作:宮原まふゆ
「ねぇ、アスカJr!」
「…なんだ?」
くりっとした大きな青い瞳に見つめられ、戸惑いながらも一応返事をした。
羽丘芽美はアスカにとって、一言では言えない存在である。
同級生…親友…恋人……。
セイントテールだと判ったときは複雑だった。芽美に告白した自分に嘘は無かった。これは絶対だ。
だが、セイントテールを追いかけていた自分はどうだったのだろう。
時々、芽美の姿にセイントテールの姿がダブる。
最近どうかしている…。
その答えが見つかるまで、アスカは探偵の忙しさを理由に極力芽美に会わないようにしていたのだ。
しかし、今日は二人が日直の日であった。逃げるわけもいかず、一緒に帰ることにしたのだ。
「どうかしたの?」
再び芽美が声をかける。青い瞳に影が入る。心配げな彼女の顔は見たくないのに、それをしてしまったのは自分自身なのだ。
「ちょっと考え事。ごめん。で、なんだ?」
「うん、あのね、最近なかなか会えないでしょ?だから、一日だけ時間を私にくれないかなぁ…て」
どうしよう…思わず抱きしめたくなる。
自分の悩みの答えがまだ解決してないのに、これだ。
アスカはどうしようもないなと、自分を恥じた。
「ごめんな。なかなか会える時間をつくれなくて…そうだな…来週の日曜はどうかな?」
「うん!うれしい!」
ぱぁと、芽美の顔に笑顔がもどった。
やっぱり芽美は笑顔がいいや…。
いつまでもその笑顔が見れたらいいなと素直に思った。芽美と会う時は自分の偽りの無い心で見ていたい。今のままじゃ駄目だ。
きっと一日芽美と過すことで、答えが出るのではないか。いや、その日までに出なければ、俺は…。
芽美の後ろ姿を見ながら、そっとため息をついた。
***
芽美は気づいていた。
アスカが自分に対して何か悩んでいるのを。
きっかけをつくってしまったのは、きっと私。
クリスマス前、自分に対するアスカJrの気持ちが判らなくて、悲しくて、初めてのデートで人目もはばからず大きな声で言ってしまった言葉…。
『私とセイントテール、どっちが好き?』
あの時はきっとアスカJrも判らなかったのだろう。同じ同一人物だとただ簡単に整理していただけ。
数日して芽美がポニーテールで登校したあの日 ――――――
「芽美、セイントテールみたいよ」
「芽美は運動神経抜群だから、セイントテール2号でもやっていけるわよ」
「2号って…あのね」
恭子も涼子も言いたい放題言っちゃて。
「いやいや、十分素質はあると思いますよ。夜空にサラサラと流れる栗色の髪…キラキラと輝く星のような瞳…間違いなくセイントテール2号の誕生ですよ!!」
「だから、2号って…」
猿渡は肩にぶら下げていたカメラでパシャパシャ芽美の姿を取り始めた。
「あっ」
いつのまにか猿渡の後ろにいたアスカJrが沢渡のカメラをひったくると、中のフィルムを一気に引っ張り出した。
「ああー!!羽丘さんのポニーテール姿の写真がー!!」
「写真は撮るな」
ムスッとした顔でアスカは言った。
「ほほう、羽丘さんのポニーテール姿は自分だけの物だと言うのですね。」
「ちっ違う!!」
「きぁー、芽美、愛されてるのね!」
「お前らー、人をおちょくるな!!」
「じゃ、いいじゃないか。減るものでもあるまいし。それとも何か、セイントテールと関係でもあるのかよ」
どきっ。
やばい…やばいわ…。
「それはありませんわ。きっとアスカJrは芽美ちゃんがセイントテールに間違われて警察ざたにでもなったら、可哀相だと思ったのでしょう。私もそれは嫌ですわ。ね、アスカJr」
「―――――――――――」
返事はしなかったが、アスカJrの表情だけで、3人とも判ったようだ。
「猿渡くん」
「はい」
反射的に返事をする猿渡。
「いけませんよ。芽美ちゃんにはアスカJrという彼氏がいるのですから、勝手に写真を撮っては。ちゃんと断ってから撮りましょうね」
「はい!この猿渡、水野さんの言うとおりに致します。」
「うれしいですわ」
多少ずれているようだけど…何とか脱出できたわ。
安心してか、芽美はアスカJrのほうを向いた。
そこには苦悩した表情で、手のひらのフィルムを見続けているアスカJrの姿があった ―――――― 。
「ふぅ…」
ゴロンとベットに寝そべった。
あんなアスカJrの顔は見たくない。それも自分の為に悩んでるなんて嫌だ。
いつも真っ直ぐで、偽りがなくて…。
「大好きよ……アスカJr……」
顔を枕に押し付けて、そっと呟く。彼の笑顔が浮かんだと思った途端、教室で一人あのフィルムを見ていた姿が浮かんだ。
アスカJrがあの時の自分と同じ理由で悩んでいるとしたら…これは芽美の女の感である。だから会うことでその理由が判ればとアスカJrに無理をいって会う日を決めたのだ。だが、本当に会うことで解決できるのか?
芽美は不安だった。たまらなく不安だった。
芽美の涙が枕を濡らした。
「キュイー」
ハリネズミのルビーが心配そうに鳴いた。
「ルビーももちろん大好きよ」
両手でルビーを持ち上げて、頬ずりをする。
ねぇ、どうしたの?アスカJr
ねぇ、どうして言ってくれないの?
ねえ、どっちが好き?私と――――――
最後の言葉を芽美は押し殺した。
こんな三角関係は最悪だ…早く終わりにしたい……
(どっちを?)
心の闇の中で、誰かがささやいた。
ぞくっとするその声の意味を、芽美はかき消すかのように外へ飛び出していった。