作:友坂りさ
「永遠」なんてものはない。
だけど。
変わらない想いが、気持ちが、切なさが、どこかには、きっと・・・ある。
:
:
:
◇
ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・
好きになっていく毎日。
いつからだろう、そんなふうに思ったのは。
気づかないふりをしていただけで、気づいていたのかもしれない。
最近、変だ・・・
なぜだかわからないけれどいいようのない切なさがこみあげてくる。
あと一歩。
踏み出せない気持ち。
そのせいかもしれない。
何でもないことならすぐに思い浮かぶのに。
肝心の一言が、いつも、でてこない。
流れる季節に想い続けて。
時は経ち、静かに目を閉じてみても、あの頃には戻れない。
気がつけば、傍にあった、自分の未夢に対する想い。
―――縁側から見える西遠寺の桜のつぼみが、今年は一層膨らんで咲きそうに見えるのは気のせいだろうか?
:
:
「・・・なた?・・・かなた?」
「わっ」
「何驚いてるの〜?さっきからずっとぼーっとしてるよ?」
「あっああ。悪い」
隣には、未夢。今日は未夢の中学の卒業式だったらしい。
昨日は四中の卒業式だった。
未夢は急いできたのか、制服のままで西遠寺にきていた。
3月15日。今日は未夢の誕生日。
「だけど驚いたよ〜。まさか彷徨のほうからこっちに呼んでくれるなんて」
「・・・一年に一度、それに、未夢が生まれた日だからな・・・」
素直な言葉が、春の穏やかさに誘われて、彷徨も思わず口にしてしまう。
「えっ・・・?」
未夢は少し驚いて彷徨のほうを見る。
やがて未夢の頬がほんのり色づく。
「ありがと・・・」
うつむき加減に、でも嬉しそうに未夢が呟いた。
「べ、べつに深い意味はないからなっ」
素直にお礼を言われて彷徨は慌てていつものように努めて冷静さを装う。
そんな彷徨をみて、未夢はふふっと、心の中で微笑んだ。
(ふふっ、彷徨、相変わらずだね・・・)
「けど、よかったのか?今日卒業式だし、あっちの友達と約束あったんじゃないのか?・・・って俺から呼んどいてなんだけど」
そう言いながら、未夢の眩しい横顔を見つめ、彷徨は目を細める。
「え?うん。春休みにぱ〜っとあっちの友達と卒業旅行に行くんだ〜。だから、今日はいいの!私は西遠寺に来たかったんだから」
「そっか」
「うん!」
桜はもちろん、まだ咲いていない。つぼみは今年は暖かいからか、この時期でもうだいぶついているように見えるけれど。
まだ冷たさを帯びた風の中に、ほんの少し温かさを感じて、二人は縁側に並んで座る。
(そういえば、未夢が来たときも、春だったな・・・あのときはもう桜が咲く時期だったかな・・・)
二年前。
いつもと変わらない、春のはずだった。
その日。
桜が雪のように、夢のように舞って、やさしい風が花びらを散らせていた。
――突然、目の前に現れた、未夢。
彷徨にとって、その日が全ての始まりだった。
それは、ほぼ同時に、奇跡とも言えるような出会い・・・ルゥとワンニャーがきて。
一気に色とりどりの世界が広がったような・・・そんな気持ちを感じるようになって。
「もう一年たっちゃったね」
「ああ・・・」
未夢の言う一年。
それは、ルゥとワンニャーがオット星に帰ってからたった時間。
未夢と彷徨が離れてからの時間。
だが、互いの気持ちはまだわからないまま。
(情けないな・・・)
彷徨は自分の気持ちに深くため息をついた。
未夢は前の家に帰ってからも、たまに遊びにきてくれていた。
そのたびに彷徨はそっけないふうにしながらも本当はとても嬉しく思っていたのだ。
『また来るね』
そう言って、未夢は帰っていく。
そんなの、住んでいるところが別々だから当たり前だけど。
だけど、やっぱり未夢の後姿を見つめるたび、この手に閉じ込めて、自分の傍にずっといて欲しい、そう彷徨は感じずにはいられなかった。
未夢が、空に向かって手をのばすように両手を上に広げた。
「ルゥくんたち元気かな・・・」
ぽつり、と未夢が呟いた。
寂しげな瞳で視線を空にさまよわせて・・・
懐かしそうに、どこまでも広い青い空を見上げる。
雲もひとつ、見当たらない空は、まるで宇宙の海のよう。
ただ、わかるのはルゥもワンニャーもこの空の遥か彼方の宇宙の星にいること。
「元気だよ、きっと。たぶん、ルゥがあっちでも飛び回ってそのたびにワンニャーが“ルゥちゃま、お待ちください〜”とかって慌ててるんだろうな」
「あはは、そうかもぉ〜。だけど、オット星では自由に飛びまわれるから、ルゥくんも嬉しいだろうね」
「そうだな」
彷徨はこの一年を思い出していた。
ルゥとワンニャーがいなくなって。未夢も帰っていって。
にぎやかだった西遠寺が、あっというまに静寂になった。
四人で囲んでいた食事も、今ではほとんど一人。
未夢たちがいたころは、演劇大会に出演したり、大勢で肝試ししたり、未夢の両親が突然押しかけたり、夜星たちがやってきたり、オット星のミニミニマシンで未夢が小さくなったり。
これでもかっていうくらいにいろいろなことがありすぎて。
だけど、楽しくて仕方なかった。
思い出してばかりじゃ何も進まないってこと。
わかっているけれど。
彷徨は未夢とはこのままの関係でもいい、そう思うときもあった。
「ね、彷徨。ルゥくんの誕生日っていつかな?」
未夢はまだ空を見上げたまま、彷徨に尋ねた。
「?」
急な未夢の問いに彷徨は首を傾げた。
「前にさ、ワンニャーがオット星ではひとりひとりに暦があるっていってたじゃない?ルゥくんだったら、“ルゥ暦”になるって」
「そうだったな」
彷徨も懐かしそうに空を見上げる。
少し冷たい風がやんで、今は春らしい風に変わっていた。
隣にいる未夢に気づかれないように、僅かに距離を縮めてみた。
そう、あのときはワンニャーの誕生日を自分達で決めて。
時空のひずみをどうしても確かめたいって言って聞かないワンニャーを送り出して、何とか無事に戻ってきてからバースデーパーティーを開いた。
「そうだっ、明日さ、ルゥくんの誕生日にしちゃおうよ」
「は?なんでまた急に」
「だって、ルゥくんの暦っていっても地球じゃわかんないじゃない!いいでしょ?それに私の誕生日の次の日ってところがいいのよ〜」
「いいって言われても・・・べつに俺は」
「決まりねっ!よぉ〜し、明日はお祝いねっ!!忙しくなるぞ〜。お菓子買って〜、ケーキ買って〜」
楽しげに未夢はパーティーに必要な材料を指折り数えながら、すくっと縁側から立ち上がった。
(あ・・・)
隣の未夢との距離が空いて、彷徨は物足りなさを感じる。
近頃ますます感じる気持ち。
触れたくて、でも、触れられなくて。
伝えたいことがあるのに、どうしても伝えられない。
今更・・・そう思うと、言葉が胸に仕えて、言えなくなってしまう。
◇
(彷徨・・・どうしたんだろ?)
未夢はどこか様子のおかしい彷徨を不思議そうにうかがっていた。
ぼんやりとした表情で、何かを想っているような。
それが何なのか、知りたいと思うのだが・・・
しかし彷徨だけではない。
未夢だって、本当はずっとずっと寂しかったのだ。
ルゥ・ワンニャーと別れなければならなかったこと。・・・そして彷徨と離れ離れになってしまったこと。
離れるとわかったとき、初めて自分の正直な気持ちに気づいた気がした。
今までは、ときにわけもなく感じるもやもやとした気持ちに戸惑い、なぜそう感じるのか気づけないでいた。
だが、中二の文化祭終了のあの日・・・
未夢ははっきり気づいてしまったのだ。
『彷徨のことが好き』
その気持ちに―――。
「彷徨っ、せっかくだし、やっぱり私の誕生日もかねて今夜パーティーしちゃおうよ。二人一緒のほうが嬉しいし、今日したい気分なんだ♪」
未夢はにっこりと微笑んで、とにかく彷徨といる時間を大事にしたくて、パーティーの提案をした。
せっかく来たのだから。
楽しく過ごしたい。
ルゥやワンニャーがいなくっても、「ルゥの誕生日」、
だということにすれば、どこか二人とつながっていられるようで、未夢自身、寂しい気持ちもなんだか紛れる気がした。
「ああ・・・そうだなっ。ま、お前の誕生日はいいとしてもルゥのためだもんなぁ・・・やるか!」
目の前の未夢の楽しげな様子に、彷徨もさっきまで感じていた切なさを振り切るかのように、今までと変わらない、憎まれ口を叩いた。
当然、その言葉に未夢はぴくりと反応する。
「ひっど〜い!!いいもんっ。さっき私の誕生日覚えてくれていて、一瞬でもやさしいですなぁ〜、なーんて思った私がバカですよ〜っだ」
いーっ、と未夢は彷徨に向かって、しかめっ面をしてみせると、そのまま縁側から外に出て行こうとした。
「待てよ」
不意に、後ろから肩を掴まれて未夢は一瞬びくっとした。
「何よ」
(急に触れられるとびっくりするじゃないっ)
未夢はどきどきする気持ちを抑えながら、顔はまだ不機嫌そうに彷徨に振り向いた。
(もう・・・触れられるだけでも最近ではどきどきするんだから・・・)
そうはいっても。
未夢はそんな気持ちをくすぐったく感じていた。
頬が、少しだけ、熱い。
「俺も行くよ。未夢だけじゃいつかみたいに、卵割ってきたりするかもしれないからなっ」
・・・・
ところが。
相変わらず色気のない言葉に未夢ははぁ〜、とため息をついた。
そうだよね、わかってますよ〜っだ。
どうせドジでバカだもん。
未夢は一瞬むかむかしたが、しかしやがてはっと気づいた。
覚えてくれてたんだ・・・
星矢くんと初めて会ったとき、卵割っちゃったんだよね。
あのときは、少しだけやきもち焼いてくれたような気がしたけど、
気のせいかな?
(やだっ、あたし何考えてんだろ〜!彷徨が私のことそんなふうに思ってくれるわけないじゃないっ。・・・悲しいけど・・・ね・・・)
「何やってんだ?お前」
一人くるくると百面相をしている未夢に彷徨はあきれたように声をかけた。
「な、なんでもな〜いっ。ほら行くぞ〜、かなた〜っ!!」
未夢はあははっ、とごまかし笑いをして、次の瞬間、ぐいっと彷徨の腕に掴まった。
「あ、おいっ」
(ったく。急にひっつくなよな〜、びっくりするじゃん・・・)
彷徨もまた、未夢に触れられることに鼓動が高鳴っていた。
いや、今だけではない。
彷徨の場合は、未夢がここ―西遠寺―にいたときから、次第に未夢と接近するたびにどきどきしてするようになっていったのだ。
表面上はなんでもないふりをしていたが。
本当は、恥ずかしさと嬉しさをいつだって感じずにはいられなかった。
未夢が傍にいることに安心感を感じて、彷徨もそのまま未夢の腕を振り切ることなく、知らず、微笑みながら、二人で西遠寺をあとにした。
春の初めの穏やかな木漏れ日が、緩やかに寒さの旅立ちを告げていた。
◇
いつも買い物していたスーパー、「たらふく」に二人してたどり着く。
未夢にとって、ここに来るのは、久しぶりだった。
買い物に行くのは、西遠寺に住んでいたとき以来。遊びに来ても、今までのように、べつに特に買うものもないので、スーパーに買出しに来るなんてことはなかった。
(彷徨・・・今は一人で買い物してるのかな?そうだよね、おじさんもほとんど留守だし。だけど、懐かしいな。ワンニャーここでの買い物でお豆腐十円だとか、いっつも騒いでたよね〜)
未夢はちらりと彷徨のほうを見ながら思っていた。
あれ・・・?
彷徨ってこんなに背、高かったっけ?
未夢はふと隣の彷徨を見上げるように見つめた。
以前から、背の差はあったが、前に、二人並んでいるときはそんなに背の差を感じることはなかった。だが、今は頭一つ分は軽く違っている。
(それだけ、時がたっちゃったってことだよね・・・)
当たり前だけど、普通に季節が流れていくのがやっぱり悲しくて。
それだけ、ルゥやワンニャーとすごしたときが遠く、遠くなっている気がして。
未夢は涙ぐみそうになってしまった。
いつからだろう、そんなに泣き虫じゃなかったはずなのに、最近じゃ、涙の腺がゆるんでしまったじゃないか、などと思ってしまうほど、すぐに涙がにじんでくる。
「ゆ・・・おい未夢っ」
「な、なにっ、彷徨っ」
突如名前を呼ばれて未夢は慌てて瞳にこみあげたものを指先で拭った。
慌てて、返事を返したため、不自然に声が上ずってしまった。
「ったく。ぼーっとしてんなよ。人のこといえないじゃん。・・・ほら、ルゥのためになんか買うんだろ?まぁ、本人はいないけどさ・・・ルゥの好きなものってなんだったっけ?」
「ごめん、ごめん、今日卒業式だったからかな?なーんか、涙もろくなってるんだよね〜、これが!何だかぼーっとしちゃって〜。・・・あ、そうだよっ、ルゥくん!ワンニャーの好きなものは言うまでもなく、みたらし団子だったけどね〜」
乾いたような笑いを漏らしながら、未夢は笑顔を作って、彷徨に言葉を返す。
(こいつ・・・また無理してるな・・・バカ未夢。)
先ほどから彷徨は気づかれないように、未夢の横顔を見ていた。
前よりも少し大人っぽい横顔。
綺麗にのびている色素の薄い髪。
白くてやわらかそうな頬。
前から男子にも密かに人気があるほど、正直かわいかったが、近頃はますます綺麗になってきたように見える。
それから、以前より自分の顔よりも、下の位置にある未夢の顔。
そんな未夢をじっと見つめていて、気づいたのだ。
未夢の目の端に、僅かだが、きらりと光る涙に――・・・
「そうだね〜、何がいいかなぁ?ルゥくん、まだまだミルクだったから。今だったら、だいぶいろんなもの食べれるようになっちゃってるんだろうなぁ・・・だけど、まずはケーキだよねっ」
「それ、お前が食べたいだけなんじゃないのか?」
「うっ、失礼なっ、そんなことないわよ!誕生日だったらケーキでしょ〜。でも、ケーキはケーキ屋にしかないし・・・だったらあとは・・・あ、そうだっ!彷徨、ちょっとおもちゃ売り場行ってもいい?」
「いいけど、ここにおもちゃ売り場なんてあったのか?」
彷徨は、軽く眉を吊り上げて不思議そうにたずねる。
「うーん、おもちゃ売り場っていうより、ちょっとしたものしかないけど、とにかくいこっ!」
未夢は何かを思いついたのか、嬉しそうに、とことこと歩いていった。
「よかった〜、またあった!これこれ!ひよこさんvかわい〜!」
「・・・それって」
「そうv前に私が買ってきた、ひよこさんのマスコット♪」
「・・・お前の趣味、相変わらずだな〜」
あきれたように軽くため息をつく彷徨に、未夢はぷうっと膨れて見せた。
「どういう意味よぉ!いいもん、ルゥくん、前このひよこさん、とーーっても気に入ってたんだからvよし、まずプレゼントひとつはオッケーね!」
「ひとつって、まだなんか買うのか?」
「当たり前でしょ〜、これはおまけなの!そうそう、実はね、駅前の古着屋さんの隣に、かわいいベビー服のお店見つけたんだぁ。あとでそこにいってもいい?」
「・・・ああ・・・だけど・・・」
彷徨は不意に、ぴたっと足を止めた。
「何?」
「いや・・・」
何かいいたげな彷徨に、未夢は、ん?と首を傾げながらも、かごにぽんっとひよこを入れると、次は食品売り場へと向かった。
*
「彷徨・・・何食べたい?」
「かぼちゃ」
「・・・ふっ、ふふ、あはは〜、やっぱり〜!!」
「なっ、何だよ?」
思ったとおりのこたえに、未夢はお腹を押さえて、あははっ、と楽しそうに笑った。
逆に、彷徨はちょっとむっとしたように、でも少し顔を赤くして、呟いた。
「しょうがないだろ、好きなんだからっ」
「はいはい〜、じゃあ、まずはかぼちゃね。そういえば、ルゥくんもかぼちゃ好きだったよね〜、彷徨の影響かな?」
「未夢・・・」
「ん?なんか呼んだ?」
「いや、別に・・・よし、次買うもの選ぼうぜ」
彷徨は少し考え込むようにしていたが、すぐにさっと、かぼちゃの入って少し重くなったかごを、今度は自分が持って、すたすたと歩き出した。
「あっ、待ってよ〜!!」
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スーパーたらふくを出て、二人は、ワンニャーのときにも、彷徨の誕生日のときにも買ったケーキ屋でケーキを買った。
未夢の好きな、生クリームのイチゴのケーキ。
また、ルゥも赤ちゃんながら、ほっぺにいっぱいクリームをつけて食べるほど、甘いお菓子は大好きだったよ、という未夢の一言でそれに決まったのだった。
そして、その後、未夢の提案で、結局夕方までベビー服の店にも彷徨はつき合わされたりもしたのだった。
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「ただいまぁ〜ふぃ〜、疲れたぁ」
「お前、おばさんくさいぞ」
どさっと荷物を床に置きながら彷徨は意地悪っぽく言った。
「もうっ、彷徨ってばどうしていっつもそんなに意地悪いことばっかりいうかなぁ!」
両手を振り上げて、今日何度目かのふくれっつらをする未夢。
「・・・未夢だけなんだけどな・・・」
(えっ?)
その言葉には決して、意地悪さなんて少しも含まれてなくて。
意味ありげに見つめる瞳。
言葉の端に何だか別の意味があるような気がして、
ぽつりと囁かれたその一言に未夢は一瞬え?と小首を傾げた。
「・・・っと。さて、料理でも作るか。そうだ、未夢、お前、天地たち呼ばなくていいのか?」
「えっ、あ、うんそれがね・・・」
急に切り返されて、未夢はそのとき、反射的に言葉を返した。
(何だか彷徨、何かいいたそうにしてたような気がしたけど、気のせいかな?)
少しだけ気になったが、結局あまり気にかけないようにして、未夢は彷徨のほうに向き直った。
「それが、さっき彷徨がいない間に、ななみちゃんたちに電話したんだけど、ななみちゃんはおばあちゃんと卒業お祝い旅行、綾ちゃんは演劇部の打ち上げがあるんだって・・・
クリスちゃんも誘ってみたけど、留守みたいで電話つながらなかったんだ。たぶん、クリスちゃんのことだから、鹿田さんと海外旅行でも行ってるのかもね〜!!
でもね、明日はななみちゃんたちが来て、ここでお祝いしてくれるんだ。だから、今日は彷徨と二人だけになるけど・・・」
「あっ、ああ、そうだな・・・ 三太や光ヶ丘を呼ぼうとも思ったけど、あいつら、来たとしたら、周りのこと考えず、わけもなく騒ぎ出すしな〜。 三太はトリ、トリ、ってうるさいし。第一、確か 三太は今日もトリのイベントがあるとかないとか・・・それに、光ヶ丘も卒業シーズンでバラの世話が忙しいとか言ってたし・・・」
(っていうか、だからって、もしこれで、未夢と俺、花小町とかいう組み合わせは大変だな・・・)
自分と、未夢、そしてクリスが並んでパーティーをすることはさすがにちょっと気が引けた。みんながいて、クリスがキレるのはどうにかなりそうだが、三人・・・というのはやっぱりためらわれた。
だから、ちょっと申し訳ないが、クリスが留守だということに、彷徨は内心、ホッとしていた。
「・・・あははっ、 三太くんに望くんかぁ〜、相変わらずだね、二人とも〜!!な〜んだっ、そっかぁ。だけど、それに、私もななみちゃんたちいないんじゃ男の子ばっかりも寂しいし・・・ももかちゃんも呼んであげたいけど、クリスちゃんと連絡つかないと無理だし」
瞳を伏せて、少し寂しげにつぶやく未夢に、彷徨は軽く眉をひそめた。
未夢のこうした寂しそうな顔はできるだけみていたくない。
ルゥたちと別れてから、いつもどこか何かを探しているような求めるような瞳が、彷徨の胸に痛かった。
「まっ、いいじゃん。パーティーっていってもささやかなものだしさ。今回は本堂は広すぎるから、キッチンで俺が作った、おいしい料理でも食べてお祝いしようぜ」
俺が、の部分を強調して、ちょっと意地悪な目をして肩をすくめて言う彷徨に、未夢はふっと顔を上げると、キッと、彷徨の目を見つめた。
「なんですと〜っ!私だってがんばって作るんだからぁ!」
「はいはい、まずはかぼちゃグラタンからかな・・・未夢、早くグラタン皿にバター塗って」
相変わらずの未夢の反応に彷徨は楽しそうに、くっくっ、と肩を揺らして笑った。
だけど、これも、彷徨なりの励まし方。
以前と変わらない言い合いをすることで、未夢の気持ちが紛れればそれでいいのだ。
◇
「ほら、未夢何やってんだよっ、そんな切り方じゃお前の手があぶねーだろ!」
「きゃああっ!ふぃ〜、あぶなかったぁ」
「ほら、気をつけろよっ!大丈夫か?あ、悪い、あっち火止めてっ!かぼちゃもう煮えた頃じゃないか?」
「うん、もう大丈夫・・・おいしそうv」
「つまみぐいするなよ」
「しつれーね!彷徨じゃないんだから、かぼちゃ調理途中で食べちゃったりしませーん!」
二人並んで、互いのことを気づかいながら、料理をする。
それは、依然とちっとも変わってないようで、未夢も彷徨もごく自然にふれ合っていた。
ただ、依然と少し違うのは、彷徨の未夢を見つめる視線。
前にも増して、気づかうように、そっと気持ちを寄り添わせるように、やさしく見守っている。
心の中に、揺れる気持ちを抱きながら。
まるで、咲ききれないつぼみの桜のように・・・・
◇
ようやっとひと通りの料理を作り終えて、二人はテーブルに向かい合わせに座った。
とはいえ、ほとんどここに並べてある料理は彷徨が作ったものばかりであるが・・・
かぼちゃグラタン、かぼちゃのパイ、かぼちゃの煮つけ、かぼちゃのスープ、
メインというより、全部彷徨の好きなかぼちゃ。テーブルいっぱいに並べられたオレンジ色一色といっても過言ではないほど、鮮やかな色だけが印象的だ。
「誕生日おめでとう、未夢。あと、なんか無理やりだけど、ルゥもな?」
彷徨はそう言うと、少し照れたように、ジュースの入ったグラスをかちゃり、と未夢のほうにあてた。
「ありがと・・・そうだね、ルゥくんもおめでとう、だね」
いつもとは少し違う素直な彷徨に、何だか未夢も照れくさくて、小さくお礼を返した。
「じゃ、食べようか!・・・あ。でも今気づいたら、私とルゥくんの誕生日祝いなのに、なんで、彷徨の好きなものばかりなの〜!?」
ふと今になって、目の前のかぼちゃづくしのテーブルに、未夢は目を丸くした。
「まあ、いいじゃん。お前はケーキがあるだろ?それにルゥもかぼちゃ好きだったしさ」
「むぅ〜。何だか納得いかな〜い」
「ところでさ、未夢。さっきから聞きたかったんだけど、お前なんで制服のままなんだ?」
はいはい、と未夢を軽く受け流しながら、彷徨はまじまじと未夢の格好を見て、先ほどからずっと気になっていたことを口にした。
確かに未夢はここにきてからずっと制服のままだった。
第四中学とは違う、彷徨にとっては見慣れない、白のブレザーに赤のスカート。
「そ、それが、制服着てすぐに来ちゃったから、普段着忘れちゃったのよ」
「ドジ」
「もうっ、しょうがないでしょ。彷徨、なんか着替えとかないよね?」
かぼちゃスープを一口口に運びながら、未夢は彷徨に聞いた。
彷徨はふーんと考えるようにすると、何か思い立ったらしく、未夢のほうを横目でちらりと見やった。
「もしかして、あるかも・・・」
「え?ほんとっ?どこにあるの?」
「まあ、これ食ってからにしようぜ。どうせ、その制服も今日までなんだろ?お子ちゃまな未夢がかぼちゃこぼしてももう心配ないしな☆」
「か〜な〜たぁ〜!!」
「あははっ、それにしても、かぼちゃってうまいよな〜」
彷徨は笑いながら、楽しそうにかぼちゃのグラタンをスプーンいっぱいにのせてぱくっと口に運んだ。
:
:
*
「また、かぼちゃまるごと一個食っちゃったな」
「うん、だけど、おいしかったぁ〜。ごちそうさま!・・・そうそう、ルゥくんに似合いそうな猫の耳の帽子、やっぱり買ってよかったな〜」
あれだけあったかぼちゃ料理をぺろりと食べ終えると、一緒に並んで一気に食器の後片付けを終えて、居間でふたり、くつろいでいた。
見るとはなしに、何となくテレビをつけて、いつもそうしていたように、未夢の入れたお茶を二人で飲む。
少したってから、未夢は部屋の隅に置いてあった包みをかさこそと広げだした。
「・・・ルゥくん、水色が好きだったから。くまさんのベビー服も買ってあげたかったけど」
未夢は綺麗に包まれたルゥのためのプレゼントを愛おしそうに見つめてつぶやいた。
「ベビー服もよだれかけもみーんなかわいかったなぁ。だけど、ルゥくん帽子がよく似合ってたよね〜!だから、帽子にしたんだけど。ね、彷徨も可愛いと思うでしょ?」
にこにこと微笑みながら、未夢は買い物の帰り際に買った“ルゥへのプレゼント”を楽しそうに彷徨に見せた。
あれでしょ、これでしょ、とあれこれ買ってきたものを取り出す未夢をしばらくは黙って見つめていた彷徨だったが・・・、
やがて、そんな未夢の話を遮るように、彷徨は突然、いったん横目でちらりとその様子を見たあと、ぐいっと、少し強引に未夢の腕を引っ張った。
「・・・未夢。そういえば、着替えが欲しいとか言ってたよな?ついてこいよ」
急に腕を掴まれて未夢は戸惑いの表情を浮かべた。
「・・・あ、うん?」
「行くぞ」
(急にどうしたんだろ・・・?)
困惑気味に未夢が彷徨のほうを向いた瞬間、
「えっ、わっ、きゃっ」
「うわっと!!・・・あっぶね〜」
そのときだった。
いきなり強く引っ張られたため、とんっ、とふいに未夢は彷徨の胸に飛び込むような形になった。
彷徨は慌てて未夢を抱くように、受け止める。
「悪い、急に引っ張ったから・・・未夢、大丈夫か?」
未夢の頭上から、彷徨のささやくような声が降ってくる。
「う、うんだいじょ・・・う・・ぶ」
(って。え??)
(あ・・・)
未夢を見下ろした彷徨と、顔を上げた未夢。
ばちっと、一瞬にして交差するダークブラウンの瞳と新緑色の瞳。
彷徨の目に未夢が映りこみ、未夢の目に彷徨だけが映し出される。
少しだけ、見詰め合って・・・
「あ、ご、ごめんっ!」
はっ、と未夢はわれに返り、戸惑ったように慌てて、とっさに彷徨から離れようとした。
「あ、未夢っ」
しかし、次の瞬間、彷徨の手が未夢の頭を再び自分の胸に引き寄せた。
「なっ、なに?」
未夢はどきまぎしながらくぐこもった声でこたえる。
「髪に、ごみがついてる・・・」
「えっ、そ、そう?」
「とってやるよ」
「うん」
思いのほか優しい声色に未夢はますますどきどきしながら、かあっと顔を赤くして、おとなしく彷徨に身を寄せた。
(うわ〜、なんか、密着だよ〜!!)
(・・・あ、れ・・・?今・・・)
「よしっ、とれた!髪が長いと大変だよな、絡まってさ」
「あ、うん・・・」
(今、私の頭、撫でた・・・?)
彷徨が離れる少し前、髪からごみを取り除かれたあと、一瞬であったが、彷徨が、自分の髪を撫で、そのあとぎゅっと抱きしめられるような感覚を未夢は感じた。
(思い違いかな?何だかぎゅっとされたような・・・だけどすごく優しい雰囲気だったよ・・・ね)
少しくすぐったく、嬉しい気持ちになって、未夢は彷徨の後ろを黙ってついていった。
(あいつの髪、柔らかかったな・・・)
前を行く彷徨は、ふっと、自嘲気味に笑った。
さっき。
突如未夢と密着するような形になって、彷徨だって、もちろん、どきどきしていた。
驚いたけど、だけど、嬉しい・・・なんていう気持ちを正直に感じて。
そのときふいにわきおこった想い。
思わず、手が動いて、無意識に未夢の髪を撫でてしまったのだ。
(あいつ・・・気づいたかな?)
本当はあんな抱き合うような形にならなくても、ごみなんて簡単に取り除けた。
だけど、不意のアクシデントにまかせて、思わずあんなふうに未夢を抱き寄せてしまった。
少しは、何も言わなくても、・・・気づいて欲しかった。
あんなことで、気づくわけないと思っているけれど――
それぞれの想いを胸に、窓の外では、上弦の月がぼんやりとかがやき、ざわっと冷たい風が吹いた。
◇
「え?これって・・・」
連れてこられたのは、もと、未夢の部屋。
ひょいっと目の前に出されたのは。
見覚えのある、後ろにリボンのついた緑のスカートに、白いブラウス。そして、赤い大きなリボン。
「お前、一枚忘れていっただろ」
「あ・・・」
「お前がここをでてってから気づいてさ。別にほら、今の制服があるから必要ないと思って、遊びにきたときにでも、渡そうと思ってたんだけど、俺も今まで忘れてたんだよな」
未夢はきょとん、と目を丸くして、やがて懐かしそうに彷徨から制服を受け取った。
「そうだよ!!2枚ずつ持ってたのに、一枚どこいったんだろう?って気になってたんだよ〜、そっかぁ、西遠寺においてったままだったんだね〜!でも、久しぶりに見るよ〜、この制服!・・・ありがと、彷徨。捨てないで、取っててくれてたんだね」
未夢は本当に嬉しそうに、彷徨を見上げて、ふわっと笑った。
「ま、まぁな。勝手には捨てられないからな・・・悪いけど、これ以外はもう男物の服しかなくってさ。何も着替えるものがないよりはましだろ?外出するときはちょっと不自然だけど」
久しぶりの心からの未夢の笑顔に、彷徨はちょっと照れたように、視線を
軽く泳がせた。
「えへへ。じゃあ、今から着替えよっかなぁ・・・やっぱりこの制服のほうがかわいいかも〜♪あ、彷徨は出てってよねっ!」
「はいはい。わかってるよ、第一、頼まれたって見やしねーよ」
「一言多いわよっ!」
相変わらずの、からかう彷徨の態度に未夢はぷんぷんと怒りながら、くるりと背を向けた。
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今も置いたままの、姿見の前で制服をあててみる。
久しぶりに袖を通す制服は、なぜだかちょっとだけ、恥ずかしい気がした。
でも、まさか、こんな形で・・・それもここ―西遠寺―で、再びこの制服を着れるなんて、思ってもいなくて、感情的になって。
また、いろんなことが思い出されてきてしまう。
いつもルゥをこの制服のまま抱いたり、同じ制服、同じ教室でななみや綾と笑いあったり・・・
当番制で、ワンニャーが洗濯してくれることもあったり。
綺麗にアイロンがけもしてくれて。
気づいたら、前の制服よりずっと好きになっていた。
――あの季節(とき)に、帰りたい・・・
このまま時がとまってしまえばいいのに・・・
そんなふうにさえ、思ってしまう。
もうこれ以上、思い出がひとつ遠くなるのは嫌だと。
変わっていく自分も、変わっていく景色も、流れる季節も、ずっとずっとこのまま、変わらないまま――・・・
この場所に、同じ時間に、ずっといたくて・・・
少し開いた戸の隙間から、未夢の頬をなでるように夜風がくすぐった。
この風が宇宙までつながってたらいいのに――・・・
未夢は静かに目を閉じて、制服を着たまま、鏡の前にうずくまった。