「お〜い未夢、麦茶持って・・・来た・・・ぞ?」
彷徨が茶の間に戻ってくると未夢の姿はなく、
オレンジジュースらしき液体の入ったコップが1つしずくをたらしていた。
彷徨は麦茶を机の上に置き、ふと、未夢の課題の進み具合を確認してみる。
(進んで・・・・・ないな。おいおい、やっぱり俺のを写す気か?
ったく、しょうがねえなぁ・・・・・。)
あきれ顔でペンケースの中を探りながら、あたりを見渡した。
「おーい、み〜ゆ〜。」
「かなた〜。こっち〜。」
彷徨が声を出して呼ぶと縁側の方でソプラノの心地よい声が響きわたる。
もう一度その声が聞きたくて気づかないふりをして呼んでみる。
「おーい、みゆ〜。どこだぁ〜?」
「かなた〜、こっちだってばぁ〜。」
目を閉じ 未夢の澄んだソプラノの声を堪能する。
(・・・何やってんだ・・・俺・・・。)
そんな自分に ふんっと肩をすくめ苦笑した。
今更ながら、相当未夢に参ってしまっているらしい。
風呂あがりの濡れた頭をかきながら、もう片方の手をポケットに突っ込み、
声がした縁側へと向かった。
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縁側では未夢が、膝を抱え込んで何かを食い入るように見つめていた。
「こんな所で何してんだよ。」
「あっ、彷徨!だって、雨戸閉め忘れてたからさぁ・・・。
って、そんな事よりも、ほらっ、あれっ!見て見て!!」
彷徨は、思わず息をのんだ。
彷徨を見つめるその瞳は、まるで無邪気な子供のように
キラキラと輝いていて・・・。
(そ、そんな目で見るなよ・・・////)
彷徨は頬を少し赤くしたのを誤魔化すように、
ぷいっと視線をはずし、未夢の指差す方を見た。
雨の降りしきる中 雨どいにつかまるように絡まり濡れている植物。
「これ朝顔だよね。いつの間にか芽が出てて、
しかもこんなに大きなつぼみまで付いてるのっ!」
確かに、見た目は朝顔のようだ。
高さは1メートル程だろうか。
雨どいにツタを巻きつかせ、濃い黄緑色した葉っぱの近くに1つ、
赤紫色した花のつぼみが雨にうたれていた。
「いつの間に・・・。でも、なんであんなとこから芽が出たんだ?」
「やっぱり彷徨も知らなかったんだ。」
そっかぁーと言わんばかりの表情をして、未夢は視線を外に戻す。
「あぁ。もう明日の朝には咲きそうだな。」
「うん、そうだね。でも・・・。」
「んっ?」
未夢は、雨どいのほうをじっと見つめながら
抱えていた膝に顔を寄せて呟いた。
「なんだか雨に濡れてつぼみが重たそうだし、1つだけで寂しそうだよね。」
未夢の言葉に再びあのきおくがよみがえる。
(あの時もこんな風に感じていてくれたのだろうか・・・。)
彷徨の心臓がまたキリキリと鈍く痛み出した。
そしてその痛みが体中にジリジリと徐々にスピードを上げ広がっていく。
そんな自分を未夢に感じ取られまいと、彷徨は平常心を装い
ぶっきらぼうに言った。
「まったく・・・。相変わらずしょうもないところに気を使うんだよな
このおせっかい焼きは・・・。」
「お、おせっかいですってぇ!?」
「植物が雨に濡れて可哀そうとはなっ・・・(ふぅ)」
「あーっ!今、ため息つきましたなっ!ため息っ!!」
未夢は手をグーにして振り下げ、勢いよく立ち上がり叫んだ。
「だって今日の雨、結構強かったし、風もあったし、それに
1つだけより仲間がいたほうが心強いと思ったんだもんっ!!」
白く柔らかそうな頬をプクーッと真っ赤にして膨らまし、プンプンっとムキになっている未夢をじっと眺めていた。
(・・・あの時も暗くなっていく公園で、一緒にブランコ乗ってくれたっけ・・・。)
どうしようもなくなってきていた。
痛みとともに湧き上がる自分の感情をコントロールしようと
すればするほど、愛しさが・・・欲望が増すばかりだった。
あの女の子は、
あの時のまま、
今も変わらず、そのやさしさが溢れ出ている。
(・・・・・もう、無理だよ。)
そう心の中で呟くと、歯止めをかけるのをやめた。
「相変わらずなんだよなぁ。」
「・・・えっ??」
「だから、おせっかいなところがさ・・・。」
彷徨は早まる鼓動に従い、未夢をまっすぐ見つめた。
「か、彷徨?・・・」
未夢は、ついさき程までと違う彷徨に首をかしげている。
サーーーーッ
静まり返った縁側に、降り続く雨の音が耳に響く。
笑った未夢 怒った未夢 おせっかいな未夢 オトボケな未夢
そして、あのきおくの中の女の子・・・・未夢
あったかいその気持ち、そのぬくもり・・・
全て・・・そう、全て・・・・・。
彷徨は未夢の前に立つと、優しく見つめおろした。
そして、すっと長い腕を未夢の体に絡ませると首筋にぐぅっと顔をうずめた。
何が起きたのか解らず、きょとんとしている未夢。
しかし、今、自分の状況が飲み込めてくると、とたんに顔を真っ赤にして
ジタバタと手足を動かし彷徨の腕の中で もがき 始めた。
・・もがく、もがく。
・・さらに、もがく。
必死にもがきまくる・・・
がしかし、華奢な未夢の身動きなんて、男の彷徨からしてみれば
大したことはなく・・・。
しっかりと彷徨の腕に抱きしめられ身動きできない未夢は観念したのか、
ジタバタさせていた手足を所在なさげに下げ、おとなしく彷徨の腕の中におさまった。
あたりは未夢がジタバタしたおかげで、ふんわり甘〜いシャンプーの香りが漂っている。
未夢の首筋に顔をうずめていた彷徨には、その甘い香りがさらに鼻をくすぐる。
(・・あのアメみたいだな。)
甘くやわらかい香りが、荒れ狂っていた彷徨の感情ごとやさしく包み込む。
「・・ねぇ、彷徨ぁ・・・」
「・・・・・」
「・・ちょっと彷徨ってば、どうしたのよぉ」
「・・・・・」
窓から湿った生暖かい風が ふぅ と入ってきて彷徨は我に返った。
(もう少しこのままって訳にはいかないか・・・)
彷徨は名残惜しそうに顔を上げるとポケットに手を突っ込み何か取り出し、
未夢に差し出した。
手のひらには、すこし黒くすすけた白とピンクのアメの包み紙。
そして、未夢の耳元で小さく呟く。
「・・・・サンキュっ」
「!?」
予想だにもしない言葉に未夢は顔をパッ見上げた。
「あの時、お礼言い忘れてたからな」
「・・・あの時??」
「誰かさんが公園の真ん中で転んだ事、知ってたのは何故でしょう」
「・・・!!!」
目を見開いてビックリしている未夢。
かと思えば、その瞳は みるみる潤んで涙があふれていた。
「あぁー泣くなよ」
「だって・・・・彷徨のいじわるぅ・・・・」
未夢は恥ずかしげにうつむき、額を彷徨の胸に預けた。
そんな未夢を優しく見つめ、彷徨はもう一度、自分の腕の中にいる
愛しい人を抱きしめる。
「お礼が言えてよかったよ」
「アレからずっと持っててくれたの?」
「ん〜まぁ、・・・たまたま・・かな」
「えっ、そうなの??」
未夢が不思議そうな顔で見つめる。
さすがに、理由を言うのは恥ずかしかった。
苦笑しながら「美味かったから」とか、なんとか言って誤魔化した。
「大事に持っててくれてありがとう。彷徨」
未夢は、そう言ってニッコリ微笑むと、
彷徨は、その微笑をまっすぐ見つめた。
そして、すぅと未夢の薄紅い頬に左手を添えた。
すると、遠慮がちにそっと彷徨のTシャツをつかみ、
ぎこちないながら彷徨の思いに答えようとする未夢。
二人の顔がゆっくり、ゆっくりと近づいて・・・・
「・・・っ!・・・(はぁ〜)」
「な、なに?・・・ため息なんてついちゃって・・・。」
「・・・未夢・・・ガキみたいなことしてんなよな・・・。」
「・・・へぇ?」
彷徨は手で頭を抱え呆れている。
未夢は何のことだかサッパリわかっていないらしい。
(まぁ、未夢らしいって言えば未夢らしいんだけど・・・)
彷徨は、半ばあきらめ気味に笑うしかなかった。
「俺が風呂入ってる間にプリン、食っただろう。」
「えっ!?」
「・・・口の端っこンとこに、くっついてるぞ、プリン・・・。」
「えっ!!うそっ」
そういうと、未夢はあわてて人差し指で口の端を拭った。
再び「ふぅ」と小さくため息をつくと
彷徨は、中指を親指にひっかけピィンと未夢のおでこを弾いた。
「いったぁ〜い、なにすんのよっ!」
「雰囲気を壊したお仕置き」
「なっ!!////」
顔が真っ赤になっていく未夢を見ながら、彷徨はペロッと舌を出した。
「ほら、もうそろそろ課題、本腰入れないと徹夜になっちまうぞ」
「あーっ!!そうだった!!」
「俺のは見せてやんないからな」
「あぁ〜ん。そう言わずに、お助けを〜〜。ねぇ彷徨ぁ〜」
先に茶の間に向かった彷徨を、未夢は祈るようなしぐさで追いかけてく。
(おあずけになっちゃったなぁ。・・もつかな・・・俺。)
そして、そんな二人を玄関から羨ましそうに覗いていた影がひとつ。
「ワシが帰って来たのも気付かんのかのぉ〜
まぁ、仕方あるまい。1人で寂しく夜食でもいただくかな」
(くんくん)
「おっ!この匂いは、カレーじゃな♪まだ残っておるかのぉ」
宝晶は、頭をペチペチたたきながら上機嫌で台所に向かった。
ちなみにこのカレー、かぼちゃ入りなのは言うまでもないですな(笑)
-END-
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