FOR YOU

作:あゆみ

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俺が誰かという事はさほど問題にはならない。
何故かというとこの話において俺は第三者的な立場であるからだ。
しかし、話を進めていく上で俺の主観的な発言を踏まえないと話は進行していかないから
俺のことは「俺」と表記する。
まぁ、これも粗末な問題なんだけどね…




今から話す内容は俺のバイト先での話。
その前に少しだけ俺の事を知ってもらおうかな。
先に「俺が誰かということはさほど問題にはならない」なんていったけど
これから聞いてくれる人にある程度の情報を与えないと混乱してしまうから
そのために必要な部分を簡単に説明する。




年齢は今年19歳になる学生。
世間的には大学生という。

社会勉強だと思って今年の春からバイトを始めた。
仕事内容は「配達」。


っていっても郵便屋さんじゃないぜ?
会社のなかって言うのは色々なものが循環している。
それはメールだったり人だったり物だったり…
最近じゃコンピューターが普及してちょっとした連絡やデータはメールで事が足りる。
でも古いデータ。(ファイル)や外からの郵便物は誰かの手によって運ばないと簡単には移動しない。
俺の仕事はその運ぶ「手」と「足」になって会社の中を駆け回るんだ。




簡単なことだと思うかい?
そうでもないんだぜ
俺の仕事場である企業は大手だから
膨大な量の情報が中と外で循環されている。
一つ一つのデータを社員個人が社内を運搬すると(テレビのドラマなんかでよくみるけど)
「運ぶ」「見付ける」「戻る」という行程を一人で行っている。
だけどよくよく考えてみれば、そんなこと個人個人がやっていたら仕事の「効率」は確実に悪い。






そこでここの先代の社長はそんな事してるなら「運び屋」の専門を作り、
今までの無駄な時間をよりよいヒット商品(うちの会社は化学メーカー)を産み出す時間に当てればいいと考えた。
当初は運送業から雇っていたけど、雇用の面からこの仕事は俺のようなバイトに任されるようになった。
初めは俺だってこんな仕事だとは思わなかった。
でもこの仕事は企業のなかで行われるわけだから厳選された人材が選ばれる(情報が漏れるといけないしな)
いろいろ条件はうるさいけどそれさえクリアすれば給料はいいし体力的には疲れるけどいいもんだよ。
それに滅多に入れない企業(それもここのような大企業)に入って生の仕事が見られるのはとても勉強になる





なんだかだらだらと話したけどこれは初めに言ったように「予備知識」だから了承してくれ。

それじゃ本題に…


















そう、彼女に会ったのは1週間前のことだった…

普段は「配達」するためにしか使わない階の踊り場で「彼女」は泣いていた

なぜ、こんなところで女の子が?
なぜ、こんなところで泣いている?

とか当たり前のような疑問が俺の脳裏に過ぎったけど
それより、俺の前に泣いている子がいる。

おれは、生涯(といっても齢19だけど)女の子に泣かれてしまうことにめっぽう弱かった。
目を背けたいとも思ったけど
こんな場所でなぜ泣いているのか?
ということが不思議で仕方なくて俺は
普段ならその場で引き返してしまっただろうけど
その子の前に歩み寄った。

「どうしたの?」

俺はその小さな体を抱えてひざに顔を押し付けている「彼女」に話しかけた
その子はその体を驚かせ
おそるおそる…といったように
その顔を上げてその瞳に俺をうつした。

俺は驚いた、
まだ、その瞳に涙をいっぱいためてその瞳と、鼻の頭を赤くしている彼女の顔は
なんというか……






かわいかった






「あなたはだぁれ?」

まだ呼吸を整えきれない彼女の声が俺にかけられた。 
 あわてて でも落ち着こうとしているのだろうが
乱れた呼吸を必死に整えようとしている彼女は
その手の甲で自分の涙をぬぐいながらその場から立ち上がり
俺と向き合った

「俺は『配達屋』この会社の中で運び物を運ぶバイトだよ」

おれは、目の前に立っている彼女を見つつ答えた。
どうも、見た感じ俺と同じ年齢、もしくは年下…
なんて冷静に俺は観察していた

「配達…?ポストマンね」

俺のことを『ポストマン』といった彼女は初めて目じりを緩ませて
にこりと笑った




その笑顔があまりにもかわいくて
俺は
なぜか照れてしまった




後々考えてみると、そのときの俺の精一杯の照れ隠しだったのか

「なんで泣いているのかわからないけどこれ食って元気出せよ!
あと、君みたいな子がここら辺をうろうろしないほうがいいよ」

と俺はポケットに入っていたキャンディーを一つ彼女の前に差し伸べた
彼女ははじめキョトンとしていたが首を傾げながら手を俺の前に差し伸べた
差し伸べられた彼女の手の上に
ポトン
とキャンディーをわたした。

それを受け取って目で確認した彼女は
再び極上の笑顔を俺に向けた





やっぱりかわいいな・・・




なんて俺はその場には関係ないようなことを考えていた。

















俺はいつものように一階の受付で本日の郵便物を受け取りに行った
「ごくろうさま」と受付嬢に手渡され
外からの「運び物」を確認する
庶務課、経理課、国際課、開発課。社長室…に花束?!


またか…
ここ最近この手の届け物が社長室に向けられる
創設記念日でもない何か祝事があったわけじゃない。
それなのにこの手の贈り物が社長に届くのはうちの社長が今財界で注目されている女社長。
約1ヶ月ほど前に、23にしてこの会社のトップに君臨した光月社長だからだ。
独身の社長は先代に劣らない総括力とその迫力に似合わない美貌で社員達の憧れの的であり
この会社を運営していた。


独身ということもあり社長への贈り物が頻繁に届いた
美貌もさることながら彼女の財力が魅力のプラスアルファになって
様々な企業の社長子息の結婚相手として求婚されているらしい

その品々が自宅がわからないものだから会社に送り届けられる
そしてその品を俺は届ける…

それは花だったり、洋服だったり…

まったく相手にされてない(だろう)によくやるねぇ…

と俺は思い短くため息をつきそれを届けに社長室へ向かった。


最上階にある社長室はエレベーターで下りて
一番奥の部屋だった




トントン




ノックをして、ノブに手をかけ
ドアを開けつつ俺は深くお辞儀をした

「失礼します」

迎えられたのは話題の社長ではなく秘書だった
俺と手に持っているものを一瞥し
秘書は

「ごくろうさま」

とそっけなく言った

「この花束はどうしましょうか?」

俺は秘書に聞くと

「そうね、花束は私が受け取るわ。メッセージカードは社長に渡して頂戴」

花束を受け取りつつ中に挟まれていたメッセージカードの中身が異常ないことを確認し、
そのカードを秘書は俺に手渡した。

「わかりました」

そのカードを受け取り
俺は置くの社長の個室に向かってドアをたたいた

トントン

「どうぞ」

奥から聞こえる社長であろう人物から返事があったので
俺はその声を確認してドアを開けた

「失礼します、花束が社長の下に届きましたのでメッセージカードを…」


下げていた頭を上げ、初めて見るうわさの女社長と俺は初めて対面した。















彼女は俺にこう告げた



「この会社に気になっている人がいるの」




なんで初対面の俺にこんなこと言うのだろうか
すでに信用されているのだろうか

俺と「彼女」は階段の隅っこに座って話した

彼女とそこで話していてわかったことは
彼女の歳は19ということ
あと、俺、同様バイトでこの会社で働いているということ


今年入社した新入社員で成績優秀
新入社員であるにもかかわらずその仕事振りに
先輩も上司も一目置いている人物だそうだ

バイトでこの会社で働いていて
その「彼」と接触したらしい

社の女子社員にも人気があるほど容姿は端麗で
まるで王子様のようだと彼女は言った

性格もよく、無愛想なところもあるけど
人望があつい


絵に描いたような「優秀」な人間らしい


「それで君はなぜ、こんなところで泣いていたの?」

彼のことを頬を染めて説明する彼女
泣いている理由を尋ねたらどうやらこの会社に好きな人がいるということ
そしてその相手が彼女が懸命に説明している「彼」だということが
なんとなくわかった




「彼のことを思うと、気持ちが…思いが募って伝えられない自分がもどかしくて…」

といいながら彼女はまた声のトーンを落として膝を抱え込んでしまった

「告白はしないの?」

「私は目立っちゃいけない人間だから…」

「彼は君のことを知っているの?」

「知らないと思う…仕事上。」

「そうか…」


俺は奇妙な気持ちでいっぱいになった

どうにかしてあげたい
笑っていて欲しい

初めて会った子なのにこんなに協力してあげたいと思っている自分に驚いた
そして、俺は次の瞬間自分でも驚いてしまうようなことをいったんだ。

「俺が協力するよ!」

「えっ?!」

「俺がその…彼に『配達』するよ。」

「配達?」

「そう配達。ラブレターでも花でも君が彼に伝えたいことを俺が配達するって言うのはどうだい?」

「そんな…でもいいの?」

「いいさ!結構社内で俺はキューピットみたいな仕事も副業でやってるんだぜ」

「えぇ!」

彼女はまた微笑んでくれた

「企画部の木下さんと、営業の前田さん最近付き合いだしたんだけど知ってる?」

「うん。結構有名なカップルだよね」

「あれは俺が橋渡ししたの!」

「そうなの?!」

「そうだよ!俺が二人の間の配達屋になってラブレターを送ってたんだ。社内メールだとばれちゃうからな」

「へぇ…」

「そんなわけで俺は木下さん、前田さんお墨付きのキューピットだけど君はどうする?」

「それじゃぁ…」







こうして、彼女と彼の「橋渡し」が俺の副業になった
彼女は話したこともないのにラブレターを書くのは恥ずかしいからといって
俺に託したものはキスチョコだった

疲れたときには甘いものがいいから
といって自分をアピールするわけでもなく
一口で糖分を取れるキスチョコにしたのだ




俺はいまどき珍しく純粋な子だと思った



















初めてみた噂の光月社長は
噂どおりの女性…だ…った?


確かに社員が噂するくらいの美貌を持ち、
丁寧に手入れされた長い髪を一つに束ねてまとめ

きっちりと入れられたアイシャドー
長いまつげを強調するようにマスカラが重ねられ
小さな口元は真っ赤な口紅にグロス
頬には整った顔立ちを引き立てるチーク




きびきびと部下に指示するときの社長は時には冷酷な視線でやり直しをさせ
切り捨てるときはすっぱりと切る
といったような、血も涙も無いような一面を持つと噂で聞いた
23歳と年下の上司に怒られられ持っていった企画書を切り捨てられるなどといった行為
普通の中年サラリーマンには耐えられない仕打ちだろうが
「あんな美人社長に冷たい目で見られるのは怖いけどそれもたまらないくらい美しいし、
頑張って働こう!って気にさせるよなー」と休憩所で話していた社員は話していたのを
俺は聞いていた。


いつも、社内を駆け回っていた俺は社長が出歩くときは
下っ端もいいところ
バイトの身だったものだから
通り過ぎるまで頭を下げ、顔を見るのは今日が初めてだった





そんな光月社長を始めて見たわけだけど
噂の光月社長は
顔を上げた俺の前に立って俺の顔を見るなり
顔を赤くしていた

















俺と彼女の不思議な関係は2日に1回と
結構、数多く行なわれていた


場所は始めてであったときの階段
いつもその場に俺は行くと
彼女は相当疲れているのだろう体を抱えて
寝息をたてていた


彼女の閉じられた瞼は
テレビでみたアンティークのフランス人形のようで
息を呑みながら俺は見入ってしまう事が多々合った


そんな小さな彼女の肩を揺り起こした


「いつもごめんね。」

と小さな手に握っていたキスチョコを俺に手渡し
俺は彼女にキャンディーを渡す事が決まりごとのようになっていた


疲れているときには甘いもの


初めて会ったとき、彼女がいっていたので
疲れている彼女に俺もキャンディーを渡すようになっていた


同年代という事もあり、始めてあったときは敬語だった彼女も
今では気を許せたのかため口で話すようになってきた



「あの人は何かいってた? …やっぱりいいや。聞くのが怖い」
「今日、彼がね部長と一緒に外回りに行ったのよ直属の上司は部長になったみたいなの!」
「彼は風邪をひいたみたい。咳き込んでいたわ。心配だな…」
「今日、初めてあの人の目に映ったよ!にっこり微笑んでくれたの!」



俺と会うたびにその思いを俺にぶつけてくる彼女

時には悲しみ
時には落ち込み
時には心配し
時には喜び

ころころと変わる彼女を見ているのが俺も楽しかった
初めて会ったころに感じた「彼女の笑顔をみたい」
という気持ちは日に日に強くなっていった。


でも、こんな日も長く続くわけは無い

もし二人が結ばれたら俺は用がなくなるわけで

そうしたらここに来る必要も無くなり

彼女に会う事も無いんだ


それは悲しい気もするし
彼女が笑顔でいてくれたら俺は嬉しいけど……




……これは俺の勝手な心情だな






そして、終わりの日は来た。
冬に差し掛かる肌寒い秋のある日

俺はいつもの用に「待ち合わせの場所」に行き
彼女を待った

そこにいたのは初めて会ったときのような格好の彼女

小さな体を丸めて
すすり泣く声が聞こえる


「どうしたの?」

と俺はたずねた



まるでデジャブ…
「あの時」の初めて出会ったときの再現をしているようだった。

おそらくずっと泣いていたのだろう
彼女はウサギのように目を赤くして俺を見上げた

泣いているのに俺を視界に入れると
無理に笑おうとしている彼女の表情が痛々しい


「今日…とうとう言っちゃったの。彼に私の思いを伝えちゃった。」

か細い声で彼女はそれでもはっきりと一言一言
俺に告げてくれた

「そうだったんだ…」

俺はそれしかいえなかった
『それでどうしたの?』
『うまくいったの?』
『何で泣いてるの?』
俺は聞きたい事が口から漏れてきそうだったが
言葉になりそうも無かった

彼女が泣いている事がショックだったのか?

いや違う。
俺は、
結局『恋の橋渡し』なんて
彼女の贈り物を彼に渡していたけど
結局は
俺は用無しだったんだ。

最終的には頼ってもらえなかった。
恋愛は最終的には自分で伝えなければ意味が無い事は俺も十分理解している

だけど、俺は寂しい気持ちで一杯だった。


何もいえない俺を前にして
彼女は話し出した

「今日彼に伝えたの。
 『今、一番気になっています』って
 彼は少し困った表情をしたわ。
 そしてこう言ったの『ごめんね』って
 それで、下手に優しくしないでちゃんと説明してくれたわ。
 彼には幼馴染の恋人がいて
 結婚を考えていて
 その人の事が大好きなんだってこと

 初めて言葉を交わす私に真剣に答えてくれた。
 だから、いいの。
 私のこの恋は終わりにする…。
 終わりにでき…………。」


彼女は最後まで言い切らないうちにまた泣き出してしまった。

初めて立ったときは戸惑うしかできなかった俺が
次の瞬間
自分でも考えられない行動をとった

彼女が押し付けている顔を引き離すように
両肩をもち押し
俺は


彼女を抱きしめた


始めは突然の事で
こわばっていた彼女も次第に力が抜け
俺に体の重さを預けるようになった

彼女の小さな重みを感じながら
俺は彼女の涙を胸で受けとめた


言葉はいらない
彼女と過ごしたのは
この階段で
短い期間だったけど
彼女の真剣な思いも
純粋さも
俺は分かっていたのだから
ただ何も言わないで俺は彼女の涙を受け止めた



しばらくの間そうしていただろうか、
彼女は泣き疲れ
俺の胸の中で眠ってしまった


よほどのエネルギーを使って泣いたのだろう
軽く動かしても彼女は起きる気配が無い。

彼女の額を俺の方に乗せ
俺は今日、彼女に渡そうと思っていた
キャンディーの包みを開けた
中に入っていた飴玉を口に含み

軽く口を尖らせ
彼女の涙の後を拭うようになぞる

涙の終着地点は唇

俺は一瞬、躊躇いはしたが


彼女の唇に
自分のを重ねた


初めて彼女にする口付け
それは涙の味がして
しょっぱかった


かすかに唇をかすめるようなキスをして

俺は自分の舌で
彼女の小さな唇を開ける

俺の口から
彼女の口へ

ストロベリー味のキャンディーが
コトン
という音を立てて
彼女の口に入った


そうして、しばらく彼女の寝顔を見ていたが
自分の上着を彼女にかけ
その場を立ち去った




その後、俺はその階段に行く事はなくなった…
彼女はいるわけも無いし
彼女の失恋を期に俺の仕事も終わったわけだから…









〜continue〜














2004/3/23 あゆみ

注)この作品は2007/2/20をもって閉鎖しました「Blue White Green」の記念作品として投稿させていただいております。

2007/2/17 あゆみ

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