明日は昨日

水曜日から木曜日 1

作:あゆみ

 →(n)










水曜の朝。

学校へと向かう未夢の足は駆け足になりがちだった。
遅刻しそうだからではない。気が急いでいるからである。

西遠寺彷徨を問い詰める。

未夢はそう決意していた。

あの日記・・・いや手紙というべきものかもしれない。
その謎が未夢の中に大きく渦巻いていた。
内容もさることながらその存在に…

未夢の日記帳に未夢の筆跡で書かれた『手紙』
それも未夢宛の手紙である。

誓ってもいい。未夢はあのような手紙は書いてはいない。
だが『手紙』は存在している。
しかも『手紙』を書いた未夢は未夢が月曜の記憶がないことを知っている。

未夢は記憶喪失でも二重人格でもない。
では何なのだろうか…
何が起こっているのか…

鍵を握るのはただひとり、西遠寺彷徨である。
勝手に人の夢に出てきた西遠寺。
そして『手紙』に相談相手として指定されていた西遠寺彷徨。

一体西遠寺彷徨は何を知っているのだろうか?










未夢の決意は固かったがなかなか即実行というわけにもいかなかった。

西遠寺彷徨は今日も登校していた。
同じ教室の中、すぐ近くに彷徨はいるのだ。
話しかける機会はいくらでもあるが相談の内容が内容である。
他人の耳には触れたくない。
西遠寺君がひとりになる機会をうかがうしかない。
しかし狙ってはいるがそのチャンスがなかなか来ないのだ。

「よっぽど西遠寺君がお気に入りなのね」

後ろからななみの声がする。
よほど真剣に彷徨を見ていたのだろう。
そんな未夢を見て誤解したらしい。

「そんなんじゃないよー」

未夢は向きになって否定したがななみは信用していないようだった。


西遠寺彷徨はいつもどおりだった。授業は真面目に取り組み休み時間はなにやら読書をしている。



もしかして友達いないの?




未夢はふと思った。


結局、午前中は機会が見つけられなくて昼休みに突入してしまった。
未夢は父、優が作ってくれたお弁当を、いつもの仲間であるななみ、綾、クリスと机を囲んで取っていた。
しかし、今日はいつものようにのんびり昼食を取っている気分でもなかった。
西遠寺彷徨がもしかしたら人気のないところへ移動するかもしれないからだ。

今日は昼食中未夢は弁当を手早く済ませた。
またななみに誤解されるかと思ったが、ななみを含めた綾、クリスも今日はなんだかおしゃべりよりも昼食を優先していた。

「ご馳走様。」
いち早く平らげたななみが残りのお茶をぐいっと飲み干し机に置いた。
ななみは空になった弁当箱を片付けると席を立ち未夢にいった。


「じゃ、いってくるね。」

「何か用事でもあるの?」

未夢は西遠寺彷徨に注意しながらも七見を見た。

「なにって・・・」
ななみは驚きの表情を見せた。

「ほらほら!ななみちゃん!忘れちゃだめよ!」
「そうですわ。」

綾が微笑みながら軽くななみをたしなめるような目を向けた。
その手には演劇のネタ帳を持っている。

「あ。そうか。そうだったね。」
ななみは二人にちろっと舌を出した。

「?」
「ちょっとした野暮用よ」
そういい残してななみは教室を出た。

「野暮用って何?」
「さぁなんだろうねぇ〜」
綾ははっきりとは言わずクリスに目配せした。

「??」
「さて、私もいくね」
そういって綾も席を立った。

「ワタクシモ」
クリスも席をたった。

「なんなの三人とも?」

そういう未夢を振り返りながら綾とクリスが答えた

「「ちょっと野暮用」」

そういって二人とも教室を出て行ってしまった。


へんなの?

でもそれだけを気にしてはいられなかった。
ふと西遠寺彷徨のほうを見たら席にいない。

しまった!

未夢はあわてて教室を出て廊下をみた。
西遠寺彷徨の向かっている方向は…

図書館だ!!

未夢は西遠寺彷徨を急いで追いかけ廊下を走った。
小走りに廊下をかけてゆき、角を曲がったところだった。

どん!!

何かが体にぶつかった。

「わっ!」
と声を上げたのは本を持った蒼井だった。
「ごめんなさい・・・ 」

「なんだ光月さんか〜どうしたの?そんなに急いで?」

「えっ?ちょっと図書館にいこうと思って急いでたの。あの…ぶつかってごめんね。蒼井君」

「いやいいよ。光月さん勉強家なんだね。」

「そんなことないよ〜。」

蒼井を横目で見ながら未夢は西遠寺彷徨を目で追っていた。

あっ!いっちゃう!

「ごめんね。急いでるから。」

「あぁ!そうだね」

蒼井は道をあけながら言う。

「本当にぶつかっちゃってごめんね。」

「気にしないでいいよ!」

未夢は最後の言葉を背中で受け止めながら
西遠寺彷徨を追いかけてまた走り出した。










図書室。
四中の図書室はOBの寄付によって在庫図書の多さが県内でもトップに入る。
しかし、最近では蔵書の数と、利用者の数が比例せず、図書室はいつ行っても静まり返っている。
時折聴こえる話し声も鮮明に聴こえてしまうほどだ。


入ってすぐの所に貸し出しカウンターがあり、床面の給え半分ほどに長机が、置く半分に本棚が列をなしている。

未夢は図書室の中を見渡してみた。
机に向かってなにやらノートに書き込んでいる人、本の貸し出し、返却の手続きをしている人など約10名の生徒がいたが西遠寺彷徨の姿はその中に無かった。

本棚の方かしら?

未夢は書籍のほうへ歩いていった。
やはりいた。

西遠寺彷徨の姿は図書室の奥の方、文学や小説の棚にいた。
重そうなハードカバーを右手に持ち、左手でページをめくっている。

教室を出るときに持っていた本ではなかった。
もうあの本は返し待ったのだろう。

未夢は深呼吸をひとつして西遠寺彷徨のほうへ歩み寄っていった。

「あの…西遠寺くん…」

一メートルぐらいは離れているだろう場所から未夢は声をかけた。
西遠寺彷徨が顔を上げる。

「俺に何かようか?」

明らかに怪訝そうな表情を浮かべて、未夢を見る。
別格変わった様子は見られない。
いつもどおりの物静かで、冷静沈着そうな西遠寺彷徨だった。

「あ、あのね…聞きたいことがあるの…。」

「なんだ」

「あのね…あ、あの…。」

さすがに言い出しづらい。

「早くいえよ。」

西遠寺彷徨に促されて未夢は覚悟を決めて口を開く

「一昨日、私貴方の家に行かなかった?」

「なんだって?」

西遠寺彷徨は未夢に向き直り、パタンと本を閉じた。

「だから、一昨日私貴方の家に行かなかった?」

未夢は繰り返した。
西遠寺彷徨は軽くまゆをひそめながら答えた。
その顔つきは『なに、寝ぼけてるんだ、この女は』と如実に語っている。
少なくても未夢にはそう見えた。

「ほんとに?」

「嘘ついてどうする。…大体、来たか来ないか、自分の事なら自分でわかるはずだろ。」

「それがわからないから、聞いてるんじゃないの。」

「あん?」

「なぜか分からないけど私…。」

未夢は声を潜め、西遠寺彷徨はなかなか的を得ない話に眉を寄せる。

「月曜日のこと全然覚えてないの…。」

「おいおい…。」

「冗談じゃないの。嘘でもないの。本当に全然覚えてないの。月曜日の記憶が…。」

「…。」

「丸一日分ないのよ、だから西遠寺君に聞けば、何かわかるんじゃないかって思って」

「…ちょっとまて、覚えていないならなぜ、そんなことを俺に聞くんだ?」

「え?」

「だから何も覚えていないなら、俺の家に来たなんて発想が一体どこから出てきたんだ?」


・・・言われてみればそうである。


「だって…。」

未夢は夢のことを持ち出そうとしてやめた、内容が無いようなだけに西遠寺彷徨に話せるような内容ではなかったからだ。

「日記に…そう書いてあったんだもの」

「にっき?」

西遠寺彷徨は訳がわからないという表情をあらわに見せた。

「誰の?」

「わたしの・・・」

「…なんて?」

「西遠寺君に相談しろって…」

「ナニをだ?」

「それがわからないからこうして訊いてるんじゃないの」

西遠寺彷徨は大きな深いため息をつく。

「何を相談したいかわからないのに、相談したいのか?」

「多分月曜日のことだとおもうんだけど…。」

「だから。君は。俺の。家には。来なかったよ。」

西遠寺彷徨は一語一語切るようにいった。
いい加減にしてくれてという思いがわかる。

「そうなのよね…。」

未夢はうなずくしかない。

「話がそれだけなら、もう行ってくれ。俺も暇じゃないんだ。」

西遠寺彷徨は閉じていた本を開いて視線を動かした。

「そんな…。」

「なぁ、光月。」

西遠寺彷徨は戻しかけた視線を未夢に戻す。

「どうしてもって言うなら、その相談とやらに乗ってやってもいい。
 だけど何を相談したいのかわからないんじゃ、話にならん。
 夢の内容がわからなければ夢判断にならないからな。」

未夢はドキッっとした。
西遠寺彷徨の口から『夢』という言葉が飛び出したからだ。

「…どういう意味?それ。」

「旧約聖書にそういう話があるのさ。夢の内容を忘れちまった癖に、夢判断を頼む困った王様の話がね。
 興味あるなら調べてみろよ。」

「……。」

未夢は唇をかんだ。自分がわけのわからないことを行っていることは分かっている。
だが実際に訳がわからないのだから仕方ないのだ。
訳がわからないから相談に乗ってほしいのに、幾らなんでも西遠寺彷徨の態度は冷たすぎる。

これが『頼りになる人』?
読書に没頭する西遠寺の横顔をにらみつけ、未夢はその場を回れ右をした。



冷血漢、無感動男、思いつく限りの単語を西遠寺彷徨に当てはめながら未夢は図書室をでた。

あんな男を頼れなどとは、あの日記をかいた「未夢」もいい加減である。
未夢は来た時と同じように来た廊下を歩いていく。
それにしてもこれからどうしたら良いのだろうか。

一日分の記憶ぐらい、無いままでも困りはしない。そう思い切ることはできる。
現に一度思い切った。だが、あの日記のナゾだけは何とかはっきりさせないと気が治まらない。
気味が悪くてしょうがない。

「おい。光月!」

呼ぶ声が聞こえた。
西遠寺彷徨の声だ。図書室から追いかけてきたらしい。
少しは後味が悪く感じたのだろうか。

未夢は廊下の途中で立ち止まり西遠寺彷徨を振り返った。

「何か用?」

反感を剥き出しにした未夢の言葉に西遠寺彷徨は苦笑いをした。

…あっ笑った…。

「わけが分からんってのが気味悪くてな。もう少し分かりやすい説明を…。」

そう言いかけた西遠寺彷徨の表情がその時一変した。

「危ない!!」

その声に未夢は反射的に頭を抱える。
音なのか、視線か、第六感によるものなのか、とにかく『横だ!』と直感したのである。

早いもの。何かが未夢に向かってきているようだった。
アドレナリンの分泌によるものなのだろうか時の流れが遅くなったように感じる。

逃げなければ!
そう思うが体が動かない。

ぶつかる!

ものすごい音、何かが砕ける音。


目を閉じた未夢は体に強い衝撃を感じた。








〜注意〜
この作品は以下の作品をリスペクトし
だぁ!だぁ!だぁ!設定ではどうなるか考えて書いたものとなります。
メディアワークス 
「タイム・リープ・・・あしたはきのう」
著者 高畑京一郎

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