明日は昨日

再び月曜日へ 1

作:あゆみ

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未夢は抱きとめられた。
力強い腕に。

「危ないな、光月」

西遠寺彷徨の声がいった。

「あなたねぇ・・・。」

いくらなんでも乱暴すぎる、と文句をつけようとして未夢は口を噤んだ。
先ほどまで階段の上にいた筈の西遠寺彷徨が下で自分を受け止めている現実もそうだが
西遠寺彷徨は体操服だったのである。
汗のにおいが、ほのかに鼻腔をくすぐり、未夢はあわてて、西遠寺彷徨から身を離した。

校舎の中だった。
昇降口のすぐ近くの階段の途中である。

今は月曜日、三時間目が終了した時点なのだ。
未夢は月曜日への移動に成功したのである。

忘れていた後頭部の鈍い痛みまでがよみがえっていた。

「おぉ!役得だな彷徨!」

同じく体操服姿のクラスメイト黒須サンタがからかいながら通りすぎていく。

西遠寺彷徨はちっと舌打ちした。
ばかばかしいといわんばかりの、不快げな仕草だった。

「気をつけろよ。」

西遠寺彷徨は、そういい残して、階段を上がっていった。

「あ、ありがと・・・」

未夢は、その後姿に礼を言ったが、西遠寺彷徨は振り返りもしなかった。
西遠寺彷徨のそっけなさや、冷静さに、未夢はしばしば閉口させられたものだったが、
今までのそれと比べてさえ、この月曜日の西遠寺彷徨はさらに無愛想だった。

してみると、西遠寺彷徨も変化しているのである。
それなりに未夢に対して親しさを見せてくれるようになっていたのだ。

安心させようとしてくれた、ぎこちない笑み。
バイクから身を挺して守ってくれた。
なにより、自分でもうまく状況をつかめていないこのややこしい事態に
親身に取り組んでくれている。

西遠寺彷徨の存在がこの1週間のなかで大きく変化している。
こんなことは今まで考えられなかった。

ズキッ・・・

鈍い痛みが頭をよぎる。
この痛みは・・・
日曜日に何かがあったはずだといった、西遠寺彷徨だが
いったい何が自分の身に起こったというのだろう。

・・・そんなことを考えていた未夢は、はたと気づいた。

「いけない。そんな場合じゃなかったわ。」



教室では体育を終えたばかりの男子生徒たちが着替えをしていた。
女子生徒はいない。
まだ更衣室で着替えをしている最中なのだろう。

未夢は半そでをさらしている男子生徒の中にこそこそと入り込んだ。
自分の席からかばんを持ち出し、急いで外に出る。

廊下に出たところで、手早くかばんの中を改める。
やはりというべきか、名簿もレターセットもちゃんとポケットの中に入っていた。
封筒の数を数えると、五つあった。

未夢は進路相談室に行った。
ここは各種大学の資料がそろっていて、主に三年生が利用する部屋だが
机も置いてあるので、書き物をするにはちょうどいい。
昼休みも間近なこの時間には未夢のほかには誰もおらず、その点でも都合がよかった。

女文字は困る、との西遠寺彷徨の指示があったので、未夢は癖のない文字になるよう
心がけながら三通の封筒の宛名に、『南 晶』の名前と住所とを書き込んだ。

差出人のところには、これも西遠寺彷徨の指示通りに、
『連絡するまで、何もいわずに預かっていてくれ。 西遠寺』と書き入れた。

それから、各々の封筒に、二枚ずつ白紙の便箋をいれ、切手を貼った。




****


教室に戻ると、着替えのすんだ女子生徒たちが戻ってきていた。

「あ、どこ行ってたのよ、未夢。」

机を寄せ集め、即席の食卓を作り上げていたななみたちが声をかけてきた。

「うん、ちょっとね」

未夢は言葉を濁しながら席に着き、弁当箱を取り出した。
いつものように、昼食をとりながらの他愛のないおしゃべりが始まった。
未夢はそれに相槌を打ちながら間をはかった。
他愛のないおしゃべりの中にも切れ目というものはある。
未夢はそれを捕らえ、さりげなさを装って切り出した。

「・・・ところで、みんなに頼みたいことがあるんだけど・・・」

「なにを?」

綾が微笑みながら聞き返した。

「ちょっとした、おまじないなんだけどね。」

「おまじない?未夢ってそういうの信じるほうだっけ?」

ななみが意外そうな表情を見せ、

「どんな、どんな?」

綾が興味津々といったふうで乗り出した。

「幸運のおまじない。うまくいけば、私の人生が開けるの。」

よく言うと自分でも思うが、これがうまくいかなければ未夢の『時間』は元に戻らないのだから
あながちその意味は大げさでもなんでもない。

「そんなに効果がありますの?」

クリスがいった。

「たぶんねなんたって折り紙つきだもの。」

それも優れた分析力と洞察力をもつ西遠寺彷徨の折り紙である。
信頼するに値するし、事実未夢は信頼している。

「それで?私達に何をしてほしいの?」

綾が促した。

「それが、ちょっと複雑なんだけど・・・」

未夢はコホンとひとつ、咳をしてから説明を始めた。
水曜日、つまり今日から二日後の昼休みに美術室と音楽室、それから屋上へ上がる
階段を見張って、そこに出入りする人を書きとめておいてほしい。
その際、誰にも気づかれないように身を潜めていてほしい。
そして、このことは他言無用にしてほしい。

「なにそれ?」

「それがおまじないですの?」

綾とクリスが顔を見合わせた。

「おねがい。無茶なこと言っているって判っているけど、必要なことなの
 お願いだから私を助けると思って力をかして」

未夢は両手を合わせた。
ここで断られたら、西遠寺彷徨の計画がすべて狂ってしまう。

「判った、そんなにいうなら、手伝ってあげる」

ななみがうなずいてくれた。

「美術室と音楽室だったわね」

「それと屋上への階段」

「そうだったね。それじゃその屋上の見張りは私がしてあげる。」

「じゃ私は美術室。」

「わかりましたわ、音楽室を見ていればよろしいのですね?」

綾とクリスも承知してくれた。

「ありがとう。」

未夢は胸をなでおろした。

「だけど、もうひとつ、注文があるの。」

「なに?」

「その・・・見張りの結果だけど、私にはおしえないで」

「え?それじゃ誰に教えればいいのよ?」

ななみが不審な表情になった。
未夢は三通の封筒を取り出して、ななみたちにそれぞれ一通ずつわたした。

「見張りの結果はこの中に入れて、投函してほしいの。
 もう一度、言っておくけど、このことは誰にも言わないでね。
 私にもよ?もし、この件に関して離しかけられても私は知らん振りするからね」

ななみたちは、自分の前に置かれた封筒をしげしげ眺めていた。
どの顔も怪訝そうだ。無理もない、というより当然である。
こんな妙なことを言い出されたら、未夢だって首を掲げるに決まっている。

「・・・まぁ、おなじないに説明を求めても仕方がないけど・・・」

綾が封筒を取り上げた。

「それにしても、この南晶ってだれ?」

「ごめんそれも訊かないで」

未夢が手を合わせるとななみは大きく息を吐いた。

「それよりもワタクシが気になるのは」

クリスがいった。

「この『連絡するまで、何も言わずに預かっていてくれ。西遠寺』ていう文章ですけど
 これってあの西遠寺君ですの?」

「え?」

それは、あてずっぽうに過ぎなかったのだろう。
だが、一瞬示した未夢の狼狽に、ななみは確信を持ったらしい。

「そうなのね?」

「え・・・あ・・・その・・・でも・・・。」

綾とクリスは、顔を見合わせ窓際に座る西遠寺彷徨にそろって目を向けた。
当に食事を終えていたらしい西遠寺彷徨はそんな綾たちには気づきもせずに、
いつものごとく分けのわからない本を読んでいた。

「これって、西遠寺君におそわったの?」

綾が尋ねた。
まさしくそのとおりだが、『今』の西遠寺彷徨からではないし、
そんなことを西遠寺彷徨に聞きにいかれては、時間が再構成されてしまう。

「違う、違う、そうじゃないわ。」

未夢はあわてて首を振った。

「全然ちがうんだから、そんなこと、西遠寺君に言っちゃだめよ。
 ぶち壊しになっちゃう!!」

その剣幕に三人は驚いたように未夢を見つめた。
ややあって

「ふうん・・・。そういうこですの。」

と、いかにも納得がいったというように頷いてよこしたのは、クリスだった。

「な・・・なに・・・」

「人生が開けるとかいっちゃって、これって、縁結びのおまじないですのね?」

「そ・・・そんなんじゃ。」

未夢は否定しようとしたが、効果はなかった。

「なるほどね。それで、意中の人の名前をここに書くんですのね。
 それでこの宛名の人がちゃんと保管していてくれたら、それで願いがかなうんですわ
 きっと!!」

などど、クリスは勝手に解釈を始めるし

「それにしても、未夢が西遠寺君をねぇ・・・」

ななみはななみで、未夢を西遠寺彷徨を見比べている。

「ちょっと待って。ほんとにそんなんじゃ・・・」

「まぁまぁ、ムキにならないで。」

綾が訳知り顔でいった。

「そんなに慌てなくたって大丈夫よ。冷やかしたりなんかしないから。」

その言い方が、十分に冷やかしになっている。
真っ赤になった未夢にななみは笑顔を向けた。

「ま、そういうことならちゃんと協力しましょ。未夢の想いが成就するようにね。」

「・・・」

まぁ、いっか。

未夢はあきらめた。

妙な方向に話が流れてしまったが、とにかくこれで当初の目的が達せられたわけである。







つづく・・・





〜注意〜
この作品は以下の作品をリスペクトし
だぁ!だぁ!だぁ!設定ではどうなるか考えて書いたものとなります。
メディアワークス 
「タイム・リープ・・・あしたはきのう」
著者 高畑京一郎

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