作:あゆみ
こんこん
ドアがノックされた。
「ちょっといいかしら?コーヒーを入れてきたんだけど」
未来の声だった。
優に言われて偵察に来たのかもしれない。
「…どうぞ」
「お邪魔するわね…あら…」
入ってきた未来は机に向かっている西遠寺彷徨をみて驚いたようだ
「あっお構いなく。」
西遠寺彷徨は軽く頭を下げる。
「いいえ…お勉強していたの?」
「いえ。クラス行事で未夢さんと決めておかないことがありまして」
西遠寺彷徨は机の上のものを寄せるに事寄せて、巧妙にノートを隠した。
「そうなの…未夢。西遠寺くんの邪魔しないようにね」
「……」
「そうだわ!西遠寺くんよかったらうちで夕飯を召し上がっていかない?」
「いえ、そんなご迷惑をかけるわけには…」
「迷惑なんてとんでもないわ!ねぇ未夢。」
「……」
「ご好意は嬉しいのですが、うちでも用意していると思いますので…」
「そう?残念ね。」
どうも未来は西遠寺彷徨を気に入ったようだ。
「ありがとうございます。」
「じゃ、ごゆっくり」
未来はそういい残して部屋を出て行った。
「…ずいぶん愛想がいいのね。」
『私には冷たいのに。』を未夢は付け加えたくなったが口を閉じた。
「目上の人には礼儀正しくしないとね。」
西遠寺彷徨はそう苦笑いをするとコーヒーのカップに口をつけた。
「お砂糖は?」
「いらない」
西遠寺彷徨はブラックのままコーヒーをすすった。
「苦くない?」
「それがコーヒーの味だろ。」
格好つけちゃって…
未夢は、心でそう思いながら、砂糖とミルクを自分のカップに入れた。
西遠寺彷徨はカップを手にしたまま世間話でもするように、話し始めた。
「これでも俺は、タイムとラベルものの本は結構読んでいるんだ。」
「へぇ…」
西遠寺彷徨も、勉強ばかりしているわけではないらしい。
普段休み時間に読んでいる本の中にそんな本も読んでいたのかと未夢は少し意外で笑ってしまった。
「で、そういったタイムトラベル者には必ずといっていいほど出てくる言葉がある。『パラドックス』だ。」
「なに?」
「『パラドックス』過去に言って、自分の先祖を殺したらどうなるか、って言うやつだ。
でもその『パラドックス』は作品によって扱い方が違う。
大別すれば二つだ。」
「二つ?」
「そう。大別すればね。…それは『過去は変えられる』か『過去は変えられない』という立場のどちらかだ。」
未夢はうなずいた。その分け方なら二つである。
「そうだね。それで、どっちが正しいと思うの?西遠寺くんは」
「タイムトラベルが、本当にあるとするなら『変えられる』さ」
「断言できるの?」
「だって当たり前じゃないか。『過去を変える』って事は過去に行くだけで、過去は変わるはずだ。
一人分の質量が余分に地球に加わるし、酸素も余分に消費される。」
「それも『過去を変える』ことになるの?」
「変化は変化さ。大体、どの程度なら見逃してもいいが、これ以上は駄目なんて誰が決めるんだ?」
「…じゃあ。私も過去を変えちゃったの?」
未夢はすでに二度ほど時間をさかのぼっているから、西遠寺彷徨の説に従えばそうなるはずだ。
だが西遠寺彷徨は首を横にふった。
「それが、君の場合はちょっと違う。」
「どういうこと?」
「ちょっと待ってろ。」
西遠寺彷徨はカップを置き、さっきのノートを開いた。
それから時折書き取った内容を参考にしながら新しいページに棒グラフのようなものを描き始めた。
「なにそれ?」
「君のタイムスケジュールだよ」
西遠寺彷徨は手を休めることも無く短く答えた。
まず『火』と書いてそれを丸で囲み、そこから横に線分を引く
次に『水』と書いて丸で囲み最初のものと平行に二本目の線分を引いた。
その線分の線分の中ほどにしるしをつけ、そこに『昼休み』と書き込む
『木』の線分は途中で切り、『放課後』と書き込む。
『金』の線分は『下校途中(バイク)』で切れる。
それから『水曜 昼休み』から『木曜 朝』に矢印を引いた。
同様に『木曜 放課後』から『水曜 昼休み』へ『水曜 夜』から『金曜 朝』へ
『金曜 下校途中(バイク)』から『木曜 放課後』へも矢印を引く。
そして最後に 『木曜 放課後』から線分を延長し、そこに『木曜 夜』と書き込んだ。
「ここが、君の『今』なわけだ。」
「ええ…」
未夢は自分お記憶を照らし合わせながらその『スケジュール表』を眺め、うなずいた。
「こうしてみると、時間旅行というにはちょっと違うと思わないか?」
「どうして?」
未夢は首をかしげる。
「だって、見ろよ。君は、確かに、時間を前に行ったり後ろに行ったりしているが、一度やった『時』を繰り返してはいない」
「………そうね」
確かに、その『スケジュール表』にはダブったところはひとつも無かった
「だけど…」
「それともうひとつ。これは君にはわからないかもしれないが、君の体は移動していないんだよ。」
「?」
「俺は、二度、いや三度かな。君が『行って』『帰ってくる』瞬間に立ち会っているが、君の外観に変化は無かった。
君の体が消えて、一瞬後に現れる。なんてことはなかったんだ。」
「?どういうこと?」
「つまり、君の時間旅行は、君の頭の中だけ、起きているんだよ」
「…」
未夢は憮然とした。
結局また思い違いとか、妄想と結論付けられると思ったからだ。
「そうじゃない。」
未夢の心を読み取ったように、西遠寺彷徨は首を振った。
「俺がいいたいのは、今の君は、意識と体が一致した時間の流れの中にいない、ってことだ。
君の体は、正常な時間の流れの中にある。火曜日に怪我をすれば、水曜日にもその後が残っているだろう?
木曜日には軽ければ直っているかもしれない。
だけど、君の意識は、その順序で時間をたどらない。
水曜日に何でこんな傷があるのかと驚き、火曜日に戻ったときに初めて、ああ。このときの傷だったのかと気づくわけだ。」
「…うん」
今ひとつイメージがわかない。
「君の『意識時間』…勝手な言葉を作るが、それは何らかの理由で、正常な時間の流れから『はがれて』しまったんだ。
結果、ランダムに明日から昨日。一昨日から明後日を行き来することになった。
あくまで、君の『意識』だけだ。
でないと、制服姿で学校にいた君が、一瞬にして、パジャマでここに、いるなんて事があるはずが無い。
タイムトラベル能力が、瞬間移動や着替えまでこなす。っていうならともかくね。」
自分の経験と照らし合わせてみても納得のいく仮説だった。
「なんか、わかる気がするかも。」
「意識と、体。それがひとつペアになって、『時』をすごす。意識だけということは無く、体だけということも無く、
体ひとつに意識二つということも無い。
だから、同じ時間を繰り返すことはないし、何百年前に移動することなんてことも無い。
そんな昔に君の体は存在していないからね。」
「…要するに、このスケジュール表にある『空白部分』ね『月曜日』とか」
あるいは途中までしかやっていない『金曜日』もである。
「そのとおり、だから、君の記憶が先週から日曜日まで、切れ目無く続いているとすれば、君は今週の月曜より以前には戻れないことになる」
「さっき、『君の場合はちがう』といったのは、その意味でのことだ。君の場合は物質的な移動をしているわけじゃないから、
質量も、酸素の消費も変わらない。
過去へ移動したからといってもそれだけでは過去は変わらない。」
「さて、それでだ。この仮説を正しいとして考えを進めると」
「ちょっと待ってよ」
未夢は西遠寺彷徨を遮った。
「なんだ?」
「確かに説得力のある仮説だけど、簡単に認めていいの?」
別に西遠寺彷徨の仮説にけちをつけるわけじゃないが未夢にとっては死活問題だ。
すると西遠寺彷徨は苦笑いしながら答えた。
「別に学会で発表するわけじゃないし…この問題において、証明をしろっていうほうも無理なんだよ」
「どうして?」
「考えても見ろよ。今問題にしているのは過去が変わるか変わらないかって事なんだぜ?」
「うん…」
「たとえ過去を変更した実験をしてみてもその実験結果を俺は分析できない。」
「なんで?西遠寺君くらい頭が良かったらわかる問題じゃないの?」
未夢は冷やかし半分でいったが西遠寺彷徨はまじめな顔をして首を振った。
「能力の問題じゃない。物理的に、というか立場的に俺には不可能なんだ。俺が正常な時間の流れの中にいる限りね。」
「???」
「わからないか?」
「さっぱり」
「君が過去において歴史を変えるような大事件を起こしたとする。」
「うん。」
「そして君は『今』に戻ってきてもそこに俺はいないかもしれない。もし俺にそっくりな『西遠寺彷徨』がいたとしてもそいつは光月が大事件を起こしたことを知らない。」
「・・・」
「つまり君が過去を変えても、それがわかるのは時間の流れの外にいる君だけなんだ。」
「君のように特殊能力を持たない俺は『変えられる前の過去』なのか『変えられた後の過去』なのかわからないから分析しようがない。」
「…私が教えてあげたら?」
「なんだって?」
「私なら変化がわかるんでしょ?だからその違いを西遠寺君に教えるの。」
「できないね俺には。」
「どうして?」
「その場合の『西遠寺君』とやらは俺じゃないんだぜ?」
「え?」
「実験のために過去を変えるだろ?たとえば月曜日」
「うん。」
「そうするとその『時点』から時間が再構成される。再び君が会うことができるのは『再構成後』の西遠寺だ。」
「そんなに大きく変えなければいいんじゃない?」
「大きい小さいはどこで判断するんだ?君が些細なことだと思っても『再構成後』の俺は一切協力しないかもしれない。」
「…要するに過去は変えられないって事ね。」
「『変えられない』んじゃない。『変えないほうがいい』といっているんだ。『今ここにいる俺』が『別の俺』になる可能性はありうることだからな。もし光月が過去を変ええ俺が協力しないことになっても自分で処理できるというのなら構わないけどね。」
未夢にとってに都合が悪いから変えないという理由は最も納得できる説明だった。
「…変えないことにする。」
未夢は答えた。自分ひとりでは何もできない。何をどうしたらいいのかもわからない。未夢には西遠寺彷徨が必要なのだ。
あとがきという名の愚痴
前回に続いて更新が遅くなってしまってすみません!!
またまたしばらく「明日は昨日」に関してはお待ちくださることになりそうです
楽しみにしてくださっている方すみません
更新はしますので気長にお待ちくださいな☆
愚痴、感想BBS&メールいつもながらにお待ちしております
2004/10/16
〜注意〜
この作品は以下の作品をリスペクトし
だぁ!だぁ!だぁ!設定ではどうなるか考えて書いたものとなります。
メディアワークス
「タイム・リープ・・・あしたはきのう」
著者 高畑京一郎