Pediatrician

サボテンマン

作:あゆみ

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506号室。
青空健(アオゾラ ケン)7歳の部屋。
健は喘息だった。
2ヶ月前楽しみにしていた小学校一年生になったばかりの男の子だった。
やっと友達ができ初めて人間関係を築く矢先の発症だった。

この時期に、クラスから離れることは
今後の、学校生活の特に『友人関係』に影響を及ぼすことは明らかだった。

救急車で運び込まれた2日前のにはそれどころではなかった健だったが、
喘息症状の回復によって『体』は元気になっていく
反面、気づいたときには友人のいない一人きりのベット生活により『ココロ』が病んでいった。
彷徨が健の母親から聞いていた本来の『元気』な性格は徐々に失われているようだった。

病はたいてい『気』の持ちようで回復力は変わってくる。
今の健の様子では、気の落ち込みによる再発は考えうることだった。


彷徨は歩きながら今朝回診したときのことを思い出した。



****




 「健くん。どうかな?どこかいたいところないかな?」

彷徨は健の胸の音を聞き終え、優しく問いかけた。

 「・・・べつに」

ポツリ、と今にも消え入りそうな声で健はそれきり何も答えなかった。
しかし、明らかに呼吸音がおかしいことは明らかだった。
しゃべればきっとあの呼吸音が聞こえてくるだろう。

彷徨は普段どの患者にもやるように
そっと健の頭に手を置いてなでた。

 「そっか・・・辛かったら言うんだぞ。」

なでる手に想いを込める。

 こんな小さい子から早く苦しみがなくなるように

ペシッ・・・
すると、それまで黙ってされるがままになっていた健が驚くほどの速さで
頭に置かれていた手を振り払った。
傍にいた水野主任は「健くん!」っと驚いたほどだった。
手を払われた彷徨本人も多少驚いた。
今は何も触れていない手が空中で置き去りの状態になっていた。

健は、自分がしたことに対して驚いているのか
それとも別の感情からか
ひざを折りたたんでベットの上で体躯座りをしてしまった。
ひざに押し付けられた顔が小刻みに震えている。

泣いているのだ。

 「・・・っ、くっ・・・」

彷徨は振り払われた手で空を掴むように拳を作った
そして、冷静に勤めようと心を落ち着かせて問いかけた。

 「どうした?健くんどっか痛いか?」

しかし、健はそのまま体勢を変えずに小さな方を震わせている。
そして興奮状態にあるためか呼吸が乱れ始めている。
このままの状態ではまずいと思った彷徨は

 「健くん。落ち着こうな。また、ゼーゼーなっちゃうぞ。」

すると健はこの言葉にわずかに反応した。

 「・・・りたい。」

小さい声だった。
なんといったのかわからなかった。

 「ん?どうした?」

彷徨はベットの脇に腰かけ健の背中をさすりながら聞いた。

 「かえりたい。」

今度は聞き取れた。
そして感情を言葉にしたせいか、嗚咽を漏らしながら口にしだした。

 「かえりたい。おうちにかえりたい。」

 「うん。」

 「そ。。それでガッコウにいきたい。」

 「うん。そうだな。」

 「トモダチがいるんだ・・・。」

最後の言葉を言うと感情を表に出したからか、顔を上げ
その丸い瞳からとめどなく涙がこぼれだした。
彷徨の白衣の襟の端をを小さな手で握り引き寄せ泣きじゃくった。

 「そだな。先生と頑張ろうな。」

 「ウェ〜ン」

彷徨は健を抱きしめ
優しく背を、頭をなでた。




******



あれから3時間が経過した。
ナースコールが無いようだが、彷徨は今朝の健の様子を気にしていた。
喘息の種のようなものが健の様子から見て取れた。
あの時小さな体を自分の胸の中で震わせてた彼を
早く、健を小学校へ、友達の元へ返してやりたいと彷徨は心に誓った。


 「まってくださいよ〜先生!」

と後ろから今朝から新しい相棒となったナース光月未夢が息を切らして走ってきた。

 「病院内はご静粛に。」

ずっと考え事をしていたためか自分の表情が硬くなっていたのに気づく。
彷徨はフッっと笑って歩みを止めて振り返った。

 「す・・・すみません。」

未夢もそれにつられたようで足を止めてペコリと頭を下げた。


 「ところで、これからいく506号室の子の件だけど・・・」


彷徨はこれから行く健の経緯を簡単に説明しようとした。
すると思いがけない言葉が返ってきた。

 「あぁ。青空健くん。7才。2日前に喘息発祥のため入院している子ですね。」

はきはきと未夢からの返答が帰ってきて彷徨は驚いた。

 「知ってたのか・・・。」

驚きを隠せない彷徨は口をぽかんと開けて未夢を見た。

 「え?何言ってるんですか〜先生。私たちナースは決して担当外の子供でも
  全員を把握していますよ。それだけ触れ合う機会が多いんです。」

未夢はニッコリと笑った。
彷徨の前で初めて見せる笑顔だった。

 「そうか。そうだよな。」

彷徨は未夢が以外にもはきはきと発言したことか
それとも始めてみた笑顔に引き寄せられたためかわから無かったが
朝まで思っていた『ドジナース』の印象を修正する必要があると感じた。

 「さっき先生がおっしゃってましたけど、健くんまた喘息が?」

 「あぁ。朝回診に行ったときに兆候が見えた。」

 「そうですか・・・気をつけておきます。」
 
 「あぁ。頼んだ。」

そういた未夢の横顔は、先ほどまで屋上で
泣いていたとは思えないほど看護師になっていた。



******




トントン・・・


506号室の扉をスライドさせて彷徨と未夢は病室に入っていった。

 「こんにちは。健くん。」

彷徨はややずれてしまった眼鏡を軽く指で押し上げながら言った。

 「・・・」

健からの返答は無い。
朝から変わらず体躯座りをしていたままだった。
しかし、あのときのように泣いてはいないようだ。

 「健くん。こんにちは。はじめまして。」

未夢は健のベットに近づき
ベッドの傍によると腰をかがめて窓の外を眺めている健の横顔を
微笑み見ていた。

 「・・・」

相変わらず健は返事をしない。
窓の外の雲の動きを見ているようだ。
未夢は健の視線の先を一緒になってみた。

 「サボテンマンみたい・・」

ボソッと未夢はつぶやいた。
彷徨はその言葉の意味が分からなかった。
しかし、健の反応は違った。
くるっと振り返り未夢の顔を輝きながら見つめていた。

 「ボクモ!」

健の瞳は今朝泣いていたのが信じられないくらいに輝いていた。

 「やっぱり!あそこのあたりが頭で・・・」

 「うん!うん!」

彷徨はあっけにとられていた。

 サボテンマン?頭?
 何の話をしているんだ?

 「オネイチャンはサボテンマンしってるの?」

 「知っているわよ〜悪の闇豆腐から地球を守っているスーパーヒーローだもの!」

 「ボク、大きくなったらサボテンマンになりたいんだ!」

 「ほんと!すごーい!」

キャッキャッっと二人で楽しく話していた。
それを後ろから彷徨は驚きながら見ていた。
初対面じゃないのか?
なのにこの打解けようはなんだ?

 「サボテンマン?」

思わず彷徨は口にしていた。
やれ何とかの敵がとか武器が〜などと話していた健と未夢がくるりとこちらを振り向いた。

 「先生。知らないんですか?」

 「・・・あぁ。」

 「だめですよ〜!サボテンマンは地球の平和を守っているスーパーヒーローで・・・」


それから未夢のサボテンまん講義は永遠と続いた。


どうやらこういうことらしい。
サボテンまんとは悪の闇豆腐(敵)が地球侵略し地球上の人達を
具材にしようとたくらみやがて闇鍋にして食べてしまおうとしているらしい。
サボテンマンはそんな食材に変えられてしまいそうな人達を救い
闇豆腐と日々戦い続けているスーパーヒーローということらしい。

先ほどの二人のやり取りは空の雲がサボテンマンにとても似ていて
一気にその話に火がついたようだ。


 「センセイしらないの?」


初めてかもしれない。
健から彷徨に問いかけたのは。
彷徨はスッっと未夢と健の下へと歩みを進めてみた。
未夢と同じように視線を健と同じ高さにしてみる。
興奮でかすかに健の顔が赤みがかっているのが分かる。

 「あぁ。知らなかったなぁ。地球はサボテンマンが守っていてくれたのか。」

 「そうだよ!」

 「それで健くんはサボテンマンになりたいんだな。」

 「うん!」

ニコニコ。
始めてみる健の笑顔。
彷徨は小さな喜びを感じ、つられて笑う。


 「オネイチャン先週は大丈夫だった?」

 「えっ?」

 「オネイチャンでしょ?闇豆腐に『ちくわぶ』に変えられそうになったの。」

 「えっ!!」

どうやら、先週の登場人物が未夢に似ていたのだろう。
そしてどうやらその人物は・・・


 「プッ・・・あはは!!!」

思わず彷徨は噴出して笑った。

 「なっ!」

 「???」

健はキョトンと二人の様子を見ている。

 「『ちくわぶ』か!あはは!大変だったな未夢!」

 「な!また呼び捨てに!それにそんなに笑うなんてひどい〜健くんあのね?」

 「???」

 「あはは!」

 「せんせ〜・・・」

未夢は情けない声を出し彷徨をじっとみた。

 「違うの?オネイチャン」

 「違わなくないぞ〜健くん!お姉さんそれでよく足が滑って転ぶようになったんだ。」

 「そうなの?大丈夫?センセイにナオシテもらったほうがいいよ」

 「あはは!そうだな!でも未夢のドジを直すのは大変そうだなぁ」


彷徨は目頭にうっすらと涙を浮かべた。
今日で二度目だ。
こんな涙が出るほど『笑う』のは。

 「???ふふ・・・」

きょとんとしていた健までもが彷徨と二人で笑い始めた。

 「健くんまで笑うなんてひどいよ〜」



二人の笑い声がこだまする病室で
未夢は顔を真っ赤にして二人をじっと見た。
でも、今朝のように怒っているようではないみたいだ。

彷徨は笑いながら彼女の様子を観察し安堵した。
一度に二度も怒られて逃げ出されるのでは困る。





彷徨は嬉しかった。
健が始めて心の内を見せてくれた寂しさ。
そして、始めてみた笑顔。
健と初めて向き合えたかもしれないという不確かな感触に。


きっと、彼女のお陰だろう。


水野主任の言葉がよみがえった。


 「子供達には人気なんですよ。」


一瞬にして子供の心を掴み、共感し、引き出す力を彼女は持っている。
こんなナースは初めてだ。
なぜ彼女にそのような力があるかは今は分からない。
でもこれから仕事をしていくなかできっと

分かるかもしれない。
分からないかもしれない。




どちらでもいいか。と彷徨は思った。



今、目の前の小さな子が悲しみから開放され笑っているときには
そんなことは考えず一緒に笑っていればいい。














あれ?サボテンまんの設定がわからない。
ということで、勝手に闇豆腐とか勝手な設定をつけて初登場。

サボテンマンはアニメで彷徨が幼少のときにあこがれていたヒーローです。

健くんのヒーローをどうしようと考えポケ●ンとか考えてたのに
書き出したらあっさりとサボテンマンに・・・

でも書いていて楽しかったな。
地球侵略。闇鍋

プププ♪


たまにはこんなだぁ♪もいいかも。
『白衣』だからいいのかもしれませんね(笑)
では自己満足終了☆

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