作:友坂りさ
「知ってる?未夢ちゃん。今ファンタジーパークで夜の遊園地やってるんだよ」
中間テスト終了日の今日、未夢は元の学校・第四中学校の親友、綾と電話で話していた。
転校してから、もう半年が過ぎていた――。
最近では、未夢はななみや綾と電話するのはしょっちゅうだった。
今の学校でも友人はたくさんいるのだが、ルゥやワンニャー・・・それから彷徨と過ごしたあのかけがえのない日々を懐かしくて、愛しくて仕方ない自分がいた。
だから、こうやって元の仲間といつもつながっていたい気持ちだった。
――時にぎゅっ、と締め付けられる想いが痛くて泣きそうになる。
こんな気持ち・・・初めてだと未夢は思った。
いや、もしかしたら前にも、西遠寺にいたころもあったかもしれない。
ただ、気づいていなかっただけで・・・
だけど。
その原因が何なのか、未夢は今になってようやっとはっきり気づいていた。
“いつもいつも傍にいてくれた彷徨に・・・逢いたい――・・・”
未夢に襲ってくる言いようのない切なさはルゥのパパがわりだった、彷徨のことだった。
だから・・・
何度も彷徨に逢いたいと思ったけれど、それでもなぜだか未夢は逢えなかった。
本当は「逢わない」のに、互いに住んでいる場所の距離のせいにして、「逢えない」ことにしてしまっていた。
綾やななみ、クリスとはこうやって連絡をとって、遊びにいったりするけれど、
――彷徨とは・・・
西遠寺を去ったあの日以来、たった一度だけ電話しただけ。
無事に帰りついた、っていう連絡をしただけだった。
今日はテスト勉強のためしばらくお休みしていたので、綾とも、久しぶりの電話だった。
そのとき、急に綾がファンタジーパークについて話し出したのだ。
ファンタジーパーク。
以前彷徨の幼なじみ、アキラが来たときに彷徨がデートした場所だ。
――あのときは気づいていなかった。
ただ、なぜだかわからないけれど、少し、だけ。
・・・未夢は胸の自分では気づかないどこかが、きゅんっとしたような気がしていた。
彷徨の隣が自分じゃなくて、、いつもルゥの身代わり両親の「パパ」がいなくて。
何だか、ママだけじゃ、寂しくて。
そのときはまだ、彷徨のことなんてなんとも思ってなかったはずなのに・・・
未夢はふぅ、とため息をついた。
今ではどこにいても、何をしてても、思い出すのは西遠寺でのどたばただったけど、楽しくて仕方なかった日々。
彷徨の怒った顔、ときにみせるふわっとした優しい笑顔。憎まれ口をたたいても、いつも見守ってくれていること・・・知ってた。
本当はとっても、優しいんだよね。・・・彷徨・・・
「み〜ゆちゃんっ!!聞いてるぅ?」
しばし自分の想いに入っていた未夢に、綾は高い声をさらに高くして、未夢に問いかけた。
「ご、ごめん。聞いてるよ〜。夜の遊園地?」
未夢ははっと、われにかえり、あわてて言葉を返した。
「そうなの〜。聞くところによると、一ヶ月だけの期間限定、なんだけど、
観覧車やメリーゴーランドが綺麗にライトアップされて、12時までやって
るんだって〜vv近頃じゃカップルに大人気のデートスポットなんだって〜vv」
「へぇ〜。素敵だね・・・」
(・・・恋人・・・かぁ。憧れちゃうな・・・)
心の中で、そっと、思う。
「でしょでしょ〜♪だけどね、特別企画だから、入場者数が決まってるんだ〜、だから、プレミア化しちゃっててね、向こう一ヶ月全部売約済みなんだって。」
「え・・・そうなんだ。」
未夢は少し残念そうにつぶやいた。
彷徨と行きたかったな・・・なんて、ね。
・・・って私なに思ってるんだろ??
きっとこんな想いをしてるのは私だけなのに――・・・
「ふっふっふ・・・それがね〜vv実はうちのお母さんがテーマパークとか
映画とかのチケットを扱ってる会社で働いてる知り合いの人から、限定
っ!!2枚だけ、もらってきちゃってるのよね〜、これが♪」
「えっ?そうなの?綾ちゃんいいな〜、そうだっ!ななみちゃんとでも行ってきたら?」
「私とななみちゃんだけが行ったら、未夢ちゃんも一緒がいいじゃない!!だからね、ななみちゃんと話したんだけど、どうせ2枚しかないんだから、未夢ちゃんと西遠寺くん、二人で行ったらどう?ってことになったのよ〜。」
「・・・か、彷徨と??」
未夢は今の自分の気持ちを全て見透かされたかのように、一瞬、ぱぁっと赤くなった。
思わず、電話しながら食べていた大好きなプリンのカップを落としそうになった。
「そう♪だいたい女の子同士じゃ悲しいじゃない。やっぱりこういうのはラブラブ〜、なカップルが行かないと!!」
綾は何故かテンション高めに声をあげた。
なんというか、期待をこめているような。
「なっ、何言ってるのよ〜、綾ちゃん、私たちはそんなカップルなんて関係じゃないんだよ///第一、転校してから一度も会ってないんだよ??」
未夢は慌てて自分と彷徨の仲を否定する。
そうなったらいいな、とは思ってるけど。
彷徨はきっと私のことなんとも思ってないんだよ。綾ちゃん・・・
彷徨はすごくもてるし。
悔しいくらいにかっこよくて。
不器用だけど。切ないくらいに・・・優しくて。
まただ。
未夢は胸の奥がきゅーっとなるのを感じた。
大丈夫、時がたてば、きっとこんな気持ちなくなる。
未夢はそんなふうに自分の想いを閉じ込めようとしていた。
「えええええっ!!!!そうなのぉお!!!じゃあ、なおさらじゃない!!
やっと会えるチャンスだよ〜vvそ・れ・に何言ってるの〜??平尾町にいた
ころから未夢ちゃんと西遠寺くんつきあってるようなもんだったじゃない。
四中のみんなほとんどそう思ってたよ?ここは観念して、私たちのプレゼン
トもらっちゃってよ〜!!わかってるんだからっ!!未夢ちゃんが今のまま
でいいなんて思ってないこと。
それにもう遅いんだ♪今日黒須くんを通して西遠寺くんにチケットを渡すこ
とになってるんだものvvただし、一枚ねvv」
「あ、綾ちゃん?!・・・それに一枚って・・・?」
未夢は綾の言葉に動揺しながら、最後の一口になったプリンをぱくっと口に放り込む。
「未夢ちゃんの分は別にすでに昨日郵送しちゃってるんだ。だからもう絶対
二人で行くしかないってわけなの〜。指定日は今度の土曜日!!待ち合わ
せ場所は同封してる手紙に書いてるからvもちろん、黒須くんにも同じ待ち
合わせ場所伝えてもらうようになってるから。ただ、西遠寺くん一人じゃ不
審に思うでしょ?だから、直前までは行く相手は黒須くんってことになって
るの。
あとは黒須くんが急用で帰ることにして、西遠寺くんを一人にさせるか
ら。だけど、西遠寺くんも帰ってしまわないように、このへんは黒須くんにフォローしてもらうのよ〜。
――それにしてもやーーっぱり、普通に事前に約束しちゃうより、いきなり
会ったほうが感動のご対面になるよね〜♪だから最初は西遠寺くんに2枚渡
そうと思ってたんだけど、西遠寺くんを、びっくりさせたくって〜!!!っ
て、きゃぁぁぁ、我ながら完璧な演出だわ〜!!!」
二年のときは演劇部副部長、今は部長になっただけあって、綾は以前にもまして、何でも演劇に絡めてよく話すようになった。
こんな風に強引な、周りが見えなくなることもあるのだが、
だけど、そんな変わらない友達が未夢にとっては嬉しかった。
「・・・ま。まあ、綾の演劇に結びつけるのは別として、いいかげん素直になるんだよ〜、未夢」
「わっ、ななみちゃんもいたの?」
いつの間に来たのか、側にななみもいたようだ。
相変わらずさばさばとして元気の良い声。
ななみもまた、未夢にとっては大好きな親友。
「西遠寺くんによろしくね〜vvじゃ、成功を祈る!!未夢☆」
「さ〜あこれでまたネタが浮かびそうだわ〜♪・じゃあ、頑張ってねv未夢ちゃん。私たちとは今度また遊ぼうね」
「あっ・・・ちょっ」
「き、切れちゃった・・・」
――びっくりさせるって。
何言ってるのよ、二人とも〜。
でも、
でも、
でも・・・
(彷徨に会えるんだ・・・)
窓からのぞく暮れかけた藍色の空がいつもより、どこまでも広く青く感じられた。
◇◇◇
ピンポーンピンポーンピンポーン・・・
「あっれ〜、おっかしいなあ〜、彷徨〜、いないのか〜、なぁ〜、か〜なたぁ〜!!」
西遠寺。
三太は持ち前の間延びしたような声で西遠寺の玄関の前にたち、呼びかける。
そう、さきほど綾たちが話していた、「ファンタジーパーク」のチケットを持ってきたのだ。
「こんな時間にいないはずないよな〜。」
現時刻夜の8時。
今年も委員長をやっている彷徨だが、いくら委員会があったとしても、もうとっくに帰宅しているはずだった。
三太は首を傾げながら、もしかしたら、と思い、縁側のほうに回ってみることにした。
(あいつ、よく縁側に光月さんと二人で並んでたよな・・・)
そんなことを思いながら、三太はゆっくりと縁側のある庭へと歩いていった。
お寺だけあって、さすがにかなり広い。
しかし、前と雰囲気がかなり変わっていた。
いや、これが本当の姿かもしれない。
ただ、ほんのひとときだけ、まるで別の世界に包まれたように明るくて、あったかい雰囲気に包まれていたのだ。
―ルゥやワンニャー、そして、未夢がいたころは。
「あっれ・・・?・・・なんだ、やっぱいたんじゃん」
三太は視線の先に彷徨の姿を見つけると、声をかけようと、近づいていく。
彷徨は縁側に面している居間で何かをしているようだった。
「おーーいっ!かなたぁ〜、いるんなら返事くらいしろよな」
「・・・三太?こんな時間にどうしたんだよ。しかも、玄関からじゃないし」
「何言ってんだよ〜。彷徨。俺何度も呼んだんだぜ?呼び鈴も押したのにちっともでてこないから、こっちに回ってきたんじゃないかぁ〜」
「そっか。・・・悪い、ついさっきまで奥の部屋にいて、気づかなかった」
「だけど、一体何してたんだ?」
「ああ。実はもうすぐ母さんの命日なんだよな。だから、数少ない遺品だけど、少し整理しておこうと思ってさ。」
古いものを整理していたためか、僅かにほこりのついた手を彷徨は手をぱたぱたとはたきながら、少し寂しげに笑った。
「あっ、そうだよ、な。」
三太は遠慮がちに言葉を返した。
そして、今の彷徨を見て思う。
(ルゥ君たち、いや、光月さんがいたころはめったに寂しげな表情をすることなんてなかったのにな〜)
幼いころからの親友・彷徨は小さなころに母を失くしたためか、ときどき、ふっと寂しげな表情をすることがあった。
感情をめったに表すこともなく、誰に対してもどこか一線をひいているようだった。
それが、未夢が来てからの彷徨ははっとするほど、変化していった。
ほとんど見せなかった笑顔も学校でたびたび見せるようになった。
だが、また未夢が元の学校に戻っていってからは、ときどき空を見上げて、また寂しげな表情をするようになった。
ルゥやワンニャーの帰っていった、宇宙を思っているのか、いや、それもあるだろうが、未夢が一番の原因だろう。
『寂しいけれど、寂しくない』
ルゥとワンニャーがオット星に帰ってすぐあとのことだ。
彷徨は未夢をやさしく見つめながら、そして、未夢もやわらかく見つめ返しながら、そう、皆の前で言っていた。
あのときはルゥたちは帰っていったあとであったが、二人の中では、「寂しい」気持ちよりも、ルゥとワンニャーが無事にようやっと本当の“パパ”と“ママ”に逢わせてあげることができた、という大きな喜びがあったように見えた。
たとえ、遠く離れていても。
もうひとつの「家族」は変わらない。・・・そんな決意を二人は見せていた。
彷徨にとって、ルゥたちと別れることはとても寂しく、辛いことだっただろう、
だが、そのときはまだ傍に未夢が残った。
ところが、やがて未夢までもいなくなって――・・・
それからというもの、彷徨は表面上は変わらないフリをしているが、三太、そしていつも未夢がいたころ一緒にいたメンバーは彷徨の変化に気づいていた。
あれだけ、彷徨のことになると暴走していたクリスでさえ、彷徨の気持ちを察しているのだろう、暴走することがなくなっていた。
もっとも、クリスの暴走の原因になるような人物が彷徨の隣にいないからであろうが。
・・・未夢以外、彷徨には見えていないのだ。
(あいつがこんなに光月さんのこと想っていたとはな〜。前々から気づいてはいたけど)
「で、何だよ?三太」
しばらく考え込むようにしていた 三太に、彷徨は怪訝そうにしている。
その声に三太はそうだ、と気づいて、手にしている封筒を彷徨に差し出した。
「そうだ、彷徨、今日はお前を誘おうと思ってさ〜、これ持ってきたんだ」
「・・・封筒?何が入ってんだ?」
彷徨は無造作に閉じられた封筒の中身を開ける。
中には、当然、ファンタジーパークのチケット。
「ファンタジーパークのチケット?何でまた急に?」
不思議そうに聞き返す彷徨に 三太は得意げに言った。
「いや〜、実はさ〜、期間限定でファンタジーパークで豆腐人間三部作に続く隠れた名作、おから人間の真実!特別展覧会、ってのが夜間限定であるんだよ〜」
もちろん、それは三太の嘘だった。
自分の趣味にはいつも彷徨をつきあわせているので、その方向で彷徨を誘うのが自然だと思ったのだ。
「ふーん・・・」
「なぁ〜、彷徨ぁ、行こうぜ〜。お前最近元気ないからさ、ぱぁ〜っと!な?いいだろぉ〜!!今度の土曜日!」
「・・・元気ないって何だよ」
「決まってるじゃんかよ〜。お前、光月さんが転校してからずーーーっと元気ないじゃん」
「・・・は?」
彷徨の頬が僅かに赤く染まる。
「お前ってもてるくせに全然そのへん押しが弱いよな〜。ま、俺は女の子よ
り何よりトリや豆腐人間に興味があるけどさ〜。へっへっへ〜。
だけど、彷徨、ぼーーっとしてると光月さんあれだけ可愛いんだから、誰か
にとられちまうぜ〜?四中でも光月さんのこと好きなやついっぱいいたんだからさ。
今までは彷徨が側にいたから誰も近寄れなかったけど、今はなぁ・・・」
「お前・・・何か勘違いしてないか?いつ俺が未夢のこと好きだっていった?」
そういいつつも、内心、彷徨はどきっとさせられていた。
三太には自分の気持ちを見透かされている、だが、口には決してだしたことはなかったはずだった。
「何言ってんだよ。めちゃくちゃわかりやすいぜぇ〜。お前光月さんのこと
いつも目で追ってたもんな。それに光月さんを見るときの目つき!ありゃ、
どうみてもラブラブビームだったよな〜うん!」
「なっ!!///」
さらに赤くなる彷徨を目の前にして、
三太は一人で納得して、うんうん、と頷いている。
彷徨はごまかすようにこほっと、咳払いをした。
「と、とにかく・・・もう帰れよ。夕飯はもう食ったのか?それに、また、明日もまだ学校だろ?」
このままでは三太が好き勝手言い出しそうだったので、彷徨は今度は表情を一変として厳しくして、すぐにでも帰るように促す。
(ったく。何言ってんだよ。三太のやつ〜。)
「おお、こわ。ったく。素直になれよな〜。・・・あっ、まだ返事聞いてなかったけど、いいんだよな〜?土曜!」
「悪いけど、あんまり行く気しないんだけどな・・・」
「ひどいよ〜、かなたぁ〜、お前、友情を忘れたのかっ??サボテンマンを
タイムカプセルに入れた頃の彷徨はどこにいったんだよぉ〜!!
このチャンスを逃したら、もう二度とおから人間には巡りあえないかもしれ
ないんだぜぇ〜!!どうしてくれんだよ〜!!」
「一人で行けばいいじゃんか」
「一人でいっても楽しくないんだよ〜、共に楽しみはわかちあいたんだよぉぉ、なあ、頼むよ〜!!」
三太は、大げさに猫のような三白眼を見開いて大粒の涙を流している。
彷徨はひとつ、ため息をついた。
親友の 三太は一度、自分の趣味を語りだしたら、とまらないことは、幼い頃から知っている。
それに、承諾しない限りは帰ってくれそうもなかった。
「・・・わかったよ」
「おおっ!!行ってくれるんだなっ??そうなんだな?いや〜、やっぱ彷徨だよな〜、っていうか行ってもらわないと困るしさ♪お前だって絶対そうしたほうがいいに決まってるし!!」
「は?何わけのわかんねーこと言ってんだよ。」
「っと。・・・いやいや、こっちの話♪じゃあ、明後日土曜夜8時、ファンタジーパークの正面ゲートの前で待ってるからなぁ〜、じゃあなぁ〜」
三太はなにやらにやにやしながら、急ぎ足ですたたーーっと縁側から去っていった。
「何だ?あいつ。って、しかも、夜8時って、なんでそんなに遅い時間なんだよ」
彷徨は少しばかり様子のおかしかった三太の様子に首を傾げながら縁側へと腰掛けた。
(それにしても俺ってそんなにわかりやすかったのか・・・)
未夢。
初めは、ただの寄せ集めの家族のような存在のはずだった。
けれど、一緒に季節を過ごしていくにつれて、気づいたときにはいつもあいつを目で追っていた。
いつでも探していた。
未夢が笑うと、自分もなぜだかとても嬉しかった。
だから、いつだって笑顔でいてもらいたかった。
そして、――、これからもずっとずっとずっと・・・俺の傍に・・・
いつからだったろう、自分でも気づかないうちにそんな想いが自然と沸き起こった。
離れたくなかった、本当は。
だけど、仕方なかった。
“他の誰かに・・・未夢を・・・”
三太の言葉が頭に浮かんでくる。
そう、それは何より恐れていること。
別れのあの日、この想いを告げようと思った。だけど、あと一歩が踏み出せなくて、胸につかえていた一言がどうしても言えなかった。
三太は泣いていたけど、俺はまた必ず会える、そして、いつか必ずまた俺の隣に戻ってくる、――そう、信じて。
最後は笑顔で見送った。
「けど、伝えなきゃ、何にもなんないよな・・・」
本当は何度も連絡を取ろうと思った。
だけど、ルゥたちもいない今、一体何が俺たちをつないでいるのだろう?
そう考えているうちに、結局一度も連絡できないまま、空白の半年間が過ぎてしまっていた。
――あいつ、何してるんだろう?
今頃、俺じゃない、誰かの隣で笑っているんだろうか・・・。
◇◇◇
「わー、いい天気vv」
土曜日。
昨日は夕方から突然の夕立で、今日の天気が心配されたが、朝から抜けるような青い空だった。
この青空のように、全部澄み切って気持ちを吐き出せたらいいのに、未夢はそんなふうに思いながら、ベットから起き上がり、うーん、と伸びをした。
今はふかふかのベット。
だけど、西遠寺にいたころは決してやわらかとはいえない布団だった。
それでも、未夢にとっては何もない純和風の部屋が心地よかった。
今は綺麗に飾られた洋風の部屋。でも、なんだか物足りない・・・
( 彷徨・・・やっとやっと逢えるんだ。)
未夢は自然と顔が綻ぶのを押さえられなかった。
たとえ、彷徨が自分のことをなんとも思っていなくても、何より「逢える」ことが素直に嬉しかった。
強引だけど、ななみたちの世話焼きに感謝したい気持ちだった。
「未夢〜、起きてるの〜?」
不意に、下から未夢の母、未来の声がした。
NASAにも貢献し、宇宙へ飛び立った、有名人の母、未来は土・日に関係なく、相変わらずの多忙だった。
父、優も昨日から出張中で留守にしている。
未来は今日は、どうやら大学での講義があるようだ。
「あ、うん。起きてるよ〜。何〜?」
未夢はパジャマのまま階段を駆け下りていくと、声のするほうへ向かった。
「未夢。また今日は随分と早いのね。何かあるの?あっ!もしかして、デートとか?」
未来はにやにやしながら未夢のほうを振り返った。
「な、何言ってるのよ〜!!そんなわけないじゃない!!だって、今は女子校だよ?そんな相手どこにいるのよ〜」
「あら?相手って彷徨くんのことよ?だーーって、未夢には彷徨くんしかいないじゃない!!ね〜♪」
「マ、ママ!!何言ってるのよ〜っ!!彷徨とは何でもないんだからっ!!」
顔を赤くしながら否定する娘に未来はさらににこにこしている。
「もう、ママ!!ところで、何で私を呼んだの?」
「そうそう、今日も遅くなるから、悪いけど、ごはん、適当に食べててくれる?」
「うん・・・。あっ、でもママ!今日はもしかしたら友達のうちに泊めてもらうかもしれない・・・かも。」
そうだった。
夜の8時にファンタジーパークに行くということは、彷徨に会って、帰るとしても、かなり遅くなってしまう。
(って、ことは。ななみちゃんか綾ちゃんの家に泊めてもらうしかないってことだよね。う〜、うかつだった。次の日日曜だし、今から電話してみようかな・・・)
未夢は未来に話しながら今更ながらに気づいた事実だった。
「あら、そうなの?だけど、誰のお宅?」
「平尾町の友達、ママにも話したことあるけど、ななみちゃんか、綾ちゃん」
「まあ、急な話ねぇ・・・泊まりにいくのは全然かまわないけど・・・あら、でも、平尾町に行くんなら、西遠寺に泊めてもらえばいいじゃない?慣れたところのほうがいいでしょ〜♪」
え・・・
「ママ、そっちのほうが安心だな〜、なんたって、一年間一緒に暮らした彷徨くんが一緒なら心強いしv・・・あらあら、もうこんな時間!ごめん、未夢、じゃあ、泊まって来るのならそのときはママの携帯に連絡してね〜。ママ心配するでしょ?」
「あ、う、うん!!気をつけてね」
未来は足早に家をでていく。
未夢はぼんやりとその後ろ姿を見つめていた。
(そうだよね、彷徨に会う、ってことはそのまま西遠寺にとめてもらっても
いいわけ、だよね。だけど、ルゥくんもワンニャーもいない今、もし、宝晶
おじさんもまたいなければ、か、彷徨と二人っきりになるんじゃない!!/
///・・・それは無理だよ〜・・・やっぱりななみちゃんか綾ちゃんに電話しようかな)
未夢はぽうっと頬が熱くなるのを感じながら、朝食を食べ終わってから、ななみか綾に電話しようと考えていた。
西遠寺にきたばかりだったのであればともかく、自分の気持ちに気づいた今、とても二人っきり、などという状況はさすがに恥ずかしくて、それに、
一緒に長くいればいるほど、切なさが募るではないか、という不安もあった。
(それに、す、好きな人と夜二人っきりだなんて・・・)
未夢は一人でぷしゅーっと顔を赤くしながら、火照りを少しでもやわらげようと、自分のほっぺたをぱちぱちと叩いた。
簡単な朝食を済ませると、未夢はななみたちがどこにいるか分からないので、携帯に電話することにした。
「あ、もしもし、ななみちゃん?」
「あ、未夢〜?どうしたの?今日は西遠寺くんとデートのはずでしょ?遅く
ても夕方までにはこっちに来るんだよ〜。あーあー私も未夢に会いたかった
けど、今日はおばあちゃんの漬物作りを手伝うことになってるし、夕方から
はお母さんいなくてご飯も作らなきゃなんないんだ〜。ところで、未夢何か用?」
「(で、デートって///)あ、うん。あのね・・・」
未夢が今日泊めてもらえるかな?といおうとした瞬間、
「あっーー、ごめん、今おばあちゃんが呼んでる!!ごめん、未夢またあとでかけて〜」
「あっ、うん」
「ほんとにごめんね〜。じゃ、またね☆未夢楽しんできてねvv」
ピッ・・・ツーツーツー
電話は短いもので、すぐに切れてしまった。
「ななみちゃん、忙しそうだな・・・」
何だか寂しさを感じながら、未夢は電話を切った。
どうやら、ななみは忙しそうでとめてもらえそうにない。未夢は思いなおして、綾に電話をかけた。
トゥルルル トゥルルル・・。ピッ
「はい〜、小西でーーすvv」
「あ、綾ちゃん、あのね・・・」
「あっ、未夢ちゃん??ちょーーどよかったぁぁ♪ねー聞いてよあのね、今
度また急遽演劇大会が決まったんだけど、突然のことで今すごくネタにつま
っちゃってんのよ〜!!!
ルーナ姫続編も捨てがたいし〜、だけど、今は未夢ちゃんがいないでしょ
〜、だから、それは無理だし〜、そう思って全然違う方向を考えてるんだけ
ど〜、それが全然ダメなのよ〜。
よーし、それじゃあ思い切って、ここはひとつギャルママをテーマにしたら
斬新でいいんじゃないかっ、って思ったんだけど、それじゃあ、教育委員会
から文句でそうだし〜、やっぱり中学生らしい演劇がいいのよねーって私も
思うし!!未夢ちゃんもそう思うでしょ?思うよねっ? だけど、ロミオと
ジュリエットのような悲劇はワンパターンだし、かといって、ハッピーエン
ドもありがちでしょ〜。こう、今までみんなが見たこともないような、斬新
な演劇にしたいのよ〜。ほら、ルーナ姫、白クジラも今までにない、ストー
リーだったでしょ〜、あっ、でもルーナ姫はおなじみのかぐや姫をベースに
したんだっけ。・・・ああ〜、もうわかんなくなってきた〜!!
どうすればいいと思う?未夢ちゃん!!!やっぱり未夢ちゃんがいないし、
ここはクリスちゃんに頑張ってもらって白クジラ続編がいいかな?」
「え・・・あうん、そうなんじゃない?」
「そんな簡単に決めないでよ〜。演劇部部長としての生命がかかってるのよ〜。
・・・あーーーっ、だけど、白クジラもみたらしさん、もしくは親戚のお兄
さん、っていうかワンニャーさんだったんだっけ?きゃああ、もうどーしよ〜!!
あっ、ところで未夢ちゃん、何かあったの?」
今までべらべらとひたすら喋り続けていた綾だったが、ようやくわれにかえり、未夢の用件を尋ねた。
綾の勢いに今まで呆然としていた未夢ははっと、気づいて今度こそ、泊めてもらおうというつもりで話し始めた。
「あっ、うん。実はね、今日・・・」
「ああああっ!!!なんか今急にネタが浮かんできたわ〜っっ!!ごめん、未夢ちゃん、今忘れないうちにメモしておきたいから、また電話あとでもいい?
ほんとごめんねっ!!じゃ、また会おうねvv」
「あ、あの・・・」
ピッ・・・ツーツーツー
しかし、またしても。綾はちょうど演劇大会がせまったこともあり、その勢いに圧倒されて、肝心な用件を伝えることができなかった。
「どうしよう。今の綾ちゃんの状態で泊めてもらうのはやっぱり無理だよね
ー・・・かといって、クリスちゃんのところはお屋敷すぎて何だか悪い
し・・・やっぱり西遠寺かな?だけど、私が来ること知らないわけだし。あーーっ、もういいやっ!!
もとは西遠寺にいたんだもん。彷徨に頼むしかないよね〜。そうよっ、意識
しすぎなのよ〜。今まで一緒にいたんだもん。よーしっ、そうと決まったら
夕方までにファンタジーパークにつかなくちゃ。それまで時間あるし、せっ
かくだから、彷徨になんか作っていってあげようかな?」
ぶつぶつと独り言を呟いて、そうだよね、と自分に言い聞かせながら、未夢は久しぶりに会う彷徨のために、何か作って持っていくことにした。
料理にはまったくもって自信のなかった未夢。
今でもそれはあまり変わってはいないが、彷徨の大好物のかぼちゃ料理だけは、どうしてもうまくなりたくて、西遠寺から引っ越してきた今、休みの日には練習していた。
そして、持ってきた本は。
・・・「初心者でもカンタン!かぼちゃ料理のススメ」
「よーし!作りますか〜っ!!」
彷徨に会えることに想いを馳せながら、いつもは食べてくれる人物はいないけれど、今日は受け取ってくれる人がいることに、嬉しさを感じながら、未夢は早速、かぼちゃ料理にとりかかかった。
◇
「あ。そういえば、今日三太とファンタジーパークにいくんだったけ・・・」
土曜日の午後。
縁側に彷徨は座っていた。
もうかなり日が傾きかけた夕暮れに、微かに秋の気配が風をつやめかせていて、彷徨の頬を快くくすぐった。
何だか面倒だな、と思いながら、のろのろと支度にとりかかる。
三太との待ち合わせは8時。
まだ十分に時間はあったが、このまま家にいても特にすることもなかったので、散歩でもしながら、のんびりとファンタジーパークにでも向かおうと早めに家を出ることにした。
ふっ、と何気なく空を見上げる。
――そういえば、あいつ、未夢が・・・前にこんなこといってたな。
『夕暮れの空が広がるときって、少しずつ星が降ってくるように、輝きだすよね。
――空って休みもせずに光を作り続けてるよね・・・だってお昼は太陽でしょ?夜は月と星が、ね?すごいよね。』
あのときは普通中学二年にもなってあんなファンタジーめいたこというか?って苦笑したけれど、どことなくそのときのほんわかとした雰囲気が未夢らしくて、とても優しい気持ちになった。
(みゆ・・・)
いつか・・・この気持ちが届くことは叶うのだろうか。
☆
「わーー、懐かしい〜。ルゥ君たちと最後に行ったモモンランドもとっても
楽しかったけど、やっぱりファンタジーパークも、いいよね〜。
みずきさんと来たとき、とっても楽しかったな〜。彷徨に見つかるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたけど。」
――平尾町・ファンタジーパーク
未夢は少し早めに待ち合わせ場所に来ていた。
早く彷徨に会いたくて、気持ちの思うままに来てしまった。
服もいつもよりおしゃれして。重ね着できる透ける感じのモヘアニットに、スモーキーピンクのコーデュロイのカジュアルミニスカートに、流行の、白のくしゅくしゅのブーツを履いて。
最近買ったばかりのストールも巻いたりして。
そして、バックには、お昼に作った、少し崩れかけたけれど、何とか出来上がった、パンプキンパイ。
(彷徨・・・喜んでくれるかな?あっ、だけど、どうせきっと、褒めてはくれないんだろうな。・・・もし、「食えるのか?それ?」なんていったら許さないんだからっ!!)
だけど、今ではそんな想像をするのも楽しくて。
未夢は半年ぶりに会う彷徨の姿を想像して、何だかとても嬉しくなった。
背が伸びてるだろうな、
少し声も低くなってるかな?
もっとかっこよくなっちゃったりしてるかも・・・
「おっせ〜ぞ。三太。」
ちょうどいい時間に着いた彷徨は待ち合わせ場所で腕を組みながら、15分ほど遅れて、肩を上下させながら大急ぎで走ってきた様子の三太をじと目で見つめた。
「すまん、彷徨ッ!!それが、大変なことになったんだっっ!!実は俺、勘
違いしてて、おから人間の真実!特別展覧会は、モモンランドのほうで開催だったんだよぉ〜。
しかも、今日一日限りなんだよ〜。だから、悪いっ!!今から俺行って来るよっ!!」
「は?何言ってんだよ。俺もじゃあ、行かない。一人でいってもつまらないしな」
「それは困るよ〜!!そのファンタジーパークのチケット、今、夜の遊園地
特別プレミアチケットでめちゃくちゃ高かったんだよ〜。せっかく小遣いは
たいて買ったんだよぉ〜。うう、勿体無さすぎるから、お前一人でも行って
きてくれっ!!
おから人間はいないが、期間限定ファンタジーパーク特別夜の遊園地のイベ
ントってのがあって、今カップルの間で大人気なんだっ。お前かっこいいか
ら、そのへんの女の子の一人や二人ナンパして、デートでもしてくれっ!!
ほーら、すぐ近くにかわい〜い子が・・・いるはず・・・」
(あれっ???光月さんいない??)
未夢と彷徨を再会させようとしくんだ待ち合わせ場所は、正面ゲートの前。ななみたちにもそう連絡しているはずだった。
時間は彷徨と同じ8時。
だが、三太がくるまでは彷徨には見つからないようにしていて、と言付けていた。
自分が来たのを見つけたら、さりげなくでてきてほしい、とのことだった。
「あれっ??あれぇ〜??(光月さん、まだ来てないのかな??だけど、もう8時20分になろうとしてるし・・・)」
三太はきょろきょろと未夢の姿をもう一度探す。
しかし、未夢はかなり目立つ容姿をしている。さほど広くないファンタジーパークのゲート前で隠れてでもいない限りは、絶対見つかるはずだった。
「??ナンパ〜??何言ってんだよ・・・?おい、ふざけるなよ。」
彷徨は少々いらいらしながら三太をにらんだ。
(っていうか、ほんと光月さんどうしたんだぁ??こんなことなら光月さんの携帯番号聞いておくんだったぁぁ)
「おい?」
ひとり頭を抱える三太に彷徨は不審に思いながら彼の肩を掴んだ。
「と、とにかく彷徨はこのままパーク内にいってくれっ!!いいなっ!!絶対帰るんじゃねーーぞっ!!」
掴まれた肩をふりほどき、だだだ〜っと 三太は逃げるように彷徨の側から離れると大声で叫びながら走っていった。
まだきょろきょろ未夢の姿を探しながら。
「あっ!おいっ!!」
彷徨の叫ぶのを聞かずに 三太はあっというまに姿を消してしまった。
「ったく・・・しょーがねーなー。少しだけ、行ってみるか」
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トゥルルル・・・トゥルルル・・・ピッ
「はい、天地です」
「あっ!!天地さん??ちょっと手違いがあるかもしれないんだよ〜。彷徨と光月さんの待ち合わせ場所ってどこだったっけかなぁ?」
「な〜んだぁ、黒須君?どうしたの?」
「いやさ〜、さっき感動の再会をさせようと待ち合わせ場所に行ったんだけど、光月さんの姿が見当たらないんだよぉぉ」
「確か南側出口の“地球型の噴水”のところだったと思うけど・・・」
「・・・えええっ!!」
「まさかとは思うけど、黒須君待ち合わせどこっていったの?」
「正面ゲート前・・・」
「ちょ、ちょっとそれは最初そう言ってたけど、西遠寺くんが帰ってしまわ
ないように、中で待ち合わせすることにしたんじゃないっ!何忘れてんのよ
〜っ!!プレミアチケット以外でも普通の9時までの入場券なら当日でも買えるんだからっ」
「そうだったぁ〜!!しまったぁぁぁ」
「もうっ、何やってんのさ〜っ!!・・・いいよ、今から未夢に電話して、ゲート前に行って貰うから。」
「ごめんよ〜。」
「・・・間違えたものは仕方ないから、もういいけど。だけど、すれ違わないといいけどね、あの二人・・・」
携帯を握り締めながらななみはぽつり、と呟いた。
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★
「彷徨遅いな・・・彷徨と三太くん、もう来ていないとおかしいんだけど・・・」
誰もが振り返るような端正な顔立ちをしている彷徨と、人懐っこい猫のような瞳をした三太くん。
二人とも目立つ組み合わせだった。
ましてや見慣れた二人を見逃すことはないと思っていた。
しかし、もう待ち合わせの時間はとうに過ぎてしまっている。
それに、携帯も何をうっかりしていたのか、ここに来る直前に充電が切れてしまった。
連絡のつきようも、ない。
――時刻はすでに9時になろうとしていた。
周りではさすがに夜の遊園地企画だけあって、寄り添うように、互いを気づかうように、カップル達が目の前を過ぎていく。
未夢の目の前にある“地球型の噴水”も綺麗にライトアップされて、またその光が噴水の水に反射して、きらきら、と光を放っていた。
まんまるい満月も水に映って、夜空の星と、光と、月のコントラスト。
未夢はただ、噴水の水と、あたりを交互に見つめながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。