するねっ」
―― ああ、未夢の元気な声だな、安心する。
「未夢。どうでもいいけど、なんでまた携帯にかけてこなかったんだ?俺が家にいるとも限らないわけだし」
「だって。携帯にかけても、彷徨がでられないときはどうせでられないでしょ?家にかけて、彷徨がでなければ、いないんだなって、あきらめつくし。いれば、家にいるんだから、たいていのときは電話に出られるでしょ?」
―・・・ってこいつ。
「うーん、それってさ、俺だからお前の言ってる意味わかるけど、他のやつだったらその説明、わかりづらいぞ」
「なっ、どーいう意味よっ」
「はいはい、怒らない怒らない。・・・じゃ、夏休み、な」
「うんっ。待っててね」
短い電話のあと、ゆっくりと受話器をおく。
さっきまでの、不安な気持ちが嘘のようだった。
本当に、また未夢が来てくれるとは、思い描いてもいなかった。
電話でも、いつでも変わらない未夢の態度が嬉しくて、彷徨は、心地よく響いた耳に残る未夢の声を快く感じていた。
未夢がくるのは、きっと、次の満月の日。
◇◇
未夢と彷徨が電話で次に会う約束から、ちょうど一週間。
未夢は終業式を終え、学校からすぐに家に帰ると、制服から私服に着替えた。
最近雑誌で見たような、白のシャツワンピをきて。
髪の毛は横にひとまとめに。
ずっと伸ばしている色素の薄い長い髪は、夏になるとやっぱり暑いから。
昨日、彷徨にまた連絡して。
せっかくの夏休みだからと、しばらくはあっちにいることにしたのだ。
彷徨の父・宝晶も、「未夢さんなら、ワシも彷徨も大歓迎じゃ」と、快く承諾してくれた。
( 彷徨がほんとにそう、思ってくれてたらいいけど・・・)
ほうっ、とため息を漏らすと、未夢はぱんぱんっ、と膨らんだバックをたたいた。
「よしっ、と。これでいいかな。けっこう大荷物だよね〜」
バックに着替えや、ちょっとしたおみやげも詰めて、未夢は家をあとにした。
今日もいい天気。今年は長かった梅雨も一週間前にはすっかり明けてしまって。
夏の湿気を含んだ風でさえも、いつもなら、うっとうしいときもあるけれど、
今日は、全然気にならなかったり。
ミュールで歩く足も、軽く。
こんなだったら、何一つ心配事なんてないように思えてくる。
・ ・・でも、この夏だけは。
未夢はもう一歩、進まなければならない気がしていた。
こころのどこかが、「それじゃだめだよ」って叫んでいるのだと、感じていた。
彷徨が好きなのに、素直になれない自分が、まだやっぱり心の中に住んでいる。
切なさの気持ちに気づいたのも、離れるとわかったときに、ようやっと気づいたのだ。
自分の気持ちなのに、自分が一番、わかっているはずなのに・・・
気持ちばかりがつのって、どうしていいかわからなくもなったりする。
未夢は、初めて、誰かを想う、という気持ちを感じて、戸惑いを覚えているのだった。
*
「さてと。そろそろ未夢がくるころかな」
午後2時。
未夢の乗った列車が着く時間。
(やばっ、なんだよ、この気持ち。なんでこんなにどきどきするんだ?)
未夢に会ったのは離れてからたったの一回。
毎日一緒にいた未夢と会えなくなって、・・・会わなくなって、三ヶ月以上も過ぎていた。
本当は、ずっと顔を見たかったのに。
そばにいて、欲しいのに。
気持ちを表現するのがこんなにも難しいことだなんて、思わなかった。
こんなことならよっぽど、数学の因数分解や、理科のジュールの法則でも解いていたほうが簡単だ。
ふっと、そんなことが頭に浮かびつつ、ともかく彷徨は、未夢を迎えに駅までいこうと立ち上がった。
そのとき。
ポケットに入れていた、携帯がぶるるっ、と震えだす。
彷徨は急いで、相手を確かめる。
電話じゃないな、と思ってメール受信を完了すると、見なくてもわかる、送信相手の名前。
「未夢だな」
『彷徨っ、駅に迎えに来なくていいからねっ、私ちょっとななみちゃんのところに行ってそのまま遊んでくるね。そして、綾ちゃんのところにもいくから、夕方になるよ〜。だけど、夕飯までには戻るからねvおいしい料理作るから、期待して待っててねvv』
「・・・・」
(あいつがおいしい料理?大丈夫なのかっ?)
それにしたって。
長いメールには、ななみや綾のことばかりが書いてあって、気持ちはこちらに向いていないようで。
未夢の気持ちも、こちらに向いているのかと、少しだけ期待してはいたが、どうやら、
あまり期待しないほうがいいらしいと、やはり彷徨は思ってしまうのだった。
急用があるから、と宝晶も、さっき檀家のところへ行ってしまった。
未夢は夕飯までは帰ってこない。
思いかけず、時間が空いてしまった。
だけど。これからはしばらく一緒に過ごすことになる。
その事実が、自然と彷徨の顔を綻ばせる。
明日からまた。
自分が料理を作るのも悪くないな、と思い、買い物に出てみることにした。
夏。夏、夏・・・外は夏まっさかり。
セミも鳴き始めて、入道雲が大きな空の海に浮かんでいる。
真っ白い雲の中に、夏色に染まっているような、いろいろな形の雲があって。
それこそ、鳥のから揚げみたいなのとか。
宇治金時みたいなカキ氷だとか。
いつだったか未夢と見た、“あのとき”の空の雲に見えてきてしまうから、不思議だ。
―― 未夢が来るだけで、こんなに気持ちが軽いなんて、空がすっきり澄んで見えてしまうなんて。
少し歩けば、もう、いつも買い物している店にたどり着く。
街に流れる流行りの曲も、一年もたてば、すっかり変わってしまうもので。
去年の歌なんて、みんなが忘れてしまっているみたいだ、なんて思ってしまう。
未夢と逢ったころに流行っていた歌でさえ、もう誰も歌わない。
「四ヶ月もたつのか・・・」
空はまぶしいくらいに晴れ渡っているというのに。
いつもだったら、気持ちだけはびしょぬれみたいなときもあるけれど。
だけど今日は。
――この町に未夢がきている。
元気な顔をみせに、もうすぐまた、やってくる。
『ただいまっ!』
遠くで未夢の優しい声が、届いた気がした――・・・