作:あゆみ
空が赤い。
夕日に染まっているのだ。
それを漫然と見ていた未夢ははっと気づいて、あたりを見回した。
黒々とした木々、そしてブランコ、滑り台。
ここは風立公園だった。
『今』は月曜日の朝ではなかった。
土曜日の夕方だった。
未夢はまた時間移動したのである。
だが。
何もかもが、同じだった。
未夢の目に映るのもが何もかもが移動する前と同じだった。
公園には西遠寺彷徨が倒れていた。
そしてその前には短刀のようなものを手にした蒼井がいた。
「そんな・・・」
呆然と未夢はつぶやいた。
警告の手紙を未夢は確かに出した。
なのになぜ。
手紙が届かなかったのだろうか、それもやはり西遠寺彷徨は刺される運命だったのだろうか。
「嘘よ・・・ そんなはずない・・・」
未夢は首を振った。
そうだ、これは夢だ。
土曜日ではない。
夢を見ているのだ。
悪い夢を。
「こ・・・うづきさん。」
蒼井がちょっとした驚きの表情を見せた。
そしてそれが変わる。
「うまくいかなかったのかな・・・。完璧だと思ったのに。」
悲しみとも取れる笑みを蒼井はした。
「夢よ・・・夢だわ・・・これは夢・・・」
未夢は首を振る。
「出会ってしまう運命ということなのか、でもそれじゃ!未来は!!」
蒼井がなにか意味不明なことをつぶやいているが
今の未夢は混乱の中にいて分からない。
早く・・・早く・・・醒めてよ・・こんな夢・・・。
蒼井はゆっくり近づいてくる。
未夢はじりじりとあとずさった。
「だが、もう一度『置換措置』を行えば・・変わるかも知れない・・・」
蒼井の目がかっと見開かれた。
「これで最後だよ、・・・!」
あ・・・また、とぶ・・・。
そう未夢が思った瞬間。
「そうかな?」
黒い影が、未夢と蒼井の間に滑り込んできた。
道場に残っていたはずの南が、まさにこの瞬間に現れたのだ。
「南くん?」
驚く未夢を背にかばいながら、制服姿の南は蒼井に言った。
「時空再構成未遂の現行犯だ蒼井! 法令、一万とんで三十五条、未遂ではあるが
実行しようとした罪に基づき、強制送還ならびに関係者の記憶処置を行うものとする。」
「な!そんな」
驚きを見せた蒼井だが、問答無用とばかりに南に襲い掛かる。
だが、相手が悪かった。
「往生際が悪いぞ、蒼井!」
振り回される武器を余裕を持っていなした南は左手で、蒼井の右腕をがっちりと掴んだ。
そして、南の右手が、蒼井の襟首を掴んだと見えた次の瞬間。
蒼井の体は宙に舞っていた。
強烈な投げ技だった。
背中から地面にたたきつけられた蒼井は
「ぐふっ」
と、一声あげただけで、ぐったりと動かなくなった。
気を失ったのである。
「時空警察に喧嘩を売るなんて、バカな奴だ。」
蒼井を見下ろした南は未夢を振り返りかえった。
「・・・怪我はないね?」
「えぇ・・・。だけど、どうして、南くんがここに?」
「上からの命令でね。今回の件、容疑者蒼井を追跡していたんだ。」
「上?えっ?さっきなんとか警察とかって・・・えっ?」
未夢は混乱した。
南が何か不思議な単語を述べたのもそうだし、
時空がどうのこうのと・・・何のことだが・・・
「混乱するのも無理はないね。
実は俺は各時代に点在している時空警察隊の一人。」
「え?警察?南くんが?」
「うん。でもこの時代で言うような『警察』とは違う。
時空の流れを司る警察とでも言っておく。
時の流れというのはつねに決まった『ストーリー』をたどっている
しかし、人によってはそのストーリーが自分にとってよくないと思う奴もいる。
ある時代でね、ついに時空のひずみを利用して、過去・未来を行き来できる
システムが開発された。
始めは教育のためということで、画期的な発明だったんだが、いつからか
悪用されるようになったんだ。
時の流れを自分達都合のよいように変化させようとするやからがね」
「む・・・むずかしい。」
「例えば、食べたいケーキがある。
ところがあるはずみで落としてしまうんだ。せっかくのケーキが食べられない。
落ちる前に戻って、落とさないように防止策をとりたいと人間は考えるよね。」
「え・・ええ。」
「それ、ある時代、これがいつなのかは言えないけど、できるようになる。
それが時空のひずみを利用するということだった。」
「その時空のひずみ?って言うのと今回の蒼井君とは何が関係あるの?」
「蒼井は、ある未来の出来事を変えたくて、この時代に来た。
時代のひずみを辿ってね。
その変えるべき対照が君だった。未夢ちゃん。」
「えっ・・・どういうこと。」
「申し訳ないけど、それはいえない。話を戻そう。
そういった犯罪者を防止するために、時空警察という制度が設けられた。
あるべき流れからそれそうになったとき、それを調整し、
彷徨も言っていた「時間の再構成」を起こさないために管理する機関だ。」
だが、その言葉を未夢は最後まで聞いてはいなかった。
『彷徨』という言葉を聞いただけで反射的に駆け出していたのである。
「西遠寺君!西遠寺君!」
未夢は西遠寺彷徨のそばに座り込み、ピクリとも動こうとしないその体を揺さぶった。
「しっかりして!目を開けてよ!死なないで!いやよ!」
西遠寺彷徨が刺されてから日曜日に戻り、
半日を過ごしてきた未夢にとってはずいぶん時がたった錯覚に襲われていた。
実際は、ほんの数分しかたってはいないのに。
私は未来を変えられなかった。
自分にしかできないことだったのに。
時間が再構成されても守るべき命なのに。
私を導き、守ってくれた西遠寺彷徨。
1週間の間のわずかな変化に戸惑いながらも、
その変化をどこかで喜んでいた自分がいた。
何かが芽吹いた気がした。
自分の中で・・・
でも
でも・・・
その自分が関わった性で・・・
大切なあなたを・・・
「 かなたぁ!!」
未夢は目に一杯にためながら西遠寺彷徨の体を抱きしめた。
・・・
「心配しないでいいよ。未夢ちゃん。気絶しているだけだからさ。」
落ち着いた口調で、南は言った。
「気絶してるだけって・・・だって、おなかさされたのよ?」
「腹だから、大丈夫なんだ。」
妙なことを南はいい、蒼井から取り上げた短刀のようなものを未夢に見せた。
「ほら、血なんか付いてないだろう?」
確かにそのとおりだった。
あわてて西遠寺彷徨の腹の辺りを調べたが、そこにも血のあとは見られなかった。
「ちょっと待ってな。今、活を入れる。」
南は武器を置き、西遠寺彷徨の上体をおこした。
背中にひざをあてがい、ぐっと胸を開くようにする。
「うっ・・・」
西遠寺彷徨の唇から、うめき声がもれた。
生きている。西遠寺彷徨は生きているんだ。
西遠寺彷徨の目が、ゆっくりと開いた。
「・・・どうやら・・・うまくいったようだな。」
あたりを見回した西遠寺彷徨はうっすらと笑った。
いつもどおりの、どこか皮肉めいた、からかうような笑みだった。
「西遠寺君・・・」
未夢は安堵のあまり、その場にへたり込んでしまった。
「な。だから心配することないって言っただろ?」
南が未夢に笑顔を向ける。
「だけど・・・なんで?なんで大丈夫だったの?」
蒼井のナイフは確かに西遠寺彷徨の腹をさしたのだ。
まるで魔法をみせられているかのようだった。
「腹に来ることは分かっていたからね。」
西遠寺彷徨はいいながら学生服を開き、ワイシャツを捲し上げた。
西遠寺彷徨の腹は真っ白なさらしでぎちぎちに固められていた。
それだけではない。その隙間には空き缶をつぶしたものが挟み込んで合ったのである。
「使い方も違うしね。」
南は未夢に向かって片目をつぶって見せた。
未来の道具ということだ。
『四通目』はちゃんと西遠寺彷徨に届いていたのだ。
西遠寺彷徨は腹を刺されることも知っていたのだ。
知っていながら蒼井と対決し、敢えて、刺されて見せたのだ。
唖然としていた未夢だったが、そのうち、むらむらと腹が立ってきた。
「だったら・・・なんだってそういってくれなかったのよ!
私が・・・どれだけ・・・心配したか・・・」
「どんな想い・・・だったか・・・それを・・・・・・この、バカ!」
未夢は西遠寺彷徨に掴みかかった。
「教えるわけには行かなかったんだよ。その理由はわかるだろ??」
未夢の手から逃れようとしながら、西遠寺彷徨は言い訳するように言った。
「いつも、いつもそうやって、自分だけで・・・もう、しらないから!」
ぽかぽかと西遠寺彷徨を殴りつける未夢の目に涙があふれてきた。
「おい、やめろって!!」
そんな未夢を、もてあますようにしていた西遠寺彷徨だったが、
やがて、抵抗をやめされるままになった。
涙が止まらなかった。
未夢は
悲しみではない安堵から生まれる雫が止まらなかった。
西遠寺彷徨の胸に顔を押しあて、泣きじゃくった。
「・・・心配かけて、すまなかった。」
西遠寺彷徨がそっと、言った。
「ううん・・・よかった・・・生きてくれて・・・」
未夢は西遠寺彷徨の胸の中で、何度も何度も首を振った。
つづく・・・
〜注意〜
この作品は以下の作品をリスペクトし
だぁ!だぁ!だぁ!設定ではどうなるか考えて書いたものとなります。
メディアワークス
「タイム・リープ・・・あしたはきのう」
著者 高畑京一郎