Pediatrician

戸惑い

作:あゆみ

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彷徨は困惑していた。
まさか、あそこで怒鳴られるとは思ってもいなかったのだ。


 「ひどい!西遠寺先生の馬鹿!」


大粒の涙を目に溜めた未夢が目の前にいる彷徨に言い放った言葉。
それは、言われた当人だけでなく、周囲の人間をも驚かせた。


 「な!・・・馬鹿とはひどいな。俺は思ったままを言っただけだ。」

 「そ、それがひどいって言ってるんです。」


バタバタ・・・

未夢は、必死で涙を流すまいと耐えながらその場を去って言った。






****





あー自己嫌悪。
未夢は落ち込んでいた。

なにもあそこで、逆上することも無かった。
西遠寺先生の言い方は意地悪だったけど、言っていることに間違いはない。

ついつい感情に任せてしまった。

西遠寺先生は悪くない。
悪くないって分かっているのに・・・

これまでも、色々な人に自分のドジを指摘されたことはあったのに
どうして、あんなにも『悔しい』と感じたのかは分からなかった。
とにかく、目からこぼれそうだった涙を必死に食い止めることだけに必死だった。


今、未夢のいる場所は病院の屋上。
つい、いつもの癖で、ここに来ていた。
ここは入院患者は立ち入り禁止区域だ。
2ヶ月前の4月移動の挨拶に来たときに偶然見つけた場所だった。
前の病院でも落ち込むと、よく屋上に来た。
2ヶ月前赴任してきたこの病院にも、以前の病院同様の屋上があって
なれない環境ながらも、落ち着くことができた。


手すりにおいた手がひんやりと冷たい。
まだ少し冷たい春風が熱くなった未夢の頬をやさしくなでた。


徐々に落ち着いてきたことを確認して、
改めて自分があの場から逃げ出してきてしまったことを反省した。
熱くなるも早ければ、冷めるのも早い。
それが未夢のいいところといえばいいが、本人にとっては
短所としか思えなかった。



戻って、誤らなきゃ。



未夢は、目頭にたまっていた涙を人差し指でぬぐって
ひとつ。
深呼吸をした。

おちつけ 未夢。
これまでも何度も言われたことじゃない。
でも一言だけ・・・


 「西遠寺先生の、ばか。。」


自分を熱くさせた張本人、西遠寺先生の顔を思い出し
未夢はポツリと春の空に向かっていった。



すると、背後から低く通る声が聞こえた。


 「馬鹿で悪かったな。」


驚いた未夢が振り向いた先に白衣姿の彷徨がいた。





****





彷徨は一人、ついさっき始めて挨拶を交わした相手に
逃げられたことにしばし呆然と立ちすくんでいた。


 「さ、西遠寺先生。申し訳ありません。光月さんたら・・・」


ほんの5分程度の出来事にしばし呆然としていた水野主任もようやく口にした一言だった。


 「いや・・・」


ようやく、落ち着いてたった今の出来事を整理することができた。

今朝の出来事の印象をそのまま彼女に言った。
トレイの中身をぶちまけた本人だ。
『ドジナース』と。
それに彼女は怒った。
まぁ、当然だろうな。

こんなことは初めてだった。
初対面の人間にあんなことを言ってしまったのは。
普段の自分からは考えられない行動・発言だった。
医者をやっている上で他人との接し方にはそれなりに自信があった。

外面はよいほうだと思う。


だけど、あの光月というナースに対してだけ
ついつい、言ってしまった 『本心』

自分の言動に驚きつつもその後の出来事を思い出す。

『ひどい』と彼女はいった。
普通、他の女なら泣くことだろう。
けど、彼女は涙を溜めて
必死に絶えていた。
顔を赤くし、それ以上の言葉を発したら流れてしまいそうな涙をこらえて



『この涙は流すまいと・・・』




彷徨はふっと笑った。





おもしろいじゃん。






 「あっ、あのー先生?」


先ほどから黙り込んだ彷徨を気にして水野主任は声をかける。
他のナース達は、驚きのまま、声も出ないようだ。
今は運悪くも、ナースコールが無い。


 「あはは。」


彷徨は声に出して笑った。


 「先生?」


水野主任は驚く。


 「面白い。」


彷徨は目頭にたまった涙を人差し指でぬぐう。
笑って、涙が出るなんて久しぶりだ。

面白いのが『彼女』に対してなのか
普段らしくない『自分』に対してなのか
もしくは、何が面白いのかわからない『現状』なのか
よくわからないが発した言葉だった。


 「逃げ出すなんて・・・光月さんにはよく叱っておきますから。」


水野主任は言う。


 「・・はは。いいですよ。あれはどう考えても俺が悪いです。
  彼女にも俺から謝りますよ。どうか、水野主任もお咎めなしってことで。」


彷徨は水野主任に向かって手を合わせてペコリと頭を下げる。


 「先生が・・・そうおっしゃるなら。」


水野主任は彷徨の笑ったり、誤ったりと挙動に驚きを隠せないようだ。


 「じゃ、俺彼女を探してきますよ。」

 「え、そんな先生が行くこと・・・」


 「捕まえてそのまま、506号室の健君様子を見に行ってきます。
  喘息の症状が軽く出てきていた。」

 「は、はぁ・・・」


未だ驚きが隠せない水野主任と、その他ナース達を後に
彷徨はくるりと白衣を翻してナースステーションを出て行った。


腹の底からこみ上げてくる『おかしさを』こらえて彷徨は廊下を歩く。
どうやら朝食を終えたらしい入院患者が
廊下を行き来しだし始めた。


さて、どこにいるのやら・・・。



彷徨は泣き虫のドジナースの行方を考えた。




****




病院で、人目が付かないところと考えてようやく見つけほっと安心した矢先に言われた
『自分に対する馬鹿発言』
今日で二回目だ。
『馬鹿』なんて生まれてこの方言われたことあったっけ?
いや、ない。



彷徨は腕をくみ、目を細めて
まだ、自分の存在に気づいていない彼女の後姿に向かっていった。


 「馬鹿で悪かったな。」


未夢は、突然の言葉に小さな肩をびくっと震わせ
恐る恐るといった感じで振り向いた。


 「あ、・・・西遠寺せんせ・・・」


俺がいないと思って、言った言葉なのだろう。
いるはずの無い人間がその場にいて、とても驚いている彼女の顔は
見事、急速に真っ赤になっていた。


彷徨は先ほどの出来事をうまくフォローしようとしていたのにも関わらず
ついつい、例の感情が先行してしまう。


 「誰が、バカだって?」


眼鏡の奥にある目を細めて言う。


 「いや・・・あの、その・・・」


目の前の彼女はバタバタと両手を振り、言葉にならない弁解を
必死にしようとしている。
しかし、慌てすぎて口にすることはかなわないようだ。


彷徨は、『からかいたくなる』衝動がなぜ、目の前にいる彼女に対して
発せられているのか不明だったが、
今はその衝動に身を任せることにしようと思った。

自分でも珍しい感情だ。
珍しいどころか、初めてかもしれない。


たまにはこういう自分もいいだろう・・・


普段なら、このままうまくフォローするところだが
目の前の彼女にはしなくていいだろう。

分けもわからず彷徨はそう思った。


 「えっと、その・・・うわぁ・・・」


まだ、必死に弁解しようとしている。彼女を見ているのも飽きなくていいが・・・
彷徨はフッ・・・と笑った。


 「馬鹿で結構。いくぞ未夢!回診。」


彷徨は持っていたカルテで。
ポン
っと未夢の頭を小突いた。


 「よ、よびすて?!」


未夢は驚いて今しがたたたかれた頭をなでながら
彷徨を見る。
さっきの不敵な笑いを浮かべてる彷徨。


 「呼び捨てくらいいいだろ。これでチャラだ。」



ニヤリと笑う彷徨。
そして、置いていくぞ。といわんばかりに
くるりと背中を向け、来た道を戻ってゆく。


あまりにも唐突なことに驚く未夢。


あっ、そういえばどこかに行くとか・・・

未夢はさっき言った彷徨の言葉を思い出した。



「ま、待ってくださいよ〜せんせ〜!」



ばたばたと、今度は彷徨を追いかけるように
未夢はその姿を追っていった。






(続く)


マイブーム『白衣かなたん』2作目です。
かほしゃんとのコラボ♪むふふ。
といっても、かほしゃんほどの衝撃は私の文才じゃ表現できませんが・・
ざんね〜ん。

変なところは目をつぶってください(笑)

では今後も続きます。
よろしくお願いします。

あゆみでした。

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