青琥珀 〜the languege of stones〜

4, 疼く傷

作:あゆみ

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注)この作品は悲しみ要素が多く含まれています。苦手な方は戻られることを望みます。





青琥珀 〜ブルー・アンバー〜

  静かに燃える恋心








「やっぱり、私には瑞樹さんに相応しくない。
 それに愛されないのに一緒にいるのなんて辛いよ」


未夢は搾り出すような声でそう言った。
そしてまた涙がポロリと頬を伝って流れていった。



なんだよ未夢・・・俺だって苦しい……
こんな姿見たくないよ。俺も辛いよ……。



「愛されてないわけないだろ。ただ忙しかったりするとさ、
 人間なんて人に構ってる余裕なくなるし、だから……、元気出せよ」


そうだよ、未夢。
瑞樹さんなら、未夢のこと生涯絶対に大事にするはず。
俺はそう思ってるよ……。



「愛されてるんだったら、忙しくて会えないって言った日に
 別の女性と会ったりしないでしょ?。……もう背伸びするの疲れちゃった。」


別の女とあっている?なんだそれ?
俺は、瑞樹さんに文句を言ってやりたくなった。



「俺から瑞樹さんに言ってやろうか?
 何があったか知らないけど、いくらなんでも、瑞樹さんも大人だし
 そういう付き合いもあるよ……」



俺がそう言うと、未夢は思いっきり首を横に振った。



「普通に二人でいたんじゃないよ?肩・・・組んでたの。
 好きでもない相手にそんなことする?」


作り笑いする未夢の顔を見て、俺は呼吸をするのさえも忘れてしまいそうになった。

―― どうして、瑞樹さんは幸せにしてやらないんだよ
    未夢を・・・大切にしてくれると思ったのに・・・……。


どうして未夢にこんな悲しい顔させるんだよ。
俺だったら絶対に悲しませたりしないのに。
自分の過去を棚にあげて、そんなことを想いながら、苛立ちを募らせる。



「今日もね、分かれるって言ったら、平然と言いくるめようとしてきたの」

「未夢……」

「私、馬鹿だからさ・・・。でも、私だけじゃないって言うのは耐えられない・・・。」



俺はなんて言ったらいいか分からなかった。
どうしてやることも出来ないのがはがゆくて……、苦しい。



俺が黙っていると、未夢はそのまま話を続けた。



「でもね、みかんさんにやっつけてもらった!『未夢ちゃんを悲しませるんじゃない!』
 って怒ってくれたの。変らずほっとできる存在なんだ……、いつも感謝してる
 それでね・・・きちんとお別れしてきた。」



そう言って、ちょっとだけ笑顔になった。
その顔が切なくて……、俺は思わず、未夢の頬にそっと手を触れた。
涙が流れた跡が……、寒々しくて・・・。作った笑顔も。



「あの……、彷徨?」



俺の行動に、未夢が驚いた瞳を向ける。
俺の方が泣きそうだ。こんな未夢の姿、見てられない。



「未夢、それでどうするの?これから……」

「絶対に別れないっていわれた。だけど、それなら謝って欲しかった。……」



俺はただ聞くことしか出来ないのかな……。
そんな歯痒い気持ちで、しばらく未夢が話すのをじっと黙って聞いた。



「それとも気づかなかった私が馬鹿なのかな……?瑞樹さんが好きだから、
 選んだ道なのに、今は悲しみしかない。楽しいときもあったのに」



俺がじっと未夢の顔を見つめると、また未夢は慌てたようにこう言った。



「ごめんね!聞いてもらってスッキリした。ほんと世話の焼けるやつだよね。ありがと」

「未夢は、瑞樹さんのこと、それでも愛してるんだろ?」



俺がそう問いかけると、また悲しい顔で小さく笑いながらこう言った。

「今はわからない。情ならあると思う。それが愛情なのかどうなのか、
 私・・・わかんなくなっちゃった・・・」


「きっと、瑞樹さんだって未夢のことちゃんと愛してるよ。ただ、・・・」


俺にはそれしか言えなかった。言葉が続かなかった。
瑞樹さんに対する怒りもそうだ。
けれどそれ以上に未夢の悲しそうな顔に胸を締め付けられる思いがした。



「そうかな……あたしにはそう思えない。もう信頼できない。もう……」


そこまで言いかけると、また未夢の目から涙が浮かんで、慌てて未夢は涙を拭った。


「ご……めんね。なんか、もう……どうしたらいか……でも、ありがとう。
 本当に。彷徨がいてくれて本当に良かった。あたし帰らなきゃ。おそくなっちゃったし……」



俺は、なんて言ってあげたらいいんだろう……。
何も言葉が出てこないのはどうしてだろう……。
励ましてあげたいのに……、さっきからもう心臓が悲鳴をあげ続けてる。
言葉が出ない。



俺が何も言わないで俯く俺に、



「それじゃあ、ほんとに聞いてくれてありがとう。勉強、頑張ってね。また……」


それだけ言って、未夢は伝票を持って席を立った。



「俺は何も。なんて言ったらいいか……、ごめんな。気の利いたこと言えなくて」




本当に何を言ったらいいのか言葉が思い浮かばなかった。

それから、俺は、未夢に送るよ、と声をかけると、またこの間会った時みたいに
「彷徨類の運転怖いからいいよ。」 
そう言って笑う未夢を、俺は半ば強引にバイクに乗せた。


―――このまま1人で帰したらどこかに消えてしまいそうで心配だったんだ。



「全然、安全運転だね」


バイクのエンジン音と向かい風の凄い音が耳をこだまする中
未夢は俺の腰周りを細い腕で抱えながら声を張り上げていった。



「だから言っただろ?昔とは違うんだからさ」



俺は思わず笑った。

そんな俺の言葉を聞いて、未夢はこう言い出した。



「やっぱり、あたし……、彷徨を好きに・・・告白すればよかったな……」


「なーにいってんだ。そーいうこと言うと、このまま連れ去るぞ?」


俺は、胸が締め付けられるような痛みを、必死に押さえて、そう冗談を言った。



「ほんとに……連れ出してくれる……?」



その声を聞いて、俺は思わず急ブレーキを踏んだ。




「わぁ……、あっぶないなー。やっぱり彷徨の運転怖すぎ!」



前のめりになる体を俺に必死にしがみ付かせる未夢。



「未夢が、そういうこと言うからだよ」



どうしてそういうこと言えるのかな……、俺の気も知らないで。
いや、知らないからこそ言えるのか。それぐらい弱ってるんだろう。



「ごめんね。だって本当にそう思っちゃって……バカだよねー
 でも少しホント。ルウ君たちがいるとき。彷徨に少しドキドキしてたんだ。」




きっとメット越しでも未夢の顔が悲しげに決まっているわけで……、
俺はもう言わずにいられなくなりそうだった。
好きだって……、そんなこと言ったら困らせるだけなのに……。



「まぁ、どこか行きたいなら連れて行ってやるよ。
 海にでも山にでも。だから……元気だせ・・・・・・な」




俺はまた精一杯、そう伝えた。
もう限界だ、これ以上一緒にいたらもう何を言い出すか分からない。



「さて、早く帰ろう。待ってる家族がいるんだから
 嫁入り前の娘を連れまわしたら俺が親父さんに怒られる」



俺がまた茶化しながら、後ろに座っている未夢の方を見ると、突然、
俺を抱える未夢の腕に力が込められた。




「もうちょっとだけ一緒にいさせて。あの家に帰りたくない……
 パパも・・・ママも・・・また仕事でアメリカに行っていて・・・。」





そう小さく言って、震えていた。


知らなかった。
未夢はその悲しみにも耐えていたのか。

家に誰もいない、あの寂しさを・・・また一人で耐えていたのか・・・。




―――もうだめだ、耐えられない。



そう思うのと同時に、俺は未夢の腕を解いてバイクから降り立った。
そしてえっ?と驚いた表情をしながらメットを外す未夢の体を抱きしめた。
勢いよく抱きしめたせいで
止めたバイクが大きく揺れた。



「なんで――、 いつになってもずっと笑顔でいないんだよ……」



俺は未夢の体をぎゅっと抱きしめた。俺の腕の中で未夢は、また震えながら涙を流した。



「だって……しょうがないじゃん……」



俺の背中にぎゅっとしがみついて……、また涙をボロボロ流しているのが分かった。
ポタポタと涙が落ちる音だけが響いて――



しょうがないじゃ済まないよ。
幸せになってくれないと、俺がいつまでも忘れられない。
笑っていてくれないと落ち着けない。





もう本当にこのまま連れ去ってしまおうか……、


でもダメだそんなことできるわけがない。


だけど、離したくない……でも……。






俺の中で激しい葛藤が湧き上がる。こんなことしちゃだめだって分かっているのに
もう止められなかった。俺は、そのまま、泣きじゃくる未夢の肩を離して、唇にキスをした。




―――もう限界……、俺の中で何かがはじけた。




俺は、未夢の体を強く抱きしめながら、唇を求めた。
未夢は、驚く様子もなく、ただ俺の首に腕を回し、受け入れた。
深く息も出来ないほど……、絡みつくようなキスに二人の吐息だけが響く。




切なくて……愛しくて……好きで……守ってあげたくて、泣きそうになる。
もうどうにかなりそうだった。




しばらく夢中になっていた長いキスを終えると、




「このまま、連れ去りたい」




気づいたらそう言ってしまっていた。

それを拒否されることもなく……、未夢はただ黙ってうなずいた。
それから俺はそのまま西遠寺に連れていった。







青琥珀<おわり>


天河石 〜the languege of stones〜 >つづく




2008/02/24 




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