作:あゆみ
「どうだ調子は」
道場に戻ってくるなり、西遠寺彷徨はいった。
「まあまあかな。」
南は基本動作を繰り返す未夢に、休むように合図した。
そして、西遠寺彷徨からは見えない位置で口元に人差し指を立てる。
さっきの話は内緒という意味らしい。
「それじゃ練習の成果を見せてくれ」
「いいよ。じゃ、光月さん。」
「はい。」
未夢はこの1時間ばかり練習してきた成果を西遠寺彷徨の前で見せた。
「こんなもんでいかがですか、先生。」
南が西遠寺彷徨を振り返った。
「ああ、それなら何とかなりそうだな」
ずいぶん偉そうだが、南は気を悪くした風でもない。慣れているのだろう。
「それはどうも・・・じゃお役ごめんかな。」
「ありがとう、南くん。変なことをたのんで、ごめんね。」
西遠寺彷徨の分まで丁寧に、未夢は頭を下げた。
「なに、いいよ。」
南は軽く受けてそれから少し真顔になった。
「いいかい。パニクりさえすれば対処の使用はいくらでもあるんだ。
たとえ、両手両足押さえ込まれたって、助けを呼ぶことはできる。
今回の練習は実践で使えるようにというよりは自身をもつためのものだ。
経験があるというのはそのときに安心する材料になる。」
「ええ・・・。」
「ほんとは一番いいのはそんな危ない場所に行かないって事なんだよ。」
「うん。ありがとう。」
しかし、待っていてもこのへんな事象は終わらない。
自分から向かっていかなければならないのだ。
どんなに怖いことでも・・・
今回の未夢の場合・・・
****
がらっと戸があけられる音が聞こえた。
道場の戸だ。西遠寺彷徨が外に出たのである。
「光月、まだ着替え終わらないのか?」
「あ、はいはい」
未夢は慌てて部室を出た。
西遠寺彷徨はすでに帰り私宅を整えていたが、南の姿が見えない。
まだ道場の中にいるのだろうか?
「南くんは?」
「あいつは、まだ練習するらしい。」
西遠寺彷徨は道場から校門に向かいながら言った。
「ちょっと、寄り道するぞ」
「どこに?・・・お尋ねしてよろしければ。」
「風立公園」
短く答えて西遠寺彷徨は腕時計をみた。
「少し急ごう。遅れるとまずい。」
「遅れるって何?」
ちらりと未夢を見た。
「終幕の始まりにさ」
****
風立公園に着いたのは四時二十分過ぎだった。
太陽は西に傾きかけている。
「それで?ここでなにがあるの?」
西遠寺彷徨は鋭い目で周囲を見回していたが、未夢の問いに答えていった。
「とりあえず上だ。」
西遠寺彷徨と未夢は、公園の階段をあがった。
上りきった正面に、滑り台があった。
西遠寺彷徨はすぐに足を止めて未夢を振り返った。
「どうした?」
未夢が階段上で立ち止まっていたからだ。
「わからないけど、・・・なんか・・・やな感じがするの。」
西遠寺彷徨は興味深げな目つきで未夢を見た。
「なるほどね。やっぱりどこかに記憶が残ってるんだな。」
「・・・どういうこと?」
「すぐ説明する。が、ここはまずい」
西遠寺彷徨はぐるりと周囲を見渡した。
「・・・来るとしたらあっちからか・・・。よし、こっちだ。」
西遠寺彷徨は右手の方に未夢を誘った。
公園というのは大抵どこもそうだが、多くの樹木が植えられている。
西遠寺彷徨は、その中でも特に、草木の密生した、茂みに入り込んでいった。
「かくれんぼでもする気?」
「そのとおり、隠れているんだ。」
西遠寺彷徨は茂みの向こうにしゃがみこんだ。
そうすると暗がりに学生服姿ということも合って、まったく見えなくなる。
「早く来いよ。」
「・・・わかったわよ。」
未夢は茂みの向こうに回り、西遠寺彷徨のそばにしゃがみこんだ。
「それで・・・誰を待つの?」
西遠寺彷徨は道路の方を伺いながら答えた。
「犯人にきまってるだろう。」
「え?」
「でも・・・なんで、ここに来るってわかるの?」
西遠寺彷徨は無造作に答えた。
「俺が呼び出したからだ。」
「何ですって?」
未夢は息を呑んだ。
その犯人は、これまで二度も未夢を襲おうとした人物なのである。
それほど凶悪な人物を西遠寺彷徨はわざわざ呼び出したというのだ。
無茶である。
「これで決着をつける」
西遠寺彷徨はきっぱりといった。
****
「だけど、誰なの?誰だったの?」
最も重要なその点を問うと、西遠寺彷徨はポケットから小さな機械を取り出した。
「なに、それ?」
「レコーダーだよ。」
西遠寺彷徨は、未夢に向き直り、学生服の胸ポケットを指差した。
見ると小さなボタンのようなものがつけられている。
「このマイクから入った音が、録音される。」
「・・・盗聴器?」
西遠寺彷徨は顔をしかめた。
「人聞きの悪いこというなよ。通信機だ。昔趣味で作った。
手を加えて、録音できるようにした。」
「手が器用なのね・・・」
西遠寺彷徨もなかなか多趣味である。
「ちょっと待ってろ。」
西遠寺彷徨はレコーダーを操作した。
きゅるきゅると、テープの巻き戻る音が聞こえた。
「この辺だ。」
西遠寺彷徨はテープを止め、レコーダーにイヤホンを取り付けた。
二股になったその一方を自分の耳にはめ、もう一方を未夢に差し出す。
「・・・」
分けがわからないまま、未夢はそれを耳にはめた。
「光月と南が道場にいた間に、電話で呼び出した。その記録だ。」
西遠寺彷徨は説明しながら、再生のスイッチを押した。
未夢は息を潜め、耳に神経を集中した。
「・・・というわけだよ。」
始めの方が切れていたが、これは西遠寺彷徨の声だ。
『何を言っているのか分からないな。』
男の声が聞こえた。少年の声である。少しこもったかんじがあるのは電話だからだろう。
『じゃあ、はっきりいおうか、この間の日曜日、そして今週の水曜日と金曜日、お前はある女子生徒にちょっとことをした。・・・思い出したか?』
『・・・なんのことかさっぱり分からない。』
『そう、しらをきるのも結構だが、こうして電話したのはそれなりの証拠があるからだ。』
『・・・』
『そうか。知らないというなら仕方ない。こちらもそれなりの対応をとる。』
『・・・』
未夢が思わず西遠寺彷徨の顔を見ると、西遠寺彷徨はおかしそうに笑った。
「こっちも悪ぶったほうが、向こうも乗ってくると思ってね。」
そしてその判断は正しかったようだ。
『・・・何がのぞみなんだ。』
『電話ではいえない。あって話そう。今日の夕方、四時半に風立公園のなかで』
『急だな』
『いろいろと都合があってね。』
『ところで君は誰だ?』
『さあ、誰だろうね。それも来れば分かる。』
それにしても堂に入った、悪役振りである。西遠寺彷徨には演劇の才能もあるらしい。
演劇部の綾が聞いたら喜ぶだろう。
『・・・わかった。四時半に風立公園だな』
『ああ、時間厳守でたのむぞ』
『わかった必ずいく』
『では』
西遠寺彷徨はレコーダーを止めた。
未夢は腕時計を見た。
四時二十八分だった。
「それで、・・・だれなの、これ。」
「わからないか?まぁ仕方ないかもな。」
「私の知っている人?」
「蒼井だよ。転入生の」
続く・・・