作:あゆみ
西遠寺彷徨のいうとおり、未夢の『翌日』は土曜日だった。
「さすがね・・・」
朝刊で日付を確認した未夢は改めて彷徨のすごさを知った。
その西遠寺彷徨は、昨夜、未夢にはっきりと約束をした。
今日で全て終わらせると。
だが、
「本当に大丈夫なのかしら。」
さすがに少し不安が残った。
西遠寺彷徨は決して約束を破らない。
一度約束すれば必ずそれを果たす。
それは分かっているのだが、この場合は西遠寺彷徨を制約する要素があまりにも多すぎた。
なにしろ『時間を再構成』させない前提のために、西遠寺彷徨は、
その行動をほとんどがんじがらめに拘束されているのである。
その環境下で、なお『移動現象』を終わらせる手立てが果たして打てるものだろうか。
西遠寺彷徨の情報規制のため、西遠寺彷徨が何を考え、何をしようとしているのか、
未夢には分かりようがない。
西遠寺彷徨を信じて任せるほかないのだ。
とりあえず、未夢にできることといえば西遠寺彷徨の負担を増やさないために、
彼の指示を間違えなく実行することだけだった。
「あ、そうだ。」
未夢は台所へ行きいつものように食事の支度をしている未来に言った。
「お母さん。今日もお弁当いるんだけど」
「え?だって土曜日よ。」
「そうだけど要るの。」
「そういうことは、夜のうちに言っておいてくれないと・・・」
未来はそういいながらも調理の手を止めて冷蔵庫を覗き込んだ。
「かぼちゃがあるわね、あとは卵焼きでもして・・・」
「いいよ。自分でやるから。」
未来はまじまじと未夢をみていそれから、窓の外を見た。
「今日は何か不思議なことでも起きるのかしら。」
「なによ。それ」
「宇宙人でも来るんじゃないかと思って。」
「・・・」
*****
「よう、おはよう。」
未夢が玄関を出ると、門柱に背をもたせ掛けていた、西遠寺彷徨が声をかけてきた。
「おはよう。毎日、お出迎え大変ね。」
冗談口調に感謝の念をこめていうと、西遠寺彷徨はにやりと笑った。
「まあね。俺も早いところ、肩の荷を降ろしたいよ。
・・・ところで、金曜日から来たんだろうな?」
「えぇ・・・西遠寺君の予想通りに。」
そして、二人は学校へとむかった。
西遠寺彷徨の推理によれば『敵』は学校の中に出入りできる人物である。
それを考えると、不安でならない未夢だった。
授業を受けている未夢のそばにその『敵』はいるのかもしれないのだから。
だが、その不安を打ち消してくれる存在が未夢にはあった。
西遠寺彷徨である。
授業の間も、休み時間でさえも、振り返ればそこに西遠寺彷徨がいてくれたのだ。
どうやらこの日、西遠寺彷徨は未夢から目を離さないでいるつもりらしい。
自体を終息へ向けて動かそうとする今、
不慮の事故があってはならないと気を張っているのだろう。
西遠寺彷徨の警護のおかげか、何事もなく、土曜日の日課は全てすんだ。
「一緒に帰ろ」
鞄を手にしたななみが未夢を誘いに来た。
「綾が、おいしいクレープの店見つけたんだって」
いつもなら二つ返事で賛成する未夢だったが、今日はそういうわけには行かない。
「ごめん。今日はちょっと。」
「何か用事があるの?」
「ちょっとね。」
「ちょっとって?」
ななみの追及はなかなか厳しい。だが、そこでクリスが口をはさんだ。
「まぁまぁ、ななみちゃん、あんまり言ってはかわいそうですわ。」
「なんで?」
怪訝な顔をするななみにクリスは、窓際の席を示してみせた。
クラスメートたちが、次々に帰り支度を整えて、出て行く中、
西遠寺彷徨だけがいすに座ったままだったのである。
「ははぁん。」
ななみが、得意げに頷き、
「これはいよいよ、やり方を詳しく教えてもらわないとね。」
綾までもが冷やかすような目を未夢に向けた。
それがあの『縁結びおなじない』を示していることが今の未夢にはわかっている。
「・・・」
「じゃあ、未夢!うまくやるのよ!」
ななみがいい、綾とクリスと連れ立って、教室を出て行った。
「まったく・・・物分りが良すぎて困っちゃう・・・」
未夢は小さくため息をついた。
****
「なんだか、妙に黒っぽい弁当だな。」
西遠寺彷徨がそう評した、卵焼きやかぼちゃの煮つけに、
焦げ目というには大胆すぎる着色がされていたからである。
「・・・やっぱりパンにする?」
「せっかくだからもらうよ。まさか、死にはしないだろう。
うん。見た目はともかくこのかぼちゃはうまい。」
憎まれ口をたたきながら、それでも西遠寺彷徨は未夢の作った、
お世辞にも上手とはいえない出来栄えの弁当を綺麗に平らげ、
「ごちそうさま」
と両手を合せた。
あまり西遠寺彷徨のイメージとは似つかわしくないその仕草に、未夢は思わず
これから起こるだろう『怖いこと』を忘れていた。
昼食も終り、南の部活が終わるまで未夢と西遠寺彷徨は各々教室で時間を過ごした。
西遠寺彷徨は読書を、
未夢は雑誌を読んだ。
****
「遅い」
それが、南晶の開口一番のせりふだった。
「そっちから言い出しておいて遅れるとはどういうことだ彷徨。」
「すまん。うっかりした。」
西遠寺彷徨は誤ったが、未夢も読書に夢中になってしまい
時計を見るのを忘れていたのだから同罪である。
「ごめんなさい南くん。」
未夢が誤ると、南は直ぐににやりと笑った。
本気で怒っていたわけではないのだ。
「まぁいいよ。さっきまでは一年が掃除に残っていたから。
ちょうどいいといえばいい。・・・・とにかく光月さん、着替えておいで。
そっちの部室を使うといい。」
「はい。」
「お前もわざわざ着替えたのか?」
西遠寺彷徨がたずねたのは、南がトレーニングウエアを着ていたからだ。
「女の子を相手にするのに、汗臭い胴着のまま、ってわけにもいかないだろ。」
そう答える南の声を後ろに聞きながら未夢は部室に入った。
「おまたせ」
「じゃあ、道場のほうへ。」
赤いトレーニングウエアに身を包んだ未夢を南は促した。
青い畳が敷き詰められた道場に入ると、南は西遠寺彷徨を振り返った。
「護身術といってもいろいろあるが、どういう場合を想定しているんだ?」
「そうだな。」
西遠寺彷徨は少し考えてから、答えた。
「組み付かれた状態から逃げ出すほう穂を教えてやってくれ。」
「後ろから?前から?」
「一通り頼むよ。・・・どれくらいかかる?」
「どれくらいって・・・一時間やそこらで何とかなると思ってるの?」
「何とかしてほしいと思っている。昨日も言ったが、別にやっつけなくてもいいんだ。
逃げ出せさえすればいい。」
「簡単にいうなぁ・・・」
南は首を振った。
「まぁできるだけのことはやるけど・・・」
「頼む。じゃあ、俺はしばらく外に出ているから。」
「おいおい、なんだよそりゃ。」
「おれがここにいたって仕方がないだろ?それにすこし用事もある。」
『未夢の見ているところではできないこと』なのだろう。
西遠寺彷徨はそういいおくと、鞄を取り上げて、道場を出て行った。
「勝手なやつだ」
南は苦笑いをして。未夢に向き直った。
「じゃ、はじめますか。」
****
「ね・・・南くん、ちょっと聞いてもいい?」
受身やあらゆる組まれ方からの逃げ出す練習を繰り返しながら未夢はたずねた。
「なに?」
「昨日言ったでしょ?西遠寺君のこと、女嫌いじゃないって・・・」
女嫌いでないのなら、なぜ女性を敬遠しているのか、ずっと気になっていたのだ。
いまなら西遠寺彷徨も席をはずしているから、ちょうどいい。
「前になにかあったの?」
「あった。・・・というほどのことでもないけど。」
南の曖昧な答え方が、却って未夢の好奇心を揺すぶった。
「どういうこと?それ」
南はやや、探るような眼差しで未夢をみた。
「それを聞いてどうするの?」
「どうするって・・・わけでもないけど・・・その・・・力に慣れるかもしれないでしょ?
ほら、西遠寺君にはいろいろお世話になってるし・・・それに・・・」
あわてる未夢を眺めていた南は、やがてにこりと笑った。
「そうだね。光月さんには話しておいてもいいかもしれない。
小学校のときだ。学校に一人の優等生がいてね・・・
あぁ別にこれは彷徨のことってわけじゃないから、その辺勘違いしないようにね。」
その言葉は事実なのだろうか。
それともプライバシーを守るためにわざと匿名にしたのだろうか。
「成績は学校でもトップクラス、運動もできる。顔もよかったから、
女子のあいだでは人気があった。
だけど、融通がきかないとうか、生真面目なところがある。」
「・・・」
「でね、ここにある女の子が登場する。仮にA子ちゃんとする。これがかわいい子でね。
なんというか、・・・そうだな、異性をひきつけるタイプの女の子だった。」
「・・・それで?」
「このA子ちゃんが優等生に目を付けて猛烈なアタックを始めた。
優等生は最初は煙たがっていたが、まんざらでもないと思い始めていた。」
「・・・で?」
「あるとき学校でね、そのA子ちゃんが友達と話しているのをたまたま、
二人で聞いちゃったんだ。・・・私の勝ちねってA子ちゃんは言うんだ。」
「え・・・?」
「A子ちゃんが、友達に、さ、どうも、あの堅物をぐらつかせるかどうか
賭けをしてたみたいなんだ。」
「・・・」
「プレイボーイならぬプレイガール感覚で男を落とすのを楽しむっていのは
聞いたことがあったけど、彼女は自分の魅力を知っていたんだな。
で、自分の異性に対する影響力を試してみたかったらしい。」
「・・・それで?」
「別にどうってことはない。そんなことで世をはかなむほど優等生も馬鹿じゃない。
すぐさま、以前のようにバリアを張るようになった。」
「・・・」
「ただ、あいつはうそが嫌いだ。うわべだけのうそでもあいつは着いたことがない。
知ってる?そいつのうち寺なんだけど、親父さんにそういった、人をだます類のことは
相当の悪だと教育を受けている。」
「・・・」
「もちろんA子ちゃんはうそを付いたつもりはなかったのかもしれない。
だけど彷徨は許せなかった、たかだか気を引かせるためだけに、
うわべの偽りを付いたことで女に対する信頼のような物がなくなっちまったんだろうな・・・」
「それで、女嫌いになったってわけ・・・」
「女嫌いというかは分からないけどね。ただ、敬遠するようになった。
それ以降中学にはいるまで、男女ともにめったに口を利くこともなくなった。
幼馴染の俺ともね。この前は久しぶりに口を聞いたんだ。そして隣には光月さんがいた。
驚いたよ。」
「そんな・・・でもA子ちゃんも悪気があったわけじゃないと思うの
西遠寺君が本当は好きだったのかもしれない。
だけどそういう態度しかできなくて・・・」
「かもしれないね・・・でも彷徨にとってはトラウマになった。」
南はもう一度肩をすくめて見せた。
いつの間にか、優等生が彷徨に変わっていた。
「だけどそれじゃ・・・」
「話はそれでおわり。さ、練習に戻ろう。もっと思いっきりやらなきゃだめだ。
逆に怪我をする。」
「・・・うん。」
南に言われて、未夢は練習に戻ったが、どうも身が入らなかった。
過去にそんなことがあったのだとすると、西遠寺彷徨の態度も頷ける。
しかし、このままでいいのだろうか?
どうすれば、そのトラウマを取り除けるのだろうか。
つづく・・・