作:宮原まふゆ
「どうしたの?未夢ちゃん」
「なんか、あった?」
さっきから膝を抱えて溜息ばかりつく未夢を気にしてか、二人が心配げに声をかける。
「ううんっ!何にもないよっ!ああもうすぐ走る番だよぉ〜緊張するなぁ〜っ!!」
と、未夢は極めて明るく振舞った。
「未夢ちゃんって、誤魔化すの下手だよね」
「うっ」
「誤魔化すと無理にテンション上げるようにするから直ぐに判っちゃうよねぇ〜」
(バレバレなのね…この二人には…)
自分の盲点を付かれて、未夢は言葉も出ない。
「この列の方、前に進んで下さい」
係の者が大声を上げて誘導する。
未夢の列だ。
「未夢、頑張って!」
「頑張ってね」
「う、うん」
二人から声援されてか、ますます緊張した面持ちで前に向かって歩き出した。
(気にしたって始まらないよね。)
(そうよ。いつもの事よ、いつもの事!)
―――――――デモ、
ドウシテ、コンナニ、キニナルノ…………?
未夢は頭の中で繰り返される自答自問に、うんざりとした感じでまた溜息をついた。
だかいくら溜息をついても、あの場面は未夢の中から消えてはくれない。
真っ赤になったクリスが彷徨の足を介抱している…。
それをじっと優しく見てる彷徨…。
白いタオルが凄く眩しくて。
それに比べて私のは笑っちゃうくらい、幼稚過ぎて。
もうすぐ走る順番が来るというのに、未夢は上の空でジッとしゃがみ込んでいた。
自分が何にショックを受けている事をも知らずに――――。
「準備お願いしまぁーす」
未夢の列が動いたのを遅れて気がつき、慌ててスタートラインに立つと、白線に手を置いて座った。
ドキン、ドキン、と心臓が鳴り、未夢を徐々に緊張させる。
(今は忘れて集中するのよ未夢)
「用意!」
バンッ!
ピストルと同時に未夢の足は地面を蹴った。
周りの声援が気恥ずかしいが、それでも前を向いて走っていく。
(とにかくあそこまで走れば終るっ!)
未夢は腕を振ってスピードを上げた。
テントから未夢に向かって声援が上がる。
「光月さぁーんっ!頑張れぇーーーっっ!!」
「未夢ちゃぁーーーんっ!頑張ってーーーーっっ!!」
(うわぁあっ!恥ずかしいぃ〜っ!)
未夢は恥ずかしげにテントのほうをチラリと見た。
(あ、彷徨だ)
彷徨は三太と一緒にテントの前のほうで立って声援を送っていた。
怪我をした膝には白いモノが巻かれている。
(クリスちゃん…の?)
彷徨が口を開けて何か言った。
(え?わかんない。何言ってるの?)
その途端ドンッと誰かの肩がぶつかり、未夢の体がグラリと揺れた。
「きゃっ!」
未夢は思いっきり地面に激突した。
「ああっっと!転倒したもようです!大丈夫でしょうかっ!!」
アナウンスの声はグランド中に響き渡ったが、未夢の耳には聞こえなかった。
とにかく立って走らなきゃいけないと言う使命感と、早くここから離れなきゃと言う恥ずかしさとが一緒になって、ますます未夢を混乱させた。
未夢はヨタヨタと立ち上がると、再びゴールに向かって走り出した。
体中痛くてキリキリ悲鳴を上げているようだ。
足が鉛のように重くて堪らない。
(――――私、ちゃんと、走ってる?)
今自分がどんな状況であるか判らないまま、それでも未夢はゴールを目指した。
◇◆◇
未夢はとりあえずゴール出来た。
結果は……一番ビリ。
とにかく走り終わった列に行かなくちゃと、未夢はフラフラした足取りで向かおうとした。
その瞬間、誰かから腕をぐいっと引っ張られた。
彷徨だ。
「未夢はこっち」
「へ?」
「何が『へ?』だよ。とにかく来い!」
否応無く彷徨から腕を引っ張られて、校内へと連れて行かれる。
未夢は拒絶さえ出来なかった。
テントで二人の光景を見たクリスが、大暴れして全テントを壊滅状態にしたのは読者の想像にお任せしよう……。
保健室――――。
しんと静まり返った建物内。
生徒達の声が遠くで聞こえてくるせいか、ますます孤立した感じが漂う。
「ほら、そこに座れ」
「う、うん…」
未夢は彷徨の言うとおり丸椅子に座った。
彷徨も近くにあった椅子を引っ張り出すと、未夢と向かい合わせに座って覗き込むように怪我をした部分を見た。
「あぁ〜あ、派手に転んだなぁ〜」
「別にワザと転んだんじゃ…っ!い、いたぁーーっ!痛いっ!痛いってばっ!!」
怪我をしてる未夢の膝に、彷徨は遠慮なしにペタペタとオキシドールをあてる。
「もっと優しくしてよぉーっっ!!」
「自業自得。少しは我慢しろよな。傷が残ると嫌だろ?」
「……」
別に傷なんか…と言おうとしたが、彷徨が手を止めずに治療する姿を見て言葉が出てこなかった。
オキシドールの液があてられる度に、未夢の傷口から白い泡があふれ出る。
未夢はジクジクとした痛みを我慢するかのように、下唇を噛んだ。
「痛いか?」
「…我慢する…」
彷徨は上目使いにニヤリと微笑むと、「いい子だ」と笑って言った。
(子供あつかいしないでよね…)
未夢は彷徨の膝を何気に見た。
「あれ?ハチマキ……?」
彷徨の膝にはタオルではなく、ハチマキが無造作に巻かれていた。
「ん?ああこれか?未夢と同じだな。俺も派手に転んでしまったよ」
と苦笑いする。
「そうじゃなくて。治療して貰ったんじゃない…の?その……クリスちゃんから……」
目線を反らしながら躊躇いがちに言う。
探るような聞き方に、未夢はカッコ悪いと嘆いた。
「ああ。拭いては貰ったけど治療は断わったよ。これくらいなら自分で治療出来るからな。そこまでされるとちょっと……な……」
困った表情をして、更に続けた。
「他にも係とかで忙しかったし、治療もそのまま……ほら出来たぞ」
彷徨は未夢の膝にばんそうこうを張るとその上からペチッと叩いた。
「いったぁーいっっっ!!!」
「それくらい元気があれば大丈夫だな」
それって…私のこと見てたってこと?
元気がないって……そう私を見て思っててくれたの?
「…心配…してくれてたの?」
「あっ、いやっ、その……」
彷徨は真っ赤になりながら言葉を濁した。
未夢は口を開いて話そうをしたが、喉元で言葉を押し込めた。
(―――もういいや……)
未夢は細く微笑むと、
「はい!次は彷徨の番。ココに座って」
と未夢は椅子から離れて彷徨を座らせた。
「大丈夫だろうなぁ〜?」
「それ、どぉーいう意味よっ!」
「そのまんまの意味」
「悪かったわね!不器用で!!」
「判ってるじゃん」
ニヤリと彷徨が笑う。
ブスッとしながらも未夢は彷徨の膝をぎこちなく治療し始めた。
チラリと上を見上げると彷徨が優しく見つめている。
未夢はその度に真っ赤になりながらも「大丈夫?」と繰り返した。
そして彷徨もまた「大丈夫」と繰り返し答えた。
結局。
未夢はばんそうこうを3枚ほどパアにしてしまい、その度に彷徨から笑われるのであった。
◇◆◇
「未夢さぁーんっ、彷徨さぁーんっっ!此方ですよぉーーーーっ!!」
ワンニャーが二人に見えるように立ち上がって手を振っている。
大きな木が影を作ってる涼しげな場所。
そこにシートを広げてルゥと一緒に待っていたようだ。
「ワンニャー達ここにいたんだ。ルゥく〜ん」
「まんまぁ〜」
未夢はそっとルゥを抱き上げると嬉しそうに頬ずりをした。
「お腹すいたぁ〜。おっ!今日は凄いご馳走だな」
「はい。体育祭ですからね。お二人ともお腹空いてると思って沢山作っちゃいました!あれ?彷徨さん未夢さん、どうしたんですか?その膝…」
「ん?ああちょっとな、はしゃぎ過ぎたんだよな」
「おもいっきりね」
未夢と彷徨は、お互いに視線を合わせて微笑んだ。
「それにしても同じ場所に、同じばんそうこうなんて、やっぱり仲が良いんですね〜」
と言うワンニャーに、二人は頬を赤く染めながら慌てて否定した。
「「偶然です!!」」
未夢は何故か彷徨の膝を見るたびに、嬉しさが込み上げていた。
同じ場所に。
同じばんそうこう。
例えそれが偶然でも。
勿論、彷徨には秘密である……。
END