作:あゆみ
「ま、さか・・・」
「例の三通のひとつ美術室の見張りの結果の中に、蒼井の名前があった。」
西遠寺彷徨は学生服を開いて、内ポケットから、一通の封筒をとりだした。
その中にあった便箋には、綾の筆跡で文字が記されていた。
『報告書 美術室への出入りについて。
12:22 一年生三人入る。 12:25退出。
12:45 転入生蒼井君入る。 12:53退出。
12:55 一年生が入ってくる。授業のための模様。
12:58 見張り終了。 』
「・・・だけど、これだけじゃ・・・」
「他にもいろいろと判断材料はある。
蒼井が呼び出しに応じたこと自体が協力な傍証になるしな。
それに第一、四通目に蒼井の仕業だと、書いてあった。」
西遠寺彷徨は初めて『四通目』の内容を口にした。
『予備知識』を未夢に与えないようにするのが基本方針だったのだが、
さすがにこの段階にいたっては秘密にする意味がないと思ったのだろう。
「でも・・・でも、なんで、蒼井君が私を襲おうとするの・・・。」
「日曜日のことだろうな。それを光月に知られたからだと思う。
それで、ビビッて蒼井は月曜日、転入生としてもぐりこんだ。
だが、騒ぎがない。気の回しすぎかと思っていたが光月に合う。」
水曜日の昼休み、図書室に行く西遠寺彷徨を追いかけていたときのことだ。
そう、たしかあの時、未夢はこれから図書館に行くことを蒼井に告げた。
それを耳にした蒼井が未夢の帰りを待ち構えた。
ということなら、話の筋は通る。だが・・・
「だが、植木鉢おとしは失敗した。葵は次の機会を狙った。
それが金曜日のバイクだ。」
「・・・だからそれはなぜよ。日曜日にいったい何があったっていうの?
私が何をしたっていうの?」
西遠寺彷徨はじっと未夢を見つめそして、短く答えた。
「俺もまだ半信半疑だ。」
「え・・・?なにが?」
「いや・・ほとんど信じられんが・・・蒼井は・・・未来人らしい。」
「え・・・?」
「計画的だったのか、衝動的だったのか、それは知らん。
日曜日に、蒼井は帰り道をつけて公園で襲った。」
すうっっと血の気が引いていくのが分かった。
「え・・・なに・・・いってるの西遠寺君。蒼井君が未来人?
そんな・・・冗談・・・・。」
「・・・」
「えっ、・・・仮に、仮によ?蒼井君が未来人だとしても私を襲う理由はなんなの?」
「・・・理由については俺にもわからない。
ただ、光月・・・君を襲うために未来から来たそうだ。」
「そ、んな嘘よ・・・非現実的だわ・・・」
血の気が引けていくのが自分でも分かる。
未来人?蒼井君が?・・・私を襲うために来た?・・・なぜ?・・・・・なぜ?
未夢は思わず、自分の体を抱きしめていた。
「おそらく、俺の予想だが・・・仮に未来人が過去に来て、来てすることとすれば
あれしかないと思うんだ。」
「・・・なに?」
「『時間の再構成』さ」
「えっ・・・」
では、自分のこの体は日曜日に蒼井に襲撃され、再構成後の体なのか?
今まで気づかなかっただけで(気づくはずもないが)自分の体はすでに何かが変わってしまったのか?
「それにおかしいと思わないか?」
「なにが?」
「俺ならともかくだ。光月、君はこの一週間『意識の移動』を繰り返していた。
月曜日に転入してきた蒼井のことをなぜ、水曜日の君が『転入生』と認識しているんだ。」
「え・・・」
「俺も信じられない。非現実的だが光月には
すでに何かしらの処置が施されているのかもしれない。」
「うそよ!!」
私の体はもう今までとは違うのか
「落ち着け、光月!」
「うそよ!!」
再構成された後の未夢なのか
「落ち着け!」
「うそよ!うそよ!うそよー!!」
西遠寺彷徨が一番恐れていた再構成後の・・・体・・・
「落ち着け!」
これまでの私とは違う・・・
「いやぁーーー!!」
「未夢!!」
思わず立ち上がろうとする未夢の腕を西遠寺彷徨は掴んだ。
未夢はそのまま強い力に引き寄せられた。
混乱の中で、暖かいなにかに包まれる感覚を得る。
未夢は西遠寺彷徨の胸の中にいた。
腕は掴まれたままだが、強く・・・身動き取れないほど強く・・・
そして、耳元で鋭くささやく
「落ち着け・・・。」
西遠寺彷徨は腕の力を緩めることなく、つづけた。
「日曜日に君が襲われたことは確かだ。だがその『結果』はまだわからない。
君にとって『これから』のことだからだ。
日曜日の空白に戻ったときに、それは決定される。
襲われて、『時間の再構成』がなされたのか、『無事逃げ出せたのか』
それは光月次第だ。」
「・・・」
「行って来い、光月。いって自分の時間を守り抜いて来るんだ。」
だから、なのだ。だから、西遠寺彷徨は未夢に護身術を習わせたのだ。
「だけど・・・」
「君は、一度逃げた。時を飛んで逃げた。もしかしたらこの事象自体
『時間の再構成』なのかもしれない。だが、逃げ続けるわけには行かない。
怖くても立ち向かわなければ、いつまでたっても君の時間は戻らない。」
「そんなの無理よ!」
未夢は叫んでいた。
「なぜ無理だ。」
西遠寺彷徨の言うことは分かる。
そのとおりだと思う。
だが、日曜日の未夢は蒼井に襲われているのである。
その時点へもどるなど怖くてとてもできはしない。
付け焼刃の護身術では『立ち向かう』自身に歯ならないのだ。
「あなたは、これを、この『移動』を経験していないから!
そんなことをいえるのよ!
人事だと思って気楽に行って来いだなんていえるんだわ!」
「他人事?」
一瞬厳しい表情を見せた西遠寺彷徨は、例によって薄い笑いを浮かべた。
「そのとおり、他人事だよ。俺にとってはな。
危険な目にあうのもきみだけなら、問題を解決できるのも君だけだ。
好きにしろ!逃げ続けるというならそれでもいい。
困るのは君であって、俺じゃないからな」
その切り捨てるような口調に未夢は言葉を失った。
「・・・」
「とにかく、俺は今から蒼井と対決する。いずれにしろこれ以降、君に手出しはさせない。
俺にできるのは、そこまでだ。」
「・・・もう一度言う。『日曜日の俺』では、君を助けられない。
君が、自分で切り抜けるしかないんだ。」
それだけ言うと、西遠寺彷徨は歩道のほうに目を戻した。
「・・・」
確かに西遠寺彷徨が起こるのも無理はないかもしれない。
これまで、西遠寺彷徨は、知恵を絞り、体を張って、未夢をたすけてくれた。
その上、犯人との直接対決という危険極まりないことまで、敢えてしようとしている。
本来なら未夢が自分でしなければならないことのほとんどを西遠寺彷徨が
引き受けてくれているのである。
それなのに、未夢が、未夢にしかできないことから逃げようとするのは
これは筋違いだ。
だが、それでも、それが分かっても、
未夢は決心が付かなかった。
『日曜日』蒼井と対決する勇気が、どうしてももてなかった。
「おいでなすったぜ」
西遠寺彷徨が低く言った。
夕日に赤く染まり始めた境内に、転入生蒼井が姿を現していた。
****
「光月」
西遠寺彷徨はレコーダーをセットしなおして未夢に持たせた。
「こいつを預かっていてくれ。奴とのやり取りの一切を録音しておきたい。」
西遠寺彷徨は万が一警察に頼むときの証拠を作るために、こうして
蒼井との対決を画策したのだ。
「・・・分かったわ。だけど・・・大丈夫?」
未夢はレコーダーを受け取りながら、西遠寺彷徨を見つめた。
「うまくやるさ。」
西遠寺彷徨は笑って見せた。
「じゃあ、言ってくる」
「気をつけて」
西遠寺彷徨は立ち上がり、蒼井のほうへと歩いていった。
蒼井は接近する人影に気づきやや警戒するような態勢になった。
西遠寺彷徨は蒼井に近寄っていく。
未夢のいるところからは結構距離があり、話し声は直接届いてこない。
その点、レコーダーが拾ってくれるのだがその音も途切れ途切れ立った。
「よくきたな。蒼井」
西遠寺彷徨の声が、イヤホンから聞こえてきた。
「と・・・西遠寺君・・・君が?」
やや驚いたような蒼井の声も入ってきた。
「意外か?」
西遠寺彷徨は例の妙に絡みつくような話しぶりで応じた。
ちょっとしたヤクザ観がある。
「一人か?」
「勿論。人のいるところでできるような話なら、わざわざ呼び出したりしないよ。」
「・・・」
「手っ取り早く行こう。動かぬ証拠という奴がこっちにはある。」
「・・・なぜだ。」
「なぜって?女子生徒の苦痛を思えばこれくらいたいしたことないだろう。」
「・・・失敗だよ。すべて失敗さ。」
「・・・何のことだ?」
「あの時・・・あの時うまく言っていれば!」
「うまくいかなかったから口封じか。たいした悪党だなお前も。」
「それはお互い様だろう。それにしても西遠寺君の要求はなんだ
・・・いやその前に、まず見せてもらおうか。」
ある意味で当然の要求を葵はした。
ありもしないものをあるよう見せていた西遠寺彷徨はそれをどう交わすつもりなのだろうか。
「それもそうだな。」
見守る未夢の不安をよそに、西遠寺彷徨は平然とその要求を受け入れた。
「ちょっとした写真でね。」
そういいながら西遠寺彷徨は学生服のボタンを外し始めた。
内ポケットにその証拠が入れてある。
そういう仕草である。
その時、
薄暗くなってきた公園にギラリと三つの輝きが生じた。
二つは青いの両目である。狂気さえこもった、目が光ったのだ。
そしてもうひとつは短刀のような刃の光。
どこに隠し持っていたのか、蒼井はナイフを引き抜き西遠寺彷徨のはらにつきたてたのである。
「ぐはっ!」
苦痛の叫びがイヤホンを通さないでも、未夢の耳に届いた。
「西遠寺君!」
思わず飛び出した未夢の前で、西遠寺彷徨の体は
土の上に崩れ落ちた。
西遠寺彷徨が、刺された・・・?
あの西遠寺彷徨が、過去も、未来もほとんどすべてを見通し制御してきた
西遠寺彷徨が刺された?
さすがの西遠寺彷徨も、蒼井がここまでするとは予想しなかったのだ。
最後の最後で西遠寺彷徨は判断を誤った。
蒼井の前に、西遠寺彷徨は敗れ去ったのだ。
西遠寺彷徨は動かない。
身をくの字に折ったまま、ピクリとも動かなかった。
信じられない。
信じたくない。
未夢は首を振り、そして悲鳴を上げた。
(最後は土曜日 終)