はる、いちばん。〜Spring has come!!〜

1

作:友坂りさ

 →(n)


「春だねぇ・・・」

「そうですねぇ〜」


「だぁ〜い★★」

「確かに、今日はだいぶ暖かいな」



季節は、もうすぐ、春。
きづけば、三月になっていた。

何かが起こりそうな、そんな春(はる)の予感―――










「温泉、おんせん、おんせ〜んっ!!!!ねぇ、ねぇ、ねぇ、彷徨っ、またあの山の温泉行こうよ〜!!」



西遠寺、居間。
学生の一年の最後の締めくくり、「春休み」に入ったのはつい先日のこと。
春を目前にしたある朝。


学校がある日のあわただしい食事とは違って、ワンニャーの作った食事をゆっくり口にしながら、突然、未夢はそんなことを言い出したのだった。



「だからっ、なんでさぁ・・・春が来るからって、そこから温泉になるんだよっ?」



春休みに入って、三日目。

最初のうちは未夢も、家のことを手伝ったり、ルゥと遊んでやったりもしていたのだが、
せっかくのこのお休み。それになんといっても、夏休み、冬休みと違って、春休みは宿題もない。


そう思って。
たまには外に出て、どこか行きたいと思いを巡らせていたら、ふいに、いつかの「温泉」を思い出したのだ。



「だって、どこかに行きたいんだもん」


上目遣いで、少し口を尖らせて彷徨を見上げる、未夢。
その仕草に彷徨は うっ、と息をのみながら表面上は何気ないフリをする。



「どこかって、・・・天地や小西とどっか行けばいいじゃん」


一足早く食事を終え、本を片手に彷徨はふいっと、横を向く。
彷徨にとって、この時間はちっとも「退屈」などではなかった。



・・・未夢がいて。
ルゥ、ワンニャーがいて。
そして、家にいて、流れていくゆっくりとした時間。
わざわざ、外にでて、「どこか」へ行くことなんてない、と思っていた。



「だって、ななみちゃんは今日はバレー部にスカウトされちゃってるし、綾ちゃんは春休みに入ってからずっと演劇部が忙しいみたいだし・・・」


「・・・おや。ななみさんって何かスポーツとかやってらしたんですか?」


「ううん。ほら、ななみちゃんって、スポーツとか何でもできちゃうでしょ?友達が怪我しちゃって、その代わりに今日試合にでてるみたいなの」

「へぇ〜、それは凄いですねぇ〜、さすがはななみさん。未夢さんとは大違いですね〜、・・・って、あわわ、すみません〜!」

「ワンニャー!!」

「ま、確かにな」


「彷徨までっ!!」

「あ〜い★」



「・・・って。そうじゃなくって!!温泉、温泉!!おんせ〜ん!!!!!だって、前行ったときせっかく掘り当てたのに入れなかったでしょ??どうしても行きたいのっ!!!」


彷徨のそばに来て、しきりにねだる未夢。
一度思い始めたらとまらない性格なのだ。



「ルゥやワンニャーはどうするんだよ?あの山昇るの大変だって知ってるだろ?
ルゥたちは連れてけないぞ」


そう。
以前未夢が崖から落ちたあのときの山。
どこを掘っても温泉がでるという、どこまでも不思議な山なのだが、意外に高く、頂上まではかなりの距離があるのだ。



「あ、ワタクシたちならご心配ありませんよ。ぐふふ〜。勢いに任せて言っちゃいます〜!!
 実はですね、明日はももかさんとワタクシとルゥちゃまと、モモンランドへ行こうと誘われていたんです〜。ですから、ワタクシたちのことは気にせずに、今日一日は未夢さんとお二人でごゆっくり楽しんできてください」


「ほら、ワンニャーもああ言ってくれていることだし、こんなにお天気いいんだから!行こうよ、ね!」



「・・・はぁ。なんか結局、こうなるんだよな。・・・しょーがねーな。行くか・・・」



面倒くさそうにしながらも、結局未夢には彷徨は逆らえない。
そんな現状にため息をつきながらも。
何より、未夢が嬉しそうなのはやっぱり自分にとっても嬉しかった。


「本当??やったぁっ〜!!!」





こうして、再び未夢、彷徨は隣町の山まで温泉に行くことになったのだった。






◆◆


「着いたわよ。ルゥーイ。さ、このマニュアルどおり、地球のモノに似た格好をしなければならないわね。オンセン、というものを楽しまなくっちゃ!」

「たのしみだね、おかあさん」



未夢たちが温泉に向かった直後。
地球には―――ある宇宙人の親子が舞い降りていた。


「じゃ、この地球カプセルを飲んで。変身するわよ」

「はぁ〜い!!」

「お母さんも飲むわ」






ごっくん。















―――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






(―――・・・あれ??おかあさん、どこ〜???ナンだよ、これぇ〜、なんでこんなにふさふさしちゃってるんだぁ〜??ちきゅうじんってみんなこんななの〜??)


(あれ、あんなところにおおきな木が。さっきまであったかな?)



((――・・・ルゥーイ、ルゥーイ、私よ。))





(おかあさんっ??どうしたの、そのかっこう、まるで“木”だよ〜)

((えぇ。・・・ごめんね、どうやら・・・お母さん、間違ちゃったみたい。だって、あなたの格好もとても変だもの・・・))


(えええっ??どうすればいいの?)


((・・・そうね、確か・・・説明書に対処法・・・って言ってもわかんないわね。・・・どうすればいいか書いてあったわ。
ルゥーイ、お母さん、動けないから、そこに落ちてあるカプセルから説明書、取ってちょうだい。私に見せて))

ルゥーイと呼ばれた少年は、慌てて宇宙船そばに落ちているカプセルの容器から、小さく丸められた紙を取り出した。

手違いで「木」になってしまった母親に紙を見せる。


(おかあさん、・・・目はどこにあるの?)


((ふふっ。ばかね。“ハルヤマ星人”の私達は目で見なくても、“透視”でわかるでしょ。あなたも、大人になったら出来るわ))

(そっか・・・そうだったんだね)


((ええっと。元に戻すには・・・互いに想いを寄せあっている“地球人二人”、に声をそろえて  ―― 『サクラ、サケ』、と対象物に叫んでもらうこと・・・ですって。対象物、ってこの場合私達のことね))


(それ、じゅもんなの?)

((わからないけれど・・・きっとたぶん、そうでしょうね・・・だけど、やっぱり飲むカプセル間違っちゃったみたいね。このカプセルの効果、地球に存在する「物“もの”」になることができます、って書いてあるの))

(おかあさん・・・おっちょこちょいなんだから〜)


((うふふ、ごめんなさい。ともかく、地球人を探してきてくれる?私が行きたいんだけど・・・少しくらいならともかく、きっと思うようには動けないから。それに、木が動いちゃったら地球人がびっくりして逃げちゃうかもしれないわ。
だから、あなたが行くのよ。
迷子にならないように、十分気をつけて。・・・・そうだわ、これをもって行きなさい。・・・ちょっと待ってね))

(なぁに?)


((――はい、失くさないようにするのよ))

(わぁ、きれいだね〜)

小熊の目の前には、きらきらとピンク色に輝くハート型のようなペンダント。



((お母さんの大切にしているペンダント。もし、迷子になったらお母さんのことを強く思って。
きっと、私のほうへ導いてくれるから。―――いま、ちょっと魔法をかけておいたわ))

(わぁ、おかあさん、すごいんだね〜)


母親から与えられたペンダントが宙に浮いて、小熊の首にかけられる。


((それから・・ルゥーイ。・・・ひょっとしたらね、いつもの姿じゃないから。ヒトの心を一時的に失ってしまうかもしれないの・・・つまり・・・薬の副作用で、ひと時、あなたは私のことを忘れてしまうかもしれないわ。だけど、きっと、思い出せるわ。信じていてね))



(・・・う、うん!わかった!!)


((頼むわね))



ルゥーイは、地球でいう、“小熊”の姿になっていた。
とてとてとてっ、と山の茂みへと入っていく。

首にかけたピンクのペンダントが、きらり、と光った。









◆◆◆


「ついたぁ〜!!!!頂上〜!!」


「未夢にしては、今回よくやったな」


「何よ、その言い方〜!」



温泉の山へ向かって数時間。
時折、やっぱり未夢が彷徨にすがって弱音を吐きながらも、思っていたよりも早く頂上について。


気候も、天候も春の訪れを待ってか、やわらかくあたたかで。
ときに、吹くやわらかな風が二人の頬を撫でるようにすべり。


途中、未夢の笑顔を彷徨がまぶたを細めて見つめていたことは、まだ生まれたての春の光しか知らないけれど。




「さあってと」


頂上にたどり着いたとたん、座り込む未夢。
何やらがさごそとリュックからお菓子らしきものを取り出している。



「何やってるんだ?今から温泉掘るんだろ?」


彷徨はといえば、スコップを取り出し、すでに掘る準備万全であった。
せっかく温泉目的で来たのだから、今回こそはちゃんと掘って完成させたいのだ。



「ちょっと休憩〜vv彷徨も何か食べる?」

「って。何しにきたんだよ」


「かぼちゃチップス、食べないの?」

「・・・食べないとは言ってないだろ」


「結局食べるんじゃない。ふふ」


「おまえなぁっ・・・」




                             ◆




ざくっ、ざくっ


それぞれ少し離れた場所でスコップで土を掘り返す。


「・・・あの〜、温泉、どこぉっ〜???」

「そうだな。このへん、出るはずなんだけど。 今回はあまり掘り当てらないな〜」


休憩を済ませ、温泉を掘り出した二人。
もう一時間以上もたつというのに、前と違って、温泉の気配すらしないことに、未夢は疲れきったようにその場にしゃがみこんだ。



「この山どこを掘っても温泉って言ってたじゃない〜、もう疲れちゃったよ〜」

「行きたいって言ったのお前だろ?ったく。最後まで頑張れよ」


「うっ・・・そうだけど〜」






かさっ。


がさがさっ。






「か、彷徨。・・・い、今何か音しなかった??」

「気のせいだろ。何も聞こえなかったけど」



そのときだった。
山の茂みから、何かの動くような音。
それは、未夢の耳にはっきり届いた。
ただでさえ、怖がりの未夢。
隣にいる彷徨にがしっとしがみついた。


「なっ・・・なんだよっ?」


思わずどきっ、としてしがみつかれた片方の腕が熱いのを感じながら、彷徨はさっきは気に留めなかった未夢の言葉に注意して、茂みのほうへ目をやった。





                        がさがさっ、がさがさ。






「!!」

「きゃあっ」


「みゆっ!??」




目の端にこげ茶色の物体。
“それ”は、本当に突然に。
未夢達の前を横切って、現れた。



驚きのあまり、目をぎゅっ、とつぶって震えている未夢。
彷徨にさらにしっかりとしがみついて、離れない。


「く、・・・クマか?」

物音よりも、未夢の様子に驚き、どきりとしながら。
彷徨は目の前の物体を冷静になって見つめた。



「・・・え、クマ?」



思いもかけない彷徨の反応に、未夢も恐る恐る片目だけ開けてそぉっと、様子をうかがった。


「ほんとだ・・・」



がさごそ、と音をたてていたのは。
まだ小さな、テディベアのような小熊。
茂みから出てきて、なぜだかこちらを不思議に伺うように見ている。


「きゃーーー!!!うそうそうそっ!!こぐまだぁ!!」

「・・・へ?」


先ほどまで肩を震わせるほどに怖がっていたというのに。
ふいに、未夢はまだ大きな犬くらいの大きさである、ふわふわとした毛並みをもつ小熊のもとへと。
まるで、宝物を見つけた子供のようにはしゃいで、駆け出した。



「おいっ!!」


彷徨が気づいたときには、未夢はもう、小熊のそばに駆け寄り、よしよし、と頭をなでてやっていた。



「ねぇ!!彷徨。すっごくかわいいの〜。・・・え?何で・・・?ペンダント・・・してる??」


飛び出してきた小熊も。
未夢におとなしくされるがままに、座り込んでしまった。
不安そうに、こちらをちらり、ちらりと見やりながら。



「ばかっ!!未夢、何やってるんだ!」
「え?」


未夢の腕をとって、小熊からさっと引き離す。
え?と未夢は驚いて彷徨を見上げた。


「あのな〜、小熊がこんなとこにいるってことは、必ずどこかに・・・もしかしたらすぐ近くに親熊がいるかもしれないってことなんだぞ!!おまえ、それがどんなに危険なことかわかってんのかっ?!!!」



「・・・・・」


「茂みに放してやれば、また親熊がにおいをたどって必ず見つけ出すさ。
ほら、危ないから早く放すんだっ!」

「ぃ、いやっ!!」

「未夢!」


「だって、・・・・かわいそうだよ、こんなちっちゃな小熊一人で。このまま置いてきぼりにしちゃうなんて・・・。ルゥくんだって、そうでしょ・・・?小さな子供は動物だっておんなじなんだよ。
・・・・一人ぽっちは辛いんだから・・・」


目に涙をためて、今にも泣き出しそうな未夢。
自分の小さなころとも重ねているのか。

彷徨にだって、そんな思いを抱えたことは、ある。

「ひとりぽっち」というその、辛さを。
未夢のその気持ちがわからなくは、ない。


「お願い、だって、このクマちゃん凄く不安そうなんだもん・・・ひとりで、放っておけないよ・・・」



「未夢・・・」


小熊も、未夢の気持ちを察するように。
ぺろぺろ、とその頬をなめ始めた。


「あ・・・」

未夢の涙をぬぐうように、小熊が擦り寄ってきたのだ。

その様子をみて、彷徨ははぁ、とため息をつく。



(どうして、こうこいつは・・・)





結局、そんな未夢を放っておけなくて。
“あー、もう何でこうなるんだよ”、と面倒くさそうに髪を掻きあげた。



「・・・・わかったよ・・・・・・いいかっ?だけどそのかわり・・・親熊の気配でもしようものなら、すぐにその小熊を放すんだぞっ」

「・・・う、うん!!!わかったっ!!絶対気をつけるから!!」





(ありがとう、彷徨。心配してくれているんだね。
だけど、このクマちゃんどうしても放っておけないんだ。なんだか・・・わからないけれど)



                           **



「それにしても、このクマちゃん、どこからやってきたのかな?」

「そうだな。クマがこの山にいるなんて、一度も聞いたことないし」

「そうだよね、ななみちゃんや綾ちゃんも、学校の行事とかで何度も来た事あるって言ってたけど、そんなこと一言も言ってなかったし・・・」

「ひょっとしたら、・・・というか、さっきは急で気がつかなかったけど・・・誰かが飼ってる可能性のが高いかもな」


「え?」


「ペンダント。ふつー、こんな野生のクマはしないだろ」

「あ!そうだよねっ!・・・だったらなおさら、早く元の居場所に帰してあげたいね・・・」




――結局。
温泉を掘るのをやめて。
二人は、この突如現れた不思議な小熊のそばに寄り添うように、しばらくじっと様子を見守ることにした。

小熊は、未夢に抱かれたまま、時折何かを訴えるように見上げている。

なぜだか、彷徨までもその小熊から目が離せなかった。
それに、小熊のそのペンダントから、だんだん飼われているものかもしれない、との可能性のほうが高く思えてきて。
危険性も少ないのではないかと思ったのだ。




ぐぅ〜・・


お腹のなる、音。



「あ。ご、ごめん」

「・・・すっげー、でかい音」

「むっ。彷徨ってどうしていつもそんな失礼なこと言うかなぁ〜!!」


「はいはい。・・・そういえば、腹減ったな」

「もうっ!!・・・だけど、そうだよね、ご飯まだだったよね!」

「菓子一袋食っただろ」

「もー、彷徨だって食べたでしょ〜!!」


「・・・クマちゃん、何か食べるかな??」

「さぁな。・・・主に肉食だろうけど。何でも食うんじゃねーの?」


ごそごそ、と。
お菓子をいっぱいに詰めてきたリュックから。
未夢はチョコチップクッキーだの、ポテトチップスだの、いろいろと取り出してみる。


「はい、これがいいかな?」

未夢が差し出したのは、マドレーヌケーキ。
やわらかくて、食べやすいものを未夢なりに選んでみたのだった。


手のひらに乗せて、小熊の前に差し出すと、くんくんっと、軽く匂いをかいで、恐る恐るケーキにかじりついた。


「食べたぁ〜、やっぱりお腹すいてたんだね、早く・・・あなたのママ・・・お母さん、見つかるといいね」





ド・・・・・クンッ・・・・・




――――――・・・・・・・・・・・・・・・



――――――(オ・・カ・・・・ア・・サン・・・??)



―――――ー(!!!!!!)





(そうだっ、・・・・ぼくはっ・・・・・・あさん・・・かあさ・・ん・・・おかあさん・・・おかあさんっっ!!!)



――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







「な、なにっ???」



「未夢っ!!!」





そのとき。
突然、小熊のペンダントが光りだしたのだった。









 →(n)


[戻る(r)]