作:あゆみ
「光月?」
西遠寺彷徨が未夢を振り返った。
『心当たりは?』と聞いているのだ。
「知らない。私は三通しか書いてない。」
未夢はぷるぷると首を振った。
「封筒も同じ、文字も語句も同じ。筆跡も同じ」
南は西遠寺彷徨と未夢の様子を興味深そうに眺めながら、その封筒をひらひらとさせた。
「だけどこの手紙は、他の三通より、二日早く届いた・・・
彷徨、ずいぶん複雑なゲームをやっているようだな。」
「・・・極め付けに複雑なやつをな」
西遠寺彷徨は呻るようにいった。
「それも渡してくれるか?」
「勿論」
南は頷いて、四通目を西遠寺彷徨に差し出した。
「ただし」
「分かってる。全部終わったら説明するよ。」
「ぜひ、そうしてもらいたいね。」
質問疑問で頭の中はいっぱいだろうに、南はそれ以上の追求はしないでくれた。
西遠寺彷徨が受け取った四通目を未夢は横から覗き込んだ。
南がいったとおり、それは何もかも、他の三通を同じだった。
封筒も、語句も、筆跡も。
ということは、つまりこれも未夢が書いたのである。
いや、『これから』書くのだ。
唯一残された空白の時間帯、つまり日曜日の夜に。
日曜日の夜に投函した手紙が郵便局に回収されるのは月曜日。
したがって、水曜日に出されるほかの三通より二日早く届くということになる。
しかし、日曜日の未夢はなぜ『四通目』を書いたのだろうか。
なにがそこに書かれているのだろうか。
考えられることは一つだ。
日曜日に何があったのか、それを『今の西遠寺彷徨』に知らせるために違いない。
「すまん、すこし待ってくれ。」
同じことを考えたのだろう、西遠寺彷徨はそういいのこして、少し離れた別の街灯の下へ移動した。
「ところで、光月さん?」
置いていかれた形の未夢に、南が声をかけてきた。
「はい?」
「彷徨とはその・・・いつから付き合っているの?」
「付き合っているなんて、とんでもない!!」
未夢はあわてて、首を振った。
「ちょっと困ったことがあって、相談に乗ってもらっているだけなの。」
「へぇ・・・」
南は少し驚いたように未夢を眺め、それからその目を、西遠寺彷徨のほうに向けた。
西遠寺彷徨は封筒を開いて便箋を取り出し、熱心に目を通している。
「あいつが、女の子の相談にねぇ・・・」
意外そうな口調だった。
「ねぇ、えっと・・。」
「『南くん』ってよんで、クラスメイトにもそうよばれてる。」
「うん、南くん。あなた、西遠寺君の親友なんでしょう?」
「そんな上等なもんじゃないよ。」
南は西遠寺彷徨と同じことを言った。
「・・・なんで西遠寺君ってあんなに女の子に冷たいのかしら?」
「冷たいって・・・」
南は目を丸くした。
「相談に乗ってもらってるんじゃなかったのかい?」
「そうだけど…だけど…」
「まぁ、いいたいことは分かるけどね、確かに、ちょっとあいつには問題があるな」
「やっぱり女嫌いなの?」
ちょっとすると、そういう趣味なのだろうか。もしかすると南が相手で・・・
などと不届きな妄想を浮かべる未夢に南は意外なことをいった。
「彷徨は別に女嫌いなんかじゃないよ。」
「え?」
「まぁ、敬遠していることは確かだが、健康な男子中学生にふさわしいくらいには
女好きのはず。」
「でも・・・」
それでは、どうして、西遠寺彷徨が女性に冷たいのか、
敬遠しているのはなぜなのか、それを訊ねてみたかった、がその時間はなかった。
「どうやら、読み終えたらしいな。」
西遠寺彷徨が、封筒をポケットにしまいつつ、戻ってくるところだった。
「またせてわるかった。」
戻ってきた、西遠寺彷徨は短くいった。
表情がひどく厳しい。眉間にしわを寄せ、顔色さえも、青ざめて見えた。
「どうしたの?なにが書いてあったの?」
「なんでもない。光月は心配しなくてもいい。」
不安になる未夢にそう答え、西遠寺彷徨は次に南のほうへ向き直った。
「南、もう一つ頼みたいことができたんだがいいか?」
南も西遠寺彷徨の様子に異常を感じ取ったようだが、
先ほどと同じように無駄なことはいわなかった。
「なに?」
「光月に護身術を教えてやってくれないか?」
「え?」
と声を上げたのは未夢である。
南はそんな未夢をちらりと見てから、
「変質者にでも狙われているのか?」
「まぁ、そんなところだ。」
「・・・警察に通報したらどうだ。警察にいくのが気が進まないっているなら、親父に伝えておいてもいいぞ。」
「そういえば、お前の親父さん、刑事だったな・・・。だが、だめなんだ、警察には頼めない。」
「ふぅん・・・」
南はじっと西遠寺彷徨を見つめた。
「なら、彷徨が守ってやれよ。」
「できればそうしたいがね。」
西遠寺彷徨は未夢をちらりと見た。
「俺も四六時中、彼女に付き添ってやれるわけじゃない。」
その言葉の意味するところは、本当には南には伝わらなかっただろう。
「・・・まぁ、合気道って言うのは、空手や柔道に比べれば女の子向きだけど・・・。」
「受身や、体さばきぐらいでいいんだ。別に相手を倒さなくてもいい。
襲われたときに、無事に逃げ出すことさえできればそれでいい」
西遠寺彷徨の真剣なまなざしを受け、南もふっとため息をついた。
「分かった。だけど、いつ、どこでやればいい。」
「・・・明日、練習はあるのか?」
「水野先生が、休みなんかくれるわけないだろ。」
南は笑った。水野というのは合気道部顧問のことだ。
家庭科教師であるにもかかわらず、多種多様な武術、
スポーツその他もろもろの有段者である。
「何時に終わる?」
「そうだな・・・まぁ、いつも通りなら三時には終わると思う。」
「なら、その後頼めるか?それなら道場も使えるだろうし」
「わかった。」
南が頷くと、西遠寺彷徨は未夢を振り返った。
「じゃあ、光月、そういうわけだから、明日は弁当と体操着を用意してきてくれ。」
「・・・うん・・・いいけど・・・」
「じゃあ、南、いろいろ迷惑をかける。」
「なに、いいよ。じゃ、明日な」
南は未夢に目で頷き、西遠寺彷徨にはひょいと手を振って公園を出て行った。
「さて、戻るか。」
南を見送ってから西遠寺彷徨は未夢を振り返った。
「うん・・・でも南くん送らなくていいの?」
「いいさ、あいつは・・・」
「ふうん・・・」
未夢は頷いた。
三通の手紙の、そして四通目の手紙の内容が気になったが、
未夢に対する情報規制の必要上、西遠寺彷徨が教えてくれるわけがなかった。
未夢は西遠寺彷徨と並んで、公園を後にした。
「それにしてもなんで急に護身術?」
「知っておいたほうがいい。今の光月には。」
「それって、これからも襲われるってことなの?」
見上げる未夢を西遠寺彷徨はじっと見つめた。
再び、あの『バイク』事故の時のような恐怖があるかと思うと怖くてたまらない。
未夢は彷徨がそばにいると、安心していたからこそ、あの『時』へ移動できた。
しかし、護身術ということは一人で立ち向かわなければならないのだろうか。
これから起こる未知の恐怖からか、
未夢の目じりに光る物があふれてきた。
西遠寺彷徨は未夢の視線から目をそらさない。
迷っているのだ。
この1週間で初めて、迷っている。困惑している。
しかし、西遠寺彷徨はゆっくりと目を閉じた。
そして、またいつものような落ち着いたまなざしになる。
ふと、西遠寺彷徨は未夢の頭をぽんぽんと手で触れた。
そして、彼にとっては不自然な・・・相手を安心させるための笑みを未夢に向けた。
「・・・さあな。俺も、未来のことを全て見通せるわけじゃないんでね。」
「でも、西遠寺君が、ボディーガードしてくれるんでしょ?」
「まぁな。だけど、俺も万能じゃない。いつも必ず光月を守れるとは断言できない。
「・・・」
うつむき、黙り込んでしまった未夢に西遠寺彷徨は口調を和らげた。
「まぁ、そんなに心配するな。
念のために、打てる手は打っておく。そういうことなんだからさ・・・。」
「うん・・・」
今日はこれで終りということで未夢は西遠寺彷徨に家まで送ってもらった。
道中、先ほどの会話から無言だった。
「じゃ、光月。明日な。」
「うん。・・・あっ!」
「どうした?」
「ね、私の『明日』は明日なのかしら?」
寝ておきたときにそこが土曜日である保証は未夢にはないのである。
「あぁ、そのことか、大丈夫。光月の明日は土曜日だよ。」
「なんで、言い切れるの?」
「スケジュール表に残る空白は日曜日だけだからさ。
そのときに何があったかわからない以上、光月はそこへいけない。」
「でも、明後日とか、明々後日とか・・・」
「新しく移動するには、別の『怖いこと』が必要だ。
それがおきるにしても土曜日になってからさ。もっとも・・・」
西遠寺彷徨は笑った。
「今夜のうちに『怖いこと』があった場合はその限りじゃない。
頼むから、階段から落ちたりするなよ。話がややこしくなるからな。」
未夢はむくれた。
「私だって、いつもいつも階段から落ちているわけじゃないわよ。」
「そうか?」
西遠寺彷徨はもう一度笑い、それから真顔になった。
「とにかくそれだけ気をつけろ。やつも自宅にいるうちは襲わないだろうからな。
光月が気をつければ明日にいける。そうすれば・・・」
「そうすれば?」
「明日で全て終わる。終わらせて見せる。」
自分に言い聞かせるような、西遠寺彷徨のことばだった。
(再び月曜日へ 終)
〜注意〜
この作品は以下の作品をリスペクトし
だぁ!だぁ!だぁ!設定ではどうなるか考えて書いたものとなります。
メディアワークス
「タイム・リープ・・・あしたはきのう」
著者 高畑京一郎