Passion

#2-1 初見

作:あゆみ



ここはどこ…



残暑の厳しい光が
未夢の肌を容赦なく照らす。

白い肌からはうっすらと汗をにじませ
赤みを帯びさせていた



ワタシハダレ…



今、私がわかっていることは
自分自身の記憶がないこと
そして、今私を取り囲むこの場所どこなのかわからないということ
私が私の知らないうちに誰かに消去されたような
そんな心境で未夢はそこにいた。

記憶を失っているけれど
実はこれが私の普通なのかもしれない。

だけど、私がダレなのかわからないというのは普通なのか?
それとも異常なのか?

だれかそれを説明して

私はダレなのか
そしてなぜここにいるのか。



気づいたらこの場所にいた
これまでに嗅いだことのあるような香りの立ち込めるこの場所に
(不思議なことに記憶のないはずの私はそう思った)
ガラスを木の枠でかたどった、おそらく横にスライドさせるタイプのドア

私は気づいたらここにいた。

このドアの前に。



入ってみようか、
誰かいるのか?
そもそも私以外の「何か」はいるのか?






とりあえず
私はこのドアを開けることにした
そして何があるのか確認することにした。

まず、自分のことを知るよりも
この場所について知ることにしよう
そうすれば私のこともおのずとわかってくるかもしれない。


本質を知る前に、下積みから。


ダレが言った言葉だっけ?



わからない。
だけど私は何か大切なことを忘れているような気がする。
そんな気がしてきた。






未夢はドアに手を掛けた
そして、この手を横にスライドさせれは扉が開くはずだ
と思ったとおりに動かしてみた。

すると、扉は開かれた。

長く続く廊下
古びた、
いつ掃除がされたのかわからないくらい埃が隅のほうでたまっている。



「おじゃまします。」

その向こうにダレがいるのかわからないが
とりあえず未夢は声を出してみた。

返事はない。


「あの…。」


やはり返事はない。
ここには何もないのか?
私のほしい「答え」はないのか

誰でもいいから私を教えて!

私はだれ?

だれなの!

だれか!











「誰だ?」

突然薄暗い廊下の置くから
低く通る声が聞こえてきた。
その姿は目を凝らしてみても確認できない。


「……………だれだろう…。」

ポツリとつぶやいた。
だってわからない。
私は誰なのか、私はわたしなのか?
未夢はだんだん何もわからないことに
心の奥底から悲しみがこみ上げてくるのを感じた。

その悲しみが目の奥で熱く…熱を持っている。




泣きそうだ



でも泣かないのはやっと自分の問いに答えが返ってきたから
もう少しこの声の主と話をしたい。

記憶がなくなったとわかってからの「記憶」では
この人との会話が私の始めての人


お願いだからもう少し



「あの…私は誰なのかわからないのです
 ただ、わかっているのは気づいたらここにいました
 勝手に入ってしまってごめんなさい。
 どうか、私の力になってもらえませんか
 これから…私はどうしたらいいのかわからないのです
 無理なことを言っているのはわかっています
 でも、どうか…どうか…。」

未夢は一息に声の主に話しかけた
もたもたしていたら消えていなくなってしまいそうだったから
まだ、その姿は見ていないのに
未夢はその不確かなものを感じながらしゃべった。


「私が誰なのか、どうしたら私を取り戻せるのかわからないのです。
 どうか、力になってもらえないでしょうか?
 私は…どうしたらいいでしょうか…。」

記憶がなくなってから初めての人にこんなお願いをするのはどうかと思ったが
そんなことはいってられない。
私はどうしたらいいのか自分で判断がつかない。
とにかく未夢はしゃべった。



しばらくの沈黙

未夢はまた泣きたい気持ちがこみ上げてきた

すでに目の奥の熱いものは目の周辺にまで及んできた。




「だれだ」


また同じ問い。
その質問は未夢には答えられない

だれなんだろう。

自分への問いとまだ見ぬその声の持ち主への問い

複雑な心境のまま未夢は口を開いた。

「私は私です。
 けれど、誰なのかは自分でもわからない。」


「わからない?」

やっと未夢の言葉に返答らしい言葉が返ってきた。


「えぇ。自分が誰なのかわかりません。」

未夢は不確かなその存在とのやり取りに少しずつ
心が落ち着いてくるのを感じた。

存在もわからないのに落ち着けるなんて思ってもみなかった。



「そう。それでどうしろと?」

声の主は言う。


「助けてほしいのです。」

未夢は真剣に願った。


「それは困る。」

声の主は言う。

「な…なぜですか?」

未夢はやっと感じた希望が今目の前で崩れてしまいそうなことを感じた。

「俺が、俺でなくなりそうだ。」




「えっ?」

俺が俺でなくなる?


「だからほかをあたってくれ。」

未夢と声の主との間に生まれる会話はついに途切れることがなくなった。
未夢は必死に食い下がろうと懇願する。

「お願いします。どうか、助けてください。
 あなたがあなたでなくなる前に、
 私はすでに私ではないのかもしれません。
 私は私の記憶をなくしているのですから…。」

未夢は見えない相手に深く頭を下げた。
長い金色の髪が肩を滑り落ちた。




「………つらい目にあうかもしれないぞ。」

声の主はやや沈黙の後に言った。


「今、あなたに見捨てられることのほうが辛い気がします。」


未夢、熱くなった目頭から涙が流れるのを感じた。







「入って来い。」





そうして、未夢はこのくらい廊下を歩き
その先に「いる」声の主との対面を果たす。











続く・・・



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