作:あゆみ
眠りを妨げるようにわずかに音がした。
どうやら玄関先に侵入者がいるらしい。
「だれだ」
また同じ問い。
その質問は未夢には答えられない
だれなんだろう。
自分への問いとまだ見ぬその声の持ち主への問い
複雑な心境のまま未夢は口を開いた。
「私は私です。
けれど、誰なのかは自分でもわからない。」
「わからない?」
やっと未夢の言葉に返答らしい言葉が返ってきた。
「えぇ。自分が誰なのかわかりません。」
未夢は不確かなその存在とのやり取りに少しずつ
心が落ち着いてくるのを感じた。
存在もわからないのに落ち着けるなんて思ってもみなかった。
「そう。それでどうしろと?」
声の主は言う。
「助けてほしいのです。」
未夢は真剣に願った。
「それは困る。」
声の主は言う。
「な…なぜですか?」
未夢はやっと感じた希望が今目の前で崩れてしまいそうなことを感じた。
「俺が、俺でなくなりそうだ。」
「えっ?」
俺が俺でなくなる?
「だからほかをあたってくれ。」
未夢と声の主との間に生まれる会話はついに途切れることがなくなった。
未夢は必死に食い下がろうと懇願する。
「お願いします。どうか、助けてください。
あなたがあなたでなくなる前に、
私はすでに私ではないのかもしれません。
私は私の記憶をなくしているのですから…。」
未夢は見えない相手に深く頭を下げた。
長い金色の髪が肩を滑り落ちた。
「………つらい目にあうかもしれないぞ。」
声の主はやや沈黙の後に言った。
「今、あなたに見捨てられることのほうが辛い気がします。」
未夢、熱くなった目頭から涙が流れるのを感じた。
「入って来い。」
そうして、未夢はこのくらい廊下を歩き
その先に「いる」声の主との対面を果たす。