Start me up 〜桜の雨、いつか・・・〜

2

作:友坂りさ

←(b)



未夢から追い出されるようにして、居間に戻った彷徨は、かちこちと響く時計の音をただ一人で聞いていた。


(あいつ・・・遅いな)


(また、変なこと考えてなきゃいいけど・・・)


彷徨には、気にかかっていること・・・思うところがあった。



――それは、未夢が“ルゥ”から、・・・思い出からいつまでも離れられていない、ということ。


以前からここに・・・西遠寺に戻ってくるたびに、未夢は、「思い出話」しか、しない。
今の学校がどうだとか、少しは話すのだが。
“いま”をみていないようで。
そのことが彷徨をたまらなく不安にさせていた。


今日も、先ほどから、もういないルゥやワンニャーに対して、いつまでも追い求めるような未夢の様子に気になっていたのだ。


出会ってしまえば、別れだっていつか必ず来る。


実際、彷徨は幼い頃本当の「別れ」を経験したのだ。


大好きだった母の死。


もちろん、自分だっていつもあの頃、を思い出して、戻りたくもなるけれど。
だけど、ルゥやワンニャーはたとえ何億光年向こうの星であっても、生きているのだ。
――生きてさえいれば、いつかは必ず逢える・・・
そう思ったら、懐かしくなって、恋しくなっても、耐えていられる。


それに、彼らは、戻るべき場所、帰るべき場所に帰ったのだ。


彷徨の寂しいは、未夢の「寂しい」とは違っていた。
寂しさのなかに、――未夢がいたから。


だから、彷徨にとっては、未夢がいつまでもそんな気持ちを抱えたままでいて欲しくなかった。
苦しくても、寂しくても、そのたびに強くなって、そして、どんな場面も近い将来は二人でいつだって笑えるように――
誰よりも、大切な、未夢と。


彷徨は、何か思案するような顔つきで、前髪をくしゃっとかきあげると、未夢の部屋へ向かった。





                 


「・・・未夢。着替え終わったか?」

未夢の部屋の前まで来て、少し考えてから、ためらいがちに声をかける。



・ ・・・・・・



「未夢?」

しかし、彷徨が声をかけても返事が返ってこない。


今度はためらうことなく、戸に手をかけ、おもむろに開ける。


「・・・みゆ?」




そして、次の瞬間、彷徨の目に未夢がうずくまって座り込んでいるのが飛び込んできた。



「どうしたんだよ?未夢」


やさしく呼びかけながら、彷徨は未夢の傍に近づいて、片膝をついてしゃがみこんだ。


だが、いつまでも顔を上げない未夢に、心配になって、ふっと、さらに身をかがめて未夢の顔を覗き込んでみる。



「み、見ないでっ!」



 未夢は泣いていた。
かすれた声で、肩を小刻みに揺らして、小さく消え入りそうにひとりたたずんで・・・


・ ・・そんな頼りなさげな未夢の姿に、彷徨の胸は、切なさでいっぱいになる。


未夢が泣くこと。悲しむこと。
それは、彷徨にとって、今一番つらいことだった。
いや、もうずっと前から・・・
未夢のことを気にかけるようになってからは。


「・・・泣くなよ・・・」


彷徨のほうも、痛みをこらえるように、小さくつぶやく。


「何、泣いてるんだよ。悲しいことなんて、何もないじゃないか」



少しの沈黙の後、彷徨が未夢に問いかけるようにして言う。
もちろん、未夢の悲しみの原因なんて、わかっているのだが。



「だって、だって・・・ルゥくんたちにもう二度と、逢えないと思ったら・・・っく・・」

未夢は零れ落ちそうな涙をなんとかこらえようと、必死でしゃくりあげながら、声をだす。


「逢えないなんて、そんなの、誰が決めたんだ?・・・あいつらと約束したじゃん。タイムカプセル一緒に開けるって」


未夢のすぐ横に腰を下ろしながら、彷徨は言った。


「だけどっ、そんなの確かじゃないんだよ?だって、ルゥくんたちはどうしようもないくらい遠い遠いところにいるんだよっ?いつ逢えるかもわからないんだよっ?
・・・それに、それに、・・そんなっ、簡単に逢えるわけないじゃないっ!!」

ようやっと顔をあげて、未夢は大粒の涙をためて、興奮したように、声をあげた。


「・・・じゃあ、未夢。なんで、ルゥの誕生日パーティーなんてしようとか言ったんだよ?」

少し言いにくそうにうつむきながら彷徨は言った。




「えっ・・・」



未夢は彷徨のほうを向く。
彷徨はその目を見つめながら・・・、



やがて意を決したように、手にぎゅっと力をこめながら、辛そうに痛みをこらえるようにして、叫んだ。


「あいつらはもうここにはいないんだっ・・・ルゥのプレゼントなんて、ワンニャーにだって、なんの意味ないんだよっ!!」




「!!!」




そう叫んだ瞬間。


未夢の大きな新緑色の瞳から、大粒の涙がとまることなくあふれだしてきた。


どうして?と彷徨のほうを信じられないといった様子で見上げながら瞳を潤ませる。


「・・・っ・・・ひどい」


未夢は彷徨から逃げるように視線をはずした。


「か、彷徨のバカバカバカっ!!!!!どうしてそんなこというの?もう知らないっ!
だいっきらい!!!もうでてってよっ!!!」


ありったけの声をだして、未夢は彷徨の体を押すと、泣き叫びながら、また膝を抱えて、うずくまった。


「っ・・・いいよ、もう」


いつもなら何か言い返す彷徨も、あきらめたように、小さく言葉を返し、静かに未夢をおいて、力なく立ち上がった。





(バカ未夢・・・俺だってつらいんだよっ・・・)




そのとき。
彷徨は自分の目じりが熱くなっていることに気づいた。


 ――俺、泣いてるのか?


ルゥたちと逢えない辛さ。
・ ・・そんなの、寂しいに決まってるじゃないかっ。
だって、家族だから。


だけど、この涙の原因は、


――未夢の心が傍にいないこと。


彷徨にとっては、それが何よりも辛く、重く、そして切なかった。


すとん・・・、と静かに音をたてて、未夢の部屋の扉が閉じられた。










(最低だ、俺・・・)


縁側に彷徨は座りながら、もう2時間ほど、ただ呆然と上向きの月を見上げていた。
こんなときでも何にもないように、空には数え切れないほど輝く、星、・・・星、・・・星。


 未夢を元気付けるために、いつも笑っていられるように、そのために自分がいるのだ、
そうずっと思っていたのに、あんなふうに泣かせてしまうなんて。


自分自身が、信じられなかった。
だけど、ただ、ひとついえるのは、未夢にわかってもらいたかったのだ。


過ぎ去った時間を忘れてしまう勇気をもって・・・、
そうして、「思い出」じゃなく、「未来」を見つめて欲しい・・・ということ。


だから、辛い言葉もときには必要だと。
そう思ったのだ。


言葉にしなければ、わからないことがある。
伝えなければ、ならないことがある。


だからこそ、あんなことを言ってしまったのだ。


だが、やっぱり言い方を間違ったかもしれない。
つい感情的になったとはいえ、あんなふうに「ルゥたちはいない」「意味がない」・・・などと、単に未夢をいっそう辛くするような表現になってしまった。


いろいろな想いが頭を駆け巡り、何が正しくて、何が本当なのか、わからなくなる。


彷徨は空を仰ぐようにして、見上げた。
夜の冷たくなった風が彷徨の前髪を微かに揺らした。








***






この宇宙―そら―のどこかにルゥやワンニャーがいる。


そんな遥か彼方の・・・未夢のいう、本当にどうしようもなく遠いところに彼らはいる。
何億光年もの向こうの星に―――。


















そのとき・・・















きらりっ
















―――それは、ほんのわずかな瞬間だった。








本当に小さな星だったけれど。
星が、空の半弧を描くように、流れたのだ。
それも・・・幻のように、ふたつ。




彷徨は驚いて、大きく目を見開いた。



流星なんて、めったにないこと。

初めて目にした、空を描く本物の、本当の、動く、確かな光―――




       それも、ほぼ同時に二つの星が。





 『ルゥ、ワンニャー・・・』





彷徨は反射的に感じた。




     二人が、まるで未夢と彷徨を見守っているかのように・・・





何億光年離れた星でも。

ときが流れても。

周りの景色が変わっても。






そこには、ゆるぎない気持ちだって、――必ずある。




(そうだよな、・・・ルゥ、ワンニャー)





――未夢を好きな気持ち、誰よりも守りたい気持ちは・・・きっと・・・
   いや、確実にこれから先も、ずっとずっとゆるぎないもの。


――その未夢から、悲しみを拭ってやれるのも、絶対、自分しか、いない。


――なんで今まで気づかなかったんだろう。



――これ以上の気持ちに他に何がいるだろうか。







流れ去った後の星のゆくえをもう一度見守ってから、
彷徨は果てしなく広がる空に想いを馳せるように、ふっ、と空いっぱいに輝く星に微笑みかけると、身を翻して、ゆっくり立ち上がった。








―――――――――――――――――――――――――――――――




「未夢?」



彷徨はまた、未夢の部屋の前にいた。


・・・・



今度も、返事がなかった。
数分も待たずに、ゆっくりと戸を開ける。


未夢はさっきと同じ場所にいた。
彷徨にとって見慣れた、四中の制服を着て、壁にもたれかかるように座っていた。
暗がりで、未夢の様子がよくわからなかった。


「未夢?」



ちいさくたたずむ未夢に、彷徨はそっと、近づいた。


先ほどのように頭を伏せてうずくまってはおらず、今は顔を上げて、少しうつむき加減に、壁にもたれかかって、膝を折って未夢は座り込んでいた。
眠っているようだった。



未夢の目には今もはっきりと涙の跡。


彷徨は未夢のすぐ目の前に身をかがめた。
ためらいがちに、そっと右手を伸ばして、未夢の頬に触れて、そして、目尻の涙に触れた。


(あたたかい・・・)



彷徨は指先に濡れている未夢の涙を感じながら、そっと思った。

(心があったかいやつは、涙もあったかいんだな・・・)



――そう、未夢が悲しむのも、
それは、未夢の心が誰よりもあたたかいから・・・




閉じられた瞳をしばらくじっと見つめてから、

彷徨はそっと未夢の前に覆いかぶさるように顔を寄せた。


閉じられた瞳の睫毛の長さに今更ながらどきどきして。
いったん、息を呑んで・・・・


彷徨は未夢の涙を唇でぬぐった。
あたたかい涙を、口に含む。



そのまま未夢の横に密着するように座り込むと、肩を抱くようにして、うつむき加減の顔を自分のほうに向かせる。



形のよいピンク色の唇と、思っていた以上にやわらかな頬。
高鳴る鼓動を抑えつつ。



だけど。

気づいてしまった。

自分でも驚くほどの感情に・・・、もうとまらなくて。

今までの全てが溢れ出すかのような、この熱い想い。






彷徨は、さらに、未夢をしっかりと抱き寄せ、ゆっくりとその透き通るような素肌の未夢の顎を掬った。


うっとりと、目を細めて、やわらかそうな唇を確認してから、彷徨は微かに唇を開いて、



・・・




―――未夢の唇に自分の唇を重ねた。






     寝ているときにキスするなんて、反則かもしれないけれど。

     ・・・こいつの寝顔が、かわいいから。

     だから、もうためらうことなく、そのやわらかな唇に。




触れてしまった唇の感触に陶酔しつつ、いったん名残惜しそうに唇を離す。

もう一度、未夢の顔を愛おしそうに、彷徨は見つめる。





(・・・!)



だけど、未夢のヤツはほんとに無防備。
この体勢・ ・ ・見えるぞ。

おまけに、ちゃんと制服着てないから、胸元乱れてるし。


・・・・。



(・・・って、何考えてるんだよっ、俺っ!!)




ふいに、体の奥から沸き起こった熱に、動揺しつつ、首筋と頬を赤くして彷徨はふいっと未夢から視線をはずすように横を向いた。

まだ、しっかりと抱き寄せたままではあるが。



「・・・・・・ん」

一人彷徨が顔を赤くしてうつむいているその間に、
愛らしい、小さな声が聞こえた。


彷徨はあわてて、その様子をうかがうように、腕の中の未夢を見下ろした。




「・・・未夢。起きたか?」

未夢をぎゅっと引き寄せて、彷徨は未夢の閉じられた瞳を見つめた。

未夢の長い睫毛が、わずかに揺れて。


ゆっくりとその愛らしい新緑色の瞳が開かれていく。


彷徨はその様子を確認すると、再び自分の瞳を閉じた。



「か、なた・・・?・・・んっ・・・」




(えっ・・・???)





未夢の唇に確かに感じる甘い甘い吐息と。
やわらかく、あたたかい感触。




「ちょっ・・・かなっ・・・んっ・・・」




一旦、唇が離れた隙に、未夢が言葉を紡ごうとするが、すぐにまた彷徨の唇が未夢をふさいで。
未夢が抵抗できないほどに、強く抱きこまれて、繰り返される甘く熱いキス。




ようやっと。

唇が離れて。


未夢は息苦しくなって、思わず畳に倒れこんだ。
つられて、彷徨も倒れこんでしまう。


「お、おい、未夢っ?」

彷徨は慌てて未夢の顔の横に手をついて、覆いかぶさったまま声をかける。


やがて。

顔を真っ赤に染めた未夢が上目遣いで彷徨を見つめた。


「・・・か、彷徨?なんでっ、え?」



未夢は突然のこの状況が飲み込めていないようだった。
長いキスで息苦しくなって、声もはっきりと出ない。

恥ずかしくて、なぜか切なくて、未夢は潤んだ瞳を彷徨にむける。


その姿をみて、彷徨の瞳がやさしく色づいていく。


「未夢。・・・好きだ。・・・ほんとは、ずっと前からお前のこと気になってた」





今までのためらいがちの心がまるで嘘のように―――

         ・・・きっと、ルゥやワンニャーが俺に勇気をくれた。




ずっといえなかった言葉を。

今はっきりと、本人の目の前で。

告げる、一年越しの想い―――・・・





その言葉を聞いて、未夢の大きな瞳が見開かれていく。




そして、すぅっと表情をやわらかくして、ふわっと笑った。





「ありがと。・・・私も大好きだよ」


今度は彷徨のほうが驚きのあまり目を見開く。
未夢のまぶしい笑顔に、鼓動がどくんっと、跳ね上がる。



まだ体勢はさきほどのまま。
あまりにも近い距離。

すぐにでも、触れることのできる――





「未夢・・・」

起こしかけていた上半身をまた未夢の前に落として。

未夢が起き上がる前に、その、細くて白い右手を掴んで、自分の左手の指に絡めた。


右手で顎を掬って、開いたままの未夢の瞳にかまうことなく、彷徨は再び、そのやわらかな唇をふさいだ。



倒れこんだ未夢とその上に覆いかぶさる彷徨。
角度を変えて、初めてさっき触れたときよりも、強く、深く、キスを繰り返す。

甘い吐息が交差して・・・・









どれくらいそうしていただろうか。

ようやっと彷徨は未夢を起こすと、そのまま未夢を後ろから抱き込んだ。



未夢の頬はこの上ないくらい真っ赤に染まっていた。
それでも、彷徨は開放してやる気もなくて。

未夢は赤い顔のまま、じっとうつむく。




(はぅ〜、彷徨のバカ。・・・いきなりキ、キ、キスだなんてっ、ほんと何考えてるのよ〜っ!!しかも、まだこんなに密着してるよぉ〜・・・!!)




  だけど、・・・好きだから。好きな人だから。大事な人だから。

  ま、いいかな・・・

  ファーストキス、あげちゃったけど。





そんなふうに。
未夢が想いにふけっていると、ふいに、肩口からため息が聞こえてきた。


「何?」

顔を傾けて、未夢は彷徨のほうを振り返る。



彷徨は意味ありげに未夢を見つめ返す。



「・・・このまま朝までいようか?」


ぽつりと。

漏れてしまった本音に。

自分自身で驚いて、彷徨は慌てて口を押さえて顔を赤くしてそっぽを向いた。



・ ・・・・・





ぼんっ!!!!


一瞬にして。
赤い実がはじけるように、未夢は火が出そうなくらい顔を真っ赤に染めた。




「な、な、かなっ・・・えっ・・??ば、何いってるのよ〜っ!!!!」

じたばたと慌てふためく未夢に、
彷徨は苦笑する。

一度、火照った顔を抑えて、彷徨は軽くため息をつく。



「・・・ばぁ〜か、冗談だよ」

(今はまだ・・・、な。)


最後の言葉は口には出さずに。



少し沈黙があって・・・、

ふと、思い立ったように、彷徨がつぶやいた。





「未夢。卒業おめでとう。・・・お前は今でも四中の生徒で、・・・卒業生だよ」

「え・・・?」

腕の中の未夢が軽く身じろぎした。





(彷徨・・・)


――――未夢は嬉しかった。
      寂しかった自分の気持ちをわかってくれたことが。


どんなに“ここ”に帰りたかったか。
何度、この日々が取り戻せたらいいか願っただろう。

また、涙があふれてしまいそう。


「あ・・・りがと・・・」



その一言だけで、とっても、未夢は嬉しかったから。
素直に小さく、お礼を返した。

それを聞いて、にっこりと微笑むと、
彷徨はまた、言葉を続ける。



「それからさ、未夢。・・・さっきは悪かった。あんなこといって。お前の気持ち、わかってるつもりだったんだ。だけど、何にもわかってなかったのかもな・・・けど、これだけは未夢にわかってほしいことなんだ」


真剣な目。
未夢は黙って次の彷徨の言葉を待つ。



「“思い出”も大切だけどさ。・・・大切なのは、これからなんじゃないのか?あいつらだって、もう“未来”を生きてるんだ。俺たちも、一緒に未来を生きないと、ルゥやワンニャーに置いていかれるぞ?・・・時間の流れは違っても、またいつか必ず同じ時間を過ごすときがくるはずだ。そのときに、俺たちが過去に立ち止まったままだったら、あいつらにはもう二度と逢えなくなる・・・そう思わないか?」


「彷徨・・・」



「あのときだって。最初俺たちがルゥやワンニャーに出会った時だって、時間と空間のひずみで、俺たちとあいつらの時間が重なって、そうして、出会えたんだ。だったら、せめてもう一回くらい、絶対、巡り合う日がくるんだ。・・・きっと」




「彷徨。・・・すごいね、やっぱり」


未夢は大きな瞳を揺らしたまま、彷徨のほうは見ずに、うつむいて、囁くようにつぶやいた。


「何が?」

「そうやっていっつも、私が気づけなかった大切なことを気づかせてくれるんだもん。
それが、本当でも、嘘でも、何だか彷徨がいうと、全部本当のような気がするんだよね」


「・・・そっか」

「うん・・・そうだよ!」



「まぁな。・・・お前と違って、俺は頭がいいかなぁ〜」

「むっ、なんですと〜!!」



    


    ありがとう、彷徨。

    もう大丈夫だよ。

    だって、寂しくても彷徨がいるから。

    一緒にこれからも、同じときをすごそうね。

    そしたら、きっといつか・・・・

 








縁側に出て。
二人で夜風にあたりながら、月を眺める。

さっきよりもいっそう広く見える、空。



「あ、そういえばさ、昨日ホワイトデーだったけど・・・悪い、何かお返ししなきゃな。
お前、一応、チョコ送ってくれたもんなぁ〜」

べッと舌を出して、彷徨は隣の未夢を覗き込んだ。


「あ、そうだよ〜!!って、一応って何よぉ!ちゃんとあげたでしょー!」
「だからさ。何がいい、お礼?」


「ええっとね〜・・・」
うーんと、考え込む未夢。



そのスキをみて、彷徨がニヤリと笑った。

「じゃあさ。」
「えっ?」


すばやく顔をよせて。
夜風で冷たくなった頬を暖めるように。




 再び重ねられた唇。


 未夢にとっては星の数ほどにも負けないくらい、今日一日でたくさん交わされたキス。


「・・・バカ」



うらめしそうに未夢が彷徨を見上げると彷徨は悔しいくらいの余裕の笑みで。

本当に、嬉しそうに笑っていた。









―――・・・きらりっ






遠くで星が、また流れた。










――――――――――――――――――――――――――――――


    ―――寂しいのは私だけじゃない、きっとルゥくんもワンニャーも私たちのこと思い出してるよね・・・


    だから、いつまでも待つからね、また逢えるそのときまで・・・


   



    ―――ずっと告げたかった、想い。
 
    ようやっと伝わったけれど。

    それでも。

    これからずっと今が途切れないように、未来も未夢の傍で――
    
    いつまでも、その笑顔を守りたい。

    傷つき涙流すときもあるけれど、そのたびに人は強くなっていける

    から。

    俺は、そう信じてる。










   「だ、だけどさ、彷徨。私、ファ、ファーストキスだったんだからね

    っ!い、いきなり・・・」

   「・・・へぇ〜。そうなんだ」

   「えっ、彷徨は初めてじゃないの?」

   「俺は二回目」

   「え?そ、それってアキラさん・・・?」

   「違う」

   「じゃ、じゃあ、誰・・・?」

   「未夢」

   「ええっ〜??」

   「・・・お前覚えてないの?みかんさんたちと恋人達の木に行ったと

    きのこと」

   「っ!だ、だって、あれは。それに彷徨アキラさんともしてたじゃな

    いっ!」

   「ばーか。あれは子供の頃の話だろ?それに、中学になってからは、

    お前のほうが先だぜ?・・・唇は、初めてだけどなっ」

   「・・・っ」






  季節が流れることは悲しいことじゃない。

  明日からの未来に期待して。

  切ない想いをあたためて。

  そうしていれば、きっといつかは奇跡が起こるはず。


  



月に願いをかけて。

雲が切れた微かな空の隙間に想いを込めて。

ゆっくりと、・・・ゆっくりと。






彷徨と未夢。


ふたりが出会えたのも、宇宙の取りもつ不思議なめぐり合わせなのかもしれない――。



   春が訪れるのも、もうすぐ・・・、

   桜のつぼみがまたひとつ、微かに膨らんだ。







春が来れば。
 桜の雨、いつか・・・きっとここに降りそそぐ。










こんにちは。友坂りさです。


こちらは2004年春企画に投稿させていただいた作品です。


テーマは「変化」とのことだったのですが、ちょっと違っているような気がします(汗)
未夢と彷徨の気持ちの変化と、新たなスタートの意をコンセプトにしたつもりなのですが・・・

それから、「桜」。
設定の季節では、本当はまだまだ咲きそうにはないですが、無理やりつぼみが膨らんでいることにしてしまいました。その辺は気にしないで下さい(^^;

出会いと別れ、それから・・・、いろいろな場面で新しいスタートをきられる皆さんが、少しでも何か感じ取っていただけたのならとても嬉しいです。

最後になりましたが、読んでくださって、本当にありがとうございました(´∀`)


2004.4.11


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