あまいきおく 作:
  (前編)  →

チクタク チクタク 


時計の音が西遠寺の茶の間に静かに響きわたる。
昨日から降っている雨のせいだろうか、
じめっとした空気があたりを包み込んでいる。


パラパラ ペラ ペラリ   カチカチ  
時折、辞書のページをめくる音、シャーペンをノックする音も混じっている。


茶の間では夕飯を食べ終えた未夢と彷徨が今日出された課題を机の上に広げていた。



今、家の中には彷徨と未夢の2人しかいない。
宝晶は、修行に出ていたツケを払うかのように檀家をまわり泊りがけのこともよくある。
未来と優達も帰国後、相変わらず忙しい日々を送っていた。
家に帰って来ないなんて日常茶飯事のことで、そんな時、決まって未夢は西遠寺へとやってくる。
未夢の家から同じ敷地内にある彷徨のいる西遠寺へと・・・・



彷徨は課題を進めるべく、辞書を片手に黙々と机に向かっていた。

が、目の前にいる未夢の様子がちょっと気になってたりして・・・
チラッと未夢を盗み見ながら課題を進めていた。


(未夢のヤツ、何考えてるんだ?また俺のを写す気か?)


そんなふうに思いながら、もう一度チラリと未夢を盗み見た。

課題を広げてはいるものの、机に頬杖をつき
シャーペンを指でクルクルとまわしているだけで
ノートに何か書かれた様子はない。真っ白いページのままである。


(・・ったく・・・まぁ、未夢の苦手な英語だからなぁ・・・。)


まぁ、写させてやってもいいのだが
それじゃいつまでも利用されっぱなしなわけで・・・

彷徨は顔を上げ、やる気のなさそうな未夢に声をかけた。
「・・・おい、未夢。何ボケーッとしてんだよ。」


未夢はビクッと肩を震わせ、持っていたシャーペンを
手からポテッとノートの上に落した。


「や、やだ。////ボケーッとなんてしてないわよっ!ちょ、ちょっと、考え事してただけ!!」


未夢は、あわててシャーペンを拾い上げ、
よほど不意打ちだったのか、未夢は顔を少し赤くしながら ぷいっと横を向いた。


(考え事?)彷徨はニヤリと笑い未夢を見た。


「どうせ未夢のことだから『あのプリン食べたいな〜』とか そんな事考えてたんだろ?」
「ち、違うもんっ!!」
「そうかぁ〜?なんか、『あの甘〜いお菓子、もう一度食べたいなぁ〜』って感じの顔だったぞ。」
「なにそれ。どんな顔だったらそう感じるのよ。でも・・・」
「でも、何?」
「んっ・・・ちょっとは、当たってるかも・・・なんて・・・ね!」
未夢が、顔を赤らめ恥ずかしそうに上目がちに言った。


そして、未夢がエヘヘとペロッと舌を出して にっこり と微笑んだとたん、
彷徨は頭がスパークして真っ白になった。
胸の奥がぽうっと熱くなり、顔もじりじり熱くなってきている。


彷徨の逆転負けといったところだろう。


最近、未夢と気持ちが通じ合ってから、彷徨は調子を崩していた。
どうも、ルゥやワンニャー達がいた頃のように未夢をからかって遊べない。
未夢の一挙一動に目を奪われ、その度に熱い電流がびりびりと体中を走りぬける。


二人っきり・・・・。


そんな言葉が頭をかすめる。
意識してはいけない、いけないと思えば思うほど、今この家西遠寺には自分と未夢しかいないということを・・・。


「・・・なた?」
「・・・・。」
「ねえ・・・彷徨ってば!!」
「・・・えっ?」
「どうしたの?」


未夢は新緑色した大きく澄んだ瞳で彷徨を覗き込んだ。


「・・・・////」
追い討ちをかけるような攻撃に彷徨は身じろぎながらも
咳払いをして なんとか気持ちを立て直す。


「・・・ったく、やっぱり食いモンの事考えてんじゃねーかよ。それじゃ、課題終わんねーぞ。」
「うぅ・・・。だって、このあいだ見た夢がね・・・。」
「・・・ゆめ!?・・おいおい、夢って寝ながら菓子食ってたとか言うんじゃねーぞ。」


彷徨がいつもより乱暴な言い方をしてしまうのは、気持ちを立て直せていない証であろう。


「だから!!そうじゃなくて!!」
未夢はいつもより強い口調で彷徨を制し、言葉を続けた。
「私が小学生ぐらいの時のことを思い出してたの!このあいだ見た夢で・・・。」


未夢が思い出した あのきおく・・・・ 



     **********************


 キーンコーン〜 カーンコーン〜
 バサバサッ   バサバサバサ〜



夕方、時間を知らせるチャイムが鳴り響き公園にいたハトが一斉に舞い上がった。
太陽の沈んだ山間のほうから空が徐々に赤く染まってきている。


井戸端会議が終わったのか母親達が子供の名前を呼んでいる。
「…ちゃん、帰るわよ」「…くん、もう帰るわよ」
母親らしき人が手で おいでおいで をしている。
「じゃぁね、バイバーイ」  「またね」
子供達はそれぞれ母親の元に走っていく。


アタシはひとりで、ベンチに座っていた。
友達数人とベンチに座りお喋りしていたのだが、みんな お迎えが来て別れた直後だった。


(いつものことだけど、さみしいなぁ・・・・アタシにもお迎え来てくれないかな・・・・。)


パパとママはお仕事が忙しくて、なかなか食事も一緒に出来ない。
だから、お迎えに来てもらうことなんて、不可能に近い・・・。


(こんな事考えちゃだめだなぁ・・・お仕事頑張ってるパパとママが好きなのに・・・・。)


「ふぅーっ」
大きくため息をつき、誰もいなくなった公園から家に帰ろうと顔を上げた。


「あれ?」
視界の中に、揺れているブランコが入ってきた。
そこには、同じ年頃の男の子がひとりでブランコをこいでいる。


(何でひとりなんだろう・・・・。お迎え来ないのかなぁ?
それに・・・なんか、寂しそう・・・。)


ひとりでいるその男の子が、気になった。
そう思ったら、アタシはブランコのほうへ歩き出していた。


ブランコには、この辺りでは見知らぬ男の子が座っていた。
さらっとした、きれいな栗色の髪をしている。


(アタシが近づいてきたこと気付いてないみたい・・・。)


 ガタッ!! キィ〜コォ〜 キィ〜コォ〜 


アタシは隣のブランコに おもいっきり音を立てて座りこぎだした。


「へぇっ!?」
男の子は、かなりびっくりしたようだった。
こちらを見ながら目を見開いている。


 ガザッザザァー


「・・・・何してるの?」
アタシは、足でブランコを止め勇気を出して男の子を見ながら聞いてみた。


ダークブラウンの大きくクリッとした瞳と視線がぶつかる。
すぐに男の子は、ぷいっと横を向いてブランコをこぎだしてしまった。


(やっぱり、話しかけられても知らない子じゃ、答えないよねぇ・・・。)
そんなことを思ったら、なんだか自分のした事が急に恥ずかしくなってきてしまった。


「・・・ブランコで遊んでんの。」


少し遅れて出てきた大人っぽい男の子の声。

(あぁっ、答えてくれた。よかったぁ。)
アタシは、反応があったことに安心して、また聞いてみた。


「何でひとりなの?」
「・・・おまえもひとりじゃねーかよ。」
「それは そうなんだけど・・・・・」
「・・・ヘンなヤツ。」
「・・・だって、一緒に遊んでた子 みんな帰っちゃったんだもん・・・・。」
「・・・・・」


そう、みんなお迎えが来て帰ってしまった。
公園に残っているのはこの子とアタシだけ・・・。


「ねぇ・・・ママは・・お迎えに来ないの?」


すると、男の子は一瞬寂しそうな表情をしたが、すぐにダークブラウンの大きな瞳でこちらを見ながら言った。
「・・・とーさんが来るはずだけど・・・・おまえこそ迎えにこねぇーのかよ。」


(エッ・・・アタシ?・・・・。)
突然の切り返しにちょっとびっくりしたが


「・・・ママもパパもお仕事忙しいから・・・」
「・・・・・」


「だから、ひとりで帰んなきゃ・・・。まぁいつもの事だけどね。」
そう言って、アタシは、男の子のほうを見て笑った。


(そっかぁ。この子お迎え来るんだ。よかった・・・。)


お互い無言のまま しばらくブランコをこいでいた。
どのくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか 赤かった空が薄暗い藍色に変わっていた。


「じゃ、あたし帰るから。あんまり暗くなちゃうと怖いし・・・・。」
そう言って、アタシはブランコから降りた。


(あっそうだ!アレまだあったかなぁ。)
アタシは、ポケットの中に手を突っ込んだ。
それは、白とピンクの紙に包まれたアメだった。


ひとりで寂しい時アタシはこのアメをよくなめていた。
甘い、やさしい味が口の中に広がるとそんな気持ちが吹っ飛ぶから。
だから、いつもよく持ち歩いていた。


「あのね、これ、あげる。」


アメが握られている手を男の子の前に突き出した。
突然アメを渡され、唖然としている男の子。


(あっ、なんか恥ずかしくなってきたかも・・・。)


「早くお迎え・・・来るといいね・・・。じゃあね。バイバイ。」
そう言ってアタシは逃げるように駆け出していた。



     **********************


彷徨は未夢の話を うつむき黙って聞いていた。

そしてまた、彷徨は胸の奥がぽうっと熱くなっていくのを感じた。
だが、今回は前回のように頭がスパークして真っ白になることはなかった。


「そのアメ、初めて男の子にあげたんだよねぇ・・・。」
未夢は、ポツリと小さく呟いた が、はっと我に返って彷徨の顔を見る。
しまった!と思ってももう遅くて・・・。


その呟きに彷徨は、はは〜ん、とちょっと企んだ顔をしながら言う。


「へぇ〜。男の子に・・・しかも初めてだって?」
「えっ、いやっ、ほらっ、え〜っと////」


未夢は、顔を赤らめながらも人差し指をたて 口をパクパク必死に言い訳を考えている。


「おいおい、未夢、おまえ表情と態度に出過ぎだぞ。」


(そこがかわいいんだよな、なんて絶対言えねぇーよ・・・。)
彷徨は出かかった言葉を喉で無理やり引っかけ口をつぐんだ。


「ところで未夢、さっきの話の続き、まだあるんだろ?」
彷徨は意味ありげに微笑みながら言った。


未夢は「へっ?」っと頭に?マークを浮かべたような顔で彷徨を見つめている。


「そうだなぁ〜、未夢のことだから・・・」
彷徨は相変わらず意味ありげに微笑みながら言葉を続けた。


「公園の真ん中で手を振りながら しりもちでもついたんじゃないのか?」


きょとんとしている未夢。そして、少し時間を置いてからカーッと顔が赤くなってきたかと思うと、


「な、なんでそんな事知ってるのよっ!!うそ・・・やだ・・・なんで/////」
両手で顔を押さえブンブン顔を振っている。


(やっぱりだ。あぁ、もうチキショウ!どうしてくれよう。)
あまりのうれしさに今すぐに未夢を抱きしめたいという衝動を
彷徨は必死にこらえた。
それに、ここでこらえなければ歯止めがかからなくなってしまうかもしれない・・・・。
こらえようとすればするほど、胸のあたりがキリキリと痛い。


「お、俺、先に風呂入ってくる!」
彷徨は、逃げるようにその場を離れるのが精一杯だった。


未夢は、相変わらず両手で顔を押さえ、机の上にうずくまってしまっていた。



           *********************************


彷徨は逃げてきた脱衣所で心臓を握りしめて しゃがみこんでいた。

(くそっ、なんたってこんな症状になって出てくるんだよっ!)
(・・・・情けね。俺ってこんな人間だったんだな・・・・。しっかりしろ!西遠寺彷徨。)

彷徨はゆっくり立ち上がり、ギュッと握りしめたこぶしで
鏡に映った自分をガツンと一発殴ってやった。

実は、彷徨が未夢の話の続きを知っていたのには訳があった。
彷徨にも同じようなきおくを持っていたからだ。


彷徨が覚えていた、あのきおく・・・



           *********************************


太陽が沈んだ山間のほうから 空が徐々に赤く染まってきていた。

「全く何やってるんだよ、とーさんは・・・もっと早いんじゃなかったのかよっ!」

今日は、とーさんの仕事の都合で結構遠くまでやって来た。
だから、知ってるヤツなんていない。
仕方がないから、公園で時間をつぶしていた。

 キーンコーン〜 カーンコーン〜
 バサバサッ   バサバサバサ〜

夕方、時間を知らせるチャイムが鳴り響き、公園にいたハトが一斉に舞い上がった。

井戸端会議が終わったのか母親達が子供の名前を呼んでいる。
「…ちゃん、帰るわよ」「…くん、もう帰るわよ」
母親らしき人が手で おいでおいで をしている。
「じゃぁね、バイバーイ」
子供達はそれぞれ母親の元に走っていく。
「ママ、まってよぉーーー」
「ホラ、早くしなさい。また、遅くなっちゃったわ、今晩は何にしようかしら・・・」
「えーっと、私カレーがいいな!!」
「あら、いいわねぇ。じゃーそうしようかしら」
「やったぁーー!!」
母親にしがみつき、無邪気な笑い声をあげている子がいた。

「カレーか・・・・・」
オレはブランコをこぎながら小さくつぶやいた。

(かーさんが作るカレーってどんな味なのかなぁ・・・。)
ふと、そんなことを考えていた。

(三太のおばさんが作ったカレーと同じ感じかなぁ・・・。)
そんなふうに思ってみても、答えはわからない。

「ふぅーっ」
こいでいたブランコを止めながら、大きくため息をついた。
(また、変なこと考えちゃったなぁ。
そんなことと考えても仕方ないのに・・・何やってるんだ・・・オレ・・・。)

 ガタッ!! キィ〜コォ〜 キィ〜コォ〜 

「へぇっ!?」
突然、隣のブランコが揺れだした。
びっくりしたオレは、揺れだしたブランコのほうに目をやった。

肩のあたりできれいに切りそろえられ、両耳の上でちょこっと結んである金色の髪。
そこには、同じ年頃の女の子が 前へ後ろへとブランコをこいでいた。
きれいな髪を揺らしながら・・・・・。

ボーっとしながらオレは その女の子を見ていた。
(こいつ 何しに来たんだ?・・・・。)

 ガザッザザァー
突然、ブランコが止まった。
女の子がこっちを見た。新緑色した大きな瞳と視線がぶつかる。
「・・・・何してるの?」
にっこりと微笑み首をかしげながら 聞いてきた。

やさしく降り注がれる視線に
焦ったオレは、ぷいっと横を向いてブランコをこぎだした。

「/////・・・ブランコで遊んでんの。」
何事も無かったように答える。

「何でひとりなの?」
「・・・おまえもひとりじゃねーかよ。」
「それは そうなんだけど・・・・・」
「・・・ヘンなヤツ。」
「・・・だって、一緒に遊んでた子 みんな帰っちゃったんだもん・・・・。」
「・・・・・」
「ねぇ・・・ママは・・お迎えに来ないの?」

思いもしなかった質問に一瞬ビクッとしたが、冷静に切り返した。
「・・・とーさんが来るはずだけど・・・・おまえこそ迎えにこねぇーのかよ。」

「ママもパパもお仕事忙しいから・・・」
「・・・・・」
「だから、ひとりで帰んなきゃ・・・。まぁいつもの事だけどね。」

そう言うと、その女の子はオレを見ながら寂しそうに笑った。
新緑色したその瞳は本当に寂しそうで・・・。

お互い無言のまましばらくブランコをこいでいた。どのくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか 赤かった空が薄暗い藍色に変わっていた。

「じゃ、あたし帰るから。あんまり暗くなちゃうと怖いし・・・・。」
そう言うと、女の子はブランコから降りて ポケットから何かを出した。

「あのね、これ、あげる。」

女の子は握っている手をオレの前に突き出した。
それを、両手を使って胸元で受け取ると、白とピンクの紙に包まれたアメだった。
突然アメを渡され、唖然としているオレに

「早くお迎え来るといいね。じゃあね。バイバイ。」
そう言うと女の子は駆け出した。

こっちを見ながら、手を振っている。

「あっ危ないっ!!」
やっと出てきたオレの声と同時に響く声。

「きゃっっ!!」
 ドテッ!!

女の子は、特に何もなかっただろう公園の真ん中でバランスを崩し転んだ。

「いてててぇぇ〜」
女の子はお尻のあたりを擦っている。

「大丈夫かぁ?」
オレは、声をかけながらその場所に駆け寄ろうと立ち上がる。

「えへへ。大丈夫。よくやるんだぁ〜あたし。」
そう言って起き上がると、ぺロッと舌を出し、

「じゃぁ、ほんとにバイバーイ。」
さっと、体の向きを変え その女の子は走っていってしまった。

「ほんとに・・ヘンなヤツ・・・」

オレは、そうつぶやきながら、いままで隣に座っていた女の子を思い出していた。 

両耳の上でちょこっと結び、ブランコをこぐたびにさらさらと揺れる金色の髪。
あたたかく包み込まれそうな新緑色した大きな瞳。

まだ少し揺れている隣のブランコに目をやりながら
再度ブランコに座り、もらったアメを口に放り投げた。
「イチゴミルク味かぁ〜///////」

あまーい、やさしい味が口の中に広がる・・・・


(・・・・あっ!!しまった。お礼言うの忘れた。)


それからすぐだった。

座っているブランコの後ろから聞き覚えのある声がオレを呼ぶ。
「おお、彷徨ぁ〜。待たせたのぉ〜。」

「遅ぇーよ。とーさん。」
そうい言いながら、オレは立ち上がり振り返った。

「いやぁ〜、檀家さんに『もう少し、もう少し』と泣き付かれてのぉ〜」
頭をペチペチしながら、こちらにやってくる。

「とーさん、顔 赤いみたいだけど?」
その顔は、どう見ても一杯やってきた顔だった。

「あはっ。そっ、そうかのぉ〜。はっはっはぁ〜」
とーさんはバツが悪いように笑っている。

小学生の息子をこんなに遅くまで放って置いて よくもまぁ酒なんか・・・。
「はぁ〜」
オレはため息をつき、いつもの事だとあきらめた。


(おまじない・・・だったのかな・・・・。)


もう空には、星がいくつか瞬いている。
「とーさん、早く帰ろう。遅くなっちまう。」

とーさんとオレはその公園を後にした。
とーさんが握った手の反対側の手には、甘くやさしいアメの包み紙を握り締めていた。


あの日以来ずっと『おまじない』は大事にペンケースの中にしまって持ち歩いていた。
いつも留守がちなオヤジが早く帰ってくるように、学校から帰ったら家にいるように・・・。



           *********************************


髪をガシガシとタオルで拭きながら「ふうっ」と大きくひとつ息を吐いた。
思い立って入ったお風呂は沸いているはずもなく、彷徨はシャワーを浴びて出てきた。

あのころは、自分でも気づかないうちにさりげない気づかいや思いやり・・・「母性」みたいなものに飢えていたんだろう。
だから、あのこともしっかり覚えていたんだと今になって思う。
それに、何よりあの女の子が未夢だったってことがうれしかったんだよな、俺・・・・。

彷徨はやっと落ち着いてきた頭の中を整理するように、きおくを思い起こしていた。

そして、しばらくフワフワとあったかい気持ちに浸っていたが、突如大事なことを思い出した。

(やべぇ・・・・まだ課題終わってなかったんだ・・・・。)

彷徨はTシャツと短パンに着替えると、台所に寄りコップ2つに氷と麦茶を注ぎいれた。
そして、コップを両手で持つと、急いで茶の間にむかった。
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