作:あずま
web拍手に使用していた「だぁ!小話」です。
6〜10までをまとめてあります。
同居中だったり、離れて暮らしていたり、未宇がいたりと時代と設定がバラバラで分かりにくいかと思いますが、ご容赦くださいませm(_ _)m
6.『電話』
携帯電話から呼び出した番号をしばし見つめる。
連絡はメールですることが多い。
でも今日はメールじゃ我慢できなくて、どうしても声が聞きたくて。
少し迷って押した通話ボタン。
1回、2回、3回。
途切れた呼び出し音に心臓が高鳴る。
『もしもし?』
「あ…元気?」
『…元気だよ』
聞こえた声に、受話器を持った手が震えた。
『電話なんて、珍しい』
「なんか、声聞きたくなったんだ…でも」
『うん?』
「かけるんじゃなかった」
『…なんで?』
「…声だけじゃ、我慢できなくなるから」
メールだと、声を聞きたくなる。
声を聞いたら、顔が見たくなる。
会って、触れて、抱きしめて、抱きしめられて―――
隣にいないことが、淋しくなる。
『…同じだよ』
「え?」
『会いたいな』
「うん、会いたい」
『だから…』
物売りの車がそばを通る。
(た〜けや〜さお〜だけ…)
電話の向こうと、重なる音。
駆け寄った窓から見えたのは、携帯電話を耳にあててこちらを見つめる姿。
電話から聞こえる声と、同じ言葉を発する唇。
「『だから、会いに来たんだ』」
裸足のまま窓から飛び出して、大好きなぬくもりを腕の中に閉じ込めた。
end
7.『布団』
慌てて取り入れた布団に囲まれて、未夢は憮然としながら空を見上げた。
今日の天気予報は「晴れ時々曇り、ところによって一時雨」だという。
まさかその「ところによって」がここであるとは思わず、布団を干したままで買い物に出掛けたのだ。
ところが、店から出てみれば太陽は雲に覆われて見えず、西遠寺の下でぽつぽつと降り出した雨にあの階段を全力で駆け上がることになってしまった。
雲は薄く雨も小降り。
そんなに待たずとも止むだろうがもう一度干す気にもなれず、取り入れたばかりの布団の上に転がる。
ふかふかで温かなそれに、今日は気持ちよく眠れそうだと思うと下降気味だった気分が上昇していく。
雨の被害をあまり受けずにすんだ布団からはお日様とそれに混じってかすかな別の匂い。
ひどく安心した自分を不思議に思いながら、未夢はゆるゆると眠りに誘われていった。
図書館から帰ってきた彷徨は、布団の山の中で眠る未夢を見つけて苦笑した。
そういえば、今日は未夢に頼まれて布団を干して出掛けたのだ。
図書館を出てみれば地面は湿っていたから、雨が降ったことは確か。
きっと慌てて取り込んで、そのまま寝入ってしまったといったところだろう。
すうすうと寝息を立てる少女を撫でれば、懐くように頬を摺り寄せてくる。
その幸せそうな笑顔に赤面しながら視線を彷徨わせていれれば、未夢の眠っている布団が目に入った。
おそらく彼女は気付いてないだろうが、それは彷徨の布団。
無自覚で天然、こちらの心理を全く理解してくれないある意味キョーアクな相手に、彷徨は溜息をつきながらもちょっとした悪戯を仕掛けることにした。
未夢と向かい合うような形で布団の上に転がると目を閉じる。
雨の気配の残る空気の中で、お日様と未夢の匂いに包まれて。
隣で眠る少女が起きた時の反応を想像しながら、彷徨も眠りに落ちていった。
end
8.『雑踏』
どんな人ごみの中からでも見つけ出せる。
よく似た後姿は多いけれど。
あなたはたった一人しかいないのだから。
見つけて、その手を掴めば弾かれた様に振りかえる。
不安そうだった顔が、一瞬にして安心したような、嬉しそうな笑顔に変わる。
とくん、と鳴った心臓に、手を握る力を強くした。
end
9.『雪達磨』
日曜日の朝。
目を覚ました彷徨は、人気の感じられない家の様子に首を傾げた。
台所や茶の間を覗いて、誰もいないことを確認する。
そこに、外から聞こえてきたのは楽しげな声。
カーテンを開けば、現れたのは一面の白。
夜の内に降った雪は、見慣れた庭の雰囲気を一変させていた。
「あっ! パパっ!」
「おはよう、未宇。早いな」
窓を開けた彷徨を見つけて、元気いっぱいに跳ねるように走ってくる未宇に笑いかける。
その後ろから歩いてくる未夢にも「おはよう」と声をかけて、足元まで来た未宇をひょいっと抱き上げた。
「すごいね! まっしろなんだよ!」
「そうだな…寒くないか?」
はしゃぐ未宇に問えば、「だいじょうぶっ」と嬉しそうに答える。
その様子をくすくすと笑いながら見つめていた未夢が、未宇に声を掛けた。
「ほら未宇、パパにあれ、見せてあげるんでしょ?」
頷いた未宇を庭へと降ろせば、雪の上を危なっかしく駈けて行く。
後姿をハラハラしながら見送って、楽しそうに隣に立っている未夢に問う。
「あれってなんだよ?」
「それは見てのお楽しみ〜」
笑うばかりで答えない未夢に顔をしかめていれば、未宇の呼ぶ声が聞こえた。
「みてみて!」
未宇の指差す先には、仲良く並んだ雪だるま。
「こっちがパパでこっちがママ! みうはこれ!」
小ぶりな二つの雪だるまの間に、さらに小さな雪だるまが一つ。
軽く目を瞠って、そして笑って、傍に立つ未夢を抱きしめた。
驚いて声を上げる未夢を左手に、駈けて来て「自分も」と手を伸ばす未宇を右手に抱き上げて。
腕の中の幸せに、ただ、笑った。
それは幸せな朝の出来事―――
end
10.『玄関』
西遠寺を去る日。
挨拶を交わす親同士からは少し離れたところで、自分が暮らしてきた家を見つめていた。
長いとは言えない、でも決して短くはない時間を過ごしてきた家。
たくさんの忘れられない思い出の残る家。
家族で暮らせることは嬉しいのはずなのに胸を占めるのは寂しさで、泣きたいような気持ちになる。
じゃり、と土を踏む音が後ろから近づいてくる。
何も言わず、ただ隣に立った彷徨を不思議に思いながら見ていれば、小さく息を吐いてから口を開く。
「いつでも、帰ってきていいんだからな」
「…彷徨?」
「お前はいつでも『ただいま』って帰ってきていいんだからなっ」
こちらを見ることなく、ただ真っすぐ前を見て言われた言葉。
そこに嘘は感じられなくて、それは彷徨の心からの言葉だと分かったから。
胸がいっぱいになって、ただ頷くことしかできなかった。
つぎにこの扉を開けるときも、『ただいま』という言葉を使おう。
貴方はきっと、『おかえり』と迎えてくれるだろうから―――
end
だぁ!小話集の2になります。
見事に色々バラバラで申し訳ないです。
その時に思いついたものを書いてたので、こうやって並べた時のことを考えてなかったんですよね…。
えと、この中でのお気に入りは『玄関』です。
ひとつでもお気に召していただければ幸いですv