White Love 〜恋の奇跡〜

1

作:友坂りさ

 →(n)



満月の夜には何かが起こる・・・

それは、聖夜の奇跡か、それとも神のいたずらなのか・・・





12月24日。
今日は世間一般で言うクリスマスイヴ。
平尾町も、クリスマス気分一色だった。もちろん、お祭り騒ぎ大好きな宇宙人の赤ちゃん・ルゥとそのシッターペット・ワンニャーがいる西遠寺では、例外ではないわけで。
朝から二人は大はしゃぎ。


去年、彷徨の父がクリスマスを認めた(?)ため、今年は彷徨も、だいぶ乗り気なようだった。しかし、何といっても、一番はしゃいでいたのは、ルゥやワンニャーと同じく西遠寺の同居人、未夢だった。


「ねぇワンニャー♪今日とっても楽しみだね〜。明日はクリスちゃんちで彷徨の誕生日をかねたパーティもあるし、おいしいお料理もいっぱい食べられるしvv」
未夢は本堂に飾ったツリーに星や綿を飾りつけながら、にこにこと後ろにいるワンニャーを振り返った。


「そうですねぇ。今日は西遠寺で、 三太さんやななみさん、綾さん、光ヶ丘さんやクリスさん、ももかさんも呼んで、クリスマスパーティですしね〜。ワタクシもとっても楽しみですぅ。あっ、あとからみかんさんとみずきさんも来るんですよね〜」


「うんうん!!だけどさぁ、・・・せっかくのクリスマスなのに、どうして今日は雪が降らないかなぁ〜」


「仕方ないですよ〜。未夢さん。お天気ばっかりは神様のご気分しだいですからね〜。考えようによっては、いいお天気だからいいじゃないですか〜」

「でもワンニャー。せ〜っかくのクリスマスイヴなのよっ。どうせならロマンチックに雪が降って欲しいじゃない?」


未夢はからりと晴れ渡った空を見上げながら不機嫌そうに、ぷうっと頬を膨らませた。


「まあまあ。いいお天気だということはきっと夜空も綺麗なんでしょうから。きっとこのぶんだと、星が降るように輝いて、素敵ですよ〜♪ねぇ、ルゥちゃま〜」


「だぁ〜い☆」


ワンニャーはパーティ料理の一つである特製手作りみたらし団子を“ちょっとだけですからね〜、”とぼそぼそとつぶやきながらつまみぐいをしつつ、ルゥをあやしていた。
ルゥも少しずつ飾り付けられていくいつもとは違う本堂の様子にわくわくしているのか、とてもご機嫌だ。


「あっ、それもそうだね〜。綺麗な夜空かぁ。だったら、−−こんな夜には私だけの素敵な王子様がぱぁっと現れてくれないかなぁ♪クリスマスに恋の奇跡、・・・すてき〜vvv」
ワンニャーの言葉に未夢はぱっと瞳を輝かせて、うっとりと表情を和らげた。


「あ。いいですね〜。だけど、未夢さんにはもう、ちゃんと未夢さんを想ってくれる素敵な王子様がいるじゃないですか〜vv」
ぐふふ、と怪しげな、意味ありげな目つきをしながらワンニャーは言った。


「え〜。どこどこ??」



「ほら、すぐ近くに・・・あっ、彷徨さん、お帰りなさいです〜」
「あ、お帰り、彷徨。買い物ご苦労様。ありがとね」


「ああ、何だか凄く人が多かったよ。特に、ケーキ売り場なんかすごいことになってたぞ。
俺一人で買い物いくの大変だったんだからな」


いいながら、彷徨はどさっと、両手に抱えたスーパーの袋を下ろした。
そう、彷徨は未夢とのじゃんけんに負けて、仕方なく一人でパーティー料理の材料の買出しに行っていたのだ。


「だけど、ほんと助かったよ〜。ありがとねvv」
にっこりと未夢は彷徨に向かって微笑んだ。


ふんわり、やさしい未夢の笑顔。
その笑顔を正面から受けて、彷徨は思わず顔を赤らめた。
「べ、べつに、明日から休みだからいいけど・・・」


彷徨は未夢のこうしたふとした表情にとても弱い。
やさしさがあふれるような、純粋な笑顔が彷徨にとっていつの間にか安らぎになっていた。
それに、未夢は誰にでもとても優しい。
そんな未夢にいつの頃からか、次第に彷徨は惹かれていったのだ。


最初のうちは、未夢が誰か他の男といるときに特に感じるもやもやとした気持ちが何だか分からなかった。だが、今は、はっきりとその気持ちが何なのか認識している。


未夢の隣は、自分だ、・・・誰にも譲るつもりはない・・・


彷徨の中で、独占欲や、未夢を大切に想う気持ちがどんどんあふれだしそうになってきていた。


「おやおや、彷徨さん、なんだかお顔が赤いですよぉ・・・ぐふふ」


「何言ってんだよ、ワンニャー。べつに俺は・・・っ。っていうか、さっき話しが聞こえてきてたんだけど、未夢に・・・王子様だって?そんなの、一生現れるわけないだろ」


彷徨は自分の気持ちをごまかすように、わざと話題を変えて、未夢に憎まれ口をたたいた。


「むっ、なんですと〜。いいわよ、いいわよ、そのうち彷徨がびーーーっくりするような、素敵な男の子を連れてきて、見せ付けちゃうんだから!!」


そんな彷徨の照れ隠しにも気づかない未夢はいつものように、頬を膨らませながら、彷徨に言葉を返した。
彷徨は口の端をあげながら、軽く微笑むと、そんな未夢の反応ですら何だか嬉しそうにさらりと言葉を流す。
それは、いつものパターンだった。


喧嘩しているようで、実は互いにじゃれあっているような。
周りから見れば、とても仲のよい二人だった。


「はいはい、それは楽しみだな〜」


「あっ、信じてないわねっ」


「いや〜、信じてるよ〜」


「その顔のどこが信じてるのよっ」


「ほらほら、そんなことより早くしないと 三太たちが来ちゃうぞ。ワンニャー、まだ料理完成してないんだろ?」
「はい〜、ですが、あとケーキだけですよ〜。ほとんど完成しました!」


「お、ご苦労様。そうだよな、ケーキはワンニャーが作ってくれるから、助かったよ。
さっきも言ったけど、その売り場が一番混んでたからな。未夢ももっと見習えよな〜。ワンニャーみたく、料理上手にならないとほんと、王子様〜♪どころじゃないぞ」


「もうっ、さっきから何なのよ〜っ!!いいもん、そのうちパパに習うんだからっ」


相変わらず続いている未夢と彷徨のやりとりに、ワンニャーはふぅっと、ためいきをついた。


 (未夢さんも彷徨さんもほんと相変わらずですね〜。
 まあ、彷徨さんはご自分の気持ちに結構早くからきづいて認めていらっしゃっるみたいですが、未夢さんは・・・ご自分が彷徨さんを好きだという気持ちに、鈍感といいますか、天然といいますか、おそらく心のそこでは気づいていながら、ご自分ではきづいていらっしゃらないつもりなんでしょうね〜。だから、あんな強がりをおっしゃってしまうんですかね〜。まったく素直じゃないですぅ〜)


未夢と彷徨。
この二人、周りからみていても、お互いを想いあっていることは一目瞭然。
特に、彷徨が未夢を見つめるまなざしは未夢たちの友人の間でもはっとしてしまうほどやさしかった。


優しいまなざしのときもあれば、ときどき切なそうな表情、嫉妬のような鋭い目をしていたり、と未夢に関しては冷静さを失ってしまうほど、彷徨は気持ちに余裕がなくなっしまう。


「まあまあ、そのくらいにして。未夢さん、もうケーキのスポンジが焼きあがったものが、冷めたころですから、取ってきてください。それから、用意していたワタクシが十分にホイップした生クリームと、イチゴと、側にオット星印特製の飾り付け用の家型のチョコレートがあるはずですから、一緒に持ってきて下さいね〜。よろしくお願いしますぅ。あ、それから、香料もオット星印のものを使いましたから、とってもいい匂いがしてるはずですよ〜」


ワンニャーは二人の中に割ってはいると、未夢にぽんっと、お盆を渡して背中を押した。


「はぁ〜い」
仕方なく、未夢は言われたとおりにキッチンへと向かった。
まだ、何なのよ〜、とぶつぶつつぶやきながら。



「えっと、これでいいのかな?」
キッチンにはスポンジ生地だけでも、すでにケーキの甘い匂いが漂っていた。ワンニャーの言っていた香料のせいだろう。


「よし、では持っていきますか〜。うーん、まだクリーム塗ってないけど、とってもおいしそう♪」


未夢はテーブルの上に置いてあるケーキを確認してから、
生クリームとイチゴを冷蔵庫から取り出した。それから、側に置いてあるチョコレートに気づき、横に並べてみた。
目の前のおいしそうな光景に、未夢は何だかとても嬉しくなった。


「おいしそ〜!!クリーム塗る前のケーキってこれから飾り付けするからとっても楽しみだよね〜。飾り付けくらいなら私でもできるし〜。あ、どうせならケーキはワンニャーが作ってくれたから、クリーム塗るくらいは私がして、飾りつけたものを持っていこうvv」


未夢はとっさにそう思いつき、スポンジにクリームを塗り始めることにした。

(ふふ、少しは私もいいところ見せないとね〜)


ふんふん〜、と鼻歌など歌いながら、未夢はケーキを彩らせていった。
しかし、こうして作っているときほど、何だか余計においしそうにみえてしまうもの。
目の前のケーキに未夢はつばを、ごくり。
それに、普通のケーキとはまた格段違ったような、特別の甘い甘い香りに、誘惑されそうになる。


(えへへ。ちょっとくらい食べちゃっても、ううん、一口くらいならわかんないよね〜。ちょっとつまんじゃおvv)


クリームを塗った部分をほんの少し、取り分けると、未夢はぱくっと、一口口にほおりこんだ。


「うん、おいし〜。ワンニャー最高だよ〜」
満足げに未夢は甘い香りととろけるような生クリームに幸せを感じながら、気分はすっかり上機嫌。










――ところが、これが全ての始まりだった・・・





「あ・・・れ?何だか眠くなってきちゃった・・・ん・・・」







ぱた・・・














◇◇◇

「おっせーな〜。未夢のやつ、いつまでかかってるんだ?」


「そうですね〜。いくら不器用な未夢さんでも、ただ運ぶくらいですから、そんなにお時間はかからないと思うのですが・・・」


未夢が本堂をでていってから、およそ20分くらい経過していた。
今まで、彷徨もワンニャーも、ルゥと三人でパーティの準備に取り掛かっていたのだが、ケーキを取りにいっただけのはずの未夢の戻りがあまりにも遅いため、気になってきたのだ。


「ワンニャー。俺ちょっと見てくるよ。あいつ、そそっかしいから、生クリームでもひっくり返して必死に作り直したりしてるかもしれないからな」
彷徨はしょうがないな、といいつつも、未夢のことが気になって仕方ないらしかった。


「そうですね、じゃあ、彷徨さん、ちょっと見てきてください。ワタクシはまだこちらで準備をしておりますので」


彷徨はワンニャーの言葉に頷くと、未夢の様子を見に本堂を出て行った。








「おーい、未夢、いったいいつまでかかってるんだ・・・よ。・・・って」

キッチンに着いた彷徨はあたふたとしているであろう未夢を想像していたのだが、予想とは違っていた。
・・・未夢がテーブルに突っ伏して眠っていたのだ。


「おい〜、お前なんでこんなところで寝てんだよ。っていうか、普通、ケーキ取りに行って寝るか?ったく。おい、起きろよ、未夢」


少しあきれながら、彷徨は未夢の肩を揺り動かしてみる。




・・・・―――




しかし、未夢はぴくりともしない。
それどころか、寝息もあまりしているようにすら見えない。





気になって、今度は肩を抱くようにして、強く揺さぶってみる。
その瞬間、未夢の体温を感じて、彷徨はどきっとした。
が、それでも未夢の起きる気配はまったく感じられなかった。


「未夢っ!!」



「おい、みゆっ!?」


大声で何度も名前を呼んでみても、やはり何の反応もない。



依然として、体は温かいが、息をしている様子が・・・・ない。






(なんか・・・へんだっ。)





反射的に彷徨はそう思い、とっさにワンニャーの言っていたことを思い出す。



“オット星印の香料・・・チョコレート”
・ ・・いつも、オット星からの宅配はツウハン星。



そして、よく見てみると、ケーキが分からないくらいだが、ほんの少し欠けている。




――・・・いやな予感がする。







胸騒ぎを覚えながら、彷徨は急いで、ワンニャーを呼びに駆け出した。



「ワンニャー、ちょっと来てくれっ・・・未夢がっ」
「何です?彷徨さん?はっ!!!も、も、もしかして未夢さんがワタクシのケーキをひっくり返しちゃったりしてたんですかぁぁ」



ワンニャーはそんなふうに勘違いをして、顔に手をあてて大声をあげた。
横でルゥは彷徨の慌てた様子に不思議そうにしている。



「違うんだっ。なんか、未夢の様子が変なんだよっ」


彷徨は声を上げて、ワンニャーにつめよった。
その迫力に、ワンニャーははっと我に返り、だったら、何です?と首をかしげた。

「とにかく来てくれっ」



キッチンに戻った彷徨はワンニャーに寝ている未夢を指差した。
「おやおや、未夢さん、寝てしまったんですね〜。ですが、それがどうかしたんですか?起こせばいいじゃないですか〜、彷徨さんがダメなら、ワタクシが大声で・・・みーゆさーん!!」


「それが・・・どんなにゆすっても、呼んでも、起きないんだよ」
「へ?」


「・・・ワンニャー、さっきオット星印の香料とか、チョコレートだとか言ってたよな。あれってなんか副作用とかあるのか?」


「え?そんなはずは・・・何しろ、二つとも、オット星でも大流行の品物ですから。そーんな副作用なんて」


ワンニャーはえっへん、と得意げに言い放った。
しかし、今までオット星、ツウハン星を通したもので、トラブルが起こっているケースも少なくはない。
ワンニャーを疑いたくはないが、未夢の様子はあまりにも不自然すぎる。


「ちょっと、商品の箱を見せてくれないか?」

「え?あ、いいですけど・・・」


『オット星印特製チョコレート――おいしい、ミルク風味のチョコレート。クリスマス用にぴったり、の家型で、お子様にも大人気!!大きなケーキの上にちょこんと乗せれば、素敵なクリスマスケーキのできあがり』


初めにみた、チョコレートの箱にはそれ以上の説明はなかった。
彷徨は少しほっとして、次に香料の箱を見てみる。



『オット星印香料――〜眠り姫体験シリーズ〜――ケーキ用――ケーキなどにぴったりの香料、地球の童話を楽しみたい人におすすめ。これを服用したものは、直ちに深い眠りにつく。目覚めさせる方法は・・・』


え・・・・



「〜っ!!おい!!ワンニャー何だよっ!!これっ!!!」
まじまじと箱を見つめていた彷徨は、香料の説明書きに目を丸くした。
すぐに、ワンニャーにそれを見せる。


「・・・眠り姫体験シリーズ?・・・って。あわわわわ、た、た、大変ですぅぅぅ!!!
ワタクシ、普通の香料と間違えて、こちらを頼んでしまいましたぁぁ!!確かに、香料には間違いないのですが、最近ではシンデレラの体験シリーズの絵本と同様、地球の童話が楽しめるシリーズとして、お菓子編がでてたんですよ〜っ!!ですが、まさか、普通の香料とこれを間違えてしまうとは思いもよりませんでした〜っ!!・・・」


ワンニャーはかなり動揺した様子で、大声で叫んだ。


「おいっ!!ワンニャー。いったいどうすれば未夢は目覚めるんだ?このまま放っておいて大丈夫なのかっ?」


やっぱり・・・、と彷徨は大きくため息をつきながら、未夢のこの状態を早いところ何とかしなければ、と思う。


しかし、注意書きはオット星語らしき文字で記入されており、彷徨には読むことができない。


「い、今読みますね。えーーっと、“眠り姫体験のできる童話地球編シリーズ・・・これを服用すると、まるで、動かない人形のように、決して、目覚めることなく、深い深い眠りについてしまう。目覚めさせる方法は、童話の内容と同じく・・・――愛するもののキスという方法でしか、ない。しかも、お互いが好き同士ではないと、目覚めさせることはできない。効果はキスをするまで・・・続く・・・だ、そうです・・・」
ワンニャーは申し訳なさそうに、彷徨を見上げながら最後のほうは声を小さくして呟いた。


「それって・・・まさか、もし、未夢に誰かがキ・・スしなければ、ずっと目覚めないってことか・・・?」


彷徨は呆然として、眠っている未夢を見つめている。
未夢は、静かに、眠りの神にでも取り付かれたかのように、ひっそりと眠りに堕ちている。


「え、ええ、そう、ですね・・・すみませんっ!!彷徨さんっ!!未夢さんをこんな目にあわせてしまってっ・・・」
さっきの自信はどこへやら、自分の間違いに気づいたワンニャーは今にも泣き出しそうになっていた。


「・・・未夢の好きなやつを探さなきゃならないってことか」
「そう、ですね・・・はっ!!迷うまでもなく彷徨さんがいるじゃないですかっ!」


「え・・・な、なに言ってるんだよっ。この説明書き見ただろっ。お互い好きな人同士って――。俺はよくっても未夢が・・・はっ!」



思わず秘めていた自分の未夢への想いを口にしそうになり、彷徨は慌てて口元を押さえる。
ワンニャーは、目を潤ませながらも、その様子をうらめしそうに見た。


「彷徨さんっ!!こんなときにご自分の気持ちを隠してどうするんですかっ。いいですかっ。オット星の製品に絶対品質に間違いはないんですっ。これだけは絶対自信をもって申し上げます。・・・ですから、説明書きどおりに実行しないと、未夢さんはもしかしたら、一生、目が覚めないかもしれないのですよっ!!!ワタクシは気づいておりました。未夢さんのこと、彷徨さんがもうずっと前から好意を抱いていらっしゃったことを・・・そうですよね?彷徨さん」


途端に、ワンニャーは彷徨に向かって強く言い放った。
自分の責任ではあるからこそ、未夢への気持ちを認めない彷徨がもどかしくて、早く未夢を眠りから開放されてやりたかったのだ。


「ワンニャー・・・」


彷徨は、少し頬を赤くそめながら、やがて、認めるようにこくり、と頷いた。
確かに、今はそんな場合ではない。
大事に、大切に、想っている未夢が遊び感覚だった製品だとはいえ、危機に面しているのだ。
何となく、素直に認めることで、いくらか気持ちが軽くなった。
だが、まだこれでは全然解決ではない。
未夢の好きな相手がわからなければ、何の意味もないのだ。


いくら、片方がどんなに想っていても・・・


しかし、ワンニャーは、そんな彷徨を見ながら、表情を和らげて、ほのかに微笑んだ。


「あの、それから、続きなのですが・・・この注意書きに書いてあります。――キスを与える側はもちろん、起きていらっしゃいますから、自分が相手を好きなのかどうかは確認( 認識)できますが、相手が自分をどう思っているかどうかは、無論、わからないことです。
そこで、キスをする前に、相手の唇をなぞってみてください。叶わない相手ならば、電流が走って、拒否反応を起こします。受け入れられたのなら、そのまま何も起こらず、迷わずキスを与えてください――ということです・・・」


「そうか・・・」
彷徨は心の中で、少しだけ救われたような気分だった。


未夢の好きなやつが分からない限り、未夢を目覚めさせるまで、何人かに「試し」でキスをさせるなんて、到底、考えられそうになかった。想像しただけで、くらくらとめまいがしそうだった。


(と、いうことは一人だけ・・・か)


彷徨は考え込むようにして、やがて、はっと気づいた。


「待てよ、ワンニャー。もし、眠った本人に好きなやつがいなければ、どうなるんだ?」


そうだ、そういうことも考えられる。その場合は一体?そんな疑問が浮かんだ。


「いえ、彷徨さん。ここに書いてありますが、服用しても、その本人に大切に思う相手がいなければ、眠りにつくことはない、とはっきりと・・・ですから、未夢さんにはちゃんと好きな人がいる、ということですね・・・ということは未夢さんを好きな相手も必ずいるはずなんです、そうしないと未夢さんは目覚めさせることはできないんですから・・・」


ワンニャーはきっぱりと、そう言った。意味ありげに、彷徨を見つめてみるが、本人はまったく気づいていない。




・・・・




どくんと、突如彷徨の胸の鼓動が早まった。



未夢の好きな相手・・・そして、そいつも未夢のことを・・・
いったい誰だろう――


――みずきさん、あるいは光ヶ丘か・・・ 三太は、ないだろうけどそれとも、他の誰か、なのかっ・・・



「と、とにかく彷徨さん!もうすぐ 三太さんたちが来てしまいますよ〜っ。その前に何とかしなければっ。
彷徨さん、ワタクシはあちらに行っておりますので、未夢さんにキスしてくださいっ!」
ワンニャーはルゥを抱いたまま、くるりと背を向けてその場を立ち去ろうとした。


だが、
「・・・ばっ!!何言ってるんだよっ。ワンニャー。未夢が俺のこと好きだなんて、そんな確信どこにあるんだよ!俺がしたってどうしようもないだろ・・・未夢の好きそうな相手に試してもらうんだよっ・・。」
どこか不安げに、彷徨は下に視線を落として、最後のほうは消え入るように、静かにそう、つぶやいた。


「彷徨さん・・・」


どうして、彷徨は気づかないのだろう?どう考えても、未夢が想っているのは彷徨しかいないのに・・・ワンニャーはどうしようもなく、もどかしくて、仕方なかった。
だが、未夢に直接聞いたわけではない。
確信しているとはいえ、まだ推測に過ぎないのだ。
本当は、未夢さんが好きなのは彷徨さんですよ、・・・と言えるのが一番なのだが。



――ピンポーン・・・





そのとき、玄関のチャイムが鳴った。


「あ、もしかしてもうみなさんいらっしゃったのでしょうか?」
突然の呼び鈴に、彷徨たちは音のほうに顔を向けた。

―ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン ピンポンピンポンピポピポ〜・・・
音は次第に彷徨たちをせかすように、早まっていく。



「まずいっ、とにかく未夢を別の場所に運ばないとっ。悪い、ワンニャー玄関にでてくれ。
俺は未夢をとりあえず部屋に運んでおくから」


「あ、わ、わかりましたっ。わんにゃーっ!」
ワンニャーは急いでいつものように若パパ、いわゆる親戚のお兄さん姿に変身してルゥをおぶると、玄関に来ているであろう客に顔を出しに行った。


「と。まずは未夢をゆっくり抱えてって、と。」
彷徨は未夢の座っている椅子を引くと、未夢の膝裏に手を廻し、背中に腕を廻すと、未夢を抱きかかえた。
そう、お姫様抱っこのように。
おぶさってもいいと思ったのだが、何だか未夢の顔を見ていたかったのだ。


綺麗に閉じられた睫毛、まるで生きているかさえ、心配になってくるように、寝息が聞こえない。だが、確かに感じる未夢の体から伝わる熱に、未夢はただ眠っているだけなのだとは認識できるのだが・・・


それでも。
ぴくりともしない瞼に、彷徨はどうしようもなく、不安が押し寄せてきた。
すぐ近くに、未夢の顔がある。
そして、桜色の形のいい、唇――。


いつも潤いのあるその唇は眠っていても、綺麗な彩りをしていて。


この唇に、誰かが、触れるのか・・・


そう、思うと、胸がかきむしられるようだった。
ついさっきまで、この唇で自分に対して、言葉を紡いでいたのに。
言い合いをしていても、関心は自分だけに向いていたのに。


彷徨は切ない気持ちに駆られながら、ただ、未夢の確かな重みだけを感じながら、部屋へと運んだ。


未夢の部屋に布団を敷いて、ゆっくりと下ろす。
布団をかけて、目にかかる髪の毛をやさしくはらった。
そして、もっと未夢の顔をよく見ようと彷徨が未夢に近づいたときだった。



どたどたどたっ



不意に、少し荒々しい足音が未夢の部屋に向かって聞こえてきた。


「 あ、お待ちくださいっ、あの、未夢さんは風邪で寝込んでいらっしゃいますからっ」


「それは大変ですわっ。すぐに看病いたしますっ、それからあの、彷徨くんはどちらにいらっしゃいますのっ??何だかお姿が見えないのが気になりますわっ。はっ!もしかしたら急に具合の悪くなった未夢ちゃんに彷徨くんがお姫様抱っこして部屋に運んだっ、なーーんてなーーんてことが起こっているかもしれないのですわぁぁぁ!!
“大丈夫かい、未夢“えっ、ええ。心配しなくても私は大丈夫だから”“無理するなよ、未夢。俺が部屋まで運んでいくから”“そ、そんな悪いわ。私自分で歩けるから”“いや、未夢。俺が未夢を抱っこしたいんだ”“///か、かなたっ”
そうして見つめあう二人。その視線はいつまでも離れないー。そしてそして〜っっっ!!」


「お、落ち着いてください。未夢さんはお一人でいらっしゃいますからっ」



(まずいっ、花小町だ。俺が未夢と一緒のところみたらただじゃすまないっ。隠れないとっ)


彷徨は隠れる場所にとっさに思いつかず、慌てて未夢の布団にもぐりこんだ。




  がらりっ。


大きな音を立てて乱暴に未夢の部屋の戸が開かれた。



「あら?」


未夢の部屋には真ん中に布団が敷かれていて、布団の中で静かに未夢が眠っていた。
いや、実際は布団の中に彷徨が隠れているのだが・・・


「ねっ、ねっ、お一人でしょ?クリスさん!!未夢さんもほーーんと熱もありませんし、ただちょっと疲れて風邪ひいてしまってるだけですから、な〜んの心配もいりませんよ〜っ」
後から大慌てで追いかけてきたワンニャーも、未夢一人だということに安心して、ほっと胸をなでおろす。


「・・・未夢ちゃん・・・本当にぐっすり眠っていらっしゃいますのね。お気の毒ですわ。ごゆっくりお休みになったほうがよろしいですわね。―でも、なんだか彷徨くんのシャンプーの香りがするような気のせいでしょうかっ??」


くんくんと、クリスは鼻をかがせながら、怪しげに瞳を輝かせた。


「き、気のせいですよ〜っ!!そんなわけあるわけないじゃないですかぁ。あ、そういえば、彷徨さんはお買い物に行くとかおっしゃられて先ほどでていかれましたよ!」


「あら、そうですの?」
「はい〜、それはもう、いそいそと楽しそうに。きっとクリスさんや皆さんがいらっしゃるのを楽しみなんでしょうねぇ!!」


「まぁっ、彷徨くんが私が来るのを心待ちにしていたんですのっ!!!きゃーーーっ、どうしましょうっvv」
クリスはワンニャーの一言に気分良くして、ぷしゅーっと顔を赤く染めた。


「さあ、彷徨さんが帰ってくるまで本堂のほうでお待ちしましょうっ!!未夢さんのほうは心配要りませんからっ。それに、パーティの飾りつけもまだちょっと残っておりますから、よかったらクリスさんも手伝っていただけませんか?」


「ええ!!お任せくださいですわっ」


クリスは上機嫌でワンニャーと共に、未夢の部屋を出て行った。


(はあ、勘弁してくれよ〜。どうなるかと思った。)


未夢の布団の中で、彷徨は大きくため息をついた。




!!!



途端に、彷徨は今の状況に恥ずかしくなった。


さっきよりも、すぐ近くにある未夢の顔。
抱きしめて、胸の中に収めてしまえば、すっぽりと自分の中に閉じ込められるような華奢な未夢の体を間近に感じて、彷徨はどうしようもなく鼓動が高鳴る。


こんなに、近くにいるのにな・・・


いっそのことキス・・・してみようか・・・?



唇に触れてみると、電流が走れば、相手は自分のことを思っていないというけれど。
もう、そんなことどうでもいい。
とにかく、拒否されようと、唇に触れてみたい・・・そう彷徨が思ったのは確かなことで。


未夢を目覚めさせたい、他の誰でもなく、自分が。



うっとりと彷徨は未夢の唇を見つめながら、ほとんど、無意識に唇に触れてみようとしたときだった。



またも、どたどたと部屋に近づいてくる声。
ただし、二人。片方がどたばたとしていて。しかし、もう一人は早足ながらも、上品な雰囲気だ。


がらり・・・


さっきとは違って、戸はしなやかに開かれた。

「みゆっち〜っ、風邪をひいたのかい〜っ。なーーんて可愛そうなレイディなんだ!!ああっ、できることなら僕が変わりになってあげれたらどんなにいいかっ!!」
「光月さん、風邪、大丈夫っ?」


声の主は、 三太と望だった。
(び、びっくりした。今度は 三太と光ヶ丘かよ・・)

また突如現れた客に彷徨は今までの自分の行動にはっと、気づき急に恥ずかしくなって、せまい布団の中でできるだけ未夢から離れ、息を潜める。


( だけど、よかったかもな・・・あのままだと俺・・・ キス・・・してしまいそうだったから)



そっ、と心の中で彷徨は思った。


「あっ、 三太さんと光ヶ丘さん、こちらにいらしたのですねっ。さあ、お二人も未夢さんのことは心配要りませんから、本堂で彷徨さんと、他のお客様をお待ちしましょうっ」
やがて、すぐに続けて取り繕うようなワンニャーの声が聞こえてきた。


(サンキュー。ワンニャー)


二人が遠ざかるのを待って、彷徨は今度こそ、布団から出た。


(未夢・・・絶対、目覚めさせてやるからな・・・誰の手によるかは、わからないけれど・・・)


もやもやとした気持ちを感じながら、彷徨はどうやって、その「誰か」に未夢の唇を触れさせてみるのか、それが気がかりになってきた。


だが、そんなことで悩んでいる場合ではない。
望、 三太の後を追って、彷徨も本堂へと行くことにした。












「おー、みんな来てるな〜」
「「彷徨っ!(くん)」」
「「西遠寺くん!」」
さっきまではいなかった綾、ななみ、ももかも集合していた。
本堂では綺麗に飾りつけられたツリーや料理がたくさん並べられていた。
ただひとつ、ケーキをのぞいては。


「ところで西遠寺くん、未夢は大丈夫なの?」
「そうそう、未夢ちゃん、風邪ひいたってみたらしさんから聞いたんだけど」


「あっ、ああ。なんかちょっと疲れて風邪気味みたいだから、寝てれば治ると思うし。後から、未夢も起きてくるっていってたから、心配ないよ」


ななみと綾は二人して未夢の様子を気遣っていた。
未夢がいるからこそここに来ているのに、肝心の未夢が病気だと聞いて、残念だと同時に、心配になったのだ。


「そっか。起こしちゃ悪いから、後で未夢の様子見にいくね・・・って、あれ〜?なんかケーキがないよ〜、西遠寺くん」
クリスマスには当然あるはずのケーキ。
それがないといち早くきづいたのは、細身な体形には似合わずとても大食いなななみだった。


「あっ、ああ。悪い、ちょっと用意できてなくて。後で買ってくるから」
「そっか〜。ならいいけど。どうせなら大きいのよろしく〜!未夢も治ったら食べたいだろうし!!」


「あら、それでしたら、私、こんなこともあろうかと家からささやかなケーキをご用意いたしましたのよ。花小町のお菓子館で作りました、クリスマスケーキをvv・・・鹿田さーん!!」


それをそばで聞いていたクリスはぱんぱん、と手を叩いて、鹿田を呼んだ。





「「「わーーーっ、すっ、ごーーーい!!」」」


鹿田が運んできたのは、何段にも重なったまるで結婚式のような大きな大きなクリスマスケーキ。
それを目の前にして、皆歓声をあげた。


「やっぱり、未夢ちゃんにも、見せてあげたいな・・・」
「そうだね、未夢、せっかくのクリスマスなのに、私たちだけ楽しんでられないよね。だけど、こんなに用意してもらってるんだから、パーティ延期っていうのもなんだし・・・」


「そうですわね・・・私のケーキ、未夢ちゃんにもぜひ見せて差し上げたいですわ」


未夢の親友・ななみ、綾、そしてクリスはいつも明るくて元気な未夢がこの場にいないことに、しゅんと、三人そろって、寂しげな表情を浮かべた。

「そうだね、ああ、愛しの未夢っちがこの場にいないなんて、悲しすぎて、僕のハートは音を立てて崩れてしまいそうだよ〜、早く治してその美しい瞳に僕を映しておくれ〜!!」
「オレもせっかくトリのレコード持ってきたのにな〜、光月さんにも絶対聞いてもらいたいよな〜」


三太や望も未夢がいないことに、がっかりしているようだった。


「みんな・・・」
彷徨は、未夢のことを本気で心配してくれる仲間がいることがとても嬉しかった。


何としてでも、早く未夢を・・・、そう思う。
だけどっ



「皆さん、未夢さんはほんと大丈夫ですから。私が折りをみて未夢さんの様子を伺いますので、パーティーを始めましょう!未夢さんもご自分のせいで皆さんが悲しいお顔をされていると知ったら、あまり嬉しく思わないと思いますから・・・大丈夫ですよっ、もし今日がダメでも、明日のクリスさんのパーティーにはきっと元気に出席しますよ〜」


それは、ワンニャーの本心だった。未夢はただ、眠っているだけ。
彷徨が気づきさえすれば、未夢は目覚めるのだ。


「そうですわね・・・では、とにかく始めましょう。」
「うん。後で未夢ちゃんにもお料理持って行こうね」
「よーしっ、じゃあ、私が食べるのと同じくらいたくさん料理を持っていこーう!」
クリス・綾・ななみも納得して、

「そうだねっ。未夢っちも僕が悲しい顔をしていたら君の心まで曇ってしまうだろうから、・・・君には笑顔が似合うよ」
望がぽんっとバラを出しながら言い出す。


「・・・あの〜、光ヶ丘くん、未夢、ここにいないんですけど〜」
「あははっ、おもしろ〜い」
ななみが冷めた目でつぶやくと、綾が隣で面白そうにはしゃぐ。


「じゃあっ、オレっ、この場を盛り上げるためにトリのレコードかけるよっ!あ、それから後で豆腐人間の映画も見ようぜ〜」


「「いらな〜い」」


そんななんでもないように皆はしゃぎながら、とりあえずパーティーが始まった。


ワンニャーの料理を食べて、 三太おすすめ?のトリのレコードが流れ、鹿田の用意したゲーム大会をして・・・


何事もないように、パーティーは進んだ。










「あら、彷徨くんどうされましたの?何だかお顔の色がすぐれませんわ」


「あっ、ああ。なんでもないよ。昨日寝るの遅かっただけだから」



 みんながはしゃいでいても、彷徨の頭の中は未夢のことばかり。
本当は、こんな状況で、とてもパーティーどころじゃなかった。
だが、パーティーが始まることに反対しなかったのには理由があった。




・・・彷徨はある人物を待っていたのだった。










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