作:あゆみ
暖かくやわらかい感触。
それを唇に感じ未夢は目を開いた。
顔だ…。
目の焦点が合わないほど間近に見知らぬ顔があった。
男の顔だ。
そしてその男の顔が未夢の両肩をつかんでいる。
現状の把握にしばらくかかった。
そして把握した瞬間・・・
パチーン!!
見事な空気を切る音と共に未夢は、男から飛び離れていた。
「何するのよ!いきなり!!」
未夢は叫び、右手の甲で自分の口元を必死にごしごしとこすった。
「痛いな・・・。」
未夢の平手打ちを浴びて顔を真横に向かされた男が赤い手形が残っているほほをさすりながら、未夢をみた。
「いきなり何するんだ光月」
怒るというより、きょとんとした表情を見せ、自分の名を呼ぶその男を未夢は知っていた。
鋭角的な顔立ち、ダークブラウンの髪、切れ長の目。
「西遠寺君…」
クラスメイトの西遠寺彷徨だった。
意外感が強くある。
彷徨はクラスの中でも、女を煙たがる女嫌いで通っていたからだ。
必要がなければ女子とは話さず、それどころか自分からは話しかけない。
クラスの女子の中ではもしかしたら、そういう。趣味の人なのではないかと噂が出るくらいの人物だった。
その西遠寺彷徨が、私にキスを??
怒りというより疑問が浮かび上がる
「なんで西遠寺君がここにいるのよ・・・」
わずかに眉を寄せて、未だにきょとんとした彷徨。
「何いっているんだ?光月?」
「なに、ってことないでしょ!いきなり人に・・・」
未夢は唇をかんだ。
先ほどの感触を思い出したからだ。
西遠寺彷徨のことは嫌いではなかった。少なくとも好きなタイプである。
しかし、それとこれとは別だ。問題がありすぎる
なぜ?自分が西遠寺君と?
どんどん疑問と困惑が強まる。
「こんなところといわれてもここは…オレの部屋だぜ?」
「え・・・?」
その言葉に未夢は辺りを見回した。
一面畳張りの部屋。
西遠寺君の机なのだろう机と本棚が部屋の隅においてある。
必要以上のものは置かない。
すっきりとした部屋だった。
見覚えがない部屋だった。
勿論自分の部屋ではない。
畳と障子は最もなじみのない生活を送っているからだ。
「それに、今のは光月…君が・・・ 」
そういいかけた彷徨は途中で『アッ!』っという形になった。
「そうか…。そういうことか…」
彷徨の言葉が震えている。
笑っているのだ。
きょとんとするのは今度は未夢の番だった。
「・・・・なにがおかしいのよ。」
「す・・・すまん・・・しかし・・・」
そういいながら、まだ彷徨は笑いやまない。身を折るようにして声と体を震わせている。
何がそんなにおかしいのだろう。
普段の彷徨からは考えられないその様子に未夢はきょとんとするだけだった。
普段の西遠寺はこんな馬鹿笑をするキャラクターではないのだ。
「ちょっと・・西遠寺君!!」
詰め寄ろうとして踏み出した足が、小テーブルに当たり、かしゃんと硬質な音を立てた。
部屋のちょうど真ん中に置かれたその小テーブルの上には大きなガラスボールが置かれていたのだ。
その中身はあきれるほどの大量の果物が置いてあった。
パイナップルや桃、皮のむかれたみかん
そのいずれもきれいに皮がむかれているところを見るとどうやら缶詰の果物のようだった。
こんなにたくさん一体誰が食べるのだろうと不思議にも思ったがその脇に二人分のコーヒーカップが置かれている。
そのコーヒーカップからは白い湯気が立ち昇っている。
中身はコーヒーのようだ。
おそらく果物の取り皿であろう食器とフォークも二人分並んでいる。
すると・・・これは西遠寺君と自分の分なのだろうか?
西遠寺君の家に自分が客として訪れている。そういう状況なのだろうか?
だがおかしい。
未夢は、彷徨の家には来たことがない。
互いの家を訪れるような親密な中ではないし、第一彷徨の家が何処にあるのかさえ未夢は知らないのだ。
なぜ自分はこんなところにいるのだろうか?
いったい、いつ来たのだろう?
「・・・・」
思い出せない。分からない。
分からないという事は分かっている人間に聞くのが一番だが、未夢の疑問を解いてくれそうな人物は未だに笑い続けていた。
「は…腹が痛い。」
彷徨は右手でわき腹を押さえ、目に涙さえ滲ませている。
いくらなんでも笑いすぎである。
未夢はだんだん腹が立ってきた。
事情が今ひとつはっきりしないが彷徨が自分にキスをしたことは間違いないのだ。
それなのに、この態度はあんまりである。
「ちょっと西遠寺君?」
口調が険悪になっているのが自分でも分かる。
「いい加減笑うのやめて、説明してよ!!」
彷徨は、何とか笑い、というより体の痙攣を抑え、深呼吸して未夢のほうに向きなおす。
「光月…」
まだ声が震えている。
「だめだよ、光月。君には今はまだ教えられない。」
「どういうこと?」
「そのうち分かる。そ…それにしても…」
彷徨の言葉が途切れた。
また発作が始まったようだ。
彷徨は背中を丸めてほとんど畳の上でえびのように丸まり這い蹲るようにして体中を震わせている。
だめだこりゃ。
未夢は大きく息を吐いた。
笑病患者にかまうのはやめて、未夢は部屋を出た。
障子を開けて見えた景色は板張りの廊下だった。
右を見ても左を見ても長く続く廊下。
やはり見覚えのない場所である。
窓から見える景色はお寺か神社のような境内の景色が広がっていた。
もう夜である…。
「光月…」
未夢が廊下を歩き出した時、彷徨が這い蹲るようにして、部屋から出てきた。
相変わらず腹を抱えている。
そして苦しげな表情に笑みを浮かべていった。
「頑張れよ。」
「?なによ。それ?」
妙な事を言う、と彷徨に向き直ろうとした時、ソックスをはいた足がつるっと滑った。
「きゃぁ!!」
悲鳴を上げる間もあればこそ、未夢はあおむけに廊下を滑った。
〜注意〜
この作品は以下の作品をリスペクトし
だぁ!だぁ!だぁ!設定ではどうなるか考えて書いたものとなります。
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「タイム・リープ・・・あしたはきのう」
著者 高畑京一郎